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◇2
私は、外から差す陽で目が覚めた。……ん? 陽の光? 私がこの国に着いたのは昼間。でも、こんなに明るくなかった。……まだ、寝てる? だって、こんなにふかふかで、まるで雲に乗って、挟まれてるみたいに気持ちいいし、こんなに暖かい。
「姫様! おはようございます!」
誰かが入って来ていた事に気付かなかった。リーチェさんが、ニコニコと朝のあいさ……朝の、あいさつ……?
「あ、の……私、どれくらい、寝てましたか?」
「姫様が眠られたのは昨日の夕方、今は次の日の朝ですよ。だいぶお疲れだったようですね」
「あ”……」
う、そ……次の日まで、寝こけてしまった……!? どどどどうしよう!! へ、陛下怒ってらっしゃる!? あ、まだ首は繋がって、いや、これから切り落とされるかもしれない!!
「ごっごめんなさいっ!!」
「姫様、落ち着いてください」
「で、でも!」
「姫様!」
頭が混乱している時、ノックの音がした。私だ。そう言ったの、は……
「おはようございます、陛下」
そう、陛下だった。
「おはよう、朝から元気そうで何よりだ」
「オ、ハヨウ、ゴザイ、マス……」
こ、殺され、る……? あ、でも、剣は持ってない。と少し気が抜けてしまった。
そんな陛下は、ベッドの脇に腰を下ろす。
「顔色も良さそうだ。安心したよ。気分はどうだ」
そう言われ、頭が真っ白で何を言っていいのか分からず頷いてしまった。すると、陛下はクスクスと笑った。
「ククッ、それでは伝わらんぞ」
この方は、こんな風に笑うんだ……と驚いてしまった。ただ、私は殺人鬼としか知らない。だから、それとはだいぶかけ離れていてだいぶ戸惑ってしまう。
「昨日は食事をしていないから、腹が減っただろう。準備が出来たら案内するよ」
そう言い残して、出て行ってしまった。
あの方は……一体、どんな方なのだろう。何を、考えているんだろう。
「あの、リーチェさん」
「姫様、私は姫様の専属メイドです。気軽にリーチェとお呼びください」
気軽に、だなんて。私は一応第三王女。でも、妾の子。そんな私が、こんな待遇を受けていいのだろうか。
「……私は、何をすれば、いいのでしょう……」
今までは、雑用に掃除、洗濯をしてきた。今の私は、それしか出来ない。王女、という者の生活がどんなものなのか分からないし……
「それは、この国で伸び伸びと、健やかに過ごしていただく事です」
「え……」
伸び伸びと……健やかに……? 他には? と聞いても、楽しく生活を、と返されてしまった。
「あ、あとは……あっ。いえ、それは陛下が伝えなければいけませんね」
陛下が? 何をしたらいいのか、ますます分からなくなってしまった。
準備が終わると、リーチェさんが陛下をお呼びした。また、肩に手を、と言われてしまって、いいのだろうかと不安な気持ちの中恐る恐る肩に手をついた。昨日のように、持ち上げられてしまって。でも昨日のような怖さはなかった。
歩く廊下の先にあったのは、とても広々とした部屋。真ん中にはテーブルがあって、椅子も二つある。陛下は、そのうちの一つの椅子に、私をおろした。こんなキラキラした場所での食事なんて、私、初めて。それに、座ってて落ち着かない。慣れてないし……
着席してすぐ、私の目の前には料理が出された。どうぞ、お召し上がりください。そう言われてしまったけれど……こんなすごいもの、食べた事ないし、そもそも見た事すらない。ナイフとフォーク、スプーンは分かってるんだけど、でもどうやって食べればいいのか、分からない。
ミスをして、目の前に座る陛下の機嫌を損ねてしまうのも絶対ダメ。剣はないけれど、このナイフで殺されちゃうかもしれない。
野菜くずや残り物しか食べてこなかった私に、出来るだろうか……出来ないに決まってる。目の前の陛下の真似をすればいいのかもしれないけれど、要領、悪いし、器用でもないし、知らないし……
そう思っていたら、スッと陛下が立ち上がってしまった。
やってしまった!! 機嫌を悪くさせてしまった!! どうしよう、どうしよう、そんな考えで頭が回って、心臓も煩くバクバクして。でも考えがまとまらない内にもう陛下がすぐ近くまで来てしまっていて。陛下の手元を確認することも出来ず、そして……
「椅子を」
……い、椅子? 椅子って、言った……?
