意地っ張りなオメガの君へ

萩の椿

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第2話

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「ここでその話はするな!」


 西園寺の怒鳴り声が廊下に響き渡る。幸いにも、春休みのこの時期に、校舎に生徒はいない。西園寺は声を荒げることなど滅多にないのだが、どうしてもこの話題になると怒りを抑えることができなかった。


 20××年の現在、男女とは別にアルファ、ベータ、オメガからなる第二性が存在する。その中で、西園寺の姓はオメガだった。それが分かったのは中学三年生の検診の時、一般的にアルファやベータよりも頭脳や身体能力に関して劣っているとされているオメガに区分された時、西園寺は絶望した。


 今まで一緒に過ごしていた友人からは遠巻きにされ、オメガという事で馬鹿にされ、男ながらに妊娠ができるという事で性的な対象として見られることも増えた。幾度となく振り回されたこのオメガという名称。それがコンプレックスで仕方がなかった西園寺は、自分の第二性を高校では秘密にしていた。第二性がオメガという事で、いじめに繋がることもあるので、蘇芳学園高校では自分の第二性を公表しないことも認められているのだ。きっと、オメガだという事がばれてしまえば、生徒会長も続けられなくなってしまうだろう。


 それが、西園寺の弱みだと宝来は分かっている。睨みつけると痛いほど手首を強く掴まれた。


「じゃあ、旭もそんな突き放した言い方やめてよ」


 宝来はいい図体をしているくせに、心はまるで豆腐の様に繊細だ。


(なんでこんな面倒くさい奴と幼馴染なんだろ……)


 常日頃、冷静な西園寺だが、宝来と関わるとそのペースはいつも乱される。いつも後ろを着いてきて西園寺に付きまとい、突き放せば、西園寺の弱みを言って困らせる。普通、相手に冷たくあしらわれていると分かれば、誰だって距離を取るだろう。しかし、宝来は逆なのだ。冷たくすれば、冷たくするほど粘着質に引っ付いてくる。

「離せよっ」

 西園寺はありったけの力を込めて腕を振りほどいて、廊下を走った。


(自分がアルファだからって、俺を馬鹿にしやがって……)



後ろからついてくる足音は聞こえない。西園寺は立ち止まり乱れた息を整える。


宝来の第二性はアルファだった。アルファは基本的にオメガを馬鹿にしている人が多い。自分が優秀なことにあぐらをかき、オメガをいじめる人だっている。宝来だってそのうちの一人なのだろう。


「くそったれ」


 西園寺は吐き捨てるようにひとりごち、職員室へと繋がる廊下を静かに歩いた。







 日曜日の食事会は、今年は近衛の屋敷で行われることとなった。集まるメンバーは、西園寺以外皆アルファなので、西園寺はいつもより抑制剤を多めに服用し、両親と一緒にリムジンで近衛の屋敷へと向かった。街から少し外れた郊外の一角に近衛の屋敷はある。西園寺の屋敷と、近衛の屋敷は比較的距離が近く、十分もしないうちに到着した。


(また、今年もあの場所に行かないといけないのか……)


 西園寺の誕生日を祝う食事会であっても、本人にとっては地獄と変わらない。開けられたドアから足を下ろし、近衛の屋敷を見上げた。


 洋式の家が立ち並ぶ周りとは違って、日本の城の様な造りをしている近衛の屋敷は良く目立つ。立派な門に設置されているインターフォンを鳴らせば、間もなくして門が開いた。



「旭、久しぶりだな」


 姿を現したのは近衛利一だった。艶のある黒髪に、凛々しく聡明な顔つきの近衛は、着用している紺色の着物が良く似合っている。


「先輩の卒業式以来か」
「ああ」


近衛の問いかけに西園寺は頷いた。近衛と最後に会ったのは、約一か月前の三年生の卒業式だ。柔道部に所属している近衛は、世話になった先輩達を見送るために卒業式に出席していた。しかし、西園寺は生徒会として仕事に追われていたので言葉を交わすことはなく、こういう風に顔を見て話したのは、一年前の食事会以来かもしれない。


