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しおりを挟む「アディリナ、俺はこれで一度戻る。…セドリック兄上、私はこれにて失礼いたします。」
そう言って、ヨハンはセドリックを避けるように部屋から出ていった。
ヨハンの姿を追うセドリックの視線には悲哀が満ちていた。
「セドリックお兄様…」
一連のその様子を見ていたアディリナは気遣うようにセドリックの名を呼ぶ。
その声にセドリックは普段と変わらない微笑みを作る。
こちらのセドリックは微笑みで表情を隠すのがとても優れている。
普通の人では気づかないであろうが、微笑みを武器とするのはアディリナも同様である。
だからこそ、彼女はこちらのセドリックの心も掴むことができたのだろう。
セドリックはベッドの上に座るアディリナの傍に腰掛け、肩を抱き寄せた。
「…身体はもう大丈夫?」
アディリナの額を自身の肩に押し付けセドリックは問い掛ける。
その声はヨハンがいる時と比較してもとても小さな声だった。
アディリナはセドリックの背に手を伸ばし、優しくさする。
「セドリックお兄様、心配かけてしまってごめんなさい。もう身体はすっかり平気です。」
「……そっか。……良かったほんとに…」
何も言わないセドリックの背をアディリナは撫で続けていたが、しばらくするとそう言ってようやくセドリックはアディリナから離れた。
そして、ベッドサイドに用意されている椅子へ腰掛ける。
「アディリナ。君が嫌だったら無理しないでいい。」
そう言ってセドリックはアディリナを気遣うように見やって言葉を続ける。
「…クラウスが来ている。」
セドリックのその言葉にアディリナは驚きで目を見開いた。
「私も先ほどアディリナの従者たちから聞いた話だが、君が熱を出してから毎日部屋の前に来ているようだ。…父上の命でこの部屋には立ち入れないようだが。」
「…クラウスがっ…」
アディリナは想像だにしていなかった。
自身を嫌っているクラウスがまさかそんな行動をとるとは思っていなかったからだ。
「…私がこの部屋に来た時にも部屋の前にいたのだ。…アディリナさえ良ければ…」
しかし、セドリックはそこで言葉を止めた。
アディリナが熱を出した原因も知っているし、そのせいでその間自分もアディリナに会うこともできなかった。
本当はセドリックもアディリナにクラウスを会わせたく等なかった。
アディリナ付きの従者たちから判断を仰がれたため、完璧な王子のセドリックは仕方なくだった。
「セドリックお兄様、私、クラウスに会います。」
その答えが返ってくることを予想はしていた。
しかし、セドリックは許せなかった。
自分に、自分だけに。
もう一人のセドリックでさえも彼は許せない。
どうしても、どうしても自分だけに優しいアディリナで居てほしかったのだ
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