意地っ張りなオメガの君へ

萩の椿

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第3話

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「……オメガなのに、というのはどういう意味でしょうか?」


 我慢しなければいけない、そう思っていたのに、つい口をついて出てしまった。数舜の沈黙が流れ、場の雰囲気が凍り付く。やってしまったと思った途端、足に強い衝撃が走った。視線をやると隣に座っている父親が西園寺の靴をかかとで踏んでいた。


近年では、オメガだからという理由で人を蔑む発言は、差別と認識され、それを取り締まる法律もできた。宝来の父親の場合は励ましたつもりだろうが、西園寺からすればそれは差別と変わりない。やはり根底に、オメガは劣っている者という認識があるからこそ出てくる発言なのだろう。


「ご、ごめんなさい、旭君」


 すぐさま宝来の母親が取り繕った笑顔で詫びを入れてくる。


「……いえ、こちらこそ。生意気を言ってすみませんでした」


 西園寺は唇を噛みしめて深々と頭を下げた。


 場の雰囲気は最悪と言っていいほどだったが、すぐに話題が切り替えられ、なんとか持ち直したようだった。西園寺は会話には加わらず、一人、空気の様に料理を口に運んでいた。


たまに、ある考えが西園寺の頭に浮かぶことがあった。もしも自分の第二性がアルファだったら、と。アルファとして生まれてきた西園寺は、三人の様に何か偉大な事を成し遂げているだろうか。三人と同じく評価され、もう少し食事会も楽しいと感じているのだろうか。


西園寺がアルファだと診断されてからは、父親の態度が途端に厳しくなった。三つ歳が下のアルファの弟、蓮との態度の差は誰が見ても明らかで、父親はこういう場でも、オメガである西園寺をいつも蹴落とした発言をする。その横で、西園寺がどんな表情をしているのかも全く気付かずに。


自分がアルファであれば、こんな屈辱的な思いはしなくて済んだ。そんな妄想に思いをはせても、現実は変わらないと分かってはいるけれど、西園寺はどうしても考えずにはいられなかった。



菓子と抹茶を食べ終わったところで、「後は会社同士の話がある」と、四人は部屋を追い出された。食事会の後は毎年、こうして時間が余るのだ。


 西園寺は鞄を持ち、颯爽と帰ろうと試みたのだが、将来、商売相手になる三人と交流を深めてくるようにと、父親から強く言われてしまい帰ろうにも帰れなくなってしまった。


(交流って言ったって、何も話すことなんてないのに)


 随分と久しぶりに顔を合わせるのに、会話の内容なんてない。昔は、この余った時間は四人でよく遊びまわっていたが、今はもう西園寺にとって気軽に過ごせる仲ではないのだ。


 そのまま帰ってしまおうかとも考えたが、後の事を考えると面倒くさいので、西園寺はその場にとどまることにした。


 近衛に案内された部屋に移り、四人は暇をつぶしていた。二十畳は余裕でありそうな程広い部屋の真ん中に大きめのソファーがあり、一条と近衛はそこへ腰を下ろしたが、西園寺は一人、少し離れた窓際に置かれている椅子へ座った。



「旭、父さんのことごめん」


持ってきた参考書を読んでいると、宝来が声を掛けてきた。こちらの機嫌を窺う様なそんな表情に西園寺は苛立ちを覚える。



「なにがごめんだ。お前だってオメガの俺の事馬鹿にしてるくせに。こういう時だけしおらしくするなよ」


 宝来には先日、学校でオメガの事を話題に出され、からかわれたばかりだ。あの時の怒りを西園寺はまだ忘れていない。



「別に、そんなつもりじゃ……」


「旭ー、せっかく久しぶりに集まったんだから、近況報告でもしようよ」


 宝来は何か言いかけたが、一条の声によって遮られた。


「俺はいい。テストの勉強するから」


西園寺は、再び参考書に目を落とし、一条の誘いを冷たく断る。新学期が始まれば、早速校内学力テストがあるのだ。三人と話して時間を無駄にするくらいなら、この参考書と向き合っている方がよっぽど有意義な時間が過ごせる。



「相変わらず真面目だねぇ」


「……そういうお前らこそ、勉強しなくていいのか? 普段部活ばっかりやってんだろ」

 食事会での事もあり、西園寺は非常に気が立っていた。いつもなら無視しているはずの一条の言葉も今は上手くかわすことができない。


「そんなのしなくたって、教科書見れば大体点取れるからいいよ。近衛もそうでしょ?」


「まあ、そうだな」


 一条の問いかけに、近衛が頷いた。


一条と近衛は、部活の特待生で学校にはあまり登校しないが、学力テストでは首位を争うほどの実力者だ。大体、近衛が一位、僅差で一条が二位、そして西園寺が三位というのが定番である。


