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第八部 五章「強欲の狂乱」
「強欲獣」
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一際大きく鋏を鳴らし、少女たちは名を呼ぶ。
その名は――メフィストフェレス。
名を聞いた途端、フレズベルグは目を見開き、顔色を蒼白とさせて狼狽する。
『メフィストフェレス……だと!? まさか……、アイツが宿っているのか!?』
呼び声に応える様に、少女たちの影が伸び、彼女たちの背後の壁に大きく広がる。
影からは狂ったような声が無数に響き、周囲の大気を揺るがす。それは水晶に響き、四方八方から襲い来るようなもの。
「えっと、知ってるのフレズベルグ? その……、メ……メ?」
名前の頭までが浮かぶも、長い名前という事だけがイロハを詰まらせる。
「メフィストフェレスっ。確か、結構前に魔界で聞いたことのある名前ね。……数十年前に狩られたと言われていた、十二の属で最も恐れられる大悪魔。……その異名は、――【強欲獣】」
当時のネアにとって、その悪魔の名は聞いたとしても特に気には留めなかった。
過去に狩られた悪魔に会う事などないと。過去の大悪魔と流してしまうからだ。
十二に属する大悪魔。――【強欲獣のメフィストフェレス】。
その獣に会ってしまえば、必ず何かを奪われるとされている。
名の通り強欲であり、物から生き物に至るまで幅広く欲したがる性分で、堕落した獣らしい。
物を奪うあたり、盗賊や盗人で悪名高いとも思えた。
……が。この獣の恐れられるところは、その程度ではない。
それは現に一番危機感を感じているフレズベルグが詳しいだろう。
『魔女に狩られた事は知っていた……。よりにもよって奴を魔武器にしていたとはな』
「なんかダメなの? ……その悪魔」
『…………私としてはあまり語りたくない相手だな。奴とは、ニーズヘッグと人間界で放浪していた時に遭遇した。嫌な奴だったよ。迷惑で二度と会いたくないとすら思える。……それだけではない』
多く語る間もなく、全身が強張るほどの悪寒が襲う。
笑う声。双子の背後の影からは声だけでなく、こちらを捉えた様な視線を無数に感じる。
いったい何に見られているというのか。足裏がじりじりと無意識に後ろにへと下がってしまう。近づく事すら嫌悪するほどの気配。それは影から徐々に姿を現しだす。
顔を出したのは、幾多もの腕。遠くからこちらを求め、撫でるかのようにうごめく腕たち。そう思うと冷や汗が頬を伝う。
まるで、氷の様に冷たい手が肌を撫でまわす様な錯覚すらあった。
そして、腕は影から這い出る様に、ずるっと更に姿を現す。
思わず、息を詰まらせて目を見開く。
壁や床。影から這い出てきたのは双子そっくりな【幼い少女たち】だ。
二人とは違い、全身は影色のタイツで身軽そうな姿をしている。
だが、こちらを見る目は全く同じ。狂気に満ちた眼差し。
「なによ……これっ!」
無意識に、ネアはそう叫ぶ。
状況を脳が整理する事に時間をかけてしまう中、フレズベルグだけがなんとか冷静を保ちつつ語る。
『メフィストフェレスは確かに堕落した強欲な獣だ。……だが、決して弱くなどない。むしろ、厄介な力があった。――【欲】で増す力だ』
【欲】とは、生き物なら誰もが持ち合わせるような、一般的な感情の一つ。
【強欲獣】と称されたその大悪魔は、正に【欲】そのものだった。
欲したいモノがあれば、それを欲したくなる。至極当然な思考。そして、その【欲】を力に変換するのが、メフィストフェレスという悪魔だ。
その力は、【欲】が強ければ強いほど強化され、上限を知った者など魔王くらいだろう。
最も十二の魔王の力を多々受け継いでいるとされている、魔界でも一目置かれていた存在。それが、【強欲獣のメフィストフェレス】。
そして、目の前の少女たちの【欲】を形として顕現させている。
『【欲】が強ければ強いほど、メフィストフェレスの力は増す……っ。これがあの者たちの【欲】が生み出したものか』
何人も。何人も。視界すら埋め尽くすほどの数の少女たち。
その数は、悪魔を扱う二人の【欲】を物語る。
飽きる事のない、残酷と、狂気と、欲求……。
「楽しい事は、皆とやるともっと楽しいの」
「楽しい事は、皆と分かち合わないと」
一人よりも二人で。二人よりも大勢で。
同じ【欲】を共に分かち合い、共に興じする。それが叶えば、どれだけ幸福で歓喜なことか。
だが、彼女たちの【欲】を肯定する事など、ネアたちにとっては到底無理な話だ。いや、彼女たち以外の多くがそうだろう。
彼女たちの狂乱に付き合うという事は、死と隣り合わせなのだから。
彼女たちは同じ思考のモノを【欲】で形作り、共感者を増やし、己の【欲】を肯定する。
「「――さぁ。皆で遊びましょう!!」」
【欲】のままに。【欲】を満たすために。
