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本編

帰れないかもしれない

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 頭を掻きむしって言い淀む俺を、クロは変なもの見る目で見てきた。

「よくわかんねぇけど、お前が不思議な国から来たことだけは分かった」
「こっちからしたら、この世界の方が不思議なんだけどなぁ」

 クロの一方的な言い分に納得がいかなくて唇を尖らせる。
 村長はうんうんと何度も頷いて、柔らかい声を俺たちに向ける。

「そういうもんじゃ。ところで、帰る方法についてなんじゃが」
「はい!」

 忘れるところだった。
 一番大事なこと。
 俺は背筋を伸ばして膝に手を置いた。

 いったい、どんな儀式や魔法で元の世界に帰れるんだろうとわくわくする。
 もしかしたら、必要なものを集めるための冒険とかするんだろうか。

「ないんじゃ」

 静かに告げられた言葉に、俺は思わず両頬に手を当てた。

「ない!?」
「ふざけんな!」

 俺も相当大きい声だったけど、クロの乱暴な言葉は絶叫に近かった。
 クロがテーブルを叩いて勢いよく立ち上がったので、椅子がガタンと音を響かせて倒れてしまう。
 絶望的な情報を聞かされたのは俺の方なのに、クロの方が血の気が引いて真っ青な顔になっている。

「そんな、帰る方法なかったらこいつは……」
「クロ?」
「なんとかならねぇのかよ」

 俺の言葉に返事はせず、握り拳を震わせるクロ。
 縋るような声を聞いた村長は、ゆったりと顎の長い髭を撫でた。

「そうさな。だが、どうにもこうにも記録が無いんじゃ」
「記録が」
「無い、だと?」

 俺とクロは揃って首を傾げた。

「そう。別の世界から誰かが『来た』、という記録は実はあるんじゃが。『帰った』という記録が無い」
「みんな、この世界にそのまま居たってことかな」

 俺の他にも異世界からこの世界に来た人がいるというのは驚きだ。
 もしかしたら銀狼族が呼び出した勇者なのかもしれない。

 世界を救って、そのままこの世界に居続ける選択をする人もいるんだろう。
 でも、単純に帰る方法が分からなかったから、いるしかなかったって可能性もあるというのが怖い。

「うむ。もしくは、帰る方法を見つけて人知れず去ったか。こちらに来たからには帰る方法もあるとは思うんじゃが……記録が無ければどうしたらいいのか全くわからん」

 力なく首を左右に振る村長を見たクロの尻尾は、苛立ちを表すようにピンと立って小刻みに揺れている。

「記録があるってことは、その別の世界から来た奴を知ってる誰かが書いたんだろ。そいつに聞けねぇのか?」
「残念じゃが、ワシが生まれるよりずっと前の記録なんじゃ」
「そんな……」

 申し訳なさそうに項垂れる村長を見て、俺は絶望的な気持ちで俯いた。

 帰れないかもしれない。

 あんなに色鮮やかに見えたこのファンタジーな世界が、どんどん色を無くしていくような感覚に陥った。
 
 そんな俺を、クロがじっと見つめていることには気が付かなかった。
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