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第六話:零子の影と、呪いを継ぐ者
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――夢を見ていた。
木々が燃えている。
夜なのに、真昼のように明るい。
悲鳴。
すすり泣き。
呪詛の言葉。
誰かの怒り。
誰かの絶望。
その中心に、藁人形を抱えた少女がいた。
白い顔。
長い髪。
前髪が垂れ、目が見えない。
手には、一本の五寸釘。
それを見て、誰かが叫ぶ。
「――零子、やめろッ!」
炎の中、その少女は顔を上げる。
前髪の奥から覗いた目には、涙ではなく、空虚だけが宿っていた。
◆
「――零子ッ!」
目が覚める。
朝の光。
畳の上。
うっすらと汗をかいた肌。
カラクリが、いつものように胸の上に乗っている。
「……また見た」
ぽつりと呟き、零子は起き上がった。
夢ではない。
記憶だ。
かつて、鵺乃杜神社は、一度“死んだ”。
それは十数年前。
ある日突然、神社の奥から火が出た。
蔵が焼け、本殿の一部も損傷し、当時の神主――零子の父・五寸釘奏一は、そこで命を落とした。
事件の詳細は、今も語られていない。
巴は「ろうそくの不始末」と言っていたが、それを信じた者はいない。
“神社が怒った”のだと、地元では囁かれている。
だが零子は知っていた。
あの日、火の中心にいたのは、自分だった。
――藁人形を抱えた、前髪の長い少女。
◆
巴が、社務所の仏間に座っていた。
帳面を閉じ、息を吐く。
「零子。少し話をしましょうか」
久々に、母から“母親の声”で呼ばれた気がした。
零子は静かに正座し、黙って耳を傾けた。
「……あの手紙。あなたが隠しても、私には見えているのよ」
「……」
「“十年前に呪われた女は、今どこにいますか”」
巴は、呟くようにそう言った。
零子のまつげが、僅かに震える。
「ねえ、零子。あなた、自分の“出自”を、どこまで覚えているの?」
質問の意図が、わからなかった。
いや、理解したくなかった。
「私は……五寸釘家の、娘よ」
「……そうね。形の上では、そうよ」
巴の声は、ひどく優しく、そして酷だった。
「でも、あなたは“この世に祈られて生まれたもの”なの」
「……」
「人の“呪い”を溜めて、形になったもの。祈りでも願いでもなく、呪詛だけを根に持って生まれた。そういう存在が、あるのよ。昔から」
それは、「呪母巫(じゅぼふ)」と呼ばれていた。
神社に巫女が不足したとき、ある条件の下で、人ならざる“器”が生まれるという。
呪いを蓄え、結界を維持するために生きる、“存在としての巫女”。
それが、五寸釘零子だった。
「……私は、呪いを祓うために生きてきたんじゃないの?」
「違うわ。あなたは、“呪いを受け入れるため”に生まれたの」
沈黙。
外では風が吹き、結界の鈴がチリンと鳴る。
「零子。これから、きっと“あの子”が来る。あなたの代わりに呪いを打った、もうひとりの“器”」
「……!」
「私がかつて拒んだ、あなたの“影”よ」
零子は言葉を失った。
巴が口にした“あの子”――それは、あの夢の中にいた少女だ。
藁人形を抱え、燃えさかる社の中で、感情のない目をしていた、もうひとりの“零子”。
だが、零子にはわかっていた。
あの影は、まだ消えていない。
どこかで、自分の代わりに、呪いを打ち続けている。
そして今、境界が揺らぎ始めている。
◆
その夜。
零子は、一人で呪詛の森へ入った。
手には、一本の釘。
黒く、太く、冷たい。
風はないのに、木々がざわざわと囁く。
(ここが揺れている。誰かが――こっちに、来ようとしている)
奥へ、奥へと進む。
やがて、一本の木の前で足が止まる。
そこには、一本の藁人形が打ち込まれていた。
――それは、自分の顔をしていた。
見覚えがある。
だが、それは自分ではない。
誰かが、自分を模して作った“呪詛人形”。
その下に、手紙が落ちていた。
「わたしが“本物”だよ、零子」
その字は、零子自身の筆跡だった。
(私の影……もう、こちらに来てる)
猫のカラクリが、木の上から飛び降りた。
低く唸る。
境界が裂け始めている。
そして、森の奥から、誰かの足音が聞こえた。
ヒールの音。
湿った土を踏む、重たい気配。
零子は釘を握りしめ、目を細めた。
「来たのね、“私”」
風が吹き抜けた。
闇の中から、長い黒髪の“何か”が現れた。