その声に、使用人さんが動き先程陛下がお座りになっていた椅子が私の隣に移動されていた。それに座った陛下は、もっと近くに寄ってきて、私の目の前にあるナイフとフォークを取り、お皿の上の料理に手を付けた。綺麗に、小さく切られていく。もしかして、私もこんな風に綺麗にスパッと首を……駄目駄目駄目駄目!! そんなこと考えちゃダメ!!
「さ、お食べ」
……え?
フォークに刺さった、先程カットされた料理を、口の真ん前に持ってきた陛下。私の口の真ん前にだ。
「マリアンナにナイフとフォークは難しかったようだ。だが、人間得意不得意は誰にだってある。それに、マリアンナの場合教えてくれる者がいなかったのだろう? ならこれから学べばいい」
そのまま口に入れなさい、と言われてしまった。
へ、陛下自ら、なんて……
少し離れたリーチェさん達は、指でOKサインを出しているし、中には親指を立ててグッドサインまで。何も考えず、言われた通りに、という事なのだろうか。で、でも、これで機嫌を悪くさせてしまえばそれこそ首が飛んでしまう。そう考え、ぞっとしてしまい恐る恐る口に入れた。
「いい子だ」
そう言われ、では次だとまた出され、食べてを繰り返した。
いつも食べていた野菜ではないものを食べたからなのか、すぐにお腹がいっぱいに。胃もたれしそうになってきてしまって。お腹を手でさすっていた事に気が付いた陛下が、もうお腹いっぱいか? と聞いてくださり、すぐにうなずいた。
不満そうな顔をされている事に気が付き、すぐさま私は「まだ大丈夫ですっ!」と答えたけれど……
「陛下、朝から姫様にご無理をさせてはいけません」
「……あぁ、そうだな。これくらいしか食べれないのであれば、少しずつ食べられる量を増やせるよう頑張ろうか」
と、言って下さった。ありがとうございます、リーチェさん。
これは、いつまで続くのだろう。
食事を終えてからも、陛下に抱き抱えられて移動している。
ここは庭が綺麗でな、と話す陛下が、これから見に行こうかと言い出してきた。このまま、下ろす気はないらしい。
「疲れてしまったか?」
「え……」
「元気がないようだが……」
そんな事はない、と頭を横に振った。庭に行くと言い出された陛下の機嫌を損ってはいけない。逆らってもいけない。さもないと首が飛んでしまう。
それはよかった、とまた陛下は歩き出した。ずっと、移動する時は陛下に運んでもらう、訳ではない、よね?
「話すのが苦手か?」
「え……」
とっても綺麗な庭を何となくだけど眺めていたら、そう問われてしまった。
「もしよかったら、君の話を聞きたい。あぁ、無理にとは言わない。よければ、の話だ」
私の、話……陛下にお聞かせできるもの、ない。きっと、機嫌を損ねてしまうと思う。
「……マリアンナ」
そう言い、とある花壇に視線を向けた陛下。
「シェシェリアという名の花なんだ。この国によく咲いている花で、結構色の種類があるんだ」
大きな一輪の花を咲かせる植物。白に、青に、ピンクに、オレンジにと色とりどり。
「マリアンナは何色が好きかな」
何色が、好き……
「……えぇと、青、が、好きです」
「そうか、青か」
クスクス、と笑っている陛下。どうして笑っているのだろうか分からない。あ、そう言えば今日の洋服も青だ。でも、それとは関係なさそうだし、何だろう。
「実は、リーチェから聞いたんだ。この国に、貢ぎ物として来たと」
……そう、私は貢ぎ物として来たんだ。だけど、陛下は思いもよらない事を口にした。
「だが、私はそう思っていない。そもそも、マリアンナは物ではない。一人の人間だ。貢ぎ物として来たんだから、不安はあるだろうが、そんなに怖がらなくて良い。私達は君を歓迎している。私が望むのは、君が元気になって早くこの国に馴染んでくれる事。だから、肩の力を抜いて楽にして過ごしてほしい」
私は、夢を見ているのだろうか。
今までとは全く違った、こんなにも暖かい所で優しい言葉をかけてくださっている。
「来てくれて、ありがとう」
ありがとう、なんて言葉、言ってもらえたのはいつ以来だろう。だいぶ前の事だと思う。
「……どう、して……」
はっ!?
