五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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第五話:巫女の休日と、見えない人形たち

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 その日、鵺乃杜神社には、朝から小学生の集団がやってきた。

 町の郊外にある小さな学校の、郷土学習。神社の歴史を学ぶという名目での遠足らしかった。

 十数人の子どもたちと、引率の教師が二人。
 境内の隅で、見慣れない観光用のパンフレットを広げているのは、教育委員会が作った「観光資源化」の成果らしい。
 普段は霊感女子やネットのオカルト好きを呼び寄せるこの社にも、ついに表の光が当たり始めた、ということだろうか。

 

「すみませーん、今日のご案内をお願いしたいのですが……五寸釘さんで、よろしかったでしょうか……?」

 社務所に現れた教師の声に、廊下の奥からのそりと現れた影。

 黒髪に真っ白な顔。前髪でほとんど表情が見えないが、声の調子はいつも通り、間の抜けたような柔らかさだった。

「はぁ~い、わたくし、五寸釘零子と申しますぅ~。巫女のくせに人見知りぃ~ですが、よろしくおねがいしまぁす~……」

 教師は一瞬たじろいだが、すぐに作り笑顔を取り戻した。

(変わった人ね……まぁ、田舎にはよくいるタイプか)

 

 境内の案内は、思ったよりもスムーズに進んだ。

 子どもたちは、零子の不思議な話し方や、境内の動植物のうんちくに興味津々だった。
 何より、本人がまったく威圧感を与えず、むしろ妙に親しみやすい雰囲気を纏っている。
 まるで子どもと同じ“世界”にいるような自然さだった。

 

「この木、どうして真っすぐじゃないの?」

 境内の片隅、大きく曲がって成長した老木を見て、男の子が質問した。

「この木はね~、“人の念”を吸って曲がったのよぉ~」

「えぇ~、なんそれ! 怖い!」

「大丈夫よぉ~。怖い人の“怖い心”しか吸わないからぁ~。君たちのは甘くて美味しいの~♪」

「えっ、食べるの!?」

「ふふふぅ~。……でも、甘い呪いほど、根が深いのよ~」

 

 一瞬、空気が変わった。

 子どもたちは気づかない。
 だが、引率の教師は、どこか冷や汗をかいていた。

(今、冗談に聞こえなかった)

 



 

 その後、子どもたちは各自で自由に境内を散策する時間となった。

 問題が起きたのは、そのときだった。

 

 一人の男の子――春斗(はると)が、ふと神社の裏手へ足を向けた。

 誰もいない。
 ざわざわと木の葉が鳴り、風が吹いていく。

 すると、春斗の目に、奇妙なものが映った。

 ――木に、なにか刺さっている。

 人形? 草? 違う。
 藁だ。
 藁でできた……小さな、ヒトガタ。

 それが、何本もの五寸釘で、木に打ち付けられている。

 何十、何百という数。

 

「……なに、これ」

 

 目を凝らす。

 すると、その“人形の森”の中で、誰かがこっちを見ていた。

 白い顔。
 黒い髪。
 一本だけ、まっすぐに刺した釘を手にした女。

 動けなかった。

 声も出なかった。

 

 ――そのとき。

「だ~めぇ~」

 零子の声が、背後から響いた。

 ふわりと現れたその姿は、普段のふにゃふにゃした巫女姿ではなく、結界の衣を纏った“巫女の本気”だった。

 高く結った髪。
 白い装束。
 目が、春斗を射抜くように光っていた。

「ここは“見ちゃいけない世界”なの。君が入るには、まだ早い」

「……」

「でも、君は見ちゃったんだねぇ……うーん……うーん……」

 零子はしゃがみこんで、春斗と同じ目線になった。

「ねえ、春斗くん。誰かのこと、すごく怒ってたりしない?」

「……うん」

「そっかぁ……言葉にできない怒りってさ、心の奥で燃え続けるの。ちょうど、ここみたいに」

 零子は、結界の奥をちらりと見る。

「でもね、怒りは、誰かを壊すためにあるんじゃなくて、“自分が壊れる前に叫ぶ”ためにあるんだよ」

「……叫んで、いいの?」

「いいよ。叫んで、泣いて、殴りたくなったら、私に手を貸して。ここなら、誰も君を責めないから」

 春斗は、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。

「……お母さん、僕のこと、いらないって言った」

 零子の目が、ふっと細くなる。

「それは、君のせいじゃない」

「でも、僕がいたから、離婚したって……」

「それでも、君はここにいる。君が“ここにいる”ことは、誰にも否定できない。……呪いたいって思ったこと、ある?」

「……ある」

「正直で、いい子」

 零子は、ぽんと春斗の頭を撫でた。

「呪いたいと思った君を、私は責めない。ここは、そういう人のためにある場所だから」

 そう言って、彼女は目を細めて微笑んだ。

「でもね、いつか分かるよ。呪いたい相手なんて、君の人生には、たいして意味ないってこと」

 

 春斗は、涙をこらえて頷いた。

 



 

 境内に戻った春斗は、引率の教師にも、何も言わなかった。

 零子も、「迷子になっただけですぅ~」と笑って誤魔化した。

 けれど、その夜。

 春斗は、母親の部屋の前に立って、小さくこう言った。

「……僕、怒ってるんだよ」

 母親は最初驚いたが、やがて涙ぐみ、春斗を抱きしめた。

 

 誰かが誰かを、呪いたくなるほど傷つけたとき。

 その痛みの在処を、そっと指差してくれる誰かがいる。

 それだけで、人は救われることもある。

 

 五寸釘零子は、その夜、久々に冷えた甘酒を啜りながら、空を見上げていた。

 カラクリが膝に乗って、尻尾を揺らしている。

「……春斗くん、見ちゃったねぇ……」

 猫が「ふにゃ」と鳴いた。

「結界が少し緩んでる。誰かが……触れてる?」

 

 夜の神社。
 風が止む。

 月が雲に隠れた瞬間、境内の奥――呪詛の森から、一体の藁人形が、自然に木から剥がれ落ちた。

 誰が呪ったのか、わからない。

 だがその形は、どこか、「巫女」の姿に似ていた。

 

(続く)
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