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2. 消えた桐箱
2-3. 消えた桐箱
しおりを挟むシロさんが音を立てないよう鍵を開け、ゆっくりと、けれど淀みなく引き戸を滑らせた。
――ガラ、リ。
開け放たれた戸の向こうにそびえ立っていたのは、月夜を背負った「巨大な毛玉」だった。
二メートル近い巨体。耳のないトトロという表現が一番しっくりくる。全身を覆う黒い毛は、密集はしているが長毛種のように引きずるほどではなく、使い古した毛布を丸めたような、古い森の苔のような質感だ。頭にはボロボロに擦り切れた、つばの広い麻の帽子を載せている。嫌な気配や、恐ろしさは感じられない。不思議とどこか懐かしいような、温かみのある気配だった。
巨大な影は俺たちの姿を認めると、巨体を少し屈めた。帽子と毛の間から覗くつぶらな瞳だけが、俺たちを映している。
『夜分に、すまない。お前たちが見えると分かったから、一言だけ伝えに来たんだ』
顔の下半分は毛に埋もれて見えないから、口がどこにあるか分からない。けれど、たしかに目の前の巨体がしゃべっている。
俺とシロさんが黙って聞いていると、黒い巨体は麻の帽子を小さく揺らしながら話し続けた。
『長いことこの家には世話になったんだが、俺はもう、ここにはいられなくなった。今夜、この家を去る』
「去る?」
シロさんの問いに、巨体は母屋のほうへ視線を投げた。
『数年前から……あれが入り込み、増えすぎてしまった。俺はここにはいられない。……今まで、心地よく住まわせてもらった、お礼を言いたかったんだ。じゃあな』
それだけ言うと、二メートルの巨体はくるりと俺たちに背を向けた。のそのそと、音もなく闇の中へ歩き出し、数歩のうちに溶けるように暗闇に消えて行った。
俺はただ、口を半開きにしたままその背中を見送ることしかできなかった。
「……行っちゃいましたね」
「ふむ……」
シロさんは腕を組み、巨体が消えた闇の奥をじっと見つめながら、何かを考え込むように短く唸った。
「……まあ、夜も深い。一度寝ようか。明日は早そうだ」
「いや、今の見て寝られます……?」
呆然とする俺を置いて、シロさんは平然と戸を閉め、布団に戻ってしまった。
――結局、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。
寝付けたのは朝方だった気がする。重い体を引きずるようにして布団から出ると、シロさんは既に身支度を終えていた。
「シロさん……おはようございます」
「おはよう。よく眠れたか?」
「そんなわけないでしょ……。結局、昨日のあれは何だったんですか?」
昨夜の光景を思い出しながら、俺は堪らず質問した。
「あれは”家守”だな。人間の家に居着く、古い妖怪だ」
「ヤモリ?」
あのトトロみたいなのが? もちろん人間じゃないとは分かっているけど、ヤモリ、やもり、家守り……家を守るってこと?
