悪役令嬢が攻略対象ではないオレに夢中なのだが?!

naomikoryo

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第119話『姿と誇り、声の魔王』【魔王城での決戦編③】

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 玉座の間が、敵の術式によって歪み始めていた。

 戦場は、すでに魔王城そのもの。
 その中心に立つ魔王は、護衛団の面々を静かに見つめていた。

「……お前たち、力の制限を解けば、もっと戦えるのではないか」

 重く、深い声音。
 だが威圧ではなく、まるで“父”が子を諭すような響きだった。

 ゴルムを筆頭に、19人の護衛団が整列して魔王と対峙する。
 ツェイルの影が揺れ、キルとカルが肩を並べ、メリルは小瓶をぎゅっと握る。

 その言葉が意味するところは明白だった。

 ――元の魔族の姿に戻れ。
 ――それが“本来の力”だろう。

◆◇◆

 重苦しい沈黙を、ゴルムが破る。

「魔王陛下。
 確かに、我らがこの“人の姿”でいるのは、抑制でもあります」

 彼は人間の青年のような体つきで、背もさほど高くはない。
 だが、その肩幅には揺るがぬ芯がある。

「けれど、今のこの姿は……カイ先生に教えられた、“他者と力を合わせる”ための型でもあります」

 メリルが後に続く。
「元の姿に戻ったら、手が六本になっちゃうんです。
 その時点で、紅茶が注げなくなっちゃいますし」

「……そこ?」
 ルーティアのつっこみが漏れるが、メリルは真剣そのものだった。

 ツェイルが魔王を見上げた。
 その目に宿るのは、自律の光だ。

「姿を戻せば、力は増すでしょう。
 でも……かつてのように、誰にも触れられず、声も通じず、自分が“何者か”も分からぬまま戦うのは、もう嫌なのです」

 双子が肩を組みながら、同時に言った。

「“先生”の指導で」
「“クラス”の空気で」
「……せやな」
「結局それ」

 彼らが拒んでいるのは、力そのものではない。
 自我の消失。
 そして、“人間の側”に築いた繋がりの喪失。

 それを、魔王は静かに見つめていた。
 やがて目を閉じると、ゆっくりと頷いた。

「……ならば、その姿で戦え。
 誇りを持て」

 リリシアの胸が波打つ。
 誰よりも、自分が今その言葉に救われていた。

(……もう、あの姿は……先生に見せたくない)

 あの夜。
 カイの前で、“魔族の姿”を晒してしまったときの不安。
 それは今も彼女の中に、しこりのように残っている。

(人間の姿だから、そばにいられる)
(魔族としての“力”ではなく、私の“意志”で、先生の隣に立ちたい)

 そう、強く願った。

◆◇◆

 しかし、その意思を逆手に取った者がいた。
 反逆派の指揮官たち。

 彼らは次第に、“狙い”を絞り始めた。

「……魔族でありながら、変身しない。
 つまり、恐れているんだな? 真の姿を」

 同時に、敵の攻撃が一点に集中しはじめる。
 リリシア、護衛団、特にツェイルやゴルムなど、前衛支援を担う者たちへと。

 回避を強いられる彼らの動きが鈍る。
 風の輪で支えるリリシアに、魔力干渉の波が襲いかかる。

「ぐっ……!」

「リリシア様!」

 ゴルムがすぐに駆け寄るが、その動きさえも狙われていた。

 火線、呪詛、闇の干渉術――
 まさに集中砲火。

 敵は理解していた。

 カイとルーティアは、前線で組み合う“核”。
 だが、背後を崩せば、連携が機能しなくなる――と。

◆◇◆

 その読みを断ち切ったのは――

 凛と立つ一人の少女だった。

「――リリシア、下がって。
 ここは、私と旦那様がやる」

 ルーティア・ラディス・レイグランデ。
 公爵令嬢であり、剣士であり、何より“伴侶”としての覚悟を持った者。

 隣に立つカイが、理手を掲げる。

「そろそろ、真打登場ってとこか」

 前方、城門が歪む。

 風が鳴く。
 影が蠢く。
 空間が“音”を伴って震える。

 ――来た。

 この戦いの黒幕。
 反逆派の首魁。
 声の禁呪を使う、“声そのもの”を纏った存在――

◆◇◆

「……お久しぶりだな、異邦人」

 その“声”は、音ではなく“思考”で届く。
 脳髄を直接撫でられるような、不快な囁き。

 敵の姿は、明確な形を取らなかった。
 人の輪郭に近いが、肌は薄く透け、目の奥に“何も映っていない”。

「魔界も、人間界も、両方とも――
 “器”としてもらうぞ」

 カイの額に汗がにじむ。

(……こいつ、“支配”そのものや)

 言葉で従わせるのではなく、“声”で脳を支配する。
 すでに護衛団の一部が、耳を塞いで動けなくなっている。

 それでも。

「ワイらの世界を、“器”やて?
 寝言やなぁ」

 カイは前に出る。

「ルーティア!」

「ええ、旦那様!」

 その瞬間。

 剣の光と、数式の光が交差する。

 剣が角を描き、数式が面を繋げる。
 風と魔力と質量と、すべてを包み、重ね、収束させた――

 合体魔法

 《重理剣・斬音(ジュウリケン・ザンオン)》

 剣と理の波が“声”を真っ向から斬り裂く。

 空が震え、音が割れ、視界が白く染まった。

◆◇◆

 それでも、敵はまだ倒れてはいない。

 ただ、姿が揺らいだ。
 初めて、“声”に動揺が走った瞬間。

 魔王がその隙を捉えようと歩み出す。

 だが、カイは小さく手を振って制した。

(……あの人は、“とどめ”を刺さへん)
(たとえそれが、魔族でも)

 ならば、最後は自分たちで決める。
 リリシアが少しだけ、涙を浮かべて頷いた。

「……先生、行ってください」

 ルーティアが、剣を再び構えた。

 カイの理手が、術式を描き始める。
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