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しおりを挟む11年ぶりにこの離宮から出るのだ。
そして、これから向かう先も自身の味方がいないであろう、未知の場。
そんな状況で緊張するなという方があまりに理不尽である。
「アディリナ様、…大丈夫ですか?」
護衛騎士であるリチャードと共に、食事会が開かれる会場へと向かっている際に、リチャードは気遣うように声をかけた。
部屋を出る時はアディリナの美しさに見惚れて、言葉数が少なかったが、会場が近づくにつれ、アディリナの緊張を感じたようだった。
「…ええ、大丈夫よ。…ただ、少しだけやっぱり緊張しているみたい。」
進めていた足を止めて、アディリナは愁いを帯びた微笑みを浮かべた。
その微笑みを見て、リチャードはどうしようもなく胸が締め付けられた。
そして、自身の口から自然と出た言葉にひどく驚いた。
「…私などでは力不足かもしれませんが、アディリナ様のお傍にいつも控えております。」
まさか自分が一端の騎士のような言葉を言うことができるとは思っていなかった。
そして、その言葉を言ってすぐに不安に胸の中を支配された。
―私のようなものが、アディリナ様に一体何を言っているのだ―
すぐに言葉を撤回しようとしたそれより先にアディリナの声が返ってきた。
「リチャード卿、ありがとう。…どこにも行かないでね。」
少しだけうつむいて、耳を赤くしながらアディリナははにかむ。
アディリナのこの言葉1つでリチャードの胸中を支配していた感情が、開けたように消え去ったのだ。
――――――――――――――――――――――――
リチャードは名家であるクランストン家に生まれ、幼い頃から騎士として一流の教育を受けてきた。
そして、4男であるリチャードは常に、父や優秀である兄たちの姿を見てきて、『自分は父や兄たちのようになれない』そんな劣等感をずっと抱えてきた。
なぜなら、リチャードは騎士でありながら、戦うことが嫌いであった。
人と争うことも苦手であり、兄たちを超そうという気持ちも露ほどに湧くことはなかった。
リチャードは、剣を交えることも、馬で駆けることも好きではない
―リチャードが好きなのは、静かに花を愛でること―
女であるまいし、クランストン家の子として、そして騎士となるものとしては相応しくないとずっと周囲の人間に言われてきた。
リチャードがアディリナの護衛騎士として決まったのは突然だった。
5年前王宮から帰ってきた父によって、リチャードがアディリナの護衛騎士と決まったことが告げられたのだ。
多くの王位を狙える王家の子がいる中で、呪いを受け離宮から出ることのできないアディリナの護衛騎士となるものはいなかったのだ。
そこで苦肉の策として、騎士としての資質が不完全だが、家柄は申し分のないリチャードに白羽の矢がたったのだ。
リチャードはアディリナの護衛騎士となって5年間、アディリナと言葉を交わすことはなかったが、自身も離宮の一角に暮らすことになった。
ある種リチャードにとってその5年間は、クランストン家に暮らしていた時より、静かな穏やか時間を過ごせた。
アディリナの呪いの効力のため、数少ない使用人しか近づかない静かな離宮で、嫌いな争いもなく、そして小さくはあるが、離宮の美しい庭園を見て過ごすことができたのだから。
――――――――――――――――――――――――
呪いが解けて、実際にリチャードが護衛としてアディリナの傍にいるようになって、リチャードはアディリナの人柄や美しさから目を離せなかった。
―アディリナ様と共に花を愛でる時間はなんて心地よいのだろう―
アディリナの呪いが解けてもこの1か月、リチャードの穏やかな日々は変わらなかった。
唯一大きく変わったのは、その穏やかな日常に、花よりも美しいアディリナの存在であった。
だからこそ、リチャードは日々不安に襲われるのだ。
アディリナ様に、自分は相応しくない
―この食事会で王家の一員として正式に戻られた際に、自分の居場所はなくなってしまうのではないかと―
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