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第二十四話『言葉の檻』
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咲耶の中で、音が消えていった。
それはゆっくりと、静かに、雪が積もるような感覚だった。
視界に映る術者たちの口は動いている。
けれど、何を言っているのか、もう聞こえない。
代わりに、彼女の頭の中に、これまで浴びせられてきた言葉たちが反響していた。
――裏切り者
――失敗作
――感情に溺れた愚か者
――人間にも、あやかしにもなれない中途半端な存在
(そうだよね)
(私なんて、どこにも居場所なんてなかった)
(私は、選ばれる価値すらなかった)
彼女の視線は、床の紋章へと落ちていた。
それは彼女自身を封じる「鎮滅の円」。
もう何度も見たはずのものなのに、今は――
(……美しい)
そんな風に思えてしまう自分が、ひどく他人事のように感じられた。
◆◇◆
「結界の強度、上限に到達」
「人格断絶、最終段階に入ります」
術者たちの声が、空間に響く。
彼らの顔には感情がなかった。
それが“正義”であり、“規律”であり、寂滅会の「美徳」だった。
だがその中にひとり、少年のような面差しの青年がいた。
彼はわずかに眉をひそめ、咲耶の表情に目を留める。
(本当に、これでいいのか……?)
かすかに揺れたその心を、隣の上官が鋭く睨みつける。
「感情を持つな。対象に同情は不要だ」
「……はい」
青年は頷いた。
けれど、その声はわずかに震えていた。
◆◇◆
(あの人は、来ないんだ)
咲耶は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
(来るわけ、ないか)
(私を助けたって、何の得もない)
(寧ろ、あの人をまた傷つけてしまう)
「……よかったのか?」
ふと、幻聴のように聞こえた。
(……白磁の君……)
(琥珀さん……)
(あの小さな店で、何かが変わったと思ってた)
(でも――)
(私が間違ってたんだ)
もう自分のことなんて、誰も必要としていない。
もう、何かを望んじゃいけない。
もう、誰かの名を、呼んではいけない。
(だったら……)
(せめて)
(自分で、終わらせよう)
「……終わり、にして」
かすれた声が、漏れる。
術者たちが一斉に反応する。
「本人の同意を確認」
「処理優先度を最上位に変更」
「再構築開始」
淡い光が咲耶の身体を包みはじめた。
そのとき――
◆◇◆
「やめろ」
地下空間に、男の声が響いた。
鈍い音を立てて扉が破られ、数人の術者が吹き飛ぶ。
「なっ……!」
光が瞬く中、琥珀の煙が視界を遮る。
「演出って大事でしょ? 主役の登場よ」
「どけっ!」
玄翁の鉄槌が結界の支柱を叩き折る。
「いっちょ壊すと、気持ちええなあ!」
「――咲耶さん!」
声がした。
遠くから、はっきりと。
咲耶の耳が、かすかに反応する。
(……嘘)
(来た……?)
(ほんとうに……?)
駆け寄る足音。
ぶれた視界の中、見覚えのある黒い羽織が映った。
「咲耶さん、もう大丈夫です。迎えに来ました」
その声は、優しさでも哀しみでもなかった。
まっすぐな、選ぶような響きだった。
けれど。
「……やめて……」
咲耶はかすれた声で言った。
「来ないで……」
時也が立ち止まる。
「私、もう……おしまいだから……」
「あなたの中で、私を……きれいなまま残してほしいから……」
「だから……来ないでよ……!」
時也は何も言わなかった。
咲耶は、呻くように続けた。
「見ないで……!」
「こんな……壊れた私なんか、見ないでよ……!」
「私なんか……」
「失敗作で……間違いだらけで……」
「ずっと……間違えてて……!」
術者たちが騒ぎ出す。
「止めろ! 対象が暴走するぞ!」
「再構築が不安定に――!」
だが、時也は一歩、また一歩と進んだ。
「咲耶さん」
その声に、咲耶は顔を歪める。
「来ないでって言ってるでしょ……!」
「私を助けようとしないで!」
「そんなの……優しさなんかじゃない!」
「ただの偽善よ……!」
「私は、もう……!」
叫びは、泣き声に変わる。
「私はもう……誰にも選ばれたくない……!」
「選ばれて、捨てられるくらいなら……!」
「いっそ……!」
そのときだった。
時也は、目を伏せた。
そして、静かに呟いた。
「もう……“言葉”じゃ、届かないんですね」
彼のその一言に、誰もが息を呑んだ。
咲耶の声が、止まる。
(……なに?)
