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第3章:旧戦線再結集
第2話:会議室の裏側
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「この会社、昔からなんか変なんだよ」
そう言ったのは、営業三課の同期――柏木だった。
週明けの会議のあと、ミユキがふらりと喫煙所へ立ち寄ったところ、彼が珍しく一人で煙草を吸っていた。
「何が?」
「いやさ、入社したばっかの頃……資料室で妙なもの見たんだよ。
会議用の古いホワイトボードの裏に、なんか……文字みたいなのがびっしり書かれてた。赤いインクみたいな、でもこすっても消えない。まるで“焼き付いてる”みたいだった」
ミユキの心臓が、すっと冷えた。
「それ、どこで?」
「第三会議室。……今はもう使われてないけどな。
電気の配線トラブルがどうとかで、社内の人間でもほとんど立ち入り禁止になってる」
「……ありがとう」
「あれ? なんか、興味あった? ……って、そうだよな、神代って昔からさ、なんか“不思議なこと”に巻き込まれがちだったよな」
柏木は冗談めかして笑ったが、ミユキはすでにスマホを手にしていた。
ユリへ連絡。
《第三会議室、魔力反応の確認を。今夜、侵入予定》
日が落ちて、会社が静まり返る午後10時。
ミユキは、着替えずにスーツのまま、薄暗い廊下を一人歩いていた。
業務用の非常灯だけが灯る社内は、どこか現実味が薄く、まるで空間そのものが“夜”に溶けているようだった。
第三会議室の前で立ち止まる。
ドアには「使用禁止」の札が掛かっていたが、鍵はかかっていない。
静かに扉を開ける。
鼻をつくのは、古い紙とカビのような匂い。
電源が切られたプロジェクター、窓に貼られた遮光カーテン。
そして――
床のカーペットが、一部だけ“浮いて”いた。
「ユリ、反応は?」
「ある。魔力痕が断続的に残留している。
これは……強制消去された痕跡だ。おそらく、“記録されてはならない契約”が、ここで行われていた」
ミユキはカーペットの角をめくる。
そこには、目を疑うものがあった。
“魔導陣”。
かつての異界と酷似した構造線。円形に配置された刻印。
中央には“業務進行”を意味する漢字――「遂行」の文字が刻まれていた。
「これ……どういう意味?」
「この魔導陣は、契約を“作業化”する構造を持つ。
つまり、“感情”を媒介せず、業務命令の形式で魔力を動かす仕組みだ。
おそらくこの部屋では、魔法少女の力を“無感情な業務処理”として使う実験が行われていた」
「会社が、“魔法の業務化”を……?」
「可能性はある。“人間の感情”は魔法の燃料だが、それは同時に不安定要素でもある。
それを排除した“効率重視の魔力行使”は、一部の組織にとって理想だった」
ミユキは言葉を失った。
感情を捨ててでも、力だけを使い続ける魔法。
それはまさに――彼女が最も恐れていた未来だった。
「これを誰が?」
「おそらくは、社内にいる。過去に“監視者”として配属された人間。
あるいは、上層部に近い位置で、今も“魔法運用”を裏で進めている者だ」
ミユキは、ふと思い出す。
倉持課長。あの無駄に支配的で、どこか“見透かすような目”をする男。
「……まさか」
「だが、断定はまだできない」
部屋の空気が、一層冷たくなる。
彼女は一歩、魔導陣の中心に立った。
すると、足元からふっと空気が動き――
目の前の空間に、過去の“残像”が現れた。
少女たち。魔法少女たち。
淡い制服姿、怯えた目、そして無理やり笑って見せる表情。
「ここで、“感情を外された契約”が行われていた」
ユリの声が震えていた。
「これは……実験だ。彼女たちを、“兵器”として扱う実験」
ミユキは拳を握りしめた。
「ふざけないで……
私たちは、戦うために魔法を得たんじゃない。
“守るため”だったはずよ」
そのとき、ドアの向こうから足音が聞こえた。
誰かが来る。
ミユキは魔導陣の記録をスマホで撮影し、床を元通りに戻す。
ドアが開いた。
そこにいたのは、倉持だった。
「……神代くん? まだ残ってたのか。ああ、この部屋は使用禁止なんだが?」
その笑みが、妙に張りついたものに見えた。
「すみません、ファイルを取り違えて探していて……すぐ出ます」
倉持はミユキの顔を数秒見つめた後、にこやかにうなずいた。
「ほどほどにして帰りなさい。働きすぎはよくないよ」
そしてドアを閉める。
その背中が消えたあと、ミユキは静かに呟いた。
「……気づいてる。絶対に」
彼女の心に、“職場”という日常が、確実に“魔法の戦場”になっている実感が刻まれた。
もうここは、安全な場所なんかじゃない。
けれど、だからこそ――
「守らなきゃ。ここにいる人たちも、あたし自身も」
彼女はペンダントに手をやり、深く息を吐いた。
かつて戦場だった場所が、今も形を変えて彼女たちを試している。