「家を守る、という漢字で合ってる。ただやってることは居着いてるだけだな。座敷童に近いかもしれん」
シロさんの説明を聞きながら、布団を片づけて自身も身支度を整える。
「主に繁栄している……居心地の良い家に勝手に住み着いて、居心地が悪くなったら勝手に出て行く。昨日の夜、わざわざ礼を言いに来たってことは、けっこう長くいたのかもしれないな。亡くなった父親がこの家を建てて、早いうちからいたのなら数十年か。人間に害を加えるような危険な妖怪じゃないから、いて何か困ることはない。ただ、何か災いや脅威から家を守るほどの力も無い」
「それなのに、家守って名前なんですか?」
「昔は多少なりとも家を守る力があったのか、もしくはそう見えていたのかもしれないな。妖怪の名前の由来なんて意外と適当だったり、事実とは異なる場合もあるんだ」
ふーん、そんなもんか。と、怖がる必要のない存在ならまぁいいかと記憶の隅に追いやろうとして、ふと気づく。
「出て行ったってことは、居心地が悪くなったってことですよね。それにたしか、何かが増えていられなくなった、とか言ってませんでした?」
俺の問いに、シロさんはうなずいた。
「『数年前からあれが入り込み、増えすぎてしまった。俺はここにはいられない』……何か出て行く原因になったものがいるんだろうな」
シロさんは微笑みをほんの少し深くした。
洗面台を使わせてもらいに母屋へ行くと、台所では既に佑香さんが朝食の準備をしていた。
一人で忙しなく働く様子に、シロさんが「何か手伝えることがあったら言ってください」と声はかけたが、「……すみません、お気遣いいただいて」と少し困ったように笑うだけだった。
和孝さんとともに朝食をいただき、食べ終わる頃に従兄夫婦――博さんと梓さん、それに息子の博之さんがやってきた。
「おはようございます」
シロさんが明るく挨拶をしても、返ってきたのは「まだいたのか」という呟きと博さんの蔑むような視線だった。相変わらず感じの悪い態度だった。俺も一応会釈したが、こちらを見てすらいなかったと思う。梓さんは台所へ向かい、何か文句をつけているような声が聞こえてきたし、博之さんは挨拶も無くソファへふんぞり返るとスマホをいじっていた。
家守が出て行ったのは、こいつらのせいなのかな。家の空気が悪いことが家守にとっても居心地の悪さにつながるなら、確実にそうだと言えるだろう。
和孝さんが努めてその場の雰囲気をフォローするように博さんや博之さんへ声をかけていたが、あまり効果はなかった。
朝食後は、和孝さんに父親の書斎を案内してもらえることになった。
「にしても立派な家ですね。これだけ広いと掃除も大変でしょう。お手伝いさんはいないんですか?」
「ええ、父が昔から『他人が家の中をうろつくのは落ち着かん』と頑なに拒んでいたそうで。普段は家族しかいないので、結局自分たちだけで」
シロさんと和孝さんの会話を聞きながら歩いているうちに、廊下の突き当たりへたどり着いた。
重い襖を開けると、そこが、亡くなった父親――孝蔵さんの書斎だった。
六畳ほどの和室だが、中央に鎮座するアンティークの書斎机のせいで、実際よりも少し狭く感じる。 使い込まれた黒檀の机は、鈍く光っていた。その足元にだけ、渋い深緑色のカーペットが敷かれている。壁の本棚には、背表紙の焼けた古い専門書や郷土史が並び、独特の古い紙の匂いが部屋に漂っていた。
だが、真っ先に目に行ったのは部屋の調度品ではなく、そこに群がるいつもの小さな奴らだった。本棚の隙間から、細長い指のようなものが数本突き出していて、意味もなく本の背表紙をなぞっている。重厚な書斎机の陰には、墨汁をこぼしたような真っ黒な影が数体、ヒソヒソと何事かを囁き合うようにうごめいていた。天井の隅、障子の桟の上には、目玉だけが異様に大きい鳥のような影が止まっており、首を百八十度回転させながら俺たちを観察している。
