五寸釘零子は、呪いを受け入れない

naomikoryo

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第六話:零子の影と、呪いを継ぐ者

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 ――夢を見ていた。

 

 木々が燃えている。

 夜なのに、真昼のように明るい。

 悲鳴。
 すすり泣き。
 呪詛の言葉。
 誰かの怒り。
 誰かの絶望。

 その中心に、藁人形を抱えた少女がいた。

 白い顔。
 長い髪。
 前髪が垂れ、目が見えない。

 手には、一本の五寸釘。

 

 それを見て、誰かが叫ぶ。

「――零子、やめろッ!」

 

 炎の中、その少女は顔を上げる。

 前髪の奥から覗いた目には、涙ではなく、空虚だけが宿っていた。

 

 



 

「――零子ッ!」

 

 目が覚める。

 朝の光。
 畳の上。
 うっすらと汗をかいた肌。

 カラクリが、いつものように胸の上に乗っている。

「……また見た」

 ぽつりと呟き、零子は起き上がった。

 

 夢ではない。

 記憶だ。

 

 かつて、鵺乃杜神社は、一度“死んだ”。

 それは十数年前。
 ある日突然、神社の奥から火が出た。
 蔵が焼け、本殿の一部も損傷し、当時の神主――零子の父・五寸釘奏一は、そこで命を落とした。

 事件の詳細は、今も語られていない。

 巴は「ろうそくの不始末」と言っていたが、それを信じた者はいない。
 “神社が怒った”のだと、地元では囁かれている。

 だが零子は知っていた。

 あの日、火の中心にいたのは、自分だった。

 ――藁人形を抱えた、前髪の長い少女。

 



 

 巴が、社務所の仏間に座っていた。

 帳面を閉じ、息を吐く。

「零子。少し話をしましょうか」

 

 久々に、母から“母親の声”で呼ばれた気がした。

 零子は静かに正座し、黙って耳を傾けた。

 

「……あの手紙。あなたが隠しても、私には見えているのよ」

「……」

「“十年前に呪われた女は、今どこにいますか”」

 巴は、呟くようにそう言った。

 零子のまつげが、僅かに震える。

「ねえ、零子。あなた、自分の“出自”を、どこまで覚えているの?」

 

 質問の意図が、わからなかった。

 いや、理解したくなかった。

「私は……五寸釘家の、娘よ」

「……そうね。形の上では、そうよ」

 巴の声は、ひどく優しく、そして酷だった。

「でも、あなたは“この世に祈られて生まれたもの”なの」

「……」

「人の“呪い”を溜めて、形になったもの。祈りでも願いでもなく、呪詛だけを根に持って生まれた。そういう存在が、あるのよ。昔から」

 それは、「呪母巫(じゅぼふ)」と呼ばれていた。

 神社に巫女が不足したとき、ある条件の下で、人ならざる“器”が生まれるという。

 呪いを蓄え、結界を維持するために生きる、“存在としての巫女”。

 それが、五寸釘零子だった。

 

「……私は、呪いを祓うために生きてきたんじゃないの?」

「違うわ。あなたは、“呪いを受け入れるため”に生まれたの」

 

 沈黙。

 外では風が吹き、結界の鈴がチリンと鳴る。

 

「零子。これから、きっと“あの子”が来る。あなたの代わりに呪いを打った、もうひとりの“器”」

「……!」

「私がかつて拒んだ、あなたの“影”よ」

 

 零子は言葉を失った。

 巴が口にした“あの子”――それは、あの夢の中にいた少女だ。

 藁人形を抱え、燃えさかる社の中で、感情のない目をしていた、もうひとりの“零子”。

 

 だが、零子にはわかっていた。

 あの影は、まだ消えていない。

 どこかで、自分の代わりに、呪いを打ち続けている。

 そして今、境界が揺らぎ始めている。

 



 

 その夜。

 零子は、一人で呪詛の森へ入った。

 手には、一本の釘。
 黒く、太く、冷たい。

 風はないのに、木々がざわざわと囁く。

 

(ここが揺れている。誰かが――こっちに、来ようとしている)

 

 奥へ、奥へと進む。

 やがて、一本の木の前で足が止まる。

 そこには、一本の藁人形が打ち込まれていた。

 ――それは、自分の顔をしていた。

 見覚えがある。
 だが、それは自分ではない。

 誰かが、自分を模して作った“呪詛人形”。

 

 その下に、手紙が落ちていた。

 

「わたしが“本物”だよ、零子」

 

 その字は、零子自身の筆跡だった。

 

(私の影……もう、こちらに来てる)

 

 猫のカラクリが、木の上から飛び降りた。

 低く唸る。
 境界が裂け始めている。

 

 そして、森の奥から、誰かの足音が聞こえた。

 ヒールの音。
 湿った土を踏む、重たい気配。

 

 零子は釘を握りしめ、目を細めた。

「来たのね、“私”」

 

 風が吹き抜けた。

 

 闇の中から、長い黒髪の“何か”が現れた。

 前髪で顔を隠した、白い巫女装束。

 その手には、燃えるような赤い釘が握られていた。

 

(続く)
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