そして、ミユキはまた、剣を取る。
この会社が、異界の巣であったとしても。
そう言ったのは、営業三課の同期――柏木だった。
週明けの会議のあと、ミユキがふらりと喫煙所へ立ち寄ったところ、彼が珍しく一人で煙草を吸っていた。
「何が?」
「いやさ、入社したばっかの頃……資料室で妙なもの見たんだよ。
会議用の古いホワイトボードの裏に、なんか……文字みたいなのがびっしり書かれてた。赤いインクみたいな、でもこすっても消えない。まるで“焼き付いてる”みたいだった」
ミユキの心臓が、すっと冷えた。
「それ、どこで?」
「第三会議室。……今はもう使われてないけどな。
電気の配線トラブルがどうとかで、社内の人間でもほとんど立ち入り禁止になってる」
「……ありがとう」
「あれ? なんか、興味あった? ……って、そうだよな、神代って昔からさ、なんか“不思議なこと”に巻き込まれがちだったよな」
柏木は冗談めかして笑ったが、ミユキはすでにスマホを手にしていた。
ユリへ連絡。
《第三会議室、魔力反応の確認を。今夜、侵入予定》
日が落ちて、会社が静まり返る午後10時。
ミユキは、着替えずにスーツのまま、薄暗い廊下を一人歩いていた。
業務用の非常灯だけが灯る社内は、どこか現実味が薄く、まるで空間そのものが“夜”に溶けているようだった。
第三会議室の前で立ち止まる。
ドアには「使用禁止」の札が掛かっていたが、鍵はかかっていない。
静かに扉を開ける。
鼻をつくのは、古い紙とカビのような匂い。
電源が切られたプロジェクター、窓に貼られた遮光カーテン。
そして――
床のカーペットが、一部だけ“浮いて”いた。
「ユリ、反応は?」
「ある。魔力痕が断続的に残留している。
これは……強制消去された痕跡だ。おそらく、“記録されてはならない契約”が、ここで行われていた」
ミユキはカーペットの角をめくる。
そこには、目を疑うものがあった。
“魔導陣”。
かつての異界と酷似した構造線。円形に配置された刻印。
中央には“業務進行”を意味する漢字――「遂行」の文字が刻まれていた。
「これ……どういう意味?」
「この魔導陣は、契約を“作業化”する構造を持つ。
つまり、“感情”を媒介せず、業務命令の形式で魔力を動かす仕組みだ。
おそらくこの部屋では、魔法少女の力を“無感情な業務処理”として使う実験が行われていた」
「会社が、“魔法の業務化”を……?」
「可能性はある。“人間の感情”は魔法の燃料だが、それは同時に不安定要素でもある。
それを排除した“効率重視の魔力行使”は、一部の組織にとって理想だった」
ミユキは言葉を失った。
感情を捨ててでも、力だけを使い続ける魔法。
それはまさに――彼女が最も恐れていた未来だった。
「これを誰が?」
「おそらくは、社内にいる。過去に“監視者”として配属された人間。
あるいは、上層部に近い位置で、今も“魔法運用”を裏で進めている者だ」
ミユキは、ふと思い出す。
倉持課長。あの無駄に支配的で、どこか“見透かすような目”をする男。
「……まさか」
「だが、断定はまだできない」
部屋の空気が、一層冷たくなる。
彼女は一歩、魔導陣の中心に立った。
すると、足元からふっと空気が動き――
目の前の空間に、過去の“残像”が現れた。
少女たち。魔法少女たち。
淡い制服姿、怯えた目、そして無理やり笑って見せる表情。
「ここで、“感情を外された契約”が行われていた」
ユリの声が震えていた。
「これは……実験だ。彼女たちを、“兵器”として扱う実験」
ミユキは拳を握りしめた。
「ふざけないで……
私たちは、戦うために魔法を得たんじゃない。
“守るため”だったはずよ」
そのとき、ドアの向こうから足音が聞こえた。
誰かが来る。
ミユキは魔導陣の記録をスマホで撮影し、床を元通りに戻す。
ドアが開いた。
そこにいたのは、倉持だった。
「……神代くん? まだ残ってたのか。ああ、この部屋は使用禁止なんだが?」
その笑みが、妙に張りついたものに見えた。
「すみません、ファイルを取り違えて探していて……すぐ出ます」
倉持はミユキの顔を数秒見つめた後、にこやかにうなずいた。
「ほどほどにして帰りなさい。働きすぎはよくないよ」
そしてドアを閉める。
その背中が消えたあと、ミユキは静かに呟いた。
「……気づいてる。絶対に」
彼女の心に、“職場”という日常が、確実に“魔法の戦場”になっている実感が刻まれた。
もうここは、安全な場所なんかじゃない。
けれど、だからこそ――
「守らなきゃ。ここにいる人たちも、あたし自身も」
彼女はペンダントに手をやり、深く息を吐いた。
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そして、ミユキはまた、剣を取る。
この会社が、異界の巣であったとしても。
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