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第十七話『咲耶の過去』
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翌日、月詠堂は静かな興奮に包まれていた。
佐伯が収集した情報によると、桐生院咲耶の故郷である東北の村は、地図から消えかかっているほどの僻地だという。
過疎化が進み、今では数軒の家が残るだけの寒村となっていた。
「寂滅会は、そういう場所を好む。人の目に触れず、自分たちの教えを広めるには都合がいい。」
佐伯の言葉に、時也は改めて寂滅会の陰湿さを感じた。
「では、早速その村へ向かいましょう。」
時也が意気込むと、佐伯は首を振った。
「焦る気持ちは分かりますが、無策ではいけません。有栖川玲の情報がどこまで正確か、まずは下準備が必要です。それに、寂滅会が咲耶の過去を隠したがっているとすれば、必ず妨害が入るでしょう。」
佐伯はそう言って、数日かけて入念な準備を進めた。
玄翁は護身のための結界札を大量に作り、琥珀は旅に必要な道具や食料を調達した。
白磁の君は、静かに時也のそばに寄り添い、その小さな手が時也の袖をそっと握りしめていた。
◆◇◆
そして、月詠堂の面々は、静かに旅立ちの時を迎えた。
目指すは、東北の山奥にひっそりと佇む、咲耶の故郷。
寂れた山道を車で進むにつれて、人里離れた雰囲気が色濃くなっていく。
携帯電話の電波は途切れ、鬱蒼とした木々が空を覆い隠す。
やがて、小さな集落が見えてきた。
それが、桐生院咲耶の故郷だった。
村には、確かに数軒の家が残っていたが、人の気配はほとんどない。
時也たちは、一軒一軒、手掛かりを探して回った。
しかし、住民は皆、口を閉ざすか、あるいは咲耶のことになると不自然に顔を背けるばかり。
まるで、何かを恐れているかのようだった。
「これは…何かを隠している、というよりは、何かを『忘れさせられている』ような…」
琥珀が呟いた。
その言葉に、時也は身震いした。
寂滅会が、咲耶の過去だけでなく、村人たちの記憶すらも操作している可能性がある。
そんな中、時也は一軒の古びた空き家を見つけた。
他の家よりも、一層深く寂れ、蔦が絡みつき、今にも崩れ落ちそうだった。
「ここが…」
時也は、微かに残る気配を感じ取った。
ここが、桐生院咲耶が幼少期を過ごした家。
中に入ると、埃とカビの匂いが鼻を突いた。
家具はほとんどなく、ひっそりとしていたが、時也は壁の一角に、かすかに残る墨の跡を見つけた。
それは、子供が描いたような、稚拙な絵だった。
花のような、鳥のような、しかし何とも判別しがたい曖昧な形。
その絵の下には、小さな文字で、こう記されていた。
「サクヤ」
時也は思わず絵に触れた。
その瞬間、彼の脳裏に、幼い少女の笑い声と、古い木造家屋の匂い、そして…優しい、母の歌声が響いた。
それは、桐生院咲耶の、忘れ去られたはずの記憶の断片。
◆◇◆
その時、背後に殺気を感じた。
時也が振り返ると、家の入り口には、全身を黒い衣で包んだ術者が立っていた。
寂滅会の下級術者だ。
彼らは、時也たちの動きを察知し、妨害するために現れたのだ。
「これ以上、我々の邪魔をするな。貴様らのような異端者は、消し去るまでだ。」
術者は無表情に言い放ち、手に持った札を構えた。
時也は玄翁と琥珀に目配せする。
佐伯は冷静に術者の動きを観察している。
「時也様、ここは私に任せて、あなたは早くその家を調べてください!」
玄翁が叫ぶと同時に、術者に向かって飛びかかった。
琥珀もまた、素早く術者の背後に回り込み、攪乱する。
時也は迷わず、再び家の奥へと足を踏み入れた。
咲耶の絵が描かれた壁の奥に、小さな隠し戸を見つけた。
埃にまみれて、ほとんど壁と同化している。
時也が隠し戸を開けると、中には小さな木箱が一つ、ひっそりと置かれていた。
時也が箱を開けると、中には古びた布に包まれた、小さな石が一つ入っていた。
それは、どこにでもあるような、ただの小石に見えた。
しかし、時也がそれに触れた瞬間、温かい光が彼の掌を包み込んだ。
そして、彼の脳裏に、はっきりと一つの情景が浮かび上がった。
幼い咲耶が、この小石を握りしめ、満面の笑みで母親に駆け寄る姿。
母親が、その小石に、何かを囁きかける姿。
それは、確かに「お守り」だった。
そして、咲耶が寂滅会に引き取られる以前の、温かい記憶の象徴。
「見つけた…!」
時也の確信に満ちた声が、古びた家に響き渡った。
同時に、外からは玄翁と琥珀、そして佐伯が術者を圧倒する音が聞こえてくる。