「もっ申し訳ありませんっ!! 自分から発言してしまい…」
「待った、どうして謝るんだ。悪い事ではない。むしろやっと自分から聞いてくれて嬉しいぞ」
「あ……」
自分から、話しても、質問しても、いいの?
「どうして、と言ったな。私は君の生まれた国、ランダスト国に訪問したことがある」
私が生まれる前、陛下は私のお母様と会った事があるらしい。その時のお母様は、妊婦。そう、お腹の中に私がいたのだ。
「彼女は平民の為あまりいい環境にいなかった。私は、それが許せなかった。妊婦という事もあって辛いことは沢山あっただろう。だが、彼女はいつも笑っていた。とても、不思議な人だと思ったよ」
『きっとこの子は、これから沢山苦労をしてしまうでしょう。でも、きっと、強く生きてくれると信じています』
「どういう事なのか分からず、でも彼女に何でもありませんとはぐらかされてしまった。その後、彼女は病気で亡くなったと聞いて理解できた」
お母様の言葉。
強く生きて。
亡くなる直前に、お母様は私に言ってくれた言葉だ。
でも、今の私は、どうだろうか。
「実はな、君のお母様と一つ約束をしたんだ」
お母様と、約束?
「あの時、なら僕が守ります! と言ったのだ」
陛下が、守る……?
「彼女は、笑いながらお願いしますね、と言ってくれてな。だから、あの国から連れ出しここに迎え入れたんだ」
ただ、私は貢ぎ物としか聞いていなかった。あの国とこの国との間にどんな話があったのだろうか。
「だから、君は安心してくれ。何があっても守り抜くと誓おう」
国王陛下に、守ってもらうなんて……私、どうしたら、いいんだろう。だって、それ、昔の話だし……
「それで……その話には続きがある」
え……続き?
「彼女が亡くなったと聞き、また来訪したんだ。5年後になってしまったが、使節団が行く予定が出来てこっそり紛れ込んでな。そしてすぐ、君を探したんだ」
私を、探した? じゃあ、私と会った事が、ある? でも、お母様が亡くなって5年後だから、その当時は私10歳って事になる。でも、その頃の記憶に陛下とお会いしたことはないはず、なんだけど……
「本宮とだいぶ離れた所で、乳母らしき人と、彼女にそっくりな髪色をした小さな女の子を見つけた。それで、だな。その……あまりにも、可愛くて、声をかけられなくて、な……」
……ん? か……可愛、い……? 可愛いっ!?
驚く私を見て、はぁぁぁぁぁぁぁ、と手で顔を隠す陛下。私は、どういう事か分からず、思考が停止してしまった。
「あの、だな、その、そういう趣味とかではなく、本当に、可愛かったんだ。花冠を作る姿や、乳母と手を繋いで歩く姿が、本当に……」
よく見ると、耳が少し赤くなっている。これ、は、本当の事なのだろうか。ただの見間違い、とかでは、なく?
「絶対に君をこちらの国に迎えようと決心し、だいぶ時間はかかってしまったが、ようやく夢がかなった。だが、もっと早く迎えることが出来たらと今後悔している」
辛かっただろう、そう言い私の頬を撫でる陛下。とても、悲しそうな顔をしている。
私を迎える為に、頑張ってくださった。
そんな人がいたなんて、私も、夢のようだと感じてしまう。
でも、一つ疑問が残る。
どうして陛下は、〝殺人鬼〟と呼ばれているのだろう。
「マリアンナ?」
「……いえ」
こんな事、聞けるわけがない。今まで、殺されるのではとビクビクしてて、でもこの話を聞いて殺される事は無いんだと思ったけれど、でも……
「……私は、君の考えている事が知りたい。私に聞きたい事があれば何でも答える。お願いがあるのであれば、危ないこと以外は何でもするつもりだ。だから、言ってくれないか」
そこまで、言って下さるなんて。こんな、私に。
本当かな。でも、怒らせてしまうかもしれない。
「マリアンナ」
「……あ、の……わ、私の国では、この国の国王陛下は、その……さつ、じん、き……って……」
お、怒ってしまった、かな。大丈夫、かな。
でも、陛下はこう言った。
「あぁ、それはかつての王太子である私の兄の事だ」
「え……」
「王太子が謀反を起こし、弟と国王陛下を殺したんだ。だが、近衛兵によって殺された。私は運よく免れ、今この椅子に座っているという事だ」
な、んだ……間違ってた、だけか……え、じゃあ怖がる必要、なかったのね……何だか、複雑ではあるけれど、よかった。