家のあちこちにいたが、この部屋は特に数が多い気がする。例えるなら、主がいなくなった空き家に、どこからか勝手に入り込んで居座っている浮浪者のような……そんな、図々しい気配だった。
「ちょっと、空気の入れ替えしますね」
埃っぽさを感じたのか、和孝さんが障子を開けて、十センチほど窓を開けた。陽の光が入ってきたことで、小さな浮浪者たちは散り散りに逃げて行く。
「……ここが父の書斎です。桐箱はこの机の、一番下の大きな引き出しに入っていました」
和孝さんの声に、シロさんが「ほう」と短く応じて机に近づく。シロさんの足元で、陰に潜んでいたものたちもサッと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
引き出しの中には、何も入っていなかった。
「元々中にはあまり物が無かったんです。父が少しずつ片づけていて、書類とかそういったものは処分されています」
和孝さんは他の引き出しも開けて見せてくれた。孝蔵さんが生前使っていたと思われる老眼鏡や文具が残っていた。
「父は臥せっていたと言っても、ずっと寝たきりだったわけではないんです。亡くなる前は横になっていることが多かったですが、トイレや風呂には一人で……今思うと、私たちに心配かけないよう少し無理していたのかもしれません。それでも調子が良い日は、縁側に出て日向ぼっこしたり、子供たちともよく遊んでくれていました」
和孝さんの声は淋しそうで、紛れもない本心のようだった。和孝さんにとって良い父親だったんだなと思う。
「桐箱の中を、亡くなる前に時々眺めているのを見ました。最後に見たのは、たしか亡くなる二週間くらい前だったと思います。幸せそうに微笑んでいました。父にとっては、本当に大事な物だったんです」
言いながら、和孝さんの視線は写真立てに向けられた。書斎机の上にある写真立てには、セピア色に色あせた写真が一枚飾ってあった。男性と女性が仲睦まじく隣り合っている、これはおそらく孝蔵さんとその奥さん――和孝さんの母親だろう。
「失礼ですが、お母上は?」というシロさんの問いに、和孝さんが社会人になってすぐの頃、交通事故で亡くなったと教えてくれた。子供の頃から仲の良い夫婦だった、父はそのあとしばらく落ち込んでいたが、徐々に元気を取り戻した、と。
しんみりした空気が流れる中、話を桐箱へ戻したのはシロさんだった。
「桐箱の中身ですが、本当に心当たりはないですか? たしか宝物、守り神、とおっしゃってましたよね」
「はい……。心当たりは、ないですね。軽そうに持っていたので、重い物ではないだろうし……箱を持って歩いているときに、特に音もしていなかったと思います。箱に入るくらいなので、それほど大きなものでも無かったと思います」
記憶を探るように、和孝さんは考え込みながら答えてくれた。
子犬くらいの大きさの桐箱の中身は、もっと小さい物だったのかな。音がしないってことは固い物じゃないとか? ……ますます何なのか、よく分からなかった。
机の椅子の後ろには、長押につけられたフックにハンガーでカーディガンが掛けられていた。ブランド品っぽいしっかりした作りだけど、長年使い込まれているようにかなりくたびれている。よく見ると毛玉もついてるし。
ポケットが二つあることに気づき、「そのカーディガン、ポケットに鍵が入っていたやつですか?」と指差せば、和孝さんは「ええ」と答えてくれた。
シロさんがそのカーディガンのポケットを指でちょっとだけ手前に引いて覗き込む。
「よく着てらっしゃったんですか?」
「はい、母が父の誕生日にプレゼントしたもので、もう二十年近く着ていました。似たような新しいものを買おうかと聞いたこともあるのですが、これが良かったみたいで。……臥せるようになってからも、起きているときはよく寝巻きの上から羽織っていました」
「そうですか」
お金に困っていることは無さそうだから、物を大事にする人だったのかな。写真も飾っていたし、奥さんとはすごく仲の良い人だったみたいだ。
