偶然を愛する二人

naomikoryo

文字の大きさ
3 / 5

クリスマス前

しおりを挟む
12月の夜。
商店街にはすっかりクリスマスの装飾が施され、にぎやかな音楽が流れ出していた。
街灯にはリースがかかり、色とりどりのライトが輝いている。
クリスマスの準備を急ぐ人々が行き交う中、田中大輔は静かに足を運んでいた。

「さて、どうしようか……
チキンを食べるなら今だよな。」
大輔は肉屋の前で、クリスマス用に陳列されたローストチキンを見つめていた。
どうせクリスマスに予定はないし、仕事の都合で遅くなるかもしれない。
結局、クリスマス当日は仕事で残業というのが、ここ数年の恒例だった。
既婚者や家族持ちの社員は、早く帰宅するか、休暇を取って家族と過ごす。
その代わりに、独身の大輔や同僚たちは、毎年この時期、自然と残業する羽目になる。

「クリスマスなんて……
ただの日常だよな。」
大輔は苦笑しながら、手にしたチキンを買うかどうか悩んでいた。

その時、ふと後ろからふわりとチキンの香りに誘われたのか、疲れた足を引きずるように歩いてきた女性がいた。
佐藤真奈美だ。
彼女もまた、ようやく一段落ついた卒論でここ数日ほとんど眠れておらず、体も重かったが、空腹には勝てずアパートを出て、商店街まで足を運んでいた。

「もうクリスマスか……
でも、それより今は何か食べないと。」
真奈美は、少しぼんやりした頭で、目の前の肉屋に並んだチキンに目を留める。
すると、目の端に見覚えのある姿が入った。

「えっ……まさか。」
真奈美が顔を上げると、そこに立っていたのは田中大輔だった。

**

「え、また君か!」
大輔は驚いた表情で、思わず声をかけた。

「うそ、また会ったの?」
真奈美も同じように驚いている。
4か月ほど前、夜行バスの乗り場で再会し、またこうして商店街で出くわすとは思ってもみなかった。

「偶然すぎるだろ……
またこんなところで。」
大輔は、半ば笑いながら言う。

「本当ね。
でも、チキンの前でっていうのが、なんだか笑えるね。」
真奈美もつられて笑った。

「確かにね。
でも、君もチキンを買いに来たのか?
これ、なかなか良さそうだぞ。」
大輔は手にしていたローストチキンを少し高く掲げ、真奈美に見せた。

「そうなんだ。
実はここ数日、卒論で全然寝てなくて……
疲れすぎて料理する気力もないの。
だから、適当に何か買おうと思って。」
真奈美は大きなため息をつきながら答える。

「そっか、卒論か。
大変そうだな。
俺も仕事が忙しくてさ、クリスマスもどうせ残業だろうと思って、先にチキン食べちゃおうかってところだよ。」
大輔は肩をすくめた。

「クリスマスも仕事?
それは……
なんだか寂しいね。」
真奈美は少し気の毒そうな顔をした。

「まあ、毎年のことだから慣れたよ。
でも、こうして誰かと話せるのは、悪くないかな。」
大輔は軽く笑ってみせた。

**

「ねえ、それならさ、どうせ一人でチキン食べるつもりなら、どこかで一緒に食べない?」
真奈美がふと提案した。

「え、今から?」
大輔は少し驚いて、真奈美の顔を見た。

「うん、どうせこの後も私は一人だし。
お互いに特に予定もないみたいだし、チキンを分け合うのも悪くないかなって。」
真奈美は少し照れながらも、そう言った。

大輔は一瞬考えたが、すぐにうなずいた。
「いいね、それ。
じゃあ、一緒にチキンを買って、どこかで食べようか。」

**


こうして、大輔と真奈美は、クリスマス前の商店街で再び偶然に出会い、そしてチキンを分け合うことになった。
二人は肉屋でチキンを購入し、その足で商店街の小さな公園へと向かった。
お互いに事前に買っていた飲み物もあった。
ベンチに座り、ローストチキンを取り出すと、香ばしい匂いが二人を包み込んだ。

「うん、やっぱり美味しい!」
真奈美は満足そうに一口頬張り、目を輝かせた。

「だろう?
こういうの、時々食べると妙に美味く感じるんだよな。」
大輔も同意しながらチキンにかぶりついた。

大輔と真奈美はチキンを食べながら、ふとした沈黙の中、周囲のイルミネーションや通り過ぎる人々の賑やかな声を耳にしていた。
二人の心は、クリスマスの華やかな雰囲気に少しずつ溶け込んでいった。

「そういえばさ、子供の頃のクリスマスって、どんな感じだった?」
大輔がふと話題を切り出した。

「子供の頃のクリスマスか……
あんまり大したことないんだけどね。」
真奈美はチキンの骨を慎重に外しながら、思い出を探るように言った。
「うちの家族、そんなに派手にクリスマスを祝う感じじゃなかったから。
でも、一つ覚えてるのは、小さい頃にお父さんが突然クリスマスツリーを買ってきたことがあったの。
普段はすごく仕事人間で、そういうイベントにはあまり興味がないと思ってたんだけど、その時だけは違ったのよ。」

「へえ、お父さんがクリスマスツリーを?」
大輔は興味津々で聞き返した。

「そう。
しかも、家に帰ってきたらいきなり組み立て始めて、私はただそれを見てるだけだったんだけど、なんかすごく嬉しかったのを覚えてるの。
その年は、家族みんなでツリーに飾り付けして、ケーキも食べたし、サンタさんからのプレゼントまであって……
すごく特別なクリスマスだったんだよね。」
真奈美は微笑みながら話している。

