ヴィーナスリング

ノドカ

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4章 美咲

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 美咲の力のコントロールは暫くの間、研究室に通いながら徐々に行なうことになった。ただ、日常生活で支障がでるので美咲のエンジェル選定が急遽行なわれることになった。

 「美咲ちゃん、提案があるのだけど、VAB-3 タクの基礎データを活かして同型機を使ってみる気はないかしら? 同型機なら力を抑えるプログラムも移しやすいし、でも、見た目がほぼ同じだから......やっぱり嫌かしら? 」
 「おば様、気を使っていただきありがとうございます。でも、タクと同じ姿でも、タクではありませんし、大丈夫です」
 「そう、まあ、嫌だったら途中で変えてもいいからね。では、ちょとまっててね。タクの基礎データを入れて、初期設定、力の制御プログラムを入れて......よし、完成。名前は何がいい? 」
 「そうですね。うーん、何がいいかなぁ? 冬弥、あんたいい名前無い? 」
 「自分のエンジェルだし、美咲が決めなよ。でも、そうだな、僕なら......ユウとかかな? Youからとった」
 「そんな、単純な......ユウか......や、ゆ、よ? やあ、やっくん、やあちゃん、やん、ん? ヤン! ヤン! がいいです」
 「わかったわ、VAB-2 ヤン、設定終了。さあ、ヤン、美咲にご挨拶して」

 そこにはスーツを着こなす初老の紳士が立っていた。タクも当初はこんな感じだっただろう。達夫さんに仕込まれてあんなに崩れてしまっていたけど。

 ヤンはVABシリーズのエンジェルとして主人思いで生活をサポートし、紳士の振る舞いをするようにプログラムされているそうだ。テーブルマナーから淑女の嗜み、スポーツ、芸術鑑賞などなんでも対応できる。ただ、VABシリーズの特徴でもあるが、パペット戦は全エンジェルシリーズの中でも下位であった。タクは達夫さんに鍛えられてVABシリーズの戦闘の弱さを克服していた。

 ヤンにも達夫が鍛えたエンジェルタクのデータをすべて移してもよかったのだが、戦闘データには性格も影響しており、美咲の希望で「タクの性格」を入れないことになったため、戦闘テクニックも移されないことになった。

 「初めまして、美咲、エンジェル ヤンともうします。これから末永くおそばにおいてください」
 「ヤン、ありがとう。こちらこそよろしく。一緒に強くなっていきましょうね。早速だけど、あなた、戦闘はまるでだめなのよね? でも、どの程度なものなのか、一度見せてもらえないかしら? ライラ、軽く組手をお願いできるかしら? 」

 ライラとヤンは母さんが用意したパペット戦用住宅地にノーマルパペットで突入した。
 「ライラ殿、どこまでできるかわかりませんが、よろしくお願いする」
 「ヤン、こちらこそ。ハンドガンとナイフがあるけど、どちらがいいかしら? 」
 「では、ナイフを使わせていただきましょう。では、まいります! 」

 戦闘が苦手と母さんは言った。ただ、いざ戦いが始まるとヤンは素早いナイフさばきでライラと互角に戦いをしてみせた。
 「ライラ、手を抜かなくていいわよ、どんどん攻めて! 」
 「美咲、手を抜いているつもりはありません。ヤンさん、かなりやりますね。私じゃ相手にならない」
 ライラは格闘戦もそこそこ強いのだが、ヤンの攻撃に防戦一方となり、次々にダメージを受けていた。そして5分も持たないうちにライラのナイフは弾かれ、遠くに飛ばされてしまっていた。
 「まいりました。ヤンさん、戦闘が苦手だなんて嘘ですよね? そんなにお強いなんて、びっくりしました」
 「いえいえ、ライラ殿、あなたもなかなかです。ただ、私の戦闘スタイルはタクさん譲りなので、達夫様からのトレーニング(最適化)も生かされているようです」
 「え? タクのデータが? だって、戦闘データは性格に影響するから移さないって? 」
 「そうね、私も性格を外すために戦闘データは入れなかったはずなのだけど......もしかして、達夫ちゃん? いるんでしょ? 出てきなさい! 」

 母さんが見つめる方向に雷撃が落ちたかと思ったら、光学迷彩で隠れていた達夫さんの姿が浮かび上がった。
 「まったく、弥生さんにはかなわないな。この迷彩、軍でも一部でしか使われない特殊仕様だってのに......さて、バレちゃ仕方ない。ご無沙汰してます。弥生さん。そして、美咲、冬弥元気してたか? ライラ、ヤンの強さはどうだ? タク並にすごかっただろう? 」


 衛藤達夫(えとうたつお)、24歳、独身。美咲の兄で自衛隊通信団、第8課所属。主にビーナス関連施設の防衛に当っているが、第8課はビーナス課とも呼ばれ、パペット開発、ランド内での諜報活動全般も行っていると言われている。ただし、活動内容の詳細は明らかにされず、自衛隊内でもトップシークレットとして扱われている。180cmの長身でボディビルダー並に肉体をもちながら、母さん(弥生)と同レベルのハッカーでもある。A.i作成が趣味。無類の女好きで、高校生の頃は合うたびに違う女性を連れていた。ハッキング技術等は母さん譲りであり、高校卒業後、大学でさらにA.iの勉強をしてそのまま自衛隊に入隊していた。


 「兄さん! じゃあ、ヤンももしかして兄さんが? 」
 「あ、悪い、あまりに弱そうだったから、ちらっと直しておいた。お前だって強いほうがいいだろう? 」
 「な、何をしてんのよ! せっかく一緒に強くなろうと思ってたのにぃ! 」
 「まあそういうな、お前の格闘センスは大したもんなんだぜ? エンジェルに足を引っ張られてどうするよ? なあに、戦闘データは入れたけど、性格はいじってないって。これからおじさまに手取り足取り教えてもらえばいい」
 「な! 何が手取り足取りよ、そんなのはいらないんだからぁ! 」
 美咲は顔を真赤にして達夫さんに詰め寄り、パンチを繰り出していたが、普段から格闘戦のトレーニングを欠かさない達夫さんはうまく交わし、あっという間に美咲を抑えこんでしまった。
 「すげぇ、あの美咲があっという間に......」
 「なんだ、冬弥、まだ美咲を押し倒せてないのか? お前もう少し鍛えたらどうだ? このじゃじゃ馬を乗りこなすには一にも二にも格闘だぞ? 」 
 「達夫さん、だから押し倒すってなんだよ。それに僕は戦闘がしたいわけじゃないから」
 「まったく、だからお前はだめなんだって。男は強く、そして強く、どこまでも強く。これが基本だぞ! 」

 達夫さんが僕にガッツポーズをしていると、背後から母さんが忍び寄り、ハリセンで頭をどついていた。
 「こらぁぁ、達夫ぉぉ。私がせっかく紳士にしたてたヤンに何してくれんのよ? そこに正座! 」

 母さんが自衛隊の格闘馬鹿を、手も使わず一瞬で押さえつけたのは周りにいたみんなが唖然としていた。そして気づけばそこから5分ほど、達夫さんへ母さんの教育的指導を含んだ説教が始まっていた。

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