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第3章:旧戦線再結集
第1話:かつての戦友たち
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金曜の夜。
都内、品川のオフィス街。高層ビルの隙間を縫うように、小さなビストロがぽつりと灯っていた。
神代ミユキは、その扉の前で立ち止まった。
(ほんとに、ここで合ってるの?)
スマホのメッセージには確かに店名と時間が記されている。
送信者の名前は、白川アイナ。
十年前、同じ戦場に立った仲間。そして、あの戦いの後、連絡を絶った一人。
ドアを押すと、小さなベルの音が鳴った。
ほのかに漂うワインと香草の香り。
席はまばらで、奥の窓際に、見覚えのある横顔があった。
「……来たんだ」
アイナは、グラスを指先でくるくる回しながらそう言った。
「あなたが“再契約した”って聞いてから、ずっと会おうか迷ってた」
彼女の印象は、あの頃と少しも変わっていなかった。
きちんと整ったショートボブ。目の下にかすかに残るクマ。
華奢な指先。姿勢のいい背中。
だが、雰囲気はまるで違っていた。
「やっぱり、アイナだったんだね。連絡くれて、ありがとう」
ミユキは向かいの席に腰を下ろす。
注文もせず、言葉を探すようにしばし沈黙が流れる。
「久しぶり……何年ぶり?」
「八年」
「そんなに経ったんだ……」
「十年前に解散して、二年くらいは時々会ってたけど、それっきり」
ミユキは、彼女の目を見た。
そこには、疲れと、どこか張り詰めた焦燥感があった。
まるで、ずっと何かを“止め続けている”人の目。
「あなたは、いまも魔法を?」
「……ほんの少しだけ。
契約は切ってないけど、“動かして”ない。
核は眠らせてる状態。
それが、私なりの生き方だった」
「どうして?」
アイナは苦笑した。
「戦ってたとき、私、守る壁だったでしょ。
他の子たちが前線に出て、私はいつも盾を張って。
でも、あのときの“最後の戦い”で、私、初めて“殺した”の。
魔物相手だったけど、初めて“壊した”実感が、腕に残った。
それ以来、どうしても魔法を“好き”になれなくなった」
ミユキは返す言葉が見つからなかった。
アイナは、ひとつため息をついて続ける。
「でもさ、ミユキ。
あなたが再契約したって聞いたとき、ちょっと嬉しかったの。
あの頃の自分が、まだ“意味を持ってる”気がして」
「アイナ……」
「……それともう一つ。
私、最近になって気づいたの。
“記憶が、ところどころ抜けてる”の」
ミユキは顔を上げた。
「抜けてる?」
「戦ってた時の記憶。断片的にはあるの。剣を振るうあなたの背中とか、ユリの声とか。
でも、自分の魔法のこと、自分がどう戦ってたのか――肝心なとこがぼやけてる。
気づいたら、何も感じないで日々の業務をこなしてた。
それって、ただ仕事に慣れただけだと思ってたけど……違った」
「それ、“記憶喪失”じゃなくて、“魔法核の崩壊”」
ミユキは、静かに言った。
「魔法を“動かさない”まま埋めると、核が“心の一部”を蝕んでいく。
それが再契約者のリスク。ユリから聞いた。
だから私は、もう二度と“自分で自分を削られない”ように、使ってる。
力を。意思を。全部」
アイナの目がわずかに揺れた。
「それ、怖くないの?」
「怖いよ。
でも、日常に埋もれて、自分が“何者だったか”も忘れていく方が、もっと怖い」
アイナはグラスを一口、飲み干した。
そして、静かに呟いた。
「――間宮リリカ、探してるんでしょ?」
「……どうして?」
「この前、渋谷で“似た気配”を感じたの。
はっきりとは言えない。でも、魔力の断片が街に落ちてた。
それが、あの子のものだった気がする」
「アイナ、それって……」
「私も、“探したい”と思ったの。
“今の自分”でも、もう一度あの子に会って、話したいって」
ミユキの胸に、何かが灯った。
かつて一緒に戦った仲間が、自分の足で再び立ち上がろうとしている。
「じゃあ、いっしょに動こう。
リリカを探して、あの夜の続きを、今の私たちで迎えに行こう」
アイナは、少しだけ目を見開き、
それから、どこか懐かしい笑顔を浮かべて頷いた。
「……やっぱり、ミユキがリーダー向いてたんだと思う」
「やめてよ、もう。会社で毎日“中間管理職ごっこ”してるのに」
「それ、いちばん大変なやつ」
ふたりは同時に笑った。
笑いながらも、彼女たちの目には、かつての“使命”ではなく、
“今、自分で選び直した決意”が、確かに宿っていた。
それはもう、かつての少女たちではなかった。
世界を救わなくてもいい。
正義のヒロインじゃなくてもいい。
ただ、“自分のままで誰かと並べる強さ”を、今の彼女たちは持っていた。
そして、再び彼女たちは、“戦友”になる。
今度は、誰に命じられるでもなく。
都内、品川のオフィス街。高層ビルの隙間を縫うように、小さなビストロがぽつりと灯っていた。
神代ミユキは、その扉の前で立ち止まった。
(ほんとに、ここで合ってるの?)
