転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第6部:剣士の涙と贖罪の太刀

第五十八話:それぞれの戦場と、宗一郎の『悪魔的発想』

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影山という十五年の亡霊を葬り去り、過去の呪縛から解放された玄。その背中は、もはや道化のそれではなく、仲間を守るという確固たる意志に貫かれた、頼もしい剣士のものだった。 「さあ、行こうぜ。姫様を待たせてる」 穏やかな、しかし力強いその声に、朱鷺も、宗一郎も、そして後方で見守っていた陽菜も、静かに頷く。 影山が塞いでいた瘴気の回廊を抜け、一行は陽動部隊との合流地点である、森の中の開けた広場へと急いだ。

回廊を抜けた瞬間、耳をつんざくような喧騒が彼らを襲った。 剣戟の音、怒号、魔法の爆発音。そして、それら全てを飲み込むかのような、巨大な何かが蠢く不気味な水音。 広場では、鉄斎が呼び寄せた傭兵たちや、猛(たける)率いる『紅蓮の獅子』、そして生き残りの近衛騎士団が、時雨が生み出したと思しき無数の妖怪たちと激しい乱戦を繰り広げていた。 鉄斎は、一際(ひときわ)強力なオーラを放つ、将軍の甲冑を纏った骸骨武者のような妖怪と一対一で渡り合い、互角以上の戦いを演じている。その剣捌きは老練そのもので、年齢を感じさせないどころか、むしろ相手を手玉に取っているようにも見えた。

問題は、猛たちが相手取っている敵だった。 それは、小さな丘ほどもある、巨大なスライム状の妖怪だった。半透明の、粘液質の巨体は、物理的な攻撃を受ければ揺らめいて受け流し、魔法を浴びればそのエネルギーごと吸収してしまう。さらに、傷つけられた端から、驚異的な速度で自己再生していく。その酸っぱい腐敗臭と、「びちゃびちゃ」という生理的な嫌悪感を催させる音を撒き散らしながら、ただただその巨体で騎士たちを押し潰そうとしていた。

「クソッ! 聖なる炎も、剣も効かねえ! 再生が早すぎる!」 猛は、真紅の鎧を粘液で汚しながら、焦燥に満ちた叫び声を上げる。彼の放つ強力な炎の魔法も、巨大スライムの表面でジュッと音を立てるだけで、すぐに再生されてしまう。まさに、打つ手なし。

その光景を、合流した宗一郎たちは少し離れた場所から目の当たりにしていた。 「うわ……デカい……」 宗一郎は、その異様な敵を、鉄斎との稽古で掴みかけた「心の目」で観察する。表面的な粘液の動きではなく、その奥にある「本質」を探るように。 (なるほど……。動きが、なんか水っぽいな。いや、ほとんど水なんじゃないか? 『心の目』で視ると、本体の『意図』は、あの中にある小さな『核』みたいなものからしか感じない。じゃあ、周りのゼリーはただの……水で膨らませた装甲?)

宗一郎の脳裏に、第5話の、畑でのスライム解体の記憶が蘇る。あの時は、右半身と左半身を入れ替えるという、えげつない方法を使った。だが、今回は規模が違いすぎる。あれと同じことをすれば、この広場一帯が汚染されかねない。もっと、クリーンで、効率的な方法は……? (待てよ。もし、本体があの『核』だけで、周りがただの『水』なら……) 宗一郎の思考回路が、常人には思いもよらない方向へと接続される。 (あの『水』だけ、全部、遥か上空に転移させて……そのまま敵陣のど真ん中に『豪雨』として降らせたら、どうなるんだろう?) 本体は無力化でき、敵の妖怪軍団には大打撃を与えられる。一石二鳥。完璧だ。……いや、たぶん。

宗一郎は、こっそりと猛の後ろに転移し、彼の耳元で囁いた。 「あの、猛さん。あれ、たぶん、見た目の99%はただの『水』です。もし、あの『水』だけ、全部、遥か上空に転移させて、そのまま敵陣のど真ん中に『豪雨』として降らせたら、どうなりますかね?」

その悪魔的な提案を聞いた猛は、ギョッとして宗一郎を振り返った。 「……お前は、悪魔か!?」 心底からの叫びだった。だが、現状を打開する妙案がないのも事実。彼は一瞬逡巡した後、腹を括った。 「……面白い! やってみろ! 総員、退避! 新人が『雨』を降らせるぞ!」

「え、僕がやるんですか!?」 宗一郎は予想外の展開に焦りつつも、後には引けない。彼は巨大スライムに意識を集中させ、その構成要素の中から「H2O」の分子構造だけを認識するよう、全神経を研ぎ澄ませる。そして、転移を発動させた。

次の瞬間、世界が奇妙な静寂に包まれた。 丘のようだった巨大スライムが、一瞬にして萎み、まるで水風船が割れた後のように、地面には拳(こぶし)ほどの大きさの、ブルブルと震える黒い『核』だけが残されていた。 呆気にとられる一同。 だが、本当の異変はその直後に起きた。 遥か上空。雲よりも高い位置に出現した、膨大な質量の水塊が、重力に従って落下を開始したのだ。 それはもはや「豪雨」という生易しいものではなかった。巨大な湖が、丸ごと逆さまになって降り注いでくるような、まさしく「天災」だった。

「「「「うわあああああああ!!」」」」

広場に展開していた妖怪の軍勢は、その圧倒的な水圧と衝撃によって、なすすべもなく押し流され、泥の中に叩きつけられていく。戦場は、一瞬にして大洪水に見舞われ、膝まで浸かるほどの泥の海と化した。

猛は、泥まみれになりながら、かろうじて近くの岩にしがみつき、呆然と目の前の光景を見つめていた。そして、我に返ると、足元で干物のように転がっていたスライムの『核』を、渾身の力で踏み潰した。 グチャリ、という嫌な音が響く。 彼は、泥水を滴らせながら宗一郎の方へ歩み寄り、その胸ぐらを掴み上げた。

「……お前、やっぱ、ヤバい奴だ」 それは、恐怖と、ほんの少しの賞賛が混じった、偽らざる本音だった。 宗一郎は、顔面蒼白になりながら、ただただ謝るしかなかった。 「すみません……。ちょっと、やり過ぎました……」

ともあれ、宗一郎の「悪魔的発想」によって、戦場の状況は一変した。妖怪たちの陣形は完全に崩壊し、戦局は一気に連合軍優位へと傾いたのだった。
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