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第7章:制度の亡霊たち
第2話:記録にない第八課
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「“第八課”?……そんな部署、制度のどの資料にも記録がないのよ」
アイナがそう言って端末をミユキに向けた。
画面には、都の古い内部ファイルの断片的なログ。
正式な課名ではない、手入力のような分類記号。
そこには小さく、「第八課―対感応観察記録(要機密)」とあった。
「“感応起因魔法少女に対する精神構造観察”……これ、明らかに非公開部署の動きよ」
「制度の影ってことか……」
ミユキはぼそりと呟いた。
それを聞いていたまどかが、首をかしげる。
「でも、柏木さんが“制度と繋ぐための調整役”なんだよね?
彼もこの記録のこと、知ってるのかな?」
ミユキは少しだけ口をつぐみ、目線を外した。
(……知らないはずがない。
彼は都庁に移ってまだ半年。
それでも、LinkLineに対する姿勢はずいぶん“制度慣れ”してた)
「……ちょっと、調べたいことがある」
ミユキはそう言って立ち上がった。
午後、新宿。
ガラス張りの高層ビル群に囲まれた一角。
その中にあるのが、ミユキと柏木がかつて勤めていた、矢神総合企画株式会社だった。
「……あれから何年になるんだっけ」
エレベーターに揺られながら、ミユキは小さく呟く。
柏木は、営業第五課の同期だった。
理屈屋で、でも気配りができて、
夜遅くまで資料の誤植を一緒に潰してくれたこともあった。
「魔法」とは無縁の、“普通の社会人生活”。
その中で、彼が何かをこぼすことはなかった。
「だから……どうして、彼が“魔法に触れる世界”に来たのか。
気になるんだよ」
疑っているわけではない。
ただ、柏木という人間の“優しさ”が、この世界に踏み込んで壊れてしまわないか――
そんな直感めいた不安が、ミユキを突き動かしていた。
「えっ、神代さん!? わぁ、本当にお久しぶりです!」
受付で声をかけてきたのは、後輩の野間だった。
相変わらずの落ち着きのなさと、どこか憎めない雰囲気が懐かしい。
「柏木くん? ああ、退職してますよ。たしか去年の秋頃だったかな。
“都庁に行く”って言って……そのあと、急にバタバタっと準備して、いなくなっちゃったんです」
「……そう」
「それが終わったら、なぜかその数日後に倉持課長も辞めて……。
理由は結局、誰にもはっきり知らされてないんですよね。
ただ……なんとなくですけど、あの人がいなくなってから、
部内の空気が少し“楽になった”感じはありますね。変な言い方かもしれませんけど」
「……変じゃないよ。私も、そんな気はしてた」
(倉持課長……柏木が都に行った直後に、課長も姿を消した?
何か……繋がってる?)
そう思いかけて、ミユキは自分で首を振った。
(いや。そういう憶測はまだ早い。
私は柏木を“調べてる”んじゃない。
“心配してる”だけだ)
そのまま足が向いたのは、かつて絶対に誰も使っていなかった部屋――旧D会議室。
「ここ、いま開いてるんですか?」
「あ、はい。最近、古い資料の保管庫にしてるみたいです。
もう使われてないはずですけど……あ、鍵、空いてます」
ミユキは一礼して扉を押した。
軋む音と共に、鉄製の重いドアが開く。
薄暗い室内。
かつての営業用机は隅に押しやられ、棚と段ボールが並ぶ。
蛍光灯の明かりが弱く、埃の舞う空気に思わず咳が出た。
だが――
(ない)
あの時、柏木と二人で「見つけた」もの。
床にうっすらと浮かんでいたはずの魔方陣――
不自然に歪んだ、魔力的な構造線が、完全に消えていた。
跡形もない。
削られたのでも、隠されたのでもない。
「なかったこと」にされた、という気配だけが残っていた。
(あれは、幻だったの?
それとも、柏木があの時……)
ふと、記憶がよみがえる。
――「ねえ、ミユキ。
これって“魔法的”な構造じゃない?
まさか、うちの会社にこういうものが……」
――「しーっ。誰かに見られたらまずいよ」
あのとき、柏木は妙に静かだった。
声に、感情がなかった。
(もしかして、あの時点で――もう、彼の中で何かが“決まってた”?)
ミユキは、そっと膝をついた。
床を撫でる。
無言の空間が返事をくれるはずもなかった。
ただ、不意に感じた。
この場所には確かに、「何かがいた」。
それが、もう“この会社にはいない”ということだけが、はっきりと伝わってくる。
(柏木……あんた、本当に、今の世界に入ってきて、大丈夫だったの?)
LinkLine本部に戻った夕刻。
ユリから通信が入った。
《神代ミユキ、補足報告。
柏木悠真は、都庁に転属後、制度内部記録群への高アクセス頻度が確認されています。
特に“適合外魔力反応観測”と名付けられた記録群――通称“第八課記録”への閲覧ログが顕著です》
「第八課……!」
「やっぱり、知ってたんだ……でも……」
ミユキは椅子に座り込み、天井を見上げた。
(知っていた。でも、彼はそれを私に言わなかった。
じゃあ、それは隠してるの?
それとも、“言えないだけ”なの?)
疑惑ではない。
怒りでもない。
ただ、心の奥に引っかかる“棘のような違和感”。
彼が、何かを背負ってしまったような気がした。
その背中が、遠くに感じた。
(……柏木。
あんたは、制度の中で何を見たの?)
