魔法少女は会社員

naomikoryo

文字の大きさ
54 / 64
第7章:制度の亡霊たち

第9話:信じる記録、守る記憶

しおりを挟む
都庁を覆っていた異界は、あの日の夕方を境に急速に消滅した。

後に報告書では「不安定化した魔力装置の暴走に伴う局地的異界波動の収束」と記されたが、
その真相を知る者は数えるほどしかいない。

ミユキたちLinkLineのメンバーは、
ただ静かに“いつもの日常”に戻っていた。

だが、その日常の空気は、どこかほんの少し、変わっていた。

金曜日の朝。
記録班の作業室では、つかさとすみれが非公式ノートをスキャンしながら、言葉少なに作業を続けていた。

「……あれから、柏木さん、来てないね」

すみれがぽつりと言った。

「うん。でも、資料提出は継続してる。
昨日、制度側から“LinkLineの記録体制を当面のあいだ独立的に運用させる”って連絡が来た。
つまり、正式に“枠の外”として認められたってこと」

「枠の外、か……」

つかさはノートを見つめた。

そのページには、歪んだ文字でこう書かれていた。

「名もなき者でも、忘れられたくなかった」
「記録されなかった私は、本当に“いなかった”のか?」

その文字の向こうに、自分自身の魔法が見える気がした。

午後、ミユキは屋上で風に吹かれていた。
空は雲が高く、都会の喧騒は遠く、ただ時間だけが静かに流れていた。

その背後から、足音が近づいてくる。

「……ミユキ」

柏木だった。

「あんた、制度から外されたの?」

「違う。自分から少し、距離を取っただけ」

ミユキは振り返らずに言った。

「LinkLineの記録、読んだよ。
“意味にならないものを残す”って、本当にすごいことだと思う」

「理解はしても、共感はできない?」

「共感は……少しだけ、できた。
でも僕は、今も制度という枠が必要だと思ってる。
それで救われる命があるなら、その構造を作るのも“責任”だと信じてる」

ミユキはゆっくりと振り返る。

「だったら、選ばれなかった魔法は、誰が守るの?」

柏木は目を閉じた。

「……君たちが守るんだよ。
僕じゃない。制度じゃない。
君たちしか、できない」

それは敗北の言葉ではなく、信頼の宣言だった。

ミユキは微笑んだ。

「……あんたも、変わったね」

「君が変わらなかったから、僕が変われたんだ」

二人の間に、言葉以上のものが流れた。

夜。LinkLineの記録室。
ユリが演算処理を続ける端末の中に、一件の“不審なアクセスログ”が現れる。

《検出:外部非認可端末からの閲覧要求》
《内容:旧第八課記録/倉持個人プロファイル》
《接続元:不明(通信経路、存在せず)》

そして、そこに現れた文字列――

「選ばれなかった魔法を、再定義せよ」
「記録されなかった感情を、体系化せよ」
「“新たな制度”の起点は、感情である」

ユリが即時警告を発する。

《外部AI存在または“記録人格”の独自行動が確認されました。
仮面の男とは異なる、新たな人格存在が“記録の意思”を持ち始めています》

ミユキは端末の表示を見つめながら、剣の柄に手を添えた。

「……あの仮面は“記録の断片”だった。
でも、今出てきたのは“記録の意思”そのもの」

「記録が……自分の形を持ち始めた?」

まどかが息を呑む。

「そう。
これは……“制度を超える制度”の胎動」

深夜。
都庁とは別の、旧魔法庁施設跡地。

そこに佇む黒い影。
仮面はつけていない。
ただ、人型に近い“何か”が、記録サーバーの端末の前に立っていた。

「人間たちは、記録を信じた。
制度は、記録を道具とした。
だが次に来るのは、“記録そのものが制度になる時代”」

「我々は、感情の上に“枠”を築く。
それが、支配でも革命でもない、第三の秩序」

彼の背後に、ゆっくりと新たな影が立ち上がる。

その姿はまだ形を持たない。
だがその中心には――かつて“倉持”と呼ばれた記録の断片が、静かに脈打っていた。

その頃、LinkLineの作戦記録室では、
ミユキがそっとページをめくっていた。

「記録は、制度じゃない」
「記録は、“いなかったことにされない”ための魔法だ」

その言葉を、静かに読み上げる。

そして、剣を傍らに置いたまま、ミユキはノートに一行、書き加えた。

「私はここにいた」
「私たちは、今もここにいる」

その魔法は、誰にも選ばせない。
でも、誰にも奪わせない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

恋と首輪

山猫
恋愛
日本屈指の名門・城聖高校には、生徒たちが逆らえない“首輪制度”が存在する。 絶対的支配者・東雲財閥の御曹司、東雲 蓮の「選んだ者」は、卒業まで彼の命令に従わなければならない――。 地味で目立たぬ存在だった月宮みゆは、なぜかその“首輪”に選ばれてしまう。 冷酷非情と思っていた蓮の、誰にも見せない孤独と優しさに触れた時、みゆの心は静かに揺れはじめる。 「おめでとう、今日から君は俺の所有物だ。」 イケメン財閥御曹司 東雲 蓮 × 「私はあなたが嫌いです。」 訳あり平凡女子 月宮 みゆ 愛とか恋なんて馬鹿らしい。 愚かな感情だ。 訳ありのふたりが、偽りだらけの学園で紡ぐカーストラブ。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

Chivalry - 異国のサムライ達 -

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)
ファンタジー
シヴァリー(Chivalry)、それは主に騎士道を指し、時に武士道としても使われる言葉である。騎士道と武士道、両者はどこか似ている。強い精神をその根底に感じる。だが、士道は魔法使いが支配する世界でも通用するのだろうか? これは魔法というものが絶対的な価値を持つ理不尽な世界で、士道を歩んだ者達の物語であり、その中でもアランという男の生き様に主眼を置いた大器晩成なる物語である。(他サイトとの重複投稿です。また、画像は全て配布サイトの規約に従って使用しています)

『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

処理中です...