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第三話:首のない男と、紙の手紙
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朝。
まだ陽が昇りきらない、白い霧の立ち込める境内。
鵺乃杜神社の奥――社務所の郵便受けに、一通の手紙が差し込まれていた。
和紙のような手触り。
切手も消印もない。
裏に書かれた文字は、滲むような筆文字で、こう綴られている。
「――十年前、ここで呪われた女は、いまどこにいますか」
それだけ。
差出人不明。
宛名もなく、ただ、零子を狙ったかのように届いた。
その手紙を見た瞬間――
五寸釘零子は、久しぶりに眉をひそめた。
(……懐かしい匂い)
彼女は何も言わず、手紙を懐にしまい、静かに髪を結い上げた。
前髪の下に隠れた目が露わになる。
目元には、普段見せぬ翳りがあった。
そのとき、廊下の先から母・巴が現れた。
「零子……その手紙、見せなさい」
零子はちらりと目を向け、短く返す。
「覚えてる?」
「……ええ」
「じゃあ、知らないとは言わせない。あれは、私の“呪い”じゃなかった」
「零子……」
沈黙が流れる。
だが零子は、それ以上は語らなかった。
背後では、式神の猫・カラクリが廊下に座り、じっとこちらを見ていた。
その目の中には、怨霊のような青白い影が映っていた。
◆
同じ日、集落の奥にある民家で、「首のない男の霊を見た」という通報があった。
神社に近い山道で、早朝の散歩中だった老婆が、木々の間を彷徨う人影を見たという。
服装はスーツ姿。
だが、首がなかった――と。
警察が調査をしたが、もちろんそんな人物はいない。
目撃者は「神隠しに遭う」と怯え、山道の通行が一時的に封鎖される騒ぎになった。
◆
その夜、零子は一人、神社の裏へと向かっていた。
結界の中。
呪詛の森。
その森の一番奥、誰にも触れられない古木の前に、彼女は立つ。
風はないのに、木々がざわざわと鳴っていた。
人の呻き声のようにも聞こえる。
零子は、ふと木の根元に目をやる。
そこに、何かがいた。
……いや、誰かが、立っていた。
それは、男だった。
スーツ姿。
背は高く、痩せている。
だが、首がない。
首が、まるで刃物で切り落とされたように、すっぱりと消えていた。
男は、ふらふらとこちらに歩いてくる。
一歩、また一歩。
血は流れていない。
ただ、怨念だけが歩いてくる。
零子は、その場から動かず、ただじっと見つめる。
(あなた……誰を、探してるの?)
男は、近づいてくる。
そして――立ち止まる。
目が合うはずはないのに、目が合った気がした。
零子は、口を開いた。
「十年前に、誰かを呪った女。あなたは、それを見ていたのね」
男は答えない。
喉がないのだから、当然だ。
だが、その姿が――どこか、見覚えがあった。
そのとき。
零子の記憶に、ひとつの映像がよみがえる。
赤い火。
焼け落ちる社。
泣き叫ぶ女。
誰かの名前を呼ぶ声。
そして、あの声――
「零子、戻れッ……!」
それは、父の声だった。
そして、その火の中で、誰かが藁人形を打っていた。
(あれは……私じゃない)
(あの時、誰かが――私の代わりに、呪った)
零子は、ふらりとよろめいた。
自分では自覚していなかったが、膝が震えていた。
そのとき、男の霊が静かに手を伸ばす。
ゆっくりと、零子の肩に――
……触れない。
直前で、その腕は霧のように消えた。
そして男は、森の奥へと消えていく。
◆
翌朝。
巴は社務所で、誰かと電話をしていた。
「……ええ、来ました。あの手紙。十年前と、同じ筆跡です」
「はい。零子にはまだ……本当のことは話していません。彼女が“思い出す”までは」
「……呪いは、まだ終わっていないのです」
◆
その夜。
零子の部屋には、あの猫・カラクリが座っていた。
目を細め、尻尾で畳を叩く。
零子は、眠りながらぽつりと呟いた。
「……お父さん、ごめんね」
夢の中で、また、火が燃えていた。
誰かが、五寸釘を打っていた。
それは、あの日の、もう一人の“巫女”。