「まぁでも、真実を他に話す事はないだろう。何かと都合がいいからな。それに、そのお陰で君を迎え入れる事が出来た」
確かに、殺人鬼と呼ばれる王がいる国にお姉様達を送りたがらないだろうし、本人達も行きたがらない。だから、一応第三王女となる私を使うに決まっている。
「……実は、君に渡したいものがある」
そっと陛下の腕から降ろされた。陛下は、懐から何か、小さいものを取り出した。掌に乗るほどの正方形の箱。
その中には、思わぬものが入っていた。
「君が青が好きだと聞いてホッとした」
青い宝石があしらわれた、指輪だった。
これを、私に……絶対おかしい。だって、私、陛下に会ったばかりで、陛下もちゃんと会って会話したの、今回が初めてのはず、なのに……
「昨日、君と初めて会いあの日の事が鮮明に思い出された。だが、あの日の君とは違って、成長した君がそこにいて、つい目を奪われてしまった。
だが、それと同時にランダスト国での生活がどんなに過酷なものだったのかと感じ腹も立った。より一層、君を守りたいという気持ちが高まった。
それから、一緒に過ごすたびに君に惹かれ、あぁ、自分の判断は正しかったんだと感じたんだ。だから、君の一番近くにいていいという権利が欲しい」
どうだろうか、と聞かれたけれど、答えるどころの話ではなかった。何を言われているのか全く分からず、どうしてこんな事になってしまっているのかも分からない。
「あ、の、陛下……」
「あぁ、すまない。急ぎ過ぎたか。昨日から舞い上がってしまっていてな……」
先程のように、片手で顔を覆ったけれど耳が赤くなっている。
「すまないが、受け取ってはくれないか。身に付けるかどうかは自分で決めてくれ」
求、婚? の指輪を、受け取ってしまった。
こんなの、無縁だと思ってた、のに。
「ゆっくり、私の事を知ってくれ。そして、君の事も、沢山教えてくれ。時間はたっぷりある」
空の上のお母様、見ていますか。
私、求婚されてしまいました。
会って二日目の、隣国の国王陛下に。
……夢?
END.
「姫様! おはようございます!」
誰かが入って来ていた事に気付かなかった。リーチェさんが、ニコニコと朝のあいさ……朝の、あいさつ……?
「あ、の……私、どれくらい、寝てましたか?」
「姫様が眠られたのは昨日の夕方、今は次の日の朝ですよ。だいぶお疲れだったようですね」
「あ”……」
う、そ……次の日まで、寝こけてしまった……!? どどどどうしよう!! へ、陛下怒ってらっしゃる!? あ、まだ首は繋がって、いや、これから切り落とされるかもしれない!!
「ごっごめんなさいっ!!」
「姫様、落ち着いてください」
「で、でも!」
「姫様!」
頭が混乱している時、ノックの音がした。私だ。そう言ったの、は……
「おはようございます、陛下」
そう、陛下だった。
「おはよう、朝から元気そうで何よりだ」
「オ、ハヨウ、ゴザイ、マス……」
こ、殺され、る……? あ、でも、剣は持ってない。と少し気が抜けてしまった。
そんな陛下は、ベッドの脇に腰を下ろす。
「顔色も良さそうだ。安心したよ。気分はどうだ」
そう言われ、頭が真っ白で何を言っていいのか分からず頷いてしまった。すると、陛下はクスクスと笑った。
「ククッ、それでは伝わらんぞ」
この方は、こんな風に笑うんだ……と驚いてしまった。ただ、私は殺人鬼としか知らない。だから、それとはだいぶかけ離れていてだいぶ戸惑ってしまう。
「昨日は食事をしていないから、腹が減っただろう。準備が出来たら案内するよ」
そう言い残して、出て行ってしまった。
あの方は……一体、どんな方なのだろう。何を、考えているんだろう。
「あの、リーチェさん」
「姫様、私は姫様の専属メイドです。気軽にリーチェとお呼びください」
気軽に、だなんて。私は一応第三王女。でも、妾の子。そんな私が、こんな待遇を受けていいのだろうか。
「……私は、何をすれば、いいのでしょう……」
今までは、雑用に掃除、洗濯をしてきた。今の私は、それしか出来ない。王女、という者の生活がどんなものなのか分からないし……
「それは、この国で伸び伸びと、健やかに過ごしていただく事です」
「え……」