その意味を理解する前に、彼はもう目の前にいた。
咲耶と時也。
距離は、あとわずか。
けれど、まだ。
まだそれは――次の話で訪れる。
それはゆっくりと、静かに、雪が積もるような感覚だった。
視界に映る術者たちの口は動いている。
けれど、何を言っているのか、もう聞こえない。
代わりに、彼女の頭の中に、これまで浴びせられてきた言葉たちが反響していた。
――裏切り者
――失敗作
――感情に溺れた愚か者
――人間にも、あやかしにもなれない中途半端な存在
(そうだよね)
(私なんて、どこにも居場所なんてなかった)
(私は、選ばれる価値すらなかった)
彼女の視線は、床の紋章へと落ちていた。
それは彼女自身を封じる「鎮滅の円」。
もう何度も見たはずのものなのに、今は――
(……美しい)
そんな風に思えてしまう自分が、ひどく他人事のように感じられた。
◆◇◆
「結界の強度、上限に到達」
「人格断絶、最終段階に入ります」
術者たちの声が、空間に響く。
彼らの顔には感情がなかった。
それが“正義”であり、“規律”であり、寂滅会の「美徳」だった。
だがその中にひとり、少年のような面差しの青年がいた。
彼はわずかに眉をひそめ、咲耶の表情に目を留める。
(本当に、これでいいのか……?)
かすかに揺れたその心を、隣の上官が鋭く睨みつける。
「感情を持つな。対象に同情は不要だ」
「……はい」
青年は頷いた。
けれど、その声はわずかに震えていた。
◆◇◆
(あの人は、来ないんだ)
咲耶は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
(来るわけ、ないか)
(私を助けたって、何の得もない)
(寧ろ、あの人をまた傷つけてしまう)
「……よかったのか?」
ふと、幻聴のように聞こえた。
(……白磁の君……)
(琥珀さん……)
(あの小さな店で、何かが変わったと思ってた)
(でも――)
(私が間違ってたんだ)
もう自分のことなんて、誰も必要としていない。
もう、何かを望んじゃいけない。
もう、誰かの名を、呼んではいけない。
(だったら……)
(せめて)
(自分で、終わらせよう)
「……終わり、にして」
かすれた声が、漏れる。
術者たちが一斉に反応する。
「本人の同意を確認」
「処理優先度を最上位に変更」
「再構築開始」
淡い光が咲耶の身体を包みはじめた。
そのとき――
◆◇◆
「やめろ」
地下空間に、男の声が響いた。
鈍い音を立てて扉が破られ、数人の術者が吹き飛ぶ。
「なっ……!」
光が瞬く中、琥珀の煙が視界を遮る。
「演出って大事でしょ? 主役の登場よ」
「どけっ!」
玄翁の鉄槌が結界の支柱を叩き折る。
「いっちょ壊すと、気持ちええなあ!」
「――咲耶さん!」
声がした。
遠くから、はっきりと。
咲耶の耳が、かすかに反応する。
(……嘘)
(来た……?)
(ほんとうに……?)
駆け寄る足音。
ぶれた視界の中、見覚えのある黒い羽織が映った。
「咲耶さん、もう大丈夫です。迎えに来ました」
その声は、優しさでも哀しみでもなかった。
まっすぐな、選ぶような響きだった。
けれど。
「……やめて……」
咲耶はかすれた声で言った。
「来ないで……」
時也が立ち止まる。
「私、もう……おしまいだから……」
「あなたの中で、私を……きれいなまま残してほしいから……」
「だから……来ないでよ……!」
時也は何も言わなかった。
咲耶は、呻くように続けた。
「見ないで……!」
「こんな……壊れた私なんか、見ないでよ……!」
「私なんか……」
「失敗作で……間違いだらけで……」
「ずっと……間違えてて……!」
術者たちが騒ぎ出す。
「止めろ! 対象が暴走するぞ!」
「再構築が不安定に――!」
だが、時也は一歩、また一歩と進んだ。
「咲耶さん」
その声に、咲耶は顔を歪める。
「来ないでって言ってるでしょ……!」
「私を助けようとしないで!」
「そんなの……優しさなんかじゃない!」
「ただの偽善よ……!」
「私は、もう……!」
叫びは、泣き声に変わる。
「私はもう……誰にも選ばれたくない……!」
「選ばれて、捨てられるくらいなら……!」
「いっそ……!」
そのときだった。
時也は、目を伏せた。
そして、静かに呟いた。
「もう……“言葉”じゃ、届かないんですね」
彼のその一言に、誰もが息を呑んだ。
咲耶の声が、止まる。
(……なに?)
その意味を理解する前に、彼はもう目の前にいた。
咲耶と時也。
距離は、あとわずか。
けれど、まだ。
まだそれは――次の話で訪れる。
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