長い髪を結わず、前髪を垂らしたままの、もう一人の自分。
(続く)
まだ陽が昇りきらない、白い霧の立ち込める境内。
鵺乃杜神社の奥――社務所の郵便受けに、一通の手紙が差し込まれていた。
和紙のような手触り。
切手も消印もない。
裏に書かれた文字は、滲むような筆文字で、こう綴られている。
「――十年前、ここで呪われた女は、いまどこにいますか」
それだけ。
差出人不明。
宛名もなく、ただ、零子を狙ったかのように届いた。
その手紙を見た瞬間――
五寸釘零子は、久しぶりに眉をひそめた。
(……懐かしい匂い)
彼女は何も言わず、手紙を懐にしまい、静かに髪を結い上げた。
前髪の下に隠れた目が露わになる。
目元には、普段見せぬ翳りがあった。
そのとき、廊下の先から母・巴が現れた。
「零子……その手紙、見せなさい」
零子はちらりと目を向け、短く返す。
「覚えてる?」
「……ええ」
「じゃあ、知らないとは言わせない。あれは、私の“呪い”じゃなかった」
「零子……」
沈黙が流れる。
だが零子は、それ以上は語らなかった。
背後では、式神の猫・カラクリが廊下に座り、じっとこちらを見ていた。
その目の中には、怨霊のような青白い影が映っていた。
◆
同じ日、集落の奥にある民家で、「首のない男の霊を見た」という通報があった。
神社に近い山道で、早朝の散歩中だった老婆が、木々の間を彷徨う人影を見たという。
服装はスーツ姿。
だが、首がなかった――と。
警察が調査をしたが、もちろんそんな人物はいない。
目撃者は「神隠しに遭う」と怯え、山道の通行が一時的に封鎖される騒ぎになった。
◆
その夜、零子は一人、神社の裏へと向かっていた。
結界の中。
呪詛の森。
その森の一番奥、誰にも触れられない古木の前に、彼女は立つ。
風はないのに、木々がざわざわと鳴っていた。
人の呻き声のようにも聞こえる。
零子は、ふと木の根元に目をやる。
そこに、何かがいた。
……いや、誰かが、立っていた。
それは、男だった。
スーツ姿。
背は高く、痩せている。
だが、首がない。
首が、まるで刃物で切り落とされたように、すっぱりと消えていた。
男は、ふらふらとこちらに歩いてくる。
一歩、また一歩。
血は流れていない。
ただ、怨念だけが歩いてくる。
零子は、その場から動かず、ただじっと見つめる。
(あなた……誰を、探してるの?)
男は、近づいてくる。
そして――立ち止まる。
目が合うはずはないのに、目が合った気がした。
零子は、口を開いた。
「十年前に、誰かを呪った女。あなたは、それを見ていたのね」
男は答えない。
喉がないのだから、当然だ。
だが、その姿が――どこか、見覚えがあった。
そのとき。
零子の記憶に、ひとつの映像がよみがえる。
赤い火。
焼け落ちる社。
泣き叫ぶ女。
誰かの名前を呼ぶ声。
そして、あの声――
「零子、戻れッ……!」
それは、父の声だった。
そして、その火の中で、誰かが藁人形を打っていた。
(あれは……私じゃない)
(あの時、誰かが――私の代わりに、呪った)
零子は、ふらりとよろめいた。
自分では自覚していなかったが、膝が震えていた。
そのとき、男の霊が静かに手を伸ばす。
ゆっくりと、零子の肩に――
……触れない。
直前で、その腕は霧のように消えた。
そして男は、森の奥へと消えていく。
◆
翌朝。
巴は社務所で、誰かと電話をしていた。
「……ええ、来ました。あの手紙。十年前と、同じ筆跡です」
「はい。零子にはまだ……本当のことは話していません。彼女が“思い出す”までは」
「……呪いは、まだ終わっていないのです」
◆
その夜。
零子の部屋には、あの猫・カラクリが座っていた。
目を細め、尻尾で畳を叩く。
零子は、眠りながらぽつりと呟いた。
「……お父さん、ごめんね」
夢の中で、また、火が燃えていた。
誰かが、五寸釘を打っていた。
それは、あの日の、もう一人の“巫女”。
長い髪を結わず、前髪を垂らしたままの、もう一人の自分。
(続く)
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