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第四部 二章 「潜む蛇」
「別れの決断」
しおりを挟むエリーは宿から出ると、左右を見渡す。
鮮やかな夕日。早くも仕事を終えた農家の住人は、続々と建物にへと入っていく。人気が少なくなり、人の目を気にすることなくエリーは二人を探し始める。
「……クロトさんたち、何処だろう? 疲れているはずだから早めに休まれたらいいのに」
もうじき夜になる。限られた時間の中、周囲を見渡しながら探す。
クロトもイロハも、夜の間に危ない目に合うような人物ではない。それを理解するも、やはり近くにいないという事に不安が込上がってしまうもの。
「この村にいない……なんて事はないはずだし。だって、クロトさんは私がいないと……」
クロトはエリーという魔女に会うための最低条件が必須だ。
そのためこれまで共に行動してきた。
何も言わず、無意味に置き去りにするという事はしないだろう。
そう信じる。
不安をおさえ探し続けている時、聞き覚えのある声が響く。
『よくもまあ、思いきった行動をしてくれたものだな。これではあの愚か者にまでしられてしまったではないか』
「そんな怒ったみたいに言わないでよ」
『まあ、知られた分、向こうも余計な動きはできないか。他人事ではすまんからな』
「よくわかんないけど……べつによかったってこと?」
『そういう事にしておいてやる、愚か者』
足をとめたエリーは首を傾ける。
すると、建物の陰からイロハが出てくる。
間を空けてイロハと目が合い……
「うわっ!? 姫ちゃん!!」
急にイロハは体まで使って驚きを表現した。
大きな声を出されたため、エリーは目を見開いて硬直。数秒ほど言葉を出せなくなってしまった。
「……イロハさん。そんなに驚かなくても」
「え、え~っと、ごめんっ。だって急にいたからビックリした。お姉さんと一緒じゃなかったの?」
「クロトさんとイロハさんがなかなか来られないので、探しに来たんですよ。……クロトさん、知りませんか?」
イロハの後を覗くなり、脇道を覗くなり。エリーはクロトの姿を探そうとする。
だが目当ての人物は見つからず。再び動揺したままのイロハに向き直る。
未だに汗水垂らしながら目を合わそうとしない。それがエリーには不自然に見えた。
「……イロハさん。クロトさん、知りませんか?」
再度、同じ質問をすると、イロハは苦虫を噛みしめた様に口を閉ざし顔を背ける。
「イロハさん。知ってるんですか?」
「え~……、見てな……いよ」
「そうなんですか? 先ほど誰かとお話されてた様でしたが……」
「ええ……。そんな……こと……」
「…………」
エリーは質問をやめた。
代わりに、イロハを見上げたまま目を離そうとしない。
無言にも関わらず視線の重みがイロハを追い詰めていく。
イロハの言動はどれも不自然であり嘘の匂いを漂わせている。それを追求するかどうか、エリーは悩むところがあった。
過度に人を疑いたくないと思い悩んでいると、遂に限界をむかえたイロハがやっと目を合せてきた。
「……姫ちゃん、ボクのこと嫌い?」
「急にそんなこと言われましても……。私はイロハさんのことは嫌いではないですよ? でも、嘘ついていられる様な気が……」
「うぅ……」
「……知ってるんですか?」
これが最後の問いだろう。
イロハは躊躇いつつも、「うん」と首を縦に振る。
「なんで嘘ついたんですか? 私、心配で来たんですけど……」
「なんか姫ちゃんに嫌われるの……やだった」
「大丈夫ですから。……クロトさんは何処ですか?」
「…………さっき会ったけど……その後は知らない」
「そうですか」
ぐずりだすイロハにエリーは申し訳なさそうにしてしまう。
とりあえず、イロハを連れていったん戻ろうとすると、イロハは気がかりなことを言い出す。
「――だって先輩危険なんだもん。ボクだって先輩のこと嫌いじゃないのにぃ」
泣き言のように口にしたイロハ。
エリーにとって、それは聞き逃すことができないものだ。
「……クロトさんが……危険?」
「…………あ」
失言だったのか、イロハは自分の口を手で塞ぐ。
