バトル・オブ・シティ

如月久

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迫るタイムリミット

1.連合国の総攻撃

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「あ、ホント。時間はわずかみたいよ」
 ジャニスが「プレミアム・シティ・プレス」を見て、言った。
<判決公判を10日延期―「ヨシダ」裁判〉
 リョウは画面したの時計を見た。10日と言えば、約20分だ。
「間に合うの?」
 ジャニスは心配そうだ。リョウにもその確信はなかった。だが、ここまで来て、弱気になってはいられない。
「最後の賭けだ。連合側の全ての戦力で総攻撃をかける。全てといっても、たいした戦力じゃないけど」
「でも、それで勝ちきることができなかったら…」
「この総攻撃は、叩き潰すための攻撃じゃないんだ。当然、相手は抵抗するから、こっちの戦力も大部分が失われる。まだまだ相手の戦力が相当上だから、作戦としてはかなり無謀だと思う。でも、『プレミアム』が今一番したくないのは、資源の消耗だと思う。国境線の戦車部隊を撤退させたのも、持久戦を意識してのことだよ。少しずつでも原油を手に入れて、燃料が確保できたら、また攻めてくるに違いない。しかも、次は怒りにまかせた無謀な作戦じゃない。しっかりと負けない戦術でやって来るはずだ。そうなったら勝ち目はないよ。奴に一息つかせずに、一気に消耗させるんだ。資源が尽きたら、交渉に乗ってくるかもしれない」
 ジャニスは黙ったまま頷いた。成功の確率はどのくらいあるのだろうか。そもそも確率なんてものは、このゲームに意味があるのだろうか。コンピューターゲームのくせに、随分と人間臭い設定もしてある。リョウは、このゲームの奥深さに、改めて背筋を寒くした。

 「シティ・ジャニス」の国境防衛に成功して間もなく、連合国側は、空から総攻撃を開始した。防衛のための空軍力を残しておかねばならなかったので、総攻撃といっても、参加できた戦闘機は、「プレミアム」の一次攻撃より遥かに少ない。
「こっちが派遣した戦闘機は、全部やられちゃうの? 相手の戦闘機を道連れにして」
「このゲームの設定をみると、戦闘モードに入ったら、同じタイプの兵器の消耗率は1対1になっている。つまり相討ちになるみたいだ」
「数の多いほうが絶対的に有利なのね」
「同じ条件で戦えばね。さっきみたいに、爆撃機と戦闘機が戦うと、違った結果になるみたいだけど。同じ条件だったら、常に相討ちの設定なんだ」
「今度の総攻撃は?」
「多分、向こうは同じ条件になるように対応して、相討ちを狙ってくると思う。そうすれば、こっちは全滅だけど、相手にはかなりの数が残る」
「それじゃ駄目じゃないの?」
「だから賭けなんだ。『プレミアム』は、1次攻撃と『イチロー』への大規模爆撃、それに陸軍の国境侵攻で、かなりの資源を消費した。でも、その補給が特に燃料系ではほとんどできていない。こっちが攻撃した港湾もほとんど修復できてないのがその証拠さ。施設を直すための資材や重機を動かす燃料すらないんだと思う。ここで防衛作戦を展開したら、もしかすると残りの資源が底を尽くかもしれない」
「戦車は1カ月で降伏したわよね」
「大きな戦力があっても、燃料が補給できなきゃ、長くはもたない。『プレミアム』の軍事力は強大だけど、大きなぶんだけ維持するには莫大なエネルギーがいる。このゲームのリアルな設定を信じるしかない」
「なんだか、本当の社会みたいになってきたね」
 ジャニスは不意に哀しそうな目をした。
「え?」
 ヨッシー救出のためにこのゲームを再開してから、ジャニスのそんな目を見たのは初めてだったので、リョウは困惑した。
「どういうこと?」
「戦争はやっぱり少しゲームっぽいけど、そのほかのこと、例えば、経済封鎖したり、企業を乗っ取ったり、資源や食料を買い占めたり、価格を吊り上げたり…。そういうことって、本物の国際社会でもあるんじゃない? ゲームがリアルだから、つい本当の世界のことを思っちゃった。ロシアとウクライナの戦争も同じね」
 リョウにはジャニスの言わんとすることが分かる気がした。
「いきなり戦争になるのはゲームだからだと思うけど、確かにジャニスの言う通りだ。でも、本当の社会に似てくるのは仕方ないよね。俺たちが実際の社会で起こっていることを、このゲーム上でシミュレートしているんだから」
「自分たちが、そんな恐ろしいことを、たとえゲームとは言え、しているというのがまず信じられないけど、本当にゾッとするのは、実際の社会も、こんなドロドロした戦いをしているのかなってこと」
「本物はもっと生々しいんじゃないか。生身の人間がやってるんだから」
「軍隊っていう力にモノを言わせるか、相手を圧倒するくらいのお金にモノを言わせてるか、どっちかじゃないとまともな戦いにはならないのね。そのどっちもない国は、黙っているか、支配を受けるかしないと生き残れない。このゲームでも、実際の社会でも…」
 ジャニスは一層暗い顔をした。
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