伸び伸びと……健やかに……? 他には? と聞いても、楽しく生活を、と返されてしまった。
「あ、あとは……あっ。いえ、それは陛下が伝えなければいけませんね」
陛下が? 何をしたらいいのか、ますます分からなくなってしまった。
準備が終わると、リーチェさんが陛下をお呼びした。また、肩に手を、と言われてしまって、いいのだろうかと不安な気持ちの中恐る恐る肩に手をついた。昨日のように、持ち上げられてしまって。でも昨日のような怖さはなかった。
歩く廊下の先にあったのは、とても広々とした部屋。真ん中にはテーブルがあって、椅子も二つある。陛下は、そのうちの一つの椅子に、私をおろした。こんなキラキラした場所での食事なんて、私、初めて。それに、座ってて落ち着かない。慣れてないし……
着席してすぐ、私の目の前には料理が出された。どうぞ、お召し上がりください。そう言われてしまったけれど……こんなすごいもの、食べた事ないし、そもそも見た事すらない。ナイフとフォーク、スプーンは分かってるんだけど、でもどうやって食べればいいのか、分からない。
ミスをして、目の前に座る陛下の機嫌を損ねてしまうのも絶対ダメ。剣はないけれど、このナイフで殺されちゃうかもしれない。
野菜くずや残り物しか食べてこなかった私に、出来るだろうか……出来ないに決まってる。目の前の陛下の真似をすればいいのかもしれないけれど、要領、悪いし、器用でもないし、知らないし……
そう思っていたら、スッと陛下が立ち上がってしまった。
やってしまった!! 機嫌を悪くさせてしまった!! どうしよう、どうしよう、そんな考えで頭が回って、心臓も煩くバクバクして。でも考えがまとまらない内にもう陛下がすぐ近くまで来てしまっていて。陛下の手元を確認することも出来ず、そして……
「椅子を」
……い、椅子? 椅子って、言った……?
その声に、使用人さんが動き先程陛下がお座りになっていた椅子が私の隣に移動されていた。それに座った陛下は、もっと近くに寄ってきて、私の目の前にあるナイフとフォークを取り、お皿の上の料理に手を付けた。綺麗に、小さく切られていく。もしかして、私もこんな風に綺麗にスパッと首を……駄目駄目駄目駄目!! そんなこと考えちゃダメ!!
「さ、お食べ」
……え?
フォークに刺さった、先程カットされた料理を、口の真ん前に持ってきた陛下。私の口の真ん前にだ。
「マリアンナにナイフとフォークは難しかったようだ。だが、人間得意不得意は誰にだってある。それに、マリアンナの場合教えてくれる者がいなかったのだろう? ならこれから学べばいい」
そのまま口に入れなさい、と言われてしまった。
へ、陛下自ら、なんて……
少し離れたリーチェさん達は、指でOKサインを出しているし、中には親指を立ててグッドサインまで。何も考えず、言われた通りに、という事なのだろうか。で、でも、これで機嫌を悪くさせてしまえばそれこそ首が飛んでしまう。そう考え、ぞっとしてしまい恐る恐る口に入れた。
「いい子だ」
そう言われ、では次だとまた出され、食べてを繰り返した。
いつも食べていた野菜ではないものを食べたからなのか、すぐにお腹がいっぱいに。胃もたれしそうになってきてしまって。お腹を手でさすっていた事に気が付いた陛下が、もうお腹いっぱいか? と聞いてくださり、すぐにうなずいた。
不満そうな顔をされている事に気が付き、すぐさま私は「まだ大丈夫ですっ!」と答えたけれど……
「陛下、朝から姫様にご無理をさせてはいけません」
「……あぁ、そうだな。これくらいしか食べれないのであれば、少しずつ食べられる量を増やせるよう頑張ろうか」
と、言って下さった。ありがとうございます、リーチェさん。
これは、いつまで続くのだろう。
食事を終えてからも、陛下に抱き抱えられて移動している。
ここは庭が綺麗でな、と話す陛下が、これから見に行こうかと言い出してきた。このまま、下ろす気はないらしい。
「疲れてしまったか?」
「え……」
「元気がないようだが……」
そんな事はない、と頭を横に振った。庭に行くと言い出された陛下の機嫌を損ってはいけない。逆らってもいけない。さもないと首が飛んでしまう。
それはよかった、とまた陛下は歩き出した。ずっと、移動する時は陛下に運んでもらう、訳ではない、よね?
