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第3章 死者の都
黄泉へ 2
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「ったく!ゲイは構わんけど!相手は選べっつーの!あいにくこっちはノン気だっつーの!」急ぎシャワーを浴びるティムは、インストラクターに触られたあたりをじっと見つめた。
LGBTはすっかり市民権を得た時代である。自分も彼らに理解は持っているつもりだ。だが、その趣向を持ち合わせない自分が、いざ対象とされれば、理性では割り切れない感覚が込み上げてくる。インストラクターの指導は的確で、コーチとしては申し分なかった。いわゆる「オネエ」様的口調や時折見せるナヨナヨした仕草も別段気にもとめていなかったのだ。最近、露骨な態度を示されるまでは……
「ジム……変えっかなあ……」ボヤきながら着替えを終え、更衣室を出る。気持ちを切り替えジムの玄関へ向かおうとした矢先、何かが横から勢いよく突っ込んできた。
「きゃあ!!」ちょうどインストラクターに撫でられた左腕の中ほどに強烈な一撃を加えたその者は、反動で尻餅をついていた。へそ周りが空き、腰にコイン状の装飾をぶら下げたオリエンタル風の衣装、ベリーダンスクラスの会員だということは一目でわかる。……が、レッスンでこんなフル装備をしているのも珍しい。
「っつぅ~~もぅなんなの!」ぶつかってきた女性客は打った尻をさすりながら、よろよろと立ち上がる。
「大丈夫ですかっ……て!オマっ!!」
「げっ、ティム!?」外れたベールから覗くその顔は、よく見知ったサニだった。
「な……なんであんたここに居んのよ!?」「なんでって、ここ、オレ通ってるジムだし。それよか、緊急集合だぞ!」
「だから急いでんでしょ!あんたがそんなとこつっ立ってるから!……あーヤバい!もう、これ着替えんの大変なのよぉ~~!」
そこへサニの連れらしき、女性客が二人、追ってくる。
「サニちゃん、ゴメンね、付き合わせちゃって!」「衣装、脱いだらそのままでいいってよ!……あっ?……ティムさん」面識はないが二人はティムを知ってるようだ。
ティムの顔を見るなり恥ずかし気にもじもじと俯く。二人ともサニよりもだいぶ簡素な衣装を身につけている。
「いいよ、二人とも楽しんでって!じゃ、アタシ、急ぐから!!」スカートを膝上までたくし上げ、サニは更衣室へと走る。「ティム!二人に変なことしたら許さんからね!」「はぁ?」サニの捨て台詞にティムが顔をしかめる間に、サニは更衣室へと姿を消した。
「アレ……何?」ティムは呆然となって、サニの連れに問いかける。「あたし達、体験で来たんですけど、先生がスジがいいからって……」
「せっかくだから衣装も着てみる?って言われて……そしたらサニちゃん……次から次へと……」「あっ……そう、そゆこと」
……上手いこと乗せられたってわけね……
ふと壁の時計を見ると集合指定時間まで20分足らず。今急いで出れば何とかギリギリ間に合う計算だ。
「やっべ、アイツ完全アウトじゃん!お二人さん、アイツを待っててやりたいとこだが、生憎、オレはすぐ行かなきゃならん……」神妙な面持ちで、二人の肩に手を添えると、囁くように語りかける。「……すまんが、アイツの着替え、手伝ってやってくれ」二人の目を交互にじっと見つめると、「頼んだよ」と目を細めて念を押す。頬を紅潮させた二人は伏せ目がちに「はい」と返すと、連れ立って更衣室へと駆けて行った。
「やれやれ」少なくとも彼女達には、「黙ってサニを置き去りにした薄情者」の烙印は押される心配はないだろう。後顧の憂いを絶ったティムは、足速にジムを出ると、二輪の愛車に跨がりIN-PSIDを目指す。
自動ドアを抜けると、そこは四畳半ほどの小さなブリーフィングルームだった。直人は、IMSに指示されるまま、<イワクラ>に備え付けられたインナーノーツ予備ユニフォームに着替えると、この部屋に通された。予備ユニフォームは、インナーノーツの他4人分も常備されており、ユニフォームに必要なパーソナルデータも本部のサーバーと常にリンクし、常時アップデートしてある、との説明を受けた。インナーミッションに臨むにあたり、予備ユニフォームによる支障はないとのお墨付きだ。
この部屋の奥に、今は硬く閉ざされているスライドドアがある。この先には<アマテラス>がインナースペースから一時寄港するコネクションポートがある。
脇の小窓からは、PSI精製水で満たされたポート内部が窺えた。
何度か接続訓練はしたものの、実際のミッションで使用するのは今回初めてだ。ぼんやりそのドアを眺めていると、呼び出しのコールが鳴る。
直人がブリーフィングルームのモニターを立ち上げると、藤川が画面に現れた。
「ユニフォームの具合はどうだ?」「特に何も……いつもと変わらないです」直人は淡々と返事を返す。
「うむ……直人」「は……はい」
藤川はモニターにぐっと顔を近づける。
「行って……くれるな?」藤川には心の奥をいつも見透かされている。そんな気がする。
「……オレには……あのフネに乗る資格は無いのかもしれない……でも……」
「……あのフネしか……オレには無いんです」
「……そうか」直人の言葉を瞑目して受け止めた藤川は、それ以上、何も語りかけようとはしなかった。直人にはそれで十分だった。
