悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo

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第90話『三者の力』【陰謀と真実の序曲編⑩】

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 砦の最奥。
 冷たい石の床に広がる黒い魔法陣は、まるで地の底へと続く穴のように脈動していた。
 その中心に、リリシアは光を吸い込む糸に縛られ、動けずにいる。
 紫紺の瞳は必死に仲間を追っていた。

「クロス先生……ルーティア……」
 声は糸に封じられて漏れない。
 けれど心の奥で必死に叫んでいた。

◆◇◆

 仮面の幹部はゆっくりと歩み出る。
 赤く光る瞳孔が、カイとルーティアを交互に見やる。

「教師。紅の令嬢。そして愚かな護衛団。
 姫を守るためにここまで来たか。
 だが無駄だ。王は必ず呼び寄せられる。お前たちの奮闘など、計画の小石にすぎん。」

「無駄かどうかは計算してみな分からんやろ。」
 カイがチョークをくるりと回した。
「少なくとも、ワイの黒板じゃ“お前らの勝利”は0や。」

「なっ……!」
 仮面が小さく揺れる。
 挑発されたのか、それとも理屈が妙に胸に刺さったのか。

「旦那様、私が先陣を切りますわ!」
 ルーティアが紅剣を突き出し、床を蹴る。
 炎が走り、仮面の男に斬りかかる。

 だが――。
 幹部の周囲に黒い糸が渦を巻き、炎を絡め取って消した。

「……っ!」
 ルーティアが歯を食いしばる。
「私の剣が……!」

「面白い。」
 仮面が低く笑う。
「お前の力も姫と同じく、縫い付けてやろう。」

◆◇◆

 その時、護衛団が一斉に動いた。

「俺が隙を作る!」
 ツェイルが影のように駆け、仮面の背後に斬り込む。

「幻膜、三重!」
 カサが光を歪め、幹部の視界を揺らす。

「兄者!」「弟よ!」
 双子が左右から同時に飛び込み、黒い糸を切断する。

「補給物資、眠り煙!」
 メリルの瓶が砕け、白い煙が舞い上がる。

 そして、ゴルムが大扉のように立ち塞がり、低く一言。
「通行止めや。」
 幹部の突き出した糸の槍を、面ごと押し返した。

 その連携を見て、リリシアの胸が熱くなる。
(みんなが……私を守るために……!)

 紫紺の瞳に涙が滲む。
 だが、その涙は悲しみではなく――誇りの涙だった。

(私も……仲間を信じなきゃ。)

◆◇◆

「まだ足りん!」
 仮面の男が低く唸り、床の魔法陣がさらに輝いた。
 黒い糸が無数に広がり、天井や壁を這い回る。
 それはまるで砦全体を蜘蛛の巣に変えるかのようだった。

「……面倒くさい式やな。」
 カイが片眉を上げ、床にしゃがみ込む。
 チョークを走らせ、複雑な数式を描く。

「角を丸める、面を立てる……。ほな、分母ゼロは消去や。」
 書き上げた瞬間、光がはじけ、糸の一部がぶつりと断たれた。

「なにっ……!」
 幹部の声が怒りに歪む。

「旦那様! 今ですわ!」
 ルーティアが紅剣を振り抜き、切り裂かれた隙間に炎の刃を叩き込む。
 炎は黒い糸を焼き払い、リリシアを縛る縁を削った。

 リリシアは身体を強く震わせる。
 糸の拘束が緩む。
 その瞬間、胸の奥から風が迸った。

「……私も、戦う!」

 風の刃が奔り、残っていた糸を切り裂く。
 解き放たれた彼女の瞳は強く光り、仮面の男を真っ直ぐに見据えた。

◆◇◆

 三者――カイ、ルーティア、リリシア。
 そこに護衛団十九人の力が重なる。

 炎と風と数式の光が絡み合い、黒い糸を押し返す。
 砦の最奥はまるで昼のように輝き、闇が裂けていく。

「バカな……!」
 仮面の男が後退する。
「姫が……力を……!」

「せや。」
 カイが剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「計算外はお前のほうや。ワイらの答えは――一つや。」

「――リリシアは渡さない!」
 ルーティアとリリシアが同時に叫び、炎と風が合わさって大きな竜巻となった。

 その光に呑まれ、仮面の男は影となって砦の奥へ吹き飛ばされる。

 静寂が訪れた。
 リリシアは息を切らしながらも、まっすぐ立っていた。
 その姿を見て、ルーティアはわずかに笑みを浮かべた。
「少しは……見直しましたわ。」

「ありがとう。」
 リリシアも笑った。
 その笑顔に、カイはほんの少しだけ安堵の息を吐いた。
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