「話すのが苦手か?」
「え……」
とっても綺麗な庭を何となくだけど眺めていたら、そう問われてしまった。
「もしよかったら、君の話を聞きたい。あぁ、無理にとは言わない。よければ、の話だ」
私の、話……陛下にお聞かせできるもの、ない。きっと、機嫌を損ねてしまうと思う。
「……マリアンナ」
そう言い、とある花壇に視線を向けた陛下。
「シェシェリアという名の花なんだ。この国によく咲いている花で、結構色の種類があるんだ」
大きな一輪の花を咲かせる植物。白に、青に、ピンクに、オレンジにと色とりどり。
「マリアンナは何色が好きかな」
何色が、好き……
「……えぇと、青、が、好きです」
「そうか、青か」
クスクス、と笑っている陛下。どうして笑っているのだろうか分からない。あ、そう言えば今日の洋服も青だ。でも、それとは関係なさそうだし、何だろう。
「実は、リーチェから聞いたんだ。この国に、貢ぎ物として来たと」
……そう、私は貢ぎ物として来たんだ。だけど、陛下は思いもよらない事を口にした。
「だが、私はそう思っていない。そもそも、マリアンナは物ではない。一人の人間だ。貢ぎ物として来たんだから、不安はあるだろうが、そんなに怖がらなくて良い。私達は君を歓迎している。私が望むのは、君が元気になって早くこの国に馴染んでくれる事。だから、肩の力を抜いて楽にして過ごしてほしい」
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今までとは全く違った、こんなにも暖かい所で優しい言葉をかけてくださっている。
「来てくれて、ありがとう」
ありがとう、なんて言葉、言ってもらえたのはいつ以来だろう。だいぶ前の事だと思う。
「……どう、して……」
はっ!?
「もっ申し訳ありませんっ!! 自分から発言してしまい…」
「待った、どうして謝るんだ。悪い事ではない。むしろやっと自分から聞いてくれて嬉しいぞ」
「あ……」
自分から、話しても、質問しても、いいの?
「どうして、と言ったな。私は君の生まれた国、ランダスト国に訪問したことがある」
私が生まれる前、陛下は私のお母様と会った事があるらしい。その時のお母様は、妊婦。そう、お腹の中に私がいたのだ。
「彼女は平民の為あまりいい環境にいなかった。私は、それが許せなかった。妊婦という事もあって辛いことは沢山あっただろう。だが、彼女はいつも笑っていた。とても、不思議な人だと思ったよ」
『きっとこの子は、これから沢山苦労をしてしまうでしょう。でも、きっと、強く生きてくれると信じています』
「どういう事なのか分からず、でも彼女に何でもありませんとはぐらかされてしまった。その後、彼女は病気で亡くなったと聞いて理解できた」
お母様の言葉。
強く生きて。
亡くなる直前に、お母様は私に言ってくれた言葉だ。
でも、今の私は、どうだろうか。
「実はな、君のお母様と一つ約束をしたんだ」
お母様と、約束?
「あの時、なら僕が守ります! と言ったのだ」
陛下が、守る……?
「彼女は、笑いながらお願いしますね、と言ってくれてな。だから、あの国から連れ出しここに迎え入れたんだ」
ただ、私は貢ぎ物としか聞いていなかった。あの国とこの国との間にどんな話があったのだろうか。
「だから、君は安心してくれ。何があっても守り抜くと誓おう」
国王陛下に、守ってもらうなんて……私、どうしたら、いいんだろう。だって、それ、昔の話だし……
「それで……その話には続きがある」
え……続き?
「彼女が亡くなったと聞き、また来訪したんだ。5年後になってしまったが、使節団が行く予定が出来てこっそり紛れ込んでな。そしてすぐ、君を探したんだ」
私を、探した? じゃあ、私と会った事が、ある? でも、お母様が亡くなって5年後だから、その当時は私10歳って事になる。でも、その頃の記憶に陛下とお会いしたことはないはず、なんだけど……
「本宮とだいぶ離れた所で、乳母らしき人と、彼女にそっくりな髪色をした小さな女の子を見つけた。それで、だな。その……あまりにも、可愛くて、声をかけられなくて、な……」
……ん? か……可愛、い……? 可愛いっ!?