あまりにも遅すぎた行動。
クロトのこととなれば、エリーは黙り続けることはできず、イロハに問い詰める。
「クロトさんが、どうして危険なんですか?」
「うぅっ、それは……」
「何が危険なんですか? 全然来られないのも、それが理由なんですか? イロハさんっ」
「ああっ、そんなに言われても困るよぉっ」
ガッシリと掴まれているため逃亡不可を強いられるイロハ。
逃げたい気持ちはあるも、エリーが掴んでいるとなると乱暴にはできず……。
遂には吹っ切れた様子で叫び出す。
「――ああ、もう! 代わってよフレズベルグ!!!」
……。
突如静まるイロハ。急な落ち着きにエリーは戸惑い首を傾ける。
掴んでいた腕がそっと振り払われ、イロハは逃げることもなく向き合う。
「……期待はしていなかったが、本当に困った愚か者だ」
「イロハさん?」
唐突に口調の変わるイロハ。その瞳の色は――翡翠の色だ。
その瞳の色にはエリーも見覚えがある。
「勘づいてはいるのだろう? この様な姿だが、改めて名乗らせてもらう。我が名はフレズベルグ。七の王に属せし――【極彩巨鳥のフレズベルグ】。以後、そのように」
「ん~、イロハさんですが、今はフレズベルグさん……で、いいんですね?」
なんとか理解しようとするが、未だ頭が混乱する事態。
フレズベルグは静かに頷き返す。
「私も迂闊だった。……姫は私の声が聞こえるのだな。この愚か者との会話を聞いたのだろう?」
「あっ、あれはフレズベルグさんだったんですか? どこかで聞いたことがあるとは思ってましたが……、なんだか不思議ですね。イロハさんの中にフレズベルグさんがいるなんて」
「異常事態なのは確かであるな。……さて、姫。今こうして我らは言葉を交わしているが、どう思う?」
フレズベルグの問い。エリーは何度か首を傾け、しばらく考えてから星の瞳を向け直す。
「えっと……、自己紹介……ですか?」
「……」
「……あっ、違いましたか!? え~っと、じゃあ……。この前は助けていただき、ありがとうございましたっ」
慌ててエリーは深々と頭を下げる。
フレズベウルグは黙りと、眉をひそめて目をそらす始末。
これも違っていたのだとエリーは気付き、狼狽しつつ考え直そうと焦る。
「え~っと、え~っと……っ」
「失礼。……姫、もういい。私の言い方は悪かったようだ」
フレズベルグはエリーをいったん落ち着かせる。
それは今後の話で一層エリーに混乱を与えてしまうと思ったからだ。
「……すみません」
「いや、私も人間と幼子と話すなど経験が薄くてな。もう少しわかりやすく言えばよかった」
こほん。と咳払いをし、フレズベルグは仕切り直す。
「姫。今目の前にいるのは人の身を借りた悪魔である私だ」
「はい」
「本来ならこれはありえぬ事態である。我らは元々魔銃に組み込まれた存在。このように外に出ることなどできぬ身だった。そんな我らがこうして出てきているのだ。……これを姫はどう思う?」
「……ん~、いつでもフレズベルグさんとお話できますね」
「……まあ、確かに。それもそうなのだが」
「ネアさんにもお話した方がいいですか?」
「それは願い下げで頼みたい。あの異端者に知られるのは少しばかり面倒だ」
「……そう、ですか」
即座に断られてしまった。
確かにあの外見だがフレズベルグは列記とした男性。ネアが男性のことを嫌っているのはエリーも重々承知。これは黙っておこうとフレズベルグの言葉を了承。
「遠回しに言うのはやはり無理そうだな。できれば姫には自身から危機感を得てほしかったのだが……」
「そういえば、イロハさんは言っていましたね。クロトさんが危険だって。……あれはどういう意味なんですか?」
「正にそのことなのだよ。この身同様、あの魔銃使いにも同じことが起きている。……あの中には彼奴が入っているからな」
エリーの脳裏を火花が散る。
記憶の中を炎と血が駆け巡り、一体の悪魔の姿が蘇った。
――【炎蛇のニーズヘッグ】。クロトの契約している悪魔だ。
「クロトさんも……その、ニーズヘッグさんと入れ代われる……と?」
「理解していただき感謝する。それが我が愚かな主の言っていた危険だ」
