ヴィーナスリング

ノドカ

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5章 新型パペット

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  放課後。「おじいちゃんの研究所に行く」なんて美咲たちに言うとついてくると言うに決まっているので、歯が痛いから歯医者に行くとだけ伝えて下校した。一旦自宅に戻り、バスで行こうとしたら何故か自衛隊の車が家の前に止まっており、中から達夫さんが挨拶してきた。
 「達夫さん? どうしたんですか? 」
 「おお、冬弥早かったな。これから創矢さんのところに行くんだろ? こっちも用事があるから乗っけってやる。後ろに乗れ」
 「え? ありがとうございます。お言葉に甘えてって。これ装甲車ですよね? 僕みたいな一般人が乗ってもいいんですか? 」
 「気にすんな、それにこれ、軽装甲機動車な。装甲車とはちょぉっと違う」 
 達夫さんにうながされて側面に近づくとハッチが開き、中からきれいな女性が手を差し出してくれていた。
 「こんにちわ、あなたが高木冬弥くんね。私は赤城智花(あかぎともか)。こちらは特務隊の隊長、相良幹雄(さがらみきお)。私達も創矢博士に用事があるの。乗り心地があまり良くないのだけど研究所までよろしくね」
 「こちらこそ、同乗させていただきありがとうございます。こういう車は乗ったことがないので楽しみです」 
 「そうか、君があの高木ご夫妻のお子さんか。お父さんやお母さんは元気かい? 」 

 相良隊長は達夫さんと負けず劣らずのがっしりした体型、厳しそうな顔つきだったけど、気さくに話してくれた。びっくりしたのは父さんや母さんのことを知っていたからだ。僕は両親の研究がLINKシステムの発展に重要だということは聞いていたけど、まさか自衛隊にまで名が通っているとはね。ただ、話していると、どうも母さんの方はLINKシステム以外にも妙なところで名が通っているようだったけど。
 「そうそう、あなたのエンジェル、ライラはCZA型なのよね。私のエンジェル、エランと兄弟機になるわね。よろしくねライラ」
 「へえ、ライラと同型機、こちらこそよろしくエラン」
 ライラはCZA型のエンジェルで母さんが選んでくれた。僕のあの力を抑えるのに適している瞬発力と力強さが特徴のエンジェル。性格は大人しく、オールマイティな戦闘スタイルが特徴でもある。でも、ライラとエランは同型機のわりに性格はかなり異なるようだった。

 「あんたライラっていうの、へぇ。ふうん。あんまり鍛えてないわね? CZA型はパワフルさが売りなんだからもっと鍛えなきゃ? ん? でも、あなた、なにか持ってるわね? なんだろ、ちょと見せなさいよ」
 「ちょっと何するんですか? エラン、やめてくだい。そ、そこはだめです! 」
 エランはライラの背中に回ると服の上から背中を指で撫で始めた。ライラはそれに対して色っぽく声を上げると恥ずかしそうにエランを突き飛ばしていた。
 「こら! エラン、なんてことをしているの! まったく。ごめんね冬弥くん、ライラ。この子、どうも達夫さんの影響で女性形エンジェルに興味がありすぎて困ってるの。ほら、エラン、ライラに謝りなさい」
 「まったく、いいじゃないか、女同士、スキンシップは大事だぞ? なあ、ライラ! 」
 「ん? エラン、君、女の子なの? 」
 「はあ、だから童貞君はだめなんだっつぅの。私のどこを見たら男にみえんだよ? 」
 エランはそう言うと、自衛隊服のボタンを外すと豊満な胸が飛び出てきた。
 「もう! なんてはしたない! エーラーン? 」
 「ご、ごめんなさい。悪かったって。冬弥! いいか私は女性形。以後気をつけるように。ライラまたあとでね! 」 
 僕を指さして威嚇し、ライラにはウインクをしてエランは赤城さんへと消えていった。
 「ははは。元気なエンジェルが多くて面白い隊だな。達夫くん」
 「いえいえ、面白いのは主に赤城だけですよ。他のメンバーはまじめくんばかりですから」
 「ほう? そりゃ鍛えがいのあることだな」
 「もう! 達夫さん、いい加減な事言わないでください。問題なのはあなただけです! 」
 「まあまあ、赤城、あとでなんか奢ってやるから機嫌なおせ」 

 僕とライラはごつい車の中とは思えないやりとりを見ながら不思議な感じだった。この時代の自衛隊といえば僕の目指す学校からも多数の卒業生が入隊しているが、訓練は厳しく、志願しても長続きしない場合が多い。特に達夫さんがいる特務系は精鋭中の精鋭の部隊だった。
 戦闘の多くはA.iによる制御されたロボット兵器が行い、人が戦闘に加わることは少ないが、いざというときには自ら戦わねばならず、戦闘ロボットなどの兵器を自在に扱う隊員であっても、自身の強化も視野に入れた訓練は必須だった。
 兵器を扱うにはランド内でシミュレーションを繰り返すことになり、訓練の一貫で一般のパペット戦への参加も増えている。パペットの無差別級はここ数年、自衛隊所属の隊員やチームが上位を総なめにしているほどだった。
 「冬弥くんはパペット戦もやるのかい? 」 
 エランとまだ口喧嘩をしている赤城さんを微笑ましく眺めながら、相良隊長は僕とライラの組み合わせを興味深そうにしていた。
 「はい。地区戦まであと2週間くらいです。でも、僕は自分の戦闘スタイルに自身がもてなくていろいろと試行錯誤中です」 
 「ほう? ライラさんを見る限り戦闘スタイルは決まっているようだが、マスターである君が迷っていてはうまく戦闘がこなせてないのではないか? 」
 「そうなんですかね。ライラはなんでもこなしちゃうので、どんな戦闘でもできそうなんですが、僕は一向に自身が持てる戦闘スタイルが選べないんです」
 「それは、冬弥、お前が見えすぎるからだよ」
 「達夫さん? 」 
 「おっと、これは失敬、なんでもないです、隊長殿、部下がこのような腑抜けた態度をとったらいかがされますか? 」
 「そうだな、達夫くんのようなタイプなら過激な戦闘訓練にぶちこんで根性叩き直すし、赤城君のような優等生タイプなら海外にでも留学させて、頭でっかちにならないようにいろいろな人と交流させるかなあ。で、冬弥くん、君の場合だが......」

 相良隊長の目が急に鋭くなり僕を睨みつけたかと思ったら、にこっと満面の笑みで僕の肩に手を置き一言だけアドバイスをくれた。
 「案ずるより産むが易し。君自身の中ではもう決まっているようだし。ライラくんはそれを待っているようだよ? ははは。でも、確かに、うん、ナイスバディで私もみとれてしまいそうだがね」
 「隊長、それセクハラです」 
 「まあ、固いことをいうな。赤城君も充分素敵なんだから」 
 「な! なにを言ってるんですか! じょ、冗談はやめてください! 」
 女性として褒められ慣れていない赤城さんは、顔を真赤にしながら両手で顔を隠し、恥ずかしそうにしていた。

 相良隊長の一言は僕の中の曇った空を一気に明るくしてくれる一言にだった。ライラもうすうす気づいている僕だけの戦闘スタイル。でも、今はまだあるものが足りない。そのあるものをどこで調達するか、それを考えているとおじいちゃんの研究所に到着していた。
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