バトル・オブ・シティ

如月久

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牙をむくメガロポリス

4.ヨシダ・シティの隆盛

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 リョウは次にヨッシーの街を覗いてみた。街は「稼働中」だった。ヨッシーが部屋に戻って、再びゲームを始めたのかもしれない。大縮尺で全景を見た限り「ヨシダ・シティ」は不思議な姿に変貌していた。広大な面積のうち、カジノと空港を中心とした一角だけが、異様に発展しているのだ。確かに人口は増え続けている。だが、住民の満足度は必ずしも高くない。犯罪発生率もカジノ周辺で高い数字を示している。だが、ヨッシーは思い切った施策を打ち出していた。住民税の半減だった。街に対する満足度は低いが、税金の安さで転居を思いとどまらせようという作戦なのだろう。
 カジノは、ヨッシーが自慢するだけあってもの凄い繁盛ぶりだった。メインストリート沿いには、3カ所の市営カジノがあり、その周辺を巨大なホテルが取り囲んでいた。大量の電力を賄うために、小さな発電所まで造っている。まるで本物のラスベガスのようだった。モノレールは早くも開業していた。ヨッシーは次に新幹線の駅も造ろうとしていた。新しい駅をモノレールと接続させ、客をカジノ街に誘導するのだ。カジノの上がりで、次々と公共事業を発注し、街をどんどん肥大化させていた。景気パラメーターの下振れも、この街にはほとんど影響を及ぼしていないようだった。
 リョウは携帯を手に取り、ヨッシーを呼び出した。予想通り、電源を切っていた。ヨッシーはすっかり周囲との没交渉を決め込んでいる。明日、また部屋に行って、ゲームをやめるように説得しなければならない。

「ヨッシーが全然俺の話を聞いてくれない。携帯の電源も切ってしまった。時々短いメールが来るだけだ」
 リョウはジャニスに電話をかけた。
「困ったわね…。私が行ってみる?」
「俺も明日朝一番で寄ってみるつもりだけど、それでも駄目だったら、今度は2人で行こう」
「でも、どうしてヨッシーは抜け出せないの。リョウは大丈夫だったじゃない? ヨッシーって、そんなにゲーマーだった?」
「ああ、俺よりはゲームが得意だったけど、こんなになったことはない。ドラクエも途中でパスしたくらいさ」
「じゃあ何で」
 「多分、俺より街づくりがうまくいったからだと思う。ヨッシーは今、1万人を超える参加者の中で、2番目に大きな街を作っている。ゲーム自体の面白さだけじゃなく、負けず嫌いの性格が災いしたのかもしれない」
「ヨッシーは負けるのが嫌いだもんね」
「さっきヨッシーの部屋に行ってみたんだ。パソコンがテーブルの上に置いてあって、ヨッシーは留守だった。やっと休む気になったか、と安心して帰ってきたんだけど。さっきホームページを覗いてみたら、またやってた。かなり熱くなってるよ。街が普通じゃないというか、暴走しかけている。とにかく、明日の朝、ヨッシーの部屋に行ってみるよ」
「分かった。頼むわね」
 ジャニスとは、昨日の午後以降、初めて話をした。今日は別々の講義を受講していたので、学校では会わなかった。昨日の午後の奇跡のようにゆったりとした時間は、ほんの1日前の出来事なのに、リョウにはどこか遠いところで、随分昔に起こったことのような気がしていた。
「ジャニス」
「何?」
 リョウは改めて感謝の気持ちを伝えたかったが、どういう風に言えばいいのかが、即座に分からなかった。
「いや、何でもない。それじゃ、明日。フランス語は2時間目だったよね」
「そうよ。3回連続で休んだから、かなり先に進んだわよ。明日ノート見せてあげるから」
「ああ、ありがとう」

 午前1時過ぎに寝る前に、リョウはもう一度、ヨッシーの街を見に行った。さっき見た時から、まだ2時間くらいしか経過していなかったのに、街はさらに拡大していた。工業団地の外れに、新しく大きな工場が進出していた。ビール工場だった。また、インターチェンジ近くのラブホ街の片隅に、新しいビル群が立ち並んでいた。中を見てみると、全部がソープランドや風俗店だった。
<酒と女とギャンブルか>
 ヨッシーは焦っている。金と人が動くなら、業種に構わず、何でも誘致している。しかも、悲しいことに、それがどれも大繁盛しているのだ。ヨッシーの歓楽街作戦は、確実に効を奏している。人口は68万人、2年で10万人も増えた計算だ。対する「プレミアム・シティ」は同期間に4万人しか増えておらず、69万人だった。2つの街の勢いの差は歴然だった。人間の欲望に忠実な「ヨシダ・シティ」に軍配が上がるのは時間の問題に見えた。このペースだと、明日の朝までに、ヨッシーの街は「メガロポリス」へと昇格し、決着がついているかもしれない。
「ここまで来たら、とことんやって、一刻も早くけりをつけろよ」
 リョウはパソコンにそう言ってから、電源を落とした。ゴールが見えてきたような気がして、少しだけ安心した。自分の街は確認しなかった。底なしの欲望をさらけ出させるこの忌まわしいゲームにはもう触りたくない気分だった。
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