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第十話
しおりを挟むそれから、西交番に戻った和泉と入れ替わりで今度は栗田が勝次と共にパトロールに出かけた。午後は交番勤務の仕事をこなし、一日という体験はあっという間に過ぎ去った。
警察学校に入ってから、心が折れそうなことが何度かあった。警察官になりたいと思って、警察学校に入ったけど辛い訓練をしていると、本当になりたいのか分からなくなることもあった。
けれど、今回の実務研修を経験できたことにより、和泉に気合が入った。やっぱり、自分は警察官になりたいと思うし、辛い訓練も将来人の安全を守るために行っていると思えば乗り越えられる気がした。
その後、実務研修を終えた和泉たちは、峯田と勝次にお礼を言って西交番を出た。
二人は今日一日頑張った自分へのご褒美に、アイスを一本買って夕暮れに染まる帰り道を歩き、警察学校へと帰って行った。
明るい照明で照らされた室内に、パンッと銃声が響き渡る。生徒たちが五人横に並び、約十メートル離れた的に次々と拳銃を構えた。
十二月も半ば、寒さが本格的になってきた頃、和泉たちは拳銃訓練に励んでいた。拳銃訓練は警察学校の近くに隣接された施設を使い行われる。一人一つ小型の拳銃が支給され、離れた丸い的に当たるように弾丸を放つ訓練を行う。
実は、和泉は警察学校に入るうえで一番拳銃訓練に興味があった。社会人の頃に買ったシューティングゲームにはまったことがあり、いつか本物の銃を見てみたいと思っていた。けれど、普通に生きていて本物の拳銃を見られることなんてめったにない。
あるとしても、それは極一部の限られた人だけだ。しかし、まさかこんな日がこようとは。
(ゲームでもそれなりに腕前は良かった方だからな、わりと得意分野になるかもしれない)
しかし、和泉の気分が高まっていたのは、ほんの一瞬の出来事だった。
ゲームとは違い、本物の拳銃を手にしてまず思ったのは狙いが定まりにくいという事だった。まっすぐ腕を伸ばし的を狙って発砲しているはずなのに、まったく的に当たらないのだ。微細な手の震えで照準が狂う。拳銃訓練はゲームの時とは違い、まったく手ごたえがなかった。
(俺って何やっても、とことんダメなんだな)
ここまでくると、自分のできなさ加減にがっかりする。生まれつき運動も勉強も得意ではなかったけれど、ここまで自分ができない人間だとは。何か一つ得意な事があればいいのだが、何もない。軽く自信を喪失して、三日ほどたった頃、再び行われた拳銃訓練で筋のある人物が頭角を現した。
「あ! 当たった!」
隣で甲高い声を上げたのは栗田だった。よっぽどうれしいのかぴょんぴょんと子どもの様に飛び跳ねている。その様子を見た一ノ瀬がすぐさま怒号を飛ばしながら駆け寄ってきた。
「栗田! 訓練中だぞ!」
「分かってます! でも教官見てください! ど真ん中ですよ!」
「わかったから、はしゃぐな!」
栗田のテンションの上り様に一ノ瀬は若干戸惑いながらしかりつけている。そんな一ノ瀬を横目に和泉は栗田の的を見た。確かに、的のど真ん中を打ち抜いている。
(すごい、俺なんか全然ダメなのに)
和泉は今のところ的に当てられてすらいない。それなのに、栗田は的のど真ん中打ち抜いている。他の生徒たちだって、よく見れば何人かは的に当て始めている。
(やばい、俺もなんとかしなきゃ)
もう、これ以上周りとの差を広げたくない。そう思い、集中して何度も打っているのに一つも的に当たらない。焦りという感情だけが和泉の中でじわじわと大きくなっていく。
それからも、和泉は幾度となく弾丸を放ったが的に当たることはなく、なんのコツも掴めないままその日の訓練は終了した。
「いやー、射撃訓練ってなんか爽快感ありますよね」
訓練が終わり寮へ帰るまでの道のりで、栗田は意気揚々と言った。最近は日が落ちるのが早くなり、最終の授業が終わったこの時間帯はもう真っ暗になっている。そして、和泉の心も真っ暗だった。一緒にしているわけではないけれど、和泉は栗田の事を「できない同士」だと思っていた。
ランニングも勉強もそれほど得意ではないけれど、いつも隣には栗田がいてくれた。自分が周りについていけてないかもしれないと真剣に考えこむ性格の和泉に対して栗田は「自分のペースで行けばいいんですよっ」というようにかなり楽観的な性格の持ち主だった。
割と、栗田のそういう性格に励まされて今までやってこれた部分も大きい。それが、今は栗田がなんだか遠い存在に思えて心細いのだ。
「どうかしましたか?」
俯く和泉の顔を栗田が覗き込んだ。
「ああ、いや。単純にすごいなって。俺なんかまったく当たらないからさ……」
「あ、なんかすみません。こんな話」
「いや、いいんだ」
栗田に気を使わせてしまっている。和泉は慌てて手を横に振った。
「でも、本当にすごいよ栗田さん。他の人たちだって的に当てるのがやっとなのに、真ん中を打ち抜くなんて。なにかコツがあるの?」
「コツですか? うーん」
栗田は顎に手を当てて考えるように上を向くと、「あっ」と声を上げた。
「私、高校生時代弓道部だったんですよ。で、その時に監督から毎回言われてたことがあって。監督は『的を最後まで見続けろ』って」
「的か……」
(射撃訓練の中で、穴が開くんじゃないかってくらい的を見てきたと思うんだけどな)
と、和泉は心の中で思った。
「というか、栗田さんって弓道部だったんだね」
「はい。まあ、結構家系的にはきつかったんですけど、どうしても部活はやっておきたかったんですよね。バイトとの両立で死にそうでしたけど、案外楽しかったんですよね」
栗田はえへへと笑って、
「そういう和泉さんは高校時代何部だったんですか?」と聞き返してきた。
「俺は野球部だったよ」
「ええ! すごい。がっつり運動部じゃないですか」
「うん、でもまあ万年補欠だったけどね」
和泉は自嘲気味に笑った。中高と野球に打ち込んできたけど、レギュラーになれたことは一度もなかった。多分それは単純にセンスとかもあるのだろうけれど、レギュラーで出ていた選手たちは和泉よりももっと練習していたのだろう。スイング練習、投球練習、ランニング……、他全て、努力の数が圧倒的に違っていたのだ。
「……そうだよな」
和泉はふと何かを思い出したような顔をして、歩みを止めた。
「人よりもできないなら、人よりも練習すればいいんだよな」
一人でブツブツと呟いた後、和泉は後ろを振り返り射撃訓練場を見た。まだだれか残っているのか明かりが灯っている。
「ごめん栗田さん。俺戻る」
「え、どうしたんですかー?」
驚く栗田をよそに和泉は全速力で訓練場へと走った。
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