「おじさんも、おばさんも、お久しぶりです」


 近衛は愛想良く西園寺の両親へ頭を下げて、屋敷の中へと招き入れた。両親の後ろにつき、西園寺も屋敷の中に入ろうと足を踏み出した時、急に、近衛の顔が至近距離まで近づいてきた。


「えっ」

その場に踏みとどまり、目を強く閉じる。しかし、特に何も起こらず、ふっと近衛が噴き出した声が聞こえたので、西園寺は恐る恐る目を開けた。


「まつげ、ついてたぞ」
「あ……す、すまない」


 近衛の指先には、西園寺のまつ毛であろう細い毛がついていた。こんな風に人と顔を近づけたことのない西園寺は免疫がなく、どんどん顔に熱が集まっていく。一瞬、キスをされるのかもと勘違いしてしまった西園寺はとてつもなく恥ずかしかった。



 久しぶり過ぎて忘れていたが、近衛は基本的に人との距離が近い。普通なら躊躇してしまう様な場面でも、その人のテリトリーに入ることを全く気にしない。意識してしまうのはこちらだけで、近衛の方は何とも思っていないのだから質が悪い。


(あんな風に顔を近づけて取らなくても、口で言ってくれればいいのに)


火照った顔を隠すように近衛と距離を取り、両親の後をついて、西園寺は中へと足を進めた。




 案内された和室には、既に宝来とその両親、それから一条の両親、そして近衛の両親が着席していた。こちらにひらひらと手を振ってくる宝来を無視して、西園寺は用意された席に着く。近衛が両親の元に座ると、丁度十二時。食事会が始まる時間になった。


「ごめんなさい、怜は少し遅れてまいりますので」


 料理が運ばれてくると同時に、一条の母親が声を上げた。


「構いませんよ」


 近衛の父親が顔の前で横に手を振る。一条怜の性格は一言で言うとマイペースだ。こういう集まりにはだいたい時間通りに来ない。毎年こうなので皆、特に気に留めておらず、一条だけが不在のまま、食事会は始まった。


 今年は懐石料理らしく、先付に野菜の和え物が運ばれ、次に煮物椀が運ばれてきた。どれも優しい味付けで口当たりが良い。毎年、この食事会は億劫でも、出される料理にははずれがない。それだけが唯一参加していてよかった点と言えるのかもしれない。


 それから、一条が到着したのは食事会が始まって三十分程度たった頃だった。だらしなく、ワイシャツのボタンを二つ開けて登場した一条は、悪びれる様子もなく椅子に座った。



「いやー、すみません。遅くなりました……、あ、旭久しぶりー」


 目の前にいる西園寺に気づくと、陽気な声を上げて一条は手を振った。西園寺は聞こえないふりをして食事を続けた。一条が入ってくると、その場の雰囲気が少し和らいだ。癖のある茶色の髪の毛に、凛々しい眉毛と二重の目が印象的な甘い顔立ちをしている一条は、母親達から人気がある。西園寺の母親も、一条の事がお気に入りらしく、隣で髪を直すしぐさを何度か見かけた。



 夫が隣にいるのに、どうなんだと思いながら西園寺が食事を続けていたところ、一条の母親が話題を切り出した。


「そういえば、利一さん。柔道のアジア大会で優勝したんですって? 新聞にも大きく取り上げられていましたわよ」



 始まった、と西園寺は心の中で呟く。


 近衛は幼い頃から柔道を習っており、その実力は日本でも一二を争う。西園寺も先日、新聞で日本の国旗を背負った近衛が、勇ましい表情で戦っている写真を見た。

「ええ。卒業してからは父の会社を手伝いながら大学に通うので、実質あれが最後の試合だったんです。いい結果が残せてよかったなと思っています」


 近衛の家は代々、法律事務所を営んでいる。事務所の大きさは、四代法律事務所に匹敵するほどで、跡継ぎの近衛は法律学部に進学するのだそうだ。近衛の話もそこそこに、料理に手を付けていると、次に造りが運ばれてきた。皿には、刺身が並べられており、口に入れると、かすかに昆布の香りがする。舌鼓をうっていると、今度は一条の話題に切り替わっていた。