スマホのメッセージには確かに店名と時間が記されている。
送信者の名前は、白川アイナ。
十年前、同じ戦場に立った仲間。そして、あの戦いの後、連絡を絶った一人。
ドアを押すと、小さなベルの音が鳴った。
ほのかに漂うワインと香草の香り。
席はまばらで、奥の窓際に、見覚えのある横顔があった。
「……来たんだ」
アイナは、グラスを指先でくるくる回しながらそう言った。
「あなたが“再契約した”って聞いてから、ずっと会おうか迷ってた」
彼女の印象は、あの頃と少しも変わっていなかった。
きちんと整ったショートボブ。目の下にかすかに残るクマ。
華奢な指先。姿勢のいい背中。
だが、雰囲気はまるで違っていた。
「やっぱり、アイナだったんだね。連絡くれて、ありがとう」
ミユキは向かいの席に腰を下ろす。
注文もせず、言葉を探すようにしばし沈黙が流れる。
「久しぶり……何年ぶり?」
「八年」
「そんなに経ったんだ……」
「十年前に解散して、二年くらいは時々会ってたけど、それっきり」
ミユキは、彼女の目を見た。
そこには、疲れと、どこか張り詰めた焦燥感があった。
まるで、ずっと何かを“止め続けている”人の目。
「あなたは、いまも魔法を?」
「……ほんの少しだけ。
契約は切ってないけど、“動かして”ない。
核は眠らせてる状態。
それが、私なりの生き方だった」
「どうして?」
アイナは苦笑した。
「戦ってたとき、私、守る壁だったでしょ。
他の子たちが前線に出て、私はいつも盾を張って。
でも、あのときの“最後の戦い”で、私、初めて“殺した”の。
魔物相手だったけど、初めて“壊した”実感が、腕に残った。
それ以来、どうしても魔法を“好き”になれなくなった」
ミユキは返す言葉が見つからなかった。
アイナは、ひとつため息をついて続ける。
「でもさ、ミユキ。
あなたが再契約したって聞いたとき、ちょっと嬉しかったの。
あの頃の自分が、まだ“意味を持ってる”気がして」
「アイナ……」
「……それともう一つ。
私、最近になって気づいたの。
“記憶が、ところどころ抜けてる”の」
ミユキは顔を上げた。
「抜けてる?」
「戦ってた時の記憶。断片的にはあるの。剣を振るうあなたの背中とか、ユリの声とか。
でも、自分の魔法のこと、自分がどう戦ってたのか――肝心なとこがぼやけてる。
気づいたら、何も感じないで日々の業務をこなしてた。
それって、ただ仕事に慣れただけだと思ってたけど……違った」
「それ、“記憶喪失”じゃなくて、“魔法核の崩壊”」
ミユキは、静かに言った。
「魔法を“動かさない”まま埋めると、核が“心の一部”を蝕んでいく。
それが再契約者のリスク。ユリから聞いた。
だから私は、もう二度と“自分で自分を削られない”ように、使ってる。
力を。意思を。全部」
アイナの目がわずかに揺れた。
「それ、怖くないの?」
「怖いよ。
でも、日常に埋もれて、自分が“何者だったか”も忘れていく方が、もっと怖い」
アイナはグラスを一口、飲み干した。
そして、静かに呟いた。
「――間宮リリカ、探してるんでしょ?」
「……どうして?」
「この前、渋谷で“似た気配”を感じたの。
はっきりとは言えない。でも、魔力の断片が街に落ちてた。
それが、あの子のものだった気がする」
「アイナ、それって……」
「私も、“探したい”と思ったの。
“今の自分”でも、もう一度あの子に会って、話したいって」
ミユキの胸に、何かが灯った。
かつて一緒に戦った仲間が、自分の足で再び立ち上がろうとしている。
「じゃあ、いっしょに動こう。
リリカを探して、あの夜の続きを、今の私たちで迎えに行こう」
アイナは、少しだけ目を見開き、
それから、どこか懐かしい笑顔を浮かべて頷いた。
「……やっぱり、ミユキがリーダー向いてたんだと思う」
「やめてよ、もう。会社で毎日“中間管理職ごっこ”してるのに」
「それ、いちばん大変なやつ」
ふたりは同時に笑った。
笑いながらも、彼女たちの目には、かつての“使命”ではなく、
“今、自分で選び直した決意”が、確かに宿っていた。
それはもう、かつての少女たちではなかった。
世界を救わなくてもいい。
正義のヒロインじゃなくてもいい。
ただ、“自分のままで誰かと並べる強さ”を、今の彼女たちは持っていた。
そして、再び彼女たちは、“戦友”になる。
今度は、誰に命じられるでもなく。
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