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第112話『虚ろなる観測者』【魔眼の徘徊者編⑫】
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夜が明けきる前の薄闇の中、学園の天文塔では、ふたりの男が無言のまま星図を睨んでいた。
一人はカイ。
もう一人は学園長・バルドゥール。
厳しい眼差しを持つ老魔導士は、夜通し残っていた空の揺らぎを天球盤に投影し、その中心に現れた【歪んだ魔素の孔】を指差した。
「昨夜、観測塔の結界に微細な歪みが走った。
ほんの刹那……わずかに“覗かれた”」
「うちにも来よったで。
白銀の“目”みたいなんが、空間を通して覗いとった。
……生身の感覚で分かるレベルや」
「君の話と合わせるなら、これはただの視線ではない。
あれは――“記録を刻むための視線”だ。
それも、生きた意志のある何かによる……」
バルドゥールの指が盤上の点を押し、周囲に小さな光の軌跡が浮かび上がる。
「通常の魔素ではない。
この“目”の根元にある観測者――これは、かの魔界反逆派に与する者……いや、存在そのものが異質かもしれん。
カイ君。
彼らの目的は、おそらく“君の術式”の記録だ」
「……ワイの?」
カイは眉を寄せ、理手の指をゆっくりと開いた。
白銀の筐体。
掌の中央に、未発動の術式の痕が淡く残っている。
「昨日、ロケットパンチの術式に“連動構文”を仕込んだんや。
離れた場所で発動するためのトリガー。
それを使うてしもうたんやけど……」
「なるほど。術式と発動体の分離型……君らしい応用だが、それは同時に“極めて危険な情報”でもある」
バルドゥールは天球盤の光を一つに収束させながら、静かに告げる。
「今、彼らは君の『構造式』そのものを奪い取ろうとしている。
観測とは記録であり、記録とは複製への第一歩。
君の術式を盗まれれば、それを模倣し、拡張し、“歪める”ことができる者もいるだろう」
「……くそっ」
カイは拳を握り、理手の関節が小さく軋んだ。
ルーティアやリリシアを守るために使った術。
仲間の力で作った理手。
それが、敵に悪用されるかもしれない。
(どないしても、こいつらは“理”をねじ曲げよる。
ワイの数式を、武器じゃのうて、呪いに変えようとしよるんか……)
怒りの熱が腹の奥に広がる。
「学園長……この術式の盗用を防ぐには、どうしたらええ?」
「君自身が、“構造の根本”を変えていくしかない」
バルドゥールの答えは厳しいが、明確だった。
「おそらく、彼らの記録は“静的構造”には追いつけても、“動的展開式”には対応できない。
つまり、君が絶えず術式を“進化”させれば、追いつけない。
模倣も、逆転も、不可能にできる」
それは――
「つまり、“成長し続けろ”ってことやな?」
「そういうことだ、カイ先生」
そこには、教師と学園長の間の、静かな信頼があった。
◆◇◆
一方そのころ。
ルーティアは訓練場で、剣を振っていた。
誰もいない朝の空気を裂く、紅の軌跡。
リリシアは少し離れて、その様子を見ていた。
言葉はなかった。
ただ、風が互いの距離を埋めるように流れていた。
「……昨夜、先生があなたを守ったとき、少し……羨ましかった」
リリシアがぽつりと呟いた。
「先生は、何も言わなくてもあなたに向かって手を伸ばす。
それは、私にはない距離感だと思ったの」
ルーティアは一度、剣を止めた。
汗が頬を伝い、額にかかった髪を払う。
「……それは、時間の差よ。
私は、先に旦那様に救われたもの」
「でも、先生は私のことも……同じように……」
「ええ。
同じように、救うわ」
ルーティアは振り返り、真っ直ぐにリリシアを見た。
「だからこそ。
“最初に救われた者”として、私はあなたに、ちゃんと伝えるわ」
「なにを……?」
ルーティアの紅い瞳が、冗談のように揺れた。
「私は“第一夫人”の座を譲るつもりはないわ。
でも……“第二”になる覚悟があるのなら、ちゃんと並びなさい」
リリシアは一瞬、意味が分からなかった。
だが、言葉が胸に届いた瞬間、熱くなるのを感じた。
「……まだ、私、そんなつもりじゃ……」
「ええ、分かってる。
でも、その頬の赤さは誤魔化せないわよ」
「~~っ!」
風がまた、彼女たちの間を通り抜けた。
まるで、新しい関係を押し出すように。
◆◇◆
その夕方。
カイは教室で、生徒たちに「観測の魔術式」についての特別講義を始めていた。
「えー、つまりやな、“見られる”っちゅうのは、“知られる”ことと同義や。
でも、“知る”ことに反撃する手段がないわけやない」
彼は理手で円面を描き、その中に一つの新しい数式を示した。
それは、“観測”を逆に反転させ、“観測者の観測”を始める術。
「この式は、ワイらが“見る側”になるための式や。
受けるばっかじゃ、あかん。
今度は、見返すんや。
観測者に、目を合わせたる」
教室に、誰かが小さく息を呑んだ。
双子が「兄者」「弟よ」「せやな」と言い合い、ツェイルが影の中から低く頷く。
メリルは紅茶ユニットの新設計を膝に抱えたまま、真剣に聞き入っていた。
「クロス組。
次の授業は、“目を返す式”や。
来週までに準備。
それと……」
カイは黒板に書き加える。