少女たちによる、遊びという名の狂乱が、鋏を噛み合わせると同時に開始される。
その名は――メフィストフェレス。
名を聞いた途端、フレズベルグは目を見開き、顔色を蒼白とさせて狼狽する。
『メフィストフェレス……だと!? まさか……、アイツが宿っているのか!?』
呼び声に応える様に、少女たちの影が伸び、彼女たちの背後の壁に大きく広がる。
影からは狂ったような声が無数に響き、周囲の大気を揺るがす。それは水晶に響き、四方八方から襲い来るようなもの。
「えっと、知ってるのフレズベルグ? その……、メ……メ?」
名前の頭までが浮かぶも、長い名前という事だけがイロハを詰まらせる。
「メフィストフェレスっ。確か、結構前に魔界で聞いたことのある名前ね。……数十年前に狩られたと言われていた、十二の属で最も恐れられる大悪魔。……その異名は、――【強欲獣】」
当時のネアにとって、その悪魔の名は聞いたとしても特に気には留めなかった。
過去に狩られた悪魔に会う事などないと。過去の大悪魔と流してしまうからだ。
十二に属する大悪魔。――【強欲獣のメフィストフェレス】。
その獣に会ってしまえば、必ず何かを奪われるとされている。
名の通り強欲であり、物から生き物に至るまで幅広く欲したがる性分で、堕落した獣らしい。
物を奪うあたり、盗賊や盗人で悪名高いとも思えた。
……が。この獣の恐れられるところは、その程度ではない。
それは現に一番危機感を感じているフレズベルグが詳しいだろう。
『魔女に狩られた事は知っていた……。よりにもよって奴を魔武器にしていたとはな』
「なんかダメなの? ……その悪魔」
『…………私としてはあまり語りたくない相手だな。奴とは、ニーズヘッグと人間界で放浪していた時に遭遇した。嫌な奴だったよ。迷惑で二度と会いたくないとすら思える。……それだけではない』
多く語る間もなく、全身が強張るほどの悪寒が襲う。
笑う声。双子の背後の影からは声だけでなく、こちらを捉えた様な視線を無数に感じる。
いったい何に見られているというのか。足裏がじりじりと無意識に後ろにへと下がってしまう。近づく事すら嫌悪するほどの気配。それは影から徐々に姿を現しだす。
顔を出したのは、幾多もの腕。遠くからこちらを求め、撫でるかのようにうごめく腕たち。そう思うと冷や汗が頬を伝う。
まるで、氷の様に冷たい手が肌を撫でまわす様な錯覚すらあった。
そして、腕は影から這い出る様に、ずるっと更に姿を現す。
思わず、息を詰まらせて目を見開く。
壁や床。影から這い出てきたのは双子そっくりな【幼い少女たち】だ。
二人とは違い、全身は影色のタイツで身軽そうな姿をしている。
だが、こちらを見る目は全く同じ。狂気に満ちた眼差し。
「なによ……これっ!」
無意識に、ネアはそう叫ぶ。
状況を脳が整理する事に時間をかけてしまう中、フレズベルグだけがなんとか冷静を保ちつつ語る。
『メフィストフェレスは確かに堕落した強欲な獣だ。……だが、決して弱くなどない。むしろ、厄介な力があった。――【欲】で増す力だ』
【欲】とは、生き物なら誰もが持ち合わせるような、一般的な感情の一つ。
【強欲獣】と称されたその大悪魔は、正に【欲】そのものだった。
欲したいモノがあれば、それを欲したくなる。至極当然な思考。そして、その【欲】を力に変換するのが、メフィストフェレスという悪魔だ。
その力は、【欲】が強ければ強いほど強化され、上限を知った者など魔王くらいだろう。
最も十二の魔王の力を多々受け継いでいるとされている、魔界でも一目置かれていた存在。それが、【強欲獣のメフィストフェレス】。
そして、目の前の少女たちの【欲】を形として顕現させている。
『【欲】が強ければ強いほど、メフィストフェレスの力は増す……っ。これがあの者たちの【欲】が生み出したものか』
何人も。何人も。視界すら埋め尽くすほどの数の少女たち。
その数は、悪魔を扱う二人の【欲】を物語る。
飽きる事のない、残酷と、狂気と、欲求……。
「楽しい事は、皆とやるともっと楽しいの」
「楽しい事は、皆と分かち合わないと」
一人よりも二人で。二人よりも大勢で。
同じ【欲】を共に分かち合い、共に興じする。それが叶えば、どれだけ幸福で歓喜なことか。
だが、彼女たちの【欲】を肯定する事など、ネアたちにとっては到底無理な話だ。いや、彼女たち以外の多くがそうだろう。
彼女たちの狂乱に付き合うという事は、死と隣り合わせなのだから。
彼女たちは同じ思考のモノを【欲】で形作り、共感者を増やし、己の【欲】を肯定する。
「「――さぁ。皆で遊びましょう!!」」
【欲】のままに。【欲】を満たすために。
少女たちによる、遊びという名の狂乱が、鋏を噛み合わせると同時に開始される。
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