驚く私を見て、はぁぁぁぁぁぁぁ、と手で顔を隠す陛下。私は、どういう事か分からず、思考が停止してしまった。
「あの、だな、その、そういう趣味とかではなく、本当に、可愛かったんだ。花冠を作る姿や、乳母と手を繋いで歩く姿が、本当に……」
よく見ると、耳が少し赤くなっている。これ、は、本当の事なのだろうか。ただの見間違い、とかでは、なく?
「絶対に君をこちらの国に迎えようと決心し、だいぶ時間はかかってしまったが、ようやく夢がかなった。だが、もっと早く迎えることが出来たらと今後悔している」
辛かっただろう、そう言い私の頬を撫でる陛下。とても、悲しそうな顔をしている。
私を迎える為に、頑張ってくださった。
そんな人がいたなんて、私も、夢のようだと感じてしまう。
でも、一つ疑問が残る。
どうして陛下は、〝殺人鬼〟と呼ばれているのだろう。
「マリアンナ?」
「……いえ」
こんな事、聞けるわけがない。今まで、殺されるのではとビクビクしてて、でもこの話を聞いて殺される事は無いんだと思ったけれど、でも……
「……私は、君の考えている事が知りたい。私に聞きたい事があれば何でも答える。お願いがあるのであれば、危ないこと以外は何でもするつもりだ。だから、言ってくれないか」
そこまで、言って下さるなんて。こんな、私に。
本当かな。でも、怒らせてしまうかもしれない。
「マリアンナ」
「……あ、の……わ、私の国では、この国の国王陛下は、その……さつ、じん、き……って……」
お、怒ってしまった、かな。大丈夫、かな。
でも、陛下はこう言った。
「あぁ、それはかつての王太子である私の兄の事だ」
「え……」
「王太子が謀反を起こし、弟と国王陛下を殺したんだ。だが、近衛兵によって殺された。私は運よく免れ、今この椅子に座っているという事だ」
な、んだ……間違ってた、だけか……え、じゃあ怖がる必要、なかったのね……何だか、複雑ではあるけれど、よかった。
「まぁでも、真実を他に話す事はないだろう。何かと都合がいいからな。それに、そのお陰で君を迎え入れる事が出来た」
確かに、殺人鬼と呼ばれる王がいる国にお姉様達を送りたがらないだろうし、本人達も行きたがらない。だから、一応第三王女となる私を使うに決まっている。
「……実は、君に渡したいものがある」
そっと陛下の腕から降ろされた。陛下は、懐から何か、小さいものを取り出した。掌に乗るほどの正方形の箱。
その中には、思わぬものが入っていた。
「君が青が好きだと聞いてホッとした」
青い宝石があしらわれた、指輪だった。
これを、私に……絶対おかしい。だって、私、陛下に会ったばかりで、陛下もちゃんと会って会話したの、今回が初めてのはず、なのに……
「昨日、君と初めて会いあの日の事が鮮明に思い出された。だが、あの日の君とは違って、成長した君がそこにいて、つい目を奪われてしまった。
だが、それと同時にランダスト国での生活がどんなに過酷なものだったのかと感じ腹も立った。より一層、君を守りたいという気持ちが高まった。
それから、一緒に過ごすたびに君に惹かれ、あぁ、自分の判断は正しかったんだと感じたんだ。だから、君の一番近くにいていいという権利が欲しい」
どうだろうか、と聞かれたけれど、答えるどころの話ではなかった。何を言われているのか全く分からず、どうしてこんな事になってしまっているのかも分からない。
「あ、の、陛下……」
「あぁ、すまない。急ぎ過ぎたか。昨日から舞い上がってしまっていてな……」
先程のように、片手で顔を覆ったけれど耳が赤くなっている。
「すまないが、受け取ってはくれないか。身に付けるかどうかは自分で決めてくれ」
求、婚? の指輪を、受け取ってしまった。
こんなの、無縁だと思ってた、のに。
「ゆっくり、私の事を知ってくれ。そして、君の事も、沢山教えてくれ。時間はたっぷりある」
空の上のお母様、見ていますか。
私、求婚されてしまいました。
会って二日目の、隣国の国王陛下に。
……夢?
END.
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◇◇◇◇
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