勇者の不可分

鬼彰 勁亮9話 時の境界を越えた使者

「……だった？どういうことだ？」

莉愛も、直感的に不安を感じたのか、声を震わせながら口を挟んだ。

「え？なに……怖い、聞くのが怖いよ……」

不安そうな様子を見せる莉愛に、アティードは一瞬言葉を詰まらせた。しかし、彼は決心を固め、重々しく話し始めた。

「……奴らの残党に追いついて少しすると、今まで一度もなかったことが起こった。奴らは突然撤退を始めたんだ。同時に、離れた位置にいる光輝の魔力が異常な速度で移動し始めた。俺はその異常に気づき、残党を問い詰めたんだ」

勁亮と莉愛は無言でアティードの話を聞き続けた。アティードは冷静に、その時の出来事を淡々と語り続ける。

「すると奴らはこう言ったんだ。『もう遅い……邪神様は復活なされる。勇者も終わりだな』ってな」

その言葉に、勁亮と莉愛の心臓が一気に締め付けられるような感覚が走った。邪神の復活――それは、絶対にあってはならない事態だ。

「復活！？そんなことできるのか！？」

勁亮の焦燥感がにじむ声が響いた。それに対して、莉愛も自分を落ち着かせようとするかのように言葉を絞り出した。

「で、でも、仮にそれが本当だとしても……光輝がいるでしょ。光輝なら……きっと大丈夫……だよね？」

彼女の声は震え、不安が色濃く反映されていた。邪神の復活という可能性と、光輝がいればどうにかなるという希望、その間で揺れ動いている。

アティードはそんな2人の反応に一瞬ため息をつくと、さらに続けた。

「俺も同じことを言ったさ……。だけど、奴らはこう言い放ったんだ。『あぁそうだ、勇者殿に子供が生まれたらしいな。めでたいことだ！奥方も体調が良くなられるよう祈っているよ。きっと邪神様もお喜びになられるだろう！！』と」

その言葉に、勁亮も莉愛も絶句した。頭の中に浮かんだ最悪のシナリオが、言葉として出てくるのを恐れている。胸が締め付けられ、呼吸が浅くなる。

「それって……」

莉愛は最悪の事態を考えてしまい、口に出せなくなった。勁亮も感情が抑えきれず、思わずアティードに怒鳴るように問いかけた。

「それで！？どうなったんだ！！！」

アティードは静かに、重々しく続きを話した。

「俺はすぐに、全速力で光輝が向かっていた方向に向かったんだ。森の中を突き進んでいって、やがて開けた場所にたどり着いた」

アティードはその瞬間を思い出して、表情が曇った。彼の言葉のトーンが変わり、緊張が走る。

「そこに広がっていた光景は……俺が見た未来の場面と全く同じだった……」

まさか光輝が……、アティードの言葉を聞いて2人は心の中で必死に否定しようとした。

「い……いや、まて。そこに光輝はいたのか？」

勁亮は震える声で問いかけた。莉愛も焦りを感じ、アティードに詰め寄る。

「そうだよ！実際にその場所にアティードはいたんでしょ？」

2人は、アティードが自分たちの最悪の考えを否定してくれることを期待していた。

「いや、見ていない……本当だ」

アティードの言葉を聞いて、勁亮と莉愛はホッとした。アティードが見た光景、光輝がそのような事をするはずが無い、その気持ちが2人を支えていた。

「そ、そうか……そりゃそうだよな」

「そうだよ！変なこと言うからびっくりしちゃったよ！」

安堵感が漂う中で、2人の頭の中には別の疑問が浮かんできた。

「そうなると、いくつか気になる問題が出てくるな」

「うん。ニサと子供はどうなったのか、光輝は今どこにいるのか、残党を倒したのは誰なのか、邪神の復活はどうなったのか、それと、あの大きな黒い穴……？」

アティードは申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を少し下げて答えた。

「すまない。その全てについて、俺は答えを持っていない」

その言葉に2人は驚き、疑念が深まった。

「どういうこと？説明できないって……？」

「俺は、あの巨大な黒い穴に飲み込まれてしまったんだ。周囲の空間を強烈な力で吸い込み、風が渦巻いて耳が聞こえなくなるほどの轟音だった。立っているのもやっとだった」

アティードは過去の出来事を思い出しながら、声を落として続けた。

「吸い込む力がどんどん強くなり、周囲にあった遺体や物資も次々と吸い込まれ始めた。俺もその場から逃げようとしたが、遺体に足を引っ掛けられ、そのまま穴の中へと吸い込まれてしまった」

勁亮と莉愛は、彼の話を呆然と聞き入っていた。

「気づけば……ここにいたんだ。今から20年前の、この世界に……」

勁亮と莉愛は、あまりにも多くの情報が一気に押し寄せたため、言葉を失った。アティードの話がどこまで現実なのか、すぐには受け止めきれなかった。