「いい話だな。
家族みんなで過ごすクリスマスって、やっぱり温かいもんだよな。」
大輔は少し感慨深げに言った。

「そうだね。
大輔くんはどう?
どんなクリスマスを過ごしてたの?」
真奈美は大輔の方に目を向けた。

「俺のクリスマスは……
まあ、普通って感じだったな。
でも、一つだけすごく記憶に残ってることがある。
小学校の時、サンタさんにどうしてもゲーム機をお願いしてたんだけど、朝起きたらその代わりに本が置いてあってさ。」
大輔は苦笑いを浮かべた。

「本?
それは……
なんだかちょっと残念だったね。」
真奈美は肩をすくめながらも、笑いをこらえきれなかった。

「そうそう。
しかもその本が、全然ゲームと関係ない学習書みたいなやつでさ。
『なんでこれなんだよ!』って子供ながらに大ショックだった。
でも、よくよく考えたらそれ、お父さんが選んだんだよな。
あの頃はわからなかったけど、今思うと、勉強しろってことだったんだろうな。」
大輔は肩をすくめた。

「なるほどね。
大輔くんの家族、教育熱心だったんだ。」
真奈美はクスクスと笑った。

「まあ、そういうことだな。
でも、今ではその本のこともいい思い出になってるよ。
結局その本、ちゃんと読んだし、あれがきっかけで色んなことに興味を持つようになったんだ。
クリスマスプレゼントとしては微妙だったけど、後々役に立ったって感じかな。」
大輔は遠くを見つめながら話した。

**

二人はしばし、子供の頃のクリスマスの話で盛り上がり、それぞれの家庭の雰囲気や思い出が語られた。
商店街のクリスマスムードに包まれながら、二人の会話は続いていく。

「それにしても、クリスマスって大人になるとなんか違うよね。
子供の頃は、サンタさんが来るとか、プレゼントが楽しみで仕方なかったけど、今はもう……ね。」
真奈美は少し遠慮がちに言った。

「確かに。
今は忙しさに追われて、特別なことがない限り、ただの一日って感じだもんな。
でも、こうして誰かと話して過ごすのも悪くないなって思うよ。」
大輔は真奈美に微笑んだ。

「うん、そうだね。
こういう偶然の出会いも、なんだか特別に感じるよね。」
真奈美もまた、穏やかな笑顔を返した。

静かな笑いが漂う中、二人はチキンを食べ終え、再び軽い沈黙が流れた。
ふとした瞬間に大輔が思いついたように言葉を口にする。

「ところで、真奈美ちゃんって、何歳までサンタさん信じてた?」
大輔が少し悪戯っぽく尋ねた。

「えっ、それ聞くの?」
真奈美は少し驚いた表情を見せながらも、すぐに笑顔を浮かべた。
「でも、言われてみれば、何歳まで信じてたかな……」

「俺は小学校3年くらいまでかな。
結構遅くまで信じてた方かも。」
大輔は照れ臭そうに言った。
「クリスマスの朝に枕元にプレゼントが置いてあるのが、当たり前だと思ってたからさ。
サンタさんが夜中に来てくれてるんだって、めちゃくちゃワクワクしてたよ。」

「3年生か……。
私は確か小学校1年生で、現実に直面しちゃったかな。」
真奈美は思い出しながら笑う。
「ある年、クリスマスの前にお母さんが『これ、サンタさんに渡しておいて』ってプレゼントを自分で用意してるのを見ちゃったんだよね。
それで、『あれ?サンタさんが持ってくるんじゃないの?』って子供ながらに不思議に思ったの。」

「なるほど、それは衝撃だな。」
大輔は頷いた。
「でも1年生で気づいたってことは、結構鋭いじゃん?」

「うーん、たまたまだと思うよ。
でもその後、お母さんに『サンタさんって実はお父さんとお母さんだったんだよ』って言われて、すごくショックだった。
『えーっ!そんなことあるの!?』って感じで。」
真奈美は両手を広げて当時の驚きを表現した。

「そりゃショックだろうなあ。
でも、1年生で気づけたのは早い方かも。
俺なんて、友達が『サンタなんていない』って言っても『そんなの嘘だ!』って本気で反論してたくらいだからね。」
大輔は苦笑いを浮かべた。

「うふふ、かわいいね。
でも、信じてた方が楽しいよね。
サンタさんを信じてた頃って、クリスマスがすごく魔法みたいに感じられたし、プレゼントがどうやって届くのか想像するのも楽しかったな。」
真奈美は目を細め、懐かしむように言った。

「わかるわかる。
俺もサンタさんがどうやって家に入ってくるのかって、ずっと疑問だった。
うちは煙突なかったから、『じゃあ、どこから入るんだ?』って思ってたけど、深く考えないようにしてたんだよな。
信じていたい気持ちの方が強くてさ。」
大輔は笑いながらその頃の自分を振り返る。

「そうそう!
私も同じこと考えてた。
煙突がないのにどうやってプレゼントを置いていくんだろうって。
でも、結局サンタさんは特別な力を持ってるから、大丈夫なんだって勝手に思い込んでた。」
真奈美は笑顔で頷く。

**

「でもさ、大人になると、そういう魔法みたいな感覚って、少しずつ薄れていくよね。」
大輔はしんみりとした表情で言った。

「うん、そうだね。
現実を知るって、ちょっと寂しいところもあるけど、それも成長なのかな。」
真奈美も少し感慨深げに続けた。

「まあ、でも、こうやって笑い合いながら昔のことを話すのも悪くないな。」
大輔は穏やかに微笑んだ。

「うん、クリスマスの魔法が少し戻ってきたみたいな気がする。」
真奈美も同じように微笑んで、イルミネーションの輝きを見上げた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

処理中です...