「IMCとのコンタクト、準備できてます!モニターに出しますよ」オペレーターが藤川に呼びかける。藤川の了承を得ると、オペレーターは、早速、IMCからの通信映像をモニターに出す。<イワクラ>ブリッジ、IMC、直人の居るブリーフィングルームの三箇所が一つのモニターに表示された。
LGBTはすっかり市民権を得た時代である。自分も彼らに理解は持っているつもりだ。だが、その趣向を持ち合わせない自分が、いざ対象とされれば、理性では割り切れない感覚が込み上げてくる。インストラクターの指導は的確で、コーチとしては申し分なかった。いわゆる「オネエ」様的口調や時折見せるナヨナヨした仕草も別段気にもとめていなかったのだ。最近、露骨な態度を示されるまでは……
「ジム……変えっかなあ……」ボヤきながら着替えを終え、更衣室を出る。気持ちを切り替えジムの玄関へ向かおうとした矢先、何かが横から勢いよく突っ込んできた。
「きゃあ!!」ちょうどインストラクターに撫でられた左腕の中ほどに強烈な一撃を加えたその者は、反動で尻餅をついていた。へそ周りが空き、腰にコイン状の装飾をぶら下げたオリエンタル風の衣装、ベリーダンスクラスの会員だということは一目でわかる。……が、レッスンでこんなフル装備をしているのも珍しい。
「っつぅ~~もぅなんなの!」ぶつかってきた女性客は打った尻をさすりながら、よろよろと立ち上がる。
「大丈夫ですかっ……て!オマっ!!」
「げっ、ティム!?」外れたベールから覗くその顔は、よく見知ったサニだった。
「な……なんであんたここに居んのよ!?」「なんでって、ここ、オレ通ってるジムだし。それよか、緊急集合だぞ!」
「だから急いでんでしょ!あんたがそんなとこつっ立ってるから!……あーヤバい!もう、これ着替えんの大変なのよぉ~~!」
そこへサニの連れらしき、女性客が二人、追ってくる。
「サニちゃん、ゴメンね、付き合わせちゃって!」「衣装、脱いだらそのままでいいってよ!……あっ?……ティムさん」面識はないが二人はティムを知ってるようだ。
ティムの顔を見るなり恥ずかし気にもじもじと俯く。二人ともサニよりもだいぶ簡素な衣装を身につけている。
「いいよ、二人とも楽しんでって!じゃ、アタシ、急ぐから!!」スカートを膝上までたくし上げ、サニは更衣室へと走る。「ティム!二人に変なことしたら許さんからね!」「はぁ?」サニの捨て台詞にティムが顔をしかめる間に、サニは更衣室へと姿を消した。
「アレ……何?」ティムは呆然となって、サニの連れに問いかける。「あたし達、体験で来たんですけど、先生がスジがいいからって……」
「せっかくだから衣装も着てみる?って言われて……そしたらサニちゃん……次から次へと……」「あっ……そう、そゆこと」
……上手いこと乗せられたってわけね……
ふと壁の時計を見ると集合指定時間まで20分足らず。今急いで出れば何とかギリギリ間に合う計算だ。
「やっべ、アイツ完全アウトじゃん!お二人さん、アイツを待っててやりたいとこだが、生憎、オレはすぐ行かなきゃならん……」神妙な面持ちで、二人の肩に手を添えると、囁くように語りかける。「……すまんが、アイツの着替え、手伝ってやってくれ」二人の目を交互にじっと見つめると、「頼んだよ」と目を細めて念を押す。頬を紅潮させた二人は伏せ目がちに「はい」と返すと、連れ立って更衣室へと駆けて行った。
「やれやれ」少なくとも彼女達には、「黙ってサニを置き去りにした薄情者」の烙印は押される心配はないだろう。後顧の憂いを絶ったティムは、足速にジムを出ると、二輪の愛車に跨がりIN-PSIDを目指す。
自動ドアを抜けると、そこは四畳半ほどの小さなブリーフィングルームだった。直人は、IMSに指示されるまま、<イワクラ>に備え付けられたインナーノーツ予備ユニフォームに着替えると、この部屋に通された。予備ユニフォームは、インナーノーツの他4人分も常備されており、ユニフォームに必要なパーソナルデータも本部のサーバーと常にリンクし、常時アップデートしてある、との説明を受けた。インナーミッションに臨むにあたり、予備ユニフォームによる支障はないとのお墨付きだ。
この部屋の奥に、今は硬く閉ざされているスライドドアがある。この先には<アマテラス>がインナースペースから一時寄港するコネクションポートがある。
脇の小窓からは、PSI精製水で満たされたポート内部が窺えた。
何度か接続訓練はしたものの、実際のミッションで使用するのは今回初めてだ。ぼんやりそのドアを眺めていると、呼び出しのコールが鳴る。
直人がブリーフィングルームのモニターを立ち上げると、藤川が画面に現れた。
「ユニフォームの具合はどうだ?」「特に何も……いつもと変わらないです」直人は淡々と返事を返す。
「うむ……直人」「は……はい」
藤川はモニターにぐっと顔を近づける。
「行って……くれるな?」藤川には心の奥をいつも見透かされている。そんな気がする。
「……オレには……あのフネに乗る資格は無いのかもしれない……でも……」
「……あのフネしか……オレには無いんです」
「……そうか」直人の言葉を瞑目して受け止めた藤川は、それ以上、何も語りかけようとはしなかった。直人にはそれで十分だった。
「IMCとのコンタクト、準備できてます!モニターに出しますよ」オペレーターが藤川に呼びかける。藤川の了承を得ると、オペレーターは、早速、IMCからの通信映像をモニターに出す。<イワクラ>ブリッジ、IMC、直人の居るブリーフィングルームの三箇所が一つのモニターに表示された。
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