テスト前はいつも、参考書や解説動画を見漁って、日々遅くまで勉強してテストに挑む西園寺に対して、いつも手を伸ばしても届かない一条と近衛は、勉強を必要としない頭脳を持っていた。


(くそっ……)


 幾度となく見せつけられるアルファとオメガの差には辟易する。西園寺は参考書を閉じて、立ち上がった。


「あれ、旭どこ行くの?」


 宝来の言葉を無視して、西園寺は出口へと足を進める。


 このまま、ここに居続けると西園寺はどうにかなりそうだった。どこか一人になれる場所で気持ちを落ち着かせようと、西園寺はドアノブに手をかけた。しかし、どういうつもりか近衛がその手を掴んだ。


「待て、旭。少し聞いて欲しい話がある」


「なんだ? 今じゃないとだめなのか」


 気が立っていた西園寺は近衛を睨み上げる。


「ああ、今じゃないとだめだ」


 頷いた近衛の双眸は先ほどとは違い、怖いほどに鋭かった。ぐっと力を込めて掴まれた手首は痛いぐらいだ。


「おいっ」 

 無理やり手を引かれて部屋に戻され、中央に置かれているソファーに一条や宝来と向き合うように座らされた。スペースは十分空いているのに、近衛はわざわざ隣に座ってくる。


「な、なんで隣に座ってくるんだよ」

いくら体を押しても近衛は場所を移ろうとしない。西園寺が呆れかえっていると、一条が話題を切り出してきた。


「話すなら、十八歳の誕生日の時だろうなってずっと思ってたんだ。俺たちが成人を迎えるこの歳に」


「何の話だ」

 脈絡のない話に、何のことか分からない西園寺は首を傾げる。

「十八歳で成人。アルファとオメガはこの歳から正式に番う事を許される」

「だから、どうしたんだ」

 オメガというワードが出てきたことに西園寺は苛立ちを覚える。オメガが話題に出されるときは、大体馬鹿にされるか、卑下されるかのどっちかだ。今度はどんな言葉で自分を傷つけてくるのだろうと西園寺は身構えた。


「俺たちは今年で十八歳になった。俊はまだあと一年かかるけどね」


一条の言葉に宝来が肩をすくめる。


十八歳は世間的に責任が持てる年齢とされ、成人に区分される。つまり、この歳からアルファ、ベータ、オメガは正式に番関係を結ぶことができるのだ。こんな一般常識は誰でも知っている。話の本筋が見えず、一条が言いたいことがまるで分らない。西園寺が首を捻っていると、一条はゆっくりと深呼吸をして、西園寺の目を見据えた。


「つまり俺と近衛は、今年からお前と番っても何の問題もないってことになる」


 ふと、一条の口から発された言葉に、西園寺の表情が固まる。耳を疑う様な言葉が、何度も頭の中で繰り返されている。


「何が……言いたいんだ?」


「相変わらず、こういう事には鈍感だよね旭って」


 呆気に取られている西園寺を見て、宝来が笑みを浮かべた。


「分かんない? 俺達、旭と番関係になりたいって言ってるの」


 一条の発言に、ますます西園寺の頭が混乱していく。


(こいつら、何言ってるんだ……?)


当たり前だが、番関係はお互いに恋愛感情のある恋人が結ぶものだ。西園寺と三人の関係は、どう考えても当てはまらない。それに、体と体の契約であるため、一度結んでしまえば二度と破棄することはできない。結婚よりも強固なものなのだ。


「……番っていうのは、お互いに思いあっている者同士がなるものだろ?」


「だから、ここにいる全員、旭の事が好きってこと」


一条のカミングアウトに、西園寺の頭は一瞬真っ白になった。


(こいつらが、俺を好き……? いやいや、ありえない)


 三人とは仲が良いとはいえないし、一条と近衛に関しては、一年ぶりに言葉を交わしたくらいだ。好意を寄せられる覚えが西園寺にはまったくない。


(もしかして、ドッキリとか言って、本気にした俺をからかうつもりか?)


 まだそっちの方が、現実味がある気がする。それに告白ならば、もっとムードがあってもいいはずだ。騙されているとすれば、本気で捉える方がバカバカしい。そんなつまらない事をするなと言い返してやろうと思い、西園寺が口を開いた時だった。


「ドッキリでも、嘘でもない。俺達は本気だからな」


 まるで西園寺の脳内を見透かしたような近衛の発言に、心臓が縮み上がった。脳内で考えていたことは口に出してないし、分かるはずもないのだが、近衛は妙に勘がいい時がある。

 西園寺は三人の顔を順々に見た。
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