偶然を愛する二人

偶然の約束

チキンも食べ終わり、少しの沈黙の後、満足げにお腹をさすっている大輔の顔を見ながら、真奈美が口を開いた。

「そういえばさ、大輔くんのアパート、この辺なの？
私もすぐ近くなんだけど、意外と今まで全然会ってなかったよね。」

「え、マジで？
この近くに住んでるの？」
大輔は驚いたように言い、真奈美に視線を向けた。
「俺のアパートも商店街からすぐなんだけど。
確かにこんなに近いのに、なんでこれまで会わなかったんだろうな。」

「ほんとにね。
それなのに、最初に会ったのは、まさかの住宅街のカフェだもんね。」
真奈美は少し笑いながら続けた。
「もっと近くで普通にすれ違っててもおかしくなかったのに、あんな遠い場所で偶然会うなんて、不思議じゃない？」

「確かに、あれは妙な偶然だったな。
東京って広いようで狭いってよく言うけど、それでもまさか次に夜行バス乗り場で再会するとは思わなかった。」
大輔もその状況を思い返しながら笑った。
「それに、その後もこうしてチキン屋の前でまた偶然会うし。
もうちょっと普段から顔を合わせててもおかしくないはずなのに。」

「ね、絶対どこかですれ違ってたはずなのに、気付かなかったのかもね。」
真奈美は頷きながら、少し不思議そうな顔をした。
「もしかして、私たちって、すれ違いざまに気付かないタイプの人間なのかな？」

「かもな。
もしかしていつもお互いにスマホばっかり見てたとか？」
大輔は冗談っぽく言って、軽く肩をすくめた。

「それあり得る！
お互いに気付かないまま、ずっとすれ違ってたのかもね。」
真奈美は思わず声を出して笑った。

「でも、こうやってちゃんと話す機会がなかっただけかもな。
普通だったら、商店街とかで見かけても、挨拶するほど親しいわけでもないし、ただ通り過ぎるだけだったかも。」
大輔は少し真面目なトーンで続けた。

「確かに。
こうやってちゃんと話してみると、不思議な縁だよね。」
真奈美は軽く頷きながら、イルミネーションの光が映る商店街の方を見つめた。

「そうだな。
こんなに近くに住んでたのに、全然知らなかったなんて面白いよな。」
大輔も遠くを見つめる。

**

「でもさ、これからはきっともっと会う機会が増えるんじゃない？
だってこんなに近所なんだもん。」
真奈美が笑顔で言うと、大輔も軽く頷いた。

「そうだな。
次は商店街でチキンを買う前に、ちゃんと声かけてくれよ。」
大輔は冗談めかして言った。

「うん、今度は逃さないから！」
真奈美は明るく答え、二人は笑顔を交わした。

そうして二人は、これまでの不思議なすれ違いに笑い合いながら、この偶然がもたらした新しい縁を少しずつ感じ始めていた。

「じゃあ、そろそろ帰るか。
今日はチキンのおかげでクリスマス気分も少し味わえたし、楽しかったよ。」
大輔が微笑んで言うと、真奈美も頷きながら答えた。

「うん、私もすごく楽しかった。ありがとうね。」
真奈美は少し名残惜しそうに笑った。

しばらく沈黙が流れ、二人は別れを告げるべきか、それとももう少し話すべきか迷っているような雰囲気だった。
そんな中、ふと真奈美が口を開いた。

「ねえ……
連絡先、交換しとく？」

その言葉に大輔は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに軽く笑った。
「うーん、どうする？
確かにこうして何度も偶然会ってるんだし、交換しといた方がいいのかもしれないけど……」

「そうだよね。
お互いこんなに近くに住んでるし、今まで会わなかったのも不思議だし。
でも、なんだろう……
なんか、今すぐ交換するのは、ちょっと違うような気もするんだよね。」
真奈美は自分の言葉に迷いがありながらも、何か特別なものを感じ取っているようだった。

「わかるよ、その気持ち。
偶然の出会いが続いてるから、なんとなく今すぐに連絡先を交換しちゃうのは、流れを壊すような気がするんだよな。」
大輔も同じような気持ちを抱いていた。

二人はしばらく考え込んだ後、大輔が提案する。
「じゃあさ、初詣の日にもしこの商店街の先にある神社でまた偶然会えたら、その時に連絡先を交換しようよ。
どう？」

「初詣？」
真奈美は意外そうに聞き返したが、すぐにその提案に興味を示した。
「それ、面白いかも。
お互いに何時に行くかも言わずに、もし本当に会えたら、その時に交換するってことね。」

「そうそう。
せっかくだから、また偶然に任せてみよう。
もし会えたら、それが縁ってことだ。」
大輔は冗談めかしつつも、どこか本気の表情で言った。

「うん、それでいいかも。
もし会えたら、次はきっと偶然じゃなくて、何か意味があるんだろうね。」
真奈美は少し笑みを浮かべて、彼の提案に同意した。

**

「じゃあ、そういうことで。
初詣で会えたら、その時に連絡先を交換しよう。」
大輔が軽く手を振りながら言うと、真奈美も同じように手を振った。

「うん、楽しみにしてる。
でも、もし会えなかったら、またどこかで偶然会うかもね。」
真奈美は少し冗談っぽく笑った。

「まあ、その時はまたその時だな。」
大輔も笑い返し、二人は軽く頷き合った。

それから、二人はそれぞれの方向へと歩き始めた。
何も約束しないまま、ただ偶然に頼って別れた二人。
しかし、心の中にはどこか期待があり、次にまた会えるかもしれないという不思議な感覚が残っていた。

冷たい12月の夜風が二人の背中を押すように、静かに街の中に溶け込んでいった。
初詣の日、果たして神社で再び偶然が訪れるのか、それともまた別の形で二人の道は交わるのか。
二人はそれを知らずに、ただ今夜の別れを心に刻みつけていた。