しかし、時也の心は、すでに次の段階へと向かっていた。
この「お守り」が、咲耶の心を動かす鍵となるはずだと。
佐伯が収集した情報によると、桐生院咲耶の故郷である東北の村は、地図から消えかかっているほどの僻地だという。
過疎化が進み、今では数軒の家が残るだけの寒村となっていた。
「寂滅会は、そういう場所を好む。人の目に触れず、自分たちの教えを広めるには都合がいい。」
佐伯の言葉に、時也は改めて寂滅会の陰湿さを感じた。
「では、早速その村へ向かいましょう。」
時也が意気込むと、佐伯は首を振った。
「焦る気持ちは分かりますが、無策ではいけません。有栖川玲の情報がどこまで正確か、まずは下準備が必要です。それに、寂滅会が咲耶の過去を隠したがっているとすれば、必ず妨害が入るでしょう。」
佐伯はそう言って、数日かけて入念な準備を進めた。
玄翁は護身のための結界札を大量に作り、琥珀は旅に必要な道具や食料を調達した。
白磁の君は、静かに時也のそばに寄り添い、その小さな手が時也の袖をそっと握りしめていた。
◆◇◆
そして、月詠堂の面々は、静かに旅立ちの時を迎えた。
目指すは、東北の山奥にひっそりと佇む、咲耶の故郷。
寂れた山道を車で進むにつれて、人里離れた雰囲気が色濃くなっていく。
携帯電話の電波は途切れ、鬱蒼とした木々が空を覆い隠す。
やがて、小さな集落が見えてきた。
それが、桐生院咲耶の故郷だった。
村には、確かに数軒の家が残っていたが、人の気配はほとんどない。
時也たちは、一軒一軒、手掛かりを探して回った。
しかし、住民は皆、口を閉ざすか、あるいは咲耶のことになると不自然に顔を背けるばかり。
まるで、何かを恐れているかのようだった。
「これは…何かを隠している、というよりは、何かを『忘れさせられている』ような…」
琥珀が呟いた。
その言葉に、時也は身震いした。
寂滅会が、咲耶の過去だけでなく、村人たちの記憶すらも操作している可能性がある。
そんな中、時也は一軒の古びた空き家を見つけた。
他の家よりも、一層深く寂れ、蔦が絡みつき、今にも崩れ落ちそうだった。
「ここが…」
時也は、微かに残る気配を感じ取った。
ここが、桐生院咲耶が幼少期を過ごした家。
中に入ると、埃とカビの匂いが鼻を突いた。
家具はほとんどなく、ひっそりとしていたが、時也は壁の一角に、かすかに残る墨の跡を見つけた。
それは、子供が描いたような、稚拙な絵だった。
花のような、鳥のような、しかし何とも判別しがたい曖昧な形。
その絵の下には、小さな文字で、こう記されていた。
「サクヤ」
時也は思わず絵に触れた。
その瞬間、彼の脳裏に、幼い少女の笑い声と、古い木造家屋の匂い、そして…優しい、母の歌声が響いた。
それは、桐生院咲耶の、忘れ去られたはずの記憶の断片。
◆◇◆
その時、背後に殺気を感じた。
時也が振り返ると、家の入り口には、全身を黒い衣で包んだ術者が立っていた。
寂滅会の下級術者だ。
彼らは、時也たちの動きを察知し、妨害するために現れたのだ。
「これ以上、我々の邪魔をするな。貴様らのような異端者は、消し去るまでだ。」
術者は無表情に言い放ち、手に持った札を構えた。
時也は玄翁と琥珀に目配せする。
佐伯は冷静に術者の動きを観察している。
「時也様、ここは私に任せて、あなたは早くその家を調べてください!」
玄翁が叫ぶと同時に、術者に向かって飛びかかった。
琥珀もまた、素早く術者の背後に回り込み、攪乱する。
時也は迷わず、再び家の奥へと足を踏み入れた。
咲耶の絵が描かれた壁の奥に、小さな隠し戸を見つけた。
埃にまみれて、ほとんど壁と同化している。
時也が隠し戸を開けると、中には小さな木箱が一つ、ひっそりと置かれていた。
時也が箱を開けると、中には古びた布に包まれた、小さな石が一つ入っていた。
それは、どこにでもあるような、ただの小石に見えた。
しかし、時也がそれに触れた瞬間、温かい光が彼の掌を包み込んだ。
そして、彼の脳裏に、はっきりと一つの情景が浮かび上がった。
幼い咲耶が、この小石を握りしめ、満面の笑みで母親に駆け寄る姿。
母親が、その小石に、何かを囁きかける姿。
それは、確かに「お守り」だった。
そして、咲耶が寂滅会に引き取られる以前の、温かい記憶の象徴。
「見つけた…!」
時也の確信に満ちた声が、古びた家に響き渡った。
同時に、外からは玄翁と琥珀、そして佐伯が術者を圧倒する音が聞こえてくる。
しかし、時也の心は、すでに次の段階へと向かっていた。
この「お守り」が、咲耶の心を動かす鍵となるはずだと。
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