五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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第三話:首のない男と、紙の手紙

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 朝。
 まだ陽が昇りきらない、白い霧の立ち込める境内。

 鵺乃杜神社の奥――社務所の郵便受けに、一通の手紙が差し込まれていた。

 和紙のような手触り。
 切手も消印もない。
 裏に書かれた文字は、滲むような筆文字で、こう綴られている。

「――十年前、ここで呪われた女は、いまどこにいますか」

 それだけ。

 差出人不明。

 宛名もなく、ただ、零子を狙ったかのように届いた。

 

 その手紙を見た瞬間――

 五寸釘零子は、久しぶりに眉をひそめた。

 

(……懐かしい匂い)

 

 彼女は何も言わず、手紙を懐にしまい、静かに髪を結い上げた。

 前髪の下に隠れた目が露わになる。
 目元には、普段見せぬ翳りがあった。

 そのとき、廊下の先から母・巴が現れた。

「零子……その手紙、見せなさい」

 零子はちらりと目を向け、短く返す。

「覚えてる?」

「……ええ」

「じゃあ、知らないとは言わせない。あれは、私の“呪い”じゃなかった」

「零子……」

 沈黙が流れる。

 だが零子は、それ以上は語らなかった。

 背後では、式神の猫・カラクリが廊下に座り、じっとこちらを見ていた。

 その目の中には、怨霊のような青白い影が映っていた。

 



 

 同じ日、集落の奥にある民家で、「首のない男の霊を見た」という通報があった。

 神社に近い山道で、早朝の散歩中だった老婆が、木々の間を彷徨う人影を見たという。

 服装はスーツ姿。
 だが、首がなかった――と。

 警察が調査をしたが、もちろんそんな人物はいない。

 目撃者は「神隠しに遭う」と怯え、山道の通行が一時的に封鎖される騒ぎになった。

 



 

 その夜、零子は一人、神社の裏へと向かっていた。

 結界の中。
 呪詛の森。

 その森の一番奥、誰にも触れられない古木の前に、彼女は立つ。

 風はないのに、木々がざわざわと鳴っていた。
 人の呻き声のようにも聞こえる。 

 零子は、ふと木の根元に目をやる。

 そこに、何かがいた。

 ……いや、誰かが、立っていた。

 それは、男だった。
 スーツ姿。
 背は高く、痩せている。

 だが、首がない。

 首が、まるで刃物で切り落とされたように、すっぱりと消えていた。

 男は、ふらふらとこちらに歩いてくる。
 一歩、また一歩。
 血は流れていない。
 ただ、怨念だけが歩いてくる。

 零子は、その場から動かず、ただじっと見つめる。

 

(あなた……誰を、探してるの?)

 

 男は、近づいてくる。
 そして――立ち止まる。

 目が合うはずはないのに、目が合った気がした。

 零子は、口を開いた。

「十年前に、誰かを呪った女。あなたは、それを見ていたのね」

 男は答えない。
 喉がないのだから、当然だ。

 だが、その姿が――どこか、見覚えがあった。

 

 そのとき。

 零子の記憶に、ひとつの映像がよみがえる。

 赤い火。
 焼け落ちる社。
 泣き叫ぶ女。
 誰かの名前を呼ぶ声。

 そして、あの声――

 「零子、戻れッ……!」

 それは、父の声だった。

 そして、その火の中で、誰かが藁人形を打っていた。

 

(あれは……私じゃない)

(あの時、誰かが――私の代わりに、呪った)

 

 零子は、ふらりとよろめいた。
 自分では自覚していなかったが、膝が震えていた。

 そのとき、男の霊が静かに手を伸ばす。

 ゆっくりと、零子の肩に――

 ……触れない。

 直前で、その腕は霧のように消えた。

 

 そして男は、森の奥へと消えていく。

 



 

 翌朝。
 巴は社務所で、誰かと電話をしていた。

「……ええ、来ました。あの手紙。十年前と、同じ筆跡です」

「はい。零子にはまだ……本当のことは話していません。彼女が“思い出す”までは」

「……呪いは、まだ終わっていないのです」

 



 

 その夜。
 零子の部屋には、あの猫・カラクリが座っていた。

 目を細め、尻尾で畳を叩く。

 零子は、眠りながらぽつりと呟いた。

「……お父さん、ごめんね」

 

 夢の中で、また、火が燃えていた。

 誰かが、五寸釘を打っていた。

 それは、あの日の、もう一人の“巫女”。

 長い髪を結わず、前髪を垂らしたままの、もう一人の自分。

 

(続く)
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