そして、今――
それをミユキに話せる日は、来るのだろうか。
アイナがそう言って端末をミユキに向けた。
画面には、都の古い内部ファイルの断片的なログ。
正式な課名ではない、手入力のような分類記号。
そこには小さく、「第八課―対感応観察記録(要機密)」とあった。
「“感応起因魔法少女に対する精神構造観察”……これ、明らかに非公開部署の動きよ」
「制度の影ってことか……」
ミユキはぼそりと呟いた。
それを聞いていたまどかが、首をかしげる。
「でも、柏木さんが“制度と繋ぐための調整役”なんだよね?
彼もこの記録のこと、知ってるのかな?」
ミユキは少しだけ口をつぐみ、目線を外した。
(……知らないはずがない。
彼は都庁に移ってまだ半年。
それでも、LinkLineに対する姿勢はずいぶん“制度慣れ”してた)
「……ちょっと、調べたいことがある」
ミユキはそう言って立ち上がった。
午後、新宿。
ガラス張りの高層ビル群に囲まれた一角。
その中にあるのが、ミユキと柏木がかつて勤めていた、矢神総合企画株式会社だった。
「……あれから何年になるんだっけ」
エレベーターに揺られながら、ミユキは小さく呟く。
柏木は、営業第五課の同期だった。
理屈屋で、でも気配りができて、
夜遅くまで資料の誤植を一緒に潰してくれたこともあった。
「魔法」とは無縁の、“普通の社会人生活”。
その中で、彼が何かをこぼすことはなかった。
「だから……どうして、彼が“魔法に触れる世界”に来たのか。
気になるんだよ」
疑っているわけではない。
ただ、柏木という人間の“優しさ”が、この世界に踏み込んで壊れてしまわないか――
そんな直感めいた不安が、ミユキを突き動かしていた。
「えっ、神代さん!? わぁ、本当にお久しぶりです!」
受付で声をかけてきたのは、後輩の野間だった。
相変わらずの落ち着きのなさと、どこか憎めない雰囲気が懐かしい。
「柏木くん? ああ、退職してますよ。たしか去年の秋頃だったかな。
“都庁に行く”って言って……そのあと、急にバタバタっと準備して、いなくなっちゃったんです」
「……そう」
「それが終わったら、なぜかその数日後に倉持課長も辞めて……。
理由は結局、誰にもはっきり知らされてないんですよね。
ただ……なんとなくですけど、あの人がいなくなってから、
部内の空気が少し“楽になった”感じはありますね。変な言い方かもしれませんけど」
「……変じゃないよ。私も、そんな気はしてた」
(倉持課長……柏木が都に行った直後に、課長も姿を消した?
何か……繋がってる?)
そう思いかけて、ミユキは自分で首を振った。
(いや。そういう憶測はまだ早い。
私は柏木を“調べてる”んじゃない。
“心配してる”だけだ)
そのまま足が向いたのは、かつて絶対に誰も使っていなかった部屋――旧D会議室。
「ここ、いま開いてるんですか?」
「あ、はい。最近、古い資料の保管庫にしてるみたいです。
もう使われてないはずですけど……あ、鍵、空いてます」
ミユキは一礼して扉を押した。
軋む音と共に、鉄製の重いドアが開く。
薄暗い室内。
かつての営業用机は隅に押しやられ、棚と段ボールが並ぶ。
蛍光灯の明かりが弱く、埃の舞う空気に思わず咳が出た。
だが――
(ない)
あの時、柏木と二人で「見つけた」もの。
床にうっすらと浮かんでいたはずの魔方陣――
不自然に歪んだ、魔力的な構造線が、完全に消えていた。
跡形もない。
削られたのでも、隠されたのでもない。
「なかったこと」にされた、という気配だけが残っていた。
(あれは、幻だったの?
それとも、柏木があの時……)
ふと、記憶がよみがえる。
――「ねえ、ミユキ。
これって“魔法的”な構造じゃない?
まさか、うちの会社にこういうものが……」
――「しーっ。誰かに見られたらまずいよ」
あのとき、柏木は妙に静かだった。
声に、感情がなかった。
(もしかして、あの時点で――もう、彼の中で何かが“決まってた”?)
ミユキは、そっと膝をついた。
床を撫でる。
無言の空間が返事をくれるはずもなかった。
ただ、不意に感じた。
この場所には確かに、「何かがいた」。
それが、もう“この会社にはいない”ということだけが、はっきりと伝わってくる。
(柏木……あんた、本当に、今の世界に入ってきて、大丈夫だったの?)
LinkLine本部に戻った夕刻。
ユリから通信が入った。
《神代ミユキ、補足報告。
柏木悠真は、都庁に転属後、制度内部記録群への高アクセス頻度が確認されています。
特に“適合外魔力反応観測”と名付けられた記録群――通称“第八課記録”への閲覧ログが顕著です》
「第八課……!」
「やっぱり、知ってたんだ……でも……」
ミユキは椅子に座り込み、天井を見上げた。
(知っていた。でも、彼はそれを私に言わなかった。
じゃあ、それは隠してるの?
それとも、“言えないだけ”なの?)
疑惑ではない。
怒りでもない。
ただ、心の奥に引っかかる“棘のような違和感”。
彼が、何かを背負ってしまったような気がした。
その背中が、遠くに感じた。
(……柏木。
あんたは、制度の中で何を見たの?)
そして、今――
それをミユキに話せる日は、来るのだろうか。
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