書斎は一応、机の引き出しはもちろん、棚や押し入れの中も和孝さんが探したという。
次に案内されたのは、書斎と二間続きになっている孝蔵さんの寝室だった。書斎と同じく六畳ほどの和室で、布団を敷いて寝ていたという。今はそれも押し入れに仕舞われて、何もない部屋となっていた。
「あれは何ですか?」
シロさんが見つけたのは、折り紙だった。部屋の隅の方、縁側へと続く障子の前に、赤、黄色、何か柄の入ったカラフルな折り紙で作った小さな手裏剣が落ちていた。
「子供たちでしょう、横になっていた父とここでよく遊んでもらっていたので。この部屋には、勝手に入っていいと思っているんです」
和孝さんは折り紙を拾うと、「遊んだら片づけるように言っているのですが」と付け加えた。苦笑いを浮かべながら、拾い上げたそれをスラックスのポケットに押し込もうとした。
「お騒がせしてすみません。そうしたら、次は……」
「和孝さん」
シロさんが、穏やかだが有無を言わせない響きで言葉を差し挟んだ。
「もしよろしければ、お子さんたちに挨拶をさせてもらえませんか?」
「え……子供たちに、ですか?」
和孝さんは意外そうな顔をして足を止めた。今は一刻も早く、孝蔵さんが大事にしていた桐箱を探したいはずだ。部外者である俺たちを子供に紹介するつもりは無かったのかもしれない。
「ええ。昨日はバタバタしていてご挨拶もできませんでしたし。……家の中に、見知らぬ大人がうろうろしているというのは、子供心に不安なものです。一度顔を合わせておくだけでも、彼らも少し安心すると思いますよ」
シロさんの言葉は至極もっともらしく聞こえた。けれど、俺は知っている。この人がわざわざ言い出したということは、何かしらの思惑があるということを。
「……そうですね。子供たちには、父の桐箱がなくなったことも、皆で揉めていることも、まだ話していないんです。変に不安がらせたくなくて……」
和孝さんは申し訳なさそうに視線を落とした。「そもそも父が大事にしていた箱について知っているかどうか……」 そう言いながら、顔をあげた。
「ですが、たしかに急に知らない大人がいたら驚きますよね。……今、二階の子供部屋にいるはずです。案内します」
和孝さんはポケットに手裏剣を仕舞い込むと、俺たちを促して廊下へ出た。
母屋の階段を上る足音が、静まり返った屋敷にやけに大きく響く。掃除はされているけど、古い家だ。どうしても薄暗く感じてしまう。
家守が居心地の悪いと言ったこの家で、子供たちはどんな風に過ごしているんだろう。俺はシロさんの背中を追いながら、昨夜見たあの巨大な影の去り際を思い出していた。
和孝さんは二階へ上がってすぐの部屋をノックすると、「入るぞ」と声をかけて障子戸を開けた。
畳の部屋だけど、これまで見た部屋の中で一番明るい雰囲気だった。壁紙は変えているのか薄い黄緑色で、子供が書いた絵が飾ってある。黄色い帽子やバッグ、コートが掛けられたハンガーラック、二つ並んだ学習机にはそれぞれ水色とピンクのランドセル。敷かれたラグは黄色だ。いくつか並んだ白いカラーボックスの上には雑多におもちゃやぬいぐるみが置かれている。
その中で、きょろりとこちらへ向けられた瞳が四つ。小さな子供が二人、中央のローテーブルへ向かい合って座っていた。
「姉の夏美と弟の春斗です」
ポニーテールの女の子が夏美ちゃん、携帯型ゲーム機をしっかり両手で抱えているのが春斗くん。それぞれ小学四年生と二年生だと教えてもらった。
「こちらは白椛さんと藤見さんだ。おじいちゃんの部屋の掃除や、持っていた物の整理を手伝いに来てくれたんだよ」
和孝さんに「挨拶しなさい」と促され、子供たちはきょとんとした顔のまま「こんにちは」と小さく声を出した。
「初めまして、白椛祐介だ。夏美ちゃん、春斗くん、よろしくな」
シロさんが夏美ちゃんに向けて手を差し出すと、夏美ちゃんはチラリと父親の顔を見てからおそるおそる手を握った。見知らぬ人間に対して一瞬警戒したのだろう。けれど父親が何も言わないことを確認すると、握手をした。シロさんが次に春斗くんへ手を差し出すと、春斗くんは姉が握手したのを見ていたからか、戸惑うことなく手を握った。
