Jet Black Witches - 4萠動 -

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第19話 呵責と解放 〜 帰国直後xiii

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 ソフィアとシエラがマコトの治療にあたっている場面に戻る。

 時間が生死を分けることを強く肝に銘じ、かなり急ぐ必要があったから当然ともいえるが、懸命な治癒施術により、それほど時間もかからず推移していった。マコトの経過はすこぶる良好で、みるみる回復へと向かっていく。

「ソフィアの癒やしは前から凄いと思っていたけど……その速さも驚きだけど、こんなに緻密なコントロールもできるんだな。癒やし一つでこの奥行きの深さ。本当に恐れ入ったよ。」

 はたから見ていたジンだが、途中からソフィアたちが何をやっているのかの理解は次第に整っていく。だからこそ、医療世界の根幹をひっくり返すほどの成果と、それを成すほどのきめ細かな制御を可能とする、まるで神の御業みわざの如きソフィアの振る舞いにジンは舌を巻く。

「いや、私もここまで細かいことをやったのは初めてだけど、昔お母さまに手解きをを受けていた頃のやり方を思い出せたからかな? あ! 私、飛行機の中で喪失した記憶だけじゃなくて、もっと昔のことまで思い出せるようになったのよ?」

 ここでようやくイルの言が示していたところにジンは思いが至る。

「え? マジか……! そ、そうか。イルが言ってたのはこのことか。ということは、やっぱり例の民間機撃墜事件で受けていたショックはそんなにも大きかったということか。うん。でも戻ったというのなら、これほど嬉しいことはないね。でもあんなに……検査しても原因不明だったのに、突然、一体どうして……?」

 記憶回復だけでなく、なぜか能力まで切れ味が増していることに驚くジンだが、ではなぜ今、そこまで回復したのかが気になって仕方がない様子だ。

「ああ、こちらのシエラさんの力の賜物ね。ホント、色んな意味での深い恩人だわ」
「そ、そうなのか。シエラさんありがとうございます」
「いえ、私は……そそそ、そんなぁ」

 今、その手腕を見届けたばかりのジンで、シエラのやっていることはまだ理解が及んでいないのが現状だが、ソフィアの記憶回復まで関わっていると知り、深々とお礼する。

 他者から感謝されることに慣れていないシエラ。しかも日本式の深いタメのある御辞儀だから、目を大きく広げながら驚き、あたふたとしながら照れて俯く。

 ふふっっと笑みを浮かべるソフィアは、マコトの手当の進行状況に目を配ると、どうやらそれもあと少しのところまで回復しているようでそのことを嬉しそうに告げる。

「と、それよりマコちゃね。そろそろ、ざっくりだけど手当は完了しそうよ?」
「ホントか? よかった。もう心配はなさそうなんだな……そうか。ふぅぅぅっ、ほんとーに良かった。一時はどうなるかと……ふぅぅ。うん。大丈夫なんだね。ふたりとも本当にありがとう」

 ずっと気がかりで胸につかえていた愛娘の安否がようやく解消しそうなことを知るジン。少し安心できたからか、マコトに対する思いがふと零れ落ちる。

「マコトにはホントに助けられてばっかりだな。まだこんなにも小さいのに、父の威厳なんて何処かに吹き飛んでしまうくらい、出来過ぎた娘だ。うんうん。本当にありがとう。ズズッ……これもソフィアの血筋なんだろうな」

「え? ううん。素養や才覚だけなら、私の能力なんてとっくに超えちゃってるわよ。あなた、ジンの血筋なんじゃないの? でもそうよね。ホントに出来すぎた娘だわ」

 ジンとソフィア。二人して娘の優れ過ぎる部分を相手の血筋となすり合う。もちろん悪い意味ではないのだが、ただただ自己評価の低すぎる二人でもあった。

 そんな話をしているところに、ふとマコトの意識が戻り始める。

「うぅぅ……うん……あれ? ここは? あ! パパ! パパは大丈夫なの?」

 開口一番、マコトはジンの安否を尋ねる。

「……って、あ、パパ! 大丈夫なんだね? 良かったぁ……」

 が、直ぐ側にジンの姿を見つけ、五体満足な姿をその眼に認め、喜びの吐息を漏らす。

「ああ。大丈夫だ。マコト? ありがとうな。マコトには助けられてばっかりだ」

「そんなことないよ。パパにはいつもたくさん救われてる。あれ? そういえば、マコは今またケガしてた……よね?」

 ジンの心配をしていたマコトだったが、ふとその周辺の記憶がまざまざと蘇る。

 今は痛みなど感じないが、その記憶の中で激痛を確かに味わっている。それを思い浮かべるだけで、顔全体の表情が歪み、あまりの痛さだったからか、背筋に何かがぞっと走る、例えようのない嫌な感覚を憶えるマコトだった。