前髪で顔を隠した、白い巫女装束。
その手には、燃えるような赤い釘が握られていた。
(続く)
木々が燃えている。
夜なのに、真昼のように明るい。
悲鳴。
すすり泣き。
呪詛の言葉。
誰かの怒り。
誰かの絶望。
その中心に、藁人形を抱えた少女がいた。
白い顔。
長い髪。
前髪が垂れ、目が見えない。
手には、一本の五寸釘。
それを見て、誰かが叫ぶ。
「――零子、やめろッ!」
炎の中、その少女は顔を上げる。
前髪の奥から覗いた目には、涙ではなく、空虚だけが宿っていた。
◆
「――零子ッ!」
目が覚める。
朝の光。
畳の上。
うっすらと汗をかいた肌。
カラクリが、いつものように胸の上に乗っている。
「……また見た」
ぽつりと呟き、零子は起き上がった。
夢ではない。
記憶だ。
かつて、鵺乃杜神社は、一度“死んだ”。
それは十数年前。
ある日突然、神社の奥から火が出た。
蔵が焼け、本殿の一部も損傷し、当時の神主――零子の父・五寸釘奏一は、そこで命を落とした。
事件の詳細は、今も語られていない。
巴は「ろうそくの不始末」と言っていたが、それを信じた者はいない。
“神社が怒った”のだと、地元では囁かれている。
だが零子は知っていた。
あの日、火の中心にいたのは、自分だった。
――藁人形を抱えた、前髪の長い少女。
◆
巴が、社務所の仏間に座っていた。
帳面を閉じ、息を吐く。
「零子。少し話をしましょうか」
久々に、母から“母親の声”で呼ばれた気がした。
零子は静かに正座し、黙って耳を傾けた。
「……あの手紙。あなたが隠しても、私には見えているのよ」
「……」
「“十年前に呪われた女は、今どこにいますか”」
巴は、呟くようにそう言った。
零子のまつげが、僅かに震える。
「ねえ、零子。あなた、自分の“出自”を、どこまで覚えているの?」
質問の意図が、わからなかった。
いや、理解したくなかった。
「私は……五寸釘家の、娘よ」
「……そうね。形の上では、そうよ」
巴の声は、ひどく優しく、そして酷だった。
「でも、あなたは“この世に祈られて生まれたもの”なの」
「……」
「人の“呪い”を溜めて、形になったもの。祈りでも願いでもなく、呪詛だけを根に持って生まれた。そういう存在が、あるのよ。昔から」
それは、「呪母巫(じゅぼふ)」と呼ばれていた。
神社に巫女が不足したとき、ある条件の下で、人ならざる“器”が生まれるという。
呪いを蓄え、結界を維持するために生きる、“存在としての巫女”。
それが、五寸釘零子だった。
「……私は、呪いを祓うために生きてきたんじゃないの?」
「違うわ。あなたは、“呪いを受け入れるため”に生まれたの」
沈黙。
外では風が吹き、結界の鈴がチリンと鳴る。
「零子。これから、きっと“あの子”が来る。あなたの代わりに呪いを打った、もうひとりの“器”」
「……!」
「私がかつて拒んだ、あなたの“影”よ」
零子は言葉を失った。
巴が口にした“あの子”――それは、あの夢の中にいた少女だ。
藁人形を抱え、燃えさかる社の中で、感情のない目をしていた、もうひとりの“零子”。
だが、零子にはわかっていた。
あの影は、まだ消えていない。
どこかで、自分の代わりに、呪いを打ち続けている。
そして今、境界が揺らぎ始めている。
◆
その夜。
零子は、一人で呪詛の森へ入った。
手には、一本の釘。
黒く、太く、冷たい。
風はないのに、木々がざわざわと囁く。
(ここが揺れている。誰かが――こっちに、来ようとしている)
奥へ、奥へと進む。
やがて、一本の木の前で足が止まる。
そこには、一本の藁人形が打ち込まれていた。
――それは、自分の顔をしていた。
見覚えがある。
だが、それは自分ではない。
誰かが、自分を模して作った“呪詛人形”。
その下に、手紙が落ちていた。
「わたしが“本物”だよ、零子」
その字は、零子自身の筆跡だった。
(私の影……もう、こちらに来てる)
猫のカラクリが、木の上から飛び降りた。
低く唸る。
境界が裂け始めている。
そして、森の奥から、誰かの足音が聞こえた。
ヒールの音。
湿った土を踏む、重たい気配。
零子は釘を握りしめ、目を細めた。
「来たのね、“私”」
風が吹き抜けた。
闇の中から、長い黒髪の“何か”が現れた。
前髪で顔を隠した、白い巫女装束。
その手には、燃えるような赤い釘が握られていた。
(続く)
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