「素直な良い子たちだなぁ」とシロさんが笑顔で言う。俺も握手したほうがいいのかと思ったが、小さな子供と遊んだ経験もないし、黙っていた。(子供たちが「握手するの?」と言う顔でこっちを見ていた気もするけど……)。
「カラフルな部屋ですね」
「ええ、妻と子供たちの趣味で。私は和室にはあまり合わないと思うのですが……」
「いえ、とても良い趣味だと思いますよ」
シロさんは言いながら、部屋を見渡していた。
窓は障子ではなくカーテンがつけられていた。今そのカーテンは開かれていて、外の光が入っているおかげで明るく、他の部屋と比べて小さな異形たちもほとんどいない。
「そうでしょうか」とほんの少し納得しきれないような声を漏らした和孝さんは、畳の上に敷かれた円形のラグに視線を落とした。たしかに和室の良さは消えている。けど可愛い子供部屋だと思える、俺も嫌な気配が一切しないこの部屋は嫌いじゃなかった。
ふと春斗くんの手に持っていた携帯ゲーム機を見咎めた和孝さんが、「ゲームは一日二時間だぞ」と声をかけた。「分かってるー」と春斗くんもちょっと生意気に答えて、シロさんが笑った。
「子供たちは日中この部屋に?」
「ええ、今は春休みで学校もないので……普段は友達の家へ遊びに行ったりもするのですが、寒い時期ですし、距離があるので車で送迎しているんです。ただ今はちょっと、その余裕が無いので」
和孝さんは少しだけ眉を下げた。子供たちに対し、せっかくの休みなのにどこへも連れて行ってあげられないことを申し訳なく思っているのかもしれない。
ローテーブルの上を見ると、夏美ちゃんは塗り絵をしていた。色鉛筆やクレヨンが出してある。その周りには何種類もの折り紙やカラフルな箱。周りには折り紙で折られた手裏剣や動物っぽいものが転がっている。
和孝さんが思い出したようにポケットから手裏剣を取り出し、孝蔵さんの寝室に落ちてたことを注意したとき、着信音が鳴り出した。和孝さんは反対側のポケットからスマホを取り出すと、画面を確認し、シロさんと俺に「すみません、ちょっとだけ離れます。妹が近くまで来たみたいです」と言い残し、子供部屋を出ていった。
子供部屋には俺とシロさんと、二人の子供だけが残された。
シロさんは学習机の椅子を勝手にくるりと回転させて座ると、床でゲーム機を握りしめている春斗くんに視線を向けた。
「今はどんなゲームが流行ってるんだ? 見たところ、かなりハイテクだな」
「……ふつうだよ。おじさん、これ知らないの?」
「やったことはないなぁ。俺の時代は、もっとこう……平べったい板みたいなのを、本体にガチャンと差し込むのが主流だったんだが」
シロさんが身振り手振りを交えながら話しかけると、春斗くんは少しだけ得意げに「それ、スーファミでしょ! お父さんも言ってた」と笑った。
「これ、見て」
春斗くんがローテーブルの上にある、少し大きめの箱を引き寄せた。よく見ると色とりどりの折り紙が貼られている。シルバーや宇宙柄の折り紙でデコレーションされた、一見すると不格好な工作箱だ。シロさんはその箱を手に取り、「ほう、これはまた高級そうな箱だな」と言った。
「姉ちゃんが作ったの。ゲームソフト、いっぱい入るから」
「ソフトか、カセットとは言わないんだな……」
ジェネレーションギャップを感じている様子のシロさんは、箱の蓋を開けてゲームソフトのケースを一つ取り出した。「これかい?」とシロさんが尋ねると、春斗くんは受け取った半透明のケースをカパッと開けて、取り出した小さなゲームソフトを親指と人差し指で掴んで得意げにシロさんに見せつけた。
「このゲーム今すごい流行ってるから、みんな持ってるよ!」
「入れ物に対して随分小さいんだな……どういうゲームなんだ?」