【新月前夜:湖畔の小聖堂、観測術式の反転儀式を実施】
それは、新たな戦いへの準備。
“観測者”に、目を合わせる戦いの始まりだった。
一人はカイ。
もう一人は学園長・バルドゥール。
厳しい眼差しを持つ老魔導士は、夜通し残っていた空の揺らぎを天球盤に投影し、その中心に現れた【歪んだ魔素の孔】を指差した。
「昨夜、観測塔の結界に微細な歪みが走った。
ほんの刹那……わずかに“覗かれた”」
「うちにも来よったで。
白銀の“目”みたいなんが、空間を通して覗いとった。
……生身の感覚で分かるレベルや」
「君の話と合わせるなら、これはただの視線ではない。
あれは――“記録を刻むための視線”だ。
それも、生きた意志のある何かによる……」
バルドゥールの指が盤上の点を押し、周囲に小さな光の軌跡が浮かび上がる。
「通常の魔素ではない。
この“目”の根元にある観測者――これは、かの魔界反逆派に与する者……いや、存在そのものが異質かもしれん。
カイ君。
彼らの目的は、おそらく“君の術式”の記録だ」
「……ワイの?」
カイは眉を寄せ、理手の指をゆっくりと開いた。
白銀の筐体。
掌の中央に、未発動の術式の痕が淡く残っている。
「昨日、ロケットパンチの術式に“連動構文”を仕込んだんや。
離れた場所で発動するためのトリガー。
それを使うてしもうたんやけど……」
「なるほど。術式と発動体の分離型……君らしい応用だが、それは同時に“極めて危険な情報”でもある」
バルドゥールは天球盤の光を一つに収束させながら、静かに告げる。
「今、彼らは君の『構造式』そのものを奪い取ろうとしている。
観測とは記録であり、記録とは複製への第一歩。
君の術式を盗まれれば、それを模倣し、拡張し、“歪める”ことができる者もいるだろう」
「……くそっ」
カイは拳を握り、理手の関節が小さく軋んだ。
ルーティアやリリシアを守るために使った術。
仲間の力で作った理手。
それが、敵に悪用されるかもしれない。
(どないしても、こいつらは“理”をねじ曲げよる。
ワイの数式を、武器じゃのうて、呪いに変えようとしよるんか……)
怒りの熱が腹の奥に広がる。
「学園長……この術式の盗用を防ぐには、どうしたらええ?」
「君自身が、“構造の根本”を変えていくしかない」
バルドゥールの答えは厳しいが、明確だった。
「おそらく、彼らの記録は“静的構造”には追いつけても、“動的展開式”には対応できない。
つまり、君が絶えず術式を“進化”させれば、追いつけない。
模倣も、逆転も、不可能にできる」
それは――
「つまり、“成長し続けろ”ってことやな?」
「そういうことだ、カイ先生」
そこには、教師と学園長の間の、静かな信頼があった。
◆◇◆
一方そのころ。
ルーティアは訓練場で、剣を振っていた。
誰もいない朝の空気を裂く、紅の軌跡。
リリシアは少し離れて、その様子を見ていた。
言葉はなかった。
ただ、風が互いの距離を埋めるように流れていた。
「……昨夜、先生があなたを守ったとき、少し……羨ましかった」
リリシアがぽつりと呟いた。
「先生は、何も言わなくてもあなたに向かって手を伸ばす。
それは、私にはない距離感だと思ったの」
ルーティアは一度、剣を止めた。
汗が頬を伝い、額にかかった髪を払う。
「……それは、時間の差よ。
私は、先に旦那様に救われたもの」
「でも、先生は私のことも……同じように……」
「ええ。
同じように、救うわ」
ルーティアは振り返り、真っ直ぐにリリシアを見た。
「だからこそ。
“最初に救われた者”として、私はあなたに、ちゃんと伝えるわ」
「なにを……?」
ルーティアの紅い瞳が、冗談のように揺れた。
「私は“第一夫人”の座を譲るつもりはないわ。
でも……“第二”になる覚悟があるのなら、ちゃんと並びなさい」
リリシアは一瞬、意味が分からなかった。
だが、言葉が胸に届いた瞬間、熱くなるのを感じた。
「……まだ、私、そんなつもりじゃ……」
「ええ、分かってる。
でも、その頬の赤さは誤魔化せないわよ」
「~~っ!」
風がまた、彼女たちの間を通り抜けた。
まるで、新しい関係を押し出すように。
◆◇◆
その夕方。
カイは教室で、生徒たちに「観測の魔術式」についての特別講義を始めていた。
「えー、つまりやな、“見られる”っちゅうのは、“知られる”ことと同義や。
でも、“知る”ことに反撃する手段がないわけやない」
彼は理手で円面を描き、その中に一つの新しい数式を示した。
それは、“観測”を逆に反転させ、“観測者の観測”を始める術。
「この式は、ワイらが“見る側”になるための式や。
受けるばっかじゃ、あかん。
今度は、見返すんや。
観測者に、目を合わせたる」
教室に、誰かが小さく息を呑んだ。
双子が「兄者」「弟よ」「せやな」と言い合い、ツェイルが影の中から低く頷く。
メリルは紅茶ユニットの新設計を膝に抱えたまま、真剣に聞き入っていた。
「クロス組。
次の授業は、“目を返す式”や。
来週までに準備。
それと……」
カイは黒板に書き加える。
【新月前夜:湖畔の小聖堂、観測術式の反転儀式を実施】
それは、新たな戦いへの準備。
“観測者”に、目を合わせる戦いの始まりだった。
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