「……」
エリーは考えた。
クロトがなかなか姿を現さない理由について。
「クロトさんが、今も戻ってこられないのは……そういう、ことなんですか?」
「だろうな。あの魔銃使いには悪いが、こちらとしては姫には今後一切近づかぬようにしていただきたいものだ。いつ、あの蛇が外に出るかわかったものではないからな」
その言い方は、二度とクロトに会うことができないものだった。
「そ、それは困ります! 確かに危ないかも知れませんが、……私は、困ります」
「そう言われてもこちらも困るものだ。あの蛇は今でも姫を狙っている。その願望を捨てさせぬ限り、我らにとってあの魔銃使いも敵として見なければならない。……最悪、姫をこの場で連れて行かねばならない」
「それも、困ります。ネアさんやクロトさんに何も言わずは……」
「姫もまた、あの魔女絡みに巻き込まれた被害者だ。できれば無理強いはさせたくはない。……それでもわかってほしい」
温情を与えられていることはエリーもわかっている。
その翼があれば、この場から飛び去ることなど容易い。
「ごめんなさい。……私は、イロハさんやフレズベルグさんのことも、困らせたくない。でも、約束したんです。クロトさんと、一緒にいると……」
「……約束、か」
静かにフレズベルグは呟く。
「あまり時間はないと思ってほしい。……私もあまりこの体で長居するつもりはないのでな。これで失礼する。酷なことだろうが、懸命な判断を願う」
フレズベルグは自身の望みをエリーに伝え、そこから去ろうとした。
遠ざかろうとしたフレズベルグをエリーは咄嗟に引留めるように、袖を引く。
「……貴方は、……フレズベルグさんは、そのニーズヘッグさんと、……お友達……では、ないんですか?」
樹海の中で、二体の悪魔はある力をぶつけ合いつつも、友であると語っていた。
「それが、なんだと……?」
「仲が、よかったんですよね? でしたら、ちゃんとお話することはできないんですか? あんな危ないことではなく、ちゃんと……」
穏便にこの問題を解決しようと必死になる。
だが、それは難しいことだったのだろう。
既に結果は【鏡迷樹海】で明かされている。
「私はもう、アレを友人とは思っていない。身勝手でどうしようもない、愚か者の蛇など……」
「…………でも」
「何故、今でも話し合いで解決できると思う? 姫もその目で見たはずだ。あの愚か者を」
樹海でのできごとは今でも思い出すことが怖くある。
赤い光景がふと蘇る度に、その悪魔に対する恐怖は消えることはない。
炎の蛇。その姿を思い出す度に、エリーは恐怖と共に思うことがあった。
「……だから、かもしれません」
何を思ったのか、エリーは呟く。
「あの時の、あの人を見ました。……私だって、今でも怖いと思います。クロトさんに酷いことをしたあの人を私は好きになれない、と思います。……でも、本当にそれだけなのかなって。……あの人の炎は、どこか悲しそうな……泣いているような気がしたんです」
それは、フレズベルグにとって意外な言葉だったのだろう。
思わず彼は目を丸くさせてしまったのだから。
「ごめん、なさい。……私の考えすぎかもしれません」
「……姫。すまないが、私は姫の考えは理解できない。あの蛇は愚か者だからな。愚かで、愚かな、愚かすぎる、どうしようもない愚か者だ」
「そ、そこまで言わなくても……」
あまりの愚か連発にエリーは困惑してしまう。
フレズベルグは遠い目で空を見上げた。
「――昔は、ああではなかった」
「……?」
「愚かなまでに馬鹿で。愚かなまでに満喫して。勝手で、図体だけデカい子供で……。知らぬ間に……変わってしまいおってからに。…………もしも……」
そこから先は語られず、フレズベルグは翼を広げて飛び立ってしまう。
空を見上げていた翡翠の瞳。エリーにはそれが悲しさを含んでいると感じ取れて見えてしまった。
一人残されたエリーにあるのは、今後を左右する決断。
クロトを探すことを止め、エリーはネアの待つ宿にへと帰り出す。
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