感心したようにソフトを覗き込むシロさんと、一生懸命説明し始めた春斗くんを横目に、立ったままでいるのがちょっとだけ居心地悪くなってきた。手持無沙汰って言うか……夏美ちゃんに視線を向けると、夏美ちゃんも俺を見ていて、パッと目を逸らされた。急に男が二人入ってきて、父親もどこかへ行ってきまずく思っているんだろう。
何か話しかけたほうがいいのかな。と言っても、俺は小さな子供の相手はほとんどしたことないし……でも黙って立っているのも俺自身気まずいので、ローテーブルへ近づいてしゃがんだ。
「えっと……この折り紙、夏美ちゃんが折ったの?」
折り紙の手裏剣や動物を示すと、「うん」と頷いてくれた。
「すごいね、これは犬? 他にどんなの折れるの?」
「本見たら、もっと色々折れるよ」
夏美ちゃんが指差したのは、ピンク色のランドセルが横に掛かった学習机だった。机の上には、教科書やノートの他に文具、メモ帳、シール、キーホルダー、お守り、よく分からない小物などが散らかっている。女の子らしいにぎやかさが詰まったその中に、折り紙の本があった。
「へぇ……」
学習机に近づいて、折り紙の本を手に取る。その際、お守りとキーホルダーを落としてしまい、慌てて拾う。目がやたらキラキラした犬のキーホルダーと、神社で売っているような手のひらサイズのお守り。ちょっと使い古されたお守りには『縁結び守』と刺繍されていた。小学三年生で縁結びってなんか、ませてるなぁ。キーホルダーやメモ帳のデザインと比べると古くて地味な色合いだし。まぁお守りなんてそんなものなのかな。
机に戻してから、ふとキーホルダーと折り紙以外にも、シールやノートに書かれた絵柄、部屋に飾ってある絵やぬいぐるみにも犬が多いことに気づいた。
「犬、好きなの?」
「うん、大好き! かわいいから。犬、飼いたいんだけど……」
「でもお父さんダメって言ってた!」
シロさんと話をしていた春斗くんも、会話に混ざってきた。二人はクリスマスプレゼントに犬を飼いたいとリクエストしたが却下されてしまったこと、サンタさんにもお願いしたけどダメだったことを教えてくれた。残念そうに項垂れる夏美ちゃんは、本当に犬が好きみたいだ。
「そうか、犬かぁ……」
シロさんの呟きに、昨日見かけた柴犬に似た色の何かを思い出す。あれは子供たちの願望だったりして……いや、そんなはずないか。
「これは犬なんだな、上手いもんだ。しかし高そうな紙をいっぱい持ってるなぁ」
シロさんが折り紙で折られた犬を持ち上げて、しげしげと見つめた。その犬はお菓子の柄の薄いピンク色の折り紙で折られていた。女の子が好きそうな柄だ。
「折り紙はね、百円ショップでいっぱい売ってるよ!」
いつの間にか夏美ちゃんも心を許してくれているのか、最初に見せていた警戒心はなくなっていた。
ローテーブルの上に出ていた以外にも、学習机から沢山の折り紙を出して見せてくれた。シルバーやゴールドのキラキラしたもの、裏表で色が違うもの、お菓子や花、乗り物、キャラクターの柄が描かれたもの。ゲームソフトの入っていた箱に貼っているのと同じ恐竜の柄もあった。箱は夏美ちゃんが作ったと言っていたけど、おそらく空いた靴箱とかに折り紙をペタペタと隙間なく貼りつけてあるんだろう。夏美ちゃんなりに、弟の好きそうな柄や色を選んであげたのかなと思うとなんだか微笑ましかった。
和孝さんは申し訳なさそうにしていたけど、小さな姉弟は家の中で仲良く遊んでいるようだった。
「これがたった百円かぁ……良い時代になったもんだ」
高級紙ではなく、百円ショップで買った安い物だと知って大袈裟に驚くシロさんは、どこまで本気でどこまで子供向けに演技しているのか。スマホは使いこなしているくせに、百円ショップや最新ゲーム機には縁がないのは本当のことなのかもしれない。
見た目以上に歳をとっているシロさんだから、子供の扱いも慣れたものなんだろうけど。
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