「怜くんこそ、フェンシングでの活躍は良く耳に入ってきますわ。練習忙しいのでしょう? 学業との両立は大変じゃない?」


 西園寺の母親が、心配そうに眉を寄せ一条に尋ねた。かすかに、声のトーンがいつもより高い気がする。


 一条は中学から始めたフェンシングで才能が開花し、毎年行われる世界大会で一位を取っている。その甘いルックスから女性のファンが多く、雑誌で特集が組まれるほどの人気者だ。


「はい、毎日がほとんど部活動だったのでそれなりに。でも、僕も利一と同じく、もう引退するので、忙しさからは解放されますね」


「あら、そうなの?」


 西園寺の母親が、残念そうに呟いた。一条の活躍が記された新聞や雑誌などを切り抜いて、保存していたのを西園寺は良く知っている。


「僕も、高校を卒業したら大学に通いながら、父の研究を手伝うつもりです」


 一条の父親は、製薬会社の社長でもあり、世界有数の医薬品開発者でもある。一条ならば、日本代表の選手として活躍する道もあるだろう。しかし、そういった道を辿れないのも、長男として、後継者として生まれてしまった宿命なのだろう。


 けれど、それは西園寺も同じこと。建設会社を代々営む家系の長男として生まれてきた西園寺も、将来父親から会社を譲られる立場にある。しかし、西園寺はそれがあまり苦ではなかった。小さなころから、建設場に連れて行ってもらったり、父親が描いていた設計図に触れていたことから、建設業に興味を持ち、早くから父親の様に建築士になりたいと思っていた。一条の様に、熱を上げて取り組んでいたものをやめなければならない訳ではなかったことが本当に良かったと西園寺は心から思っていた。


 箸休めが運ばれる頃には、宝来の話題に移っていた。


 有名デザイナーを父に持つ宝来は、去年、十六歳という若さで自分のブランドを立ち上げた。父親の存在が世間に知られている分、周りからの期待が大きかったが、それを裏切らない程のセンスがあり、立ち上げ二年目でブランドは軌道に乗っているらしい。


「俊君、今年もパリでショーを開くの?」


「はい、ファッションウィークに。よかったら、おばさまたちも来てください。席を準備しますから」

 近衛の母親からの問いに、宝来は満面の笑みで答えた。

 この食事会では毎度、こんな風に一人一人の一年間の活躍が褒めたたえられる。一条、近衛、宝来は、皆類まれなるセンスの持ち主で各々がそれぞれの道で実績を出している。そして最後、西園寺に皆の視線が向けられたところで、西園寺の父親が口を開いた。

「皆さん、素晴らしいです。うちの旭なんか、これといって何の才能もなく……」


「そ、そんなことありませんわ。学校の生徒会長として立派に勤めを果たされているではありませんか」


 一条の母親が気遣わし気に西園寺を見た。彼女なりに気を使った言葉なのだろうが、西園寺の父親は不服そうに顔をしかめるだけだった。


西園寺が食事会を最も嫌う理由は、自分が劣っている人間だと再認識させられるからであった。両親に交流があることから、一条、近衛、宝来とは一緒に遊ぶことも多かった。物心つく前から兄弟の様に一緒に育ってきた四人だが、その中で西園寺一人だけがオメガだった。


西園寺が誇れることと言えば、蘇芳学園で生徒会長をしているということぐらいしかないが、それも、世界に通用する力を持っている三人と比べれば、レベルが違うのは明白だった。


「そうですよ、西園寺さん。旭君はオメガなのに……」


 一条の母親に同調して宝来の父親もフォローを入れたつもりだろうが、西園寺にとってはそれが一番言われたくない言葉だった。
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