 それゆえに、どう考えても何かしらのケガはしているはず、とマコトは自身の手足を捻りながら、しきりに視線を配る。

 しかし、あれほどの痛みを感じた身体がいつも通りのはずはない、と仮定するが、特にケガなどは見つけられないでいた。残る可能性として、おそらく治癒の癒やしが施されたものとマコトは自覚する。

 助けてもらえたことは、マコトにとってこの上なく嬉しいことだ。無償の愛。自身に向けられた思い。それは心くすぐる温かさ。それを受け止め、はにかみながら俯くマコト。

 しかし、それとは異なる思いがマコトの表情に陰りをもたらす。それは日本人的な、誰かにかけてしまった迷惑への申し訳なさ、自身に対する不甲斐なさ、そして悔しさ。幼き心はやや打ちひしがれ、言葉に溢れる。

「また助けてもらったんだね。またマコは迷惑かけちゃったかぁ。それどころか、確か、さっきもママを助けられないばかりか怪我してたような……なんかマコ、怪我してばかりでダメな子だね?」

 マコトは帰国途上の旅客機で、緊急の対応が必要だったとはいえ、自分の取った行動がソフィアの記憶喪失への引鉄となったことから、責任を感じてやや自信喪失気味の心持ちを引きずっていた。

 また年齢的にも少なすぎる経験から、いちいち遭遇する初めての状況に対する判断が鈍りやすいからなおさらだが、空間に際限のない大空ならともかく、人や障害物が所狭しと乱立する地上の建物内部で力を行使することの困難さを味わいながら、怪我をしてあわやソフィア連れ去り犯を取り逃すところだったこと。

 そして今、ジンを救うべくまさに必死、ほぼ捨て身に近い行動で、知見と常識があったなら絶対に不可能と判断する事態。それを覆すほどの無謀過ぎる行動をとったのだから当然の結果とも言えるが、無事でいられるはずはなく、自身はまたも負傷したという状況だった。

 その上で、マコト本人が特に気にしているのは気絶してしまったことだ。もちろんそんな結果になるとは思ってもいなかったから仕方ないことではあるのだが。

 たまたま他者の助力を得られて、どちらも良い結果に繋がったが、そうでなかった場合、気絶した後にもしも別の悪意に晒されても対応はできなかったということ。

 さらに、建物内での振る舞い方に慣れていれば、と、また超高Gがどんな結果に繋がるかやその対策を知っていれば、と、自身の知識と経験があまりにも不足していることが浮き彫りとなったと思っている。

 振り返れば、自分には足らない部分が多すぎると、もっと強くならなきゃと、反省することばかりが際立つことから、俯きがちに、自分自身にダメなレッテルを貼るマコト。

 どうやらマコトは幼いくせに欲張りで完璧主義な性格のようだ。

「なーに言ってんの? マコちゃは大活躍しかしてないよ? ううん。飛行機の中でもそうだけど、ジンを助けてくれてありがとね、マコちゃ」
「え? なに? マコはそんな……ってあれ? ママ? 記憶が戻ったの?」

 ソフィアからの大賛辞を不意に受けて、マコトの心持ちは思わぬ方向に揺り動かされる。と、そんなソフィアの言葉に違和感がそそり立つ。記憶喪失中なら絶対に言うはずのない言葉が返ってきたからだ。

「そうよー。こちらのシエラさんのお陰で全部、ううん、それよりも昔のことまで沢山思い出せちゃったのよ」

 もはやぐちゃぐちゃに掻き乱されたようなマコトの心境だが、ずっと棘が刺さっていたかの自責の念は、ハラハラとほどけていく。すると、残る2つのレッテルも、それほどダメではなかったかのように、剥がれ落ち、マコトの心の中は思いのほかスッキリと晴れ渡る。マコトの瞳は潤み、唇がプルプルと震える。そして湧き上がる嬉しさを心に噛み締めながら、笑顔の表情を浮かばせながら「うん!」と嬉しげに涙が籠もり震える返事を絞り出す。

 そんな愛娘の表情の変化を見届けると、ソフィアはまた別の話題を投げかける。

 なんとか返事を返せたマコトは、気持ちが軽くなり、ソフィアからの新たな提言に意識が向く。

「今まであまり思い出せなかったから大した話もできなかったけど、これからはマコちゃにたーくさんお話できそうよ?」

 すると、マコトは視える世界が急に広がったような感覚に包まれる。そしてそのイメージの一部となる、ソフィアから新しい話が聞けること、それがマコトは俄然嬉しくて堪らない。マコトの顔にはもう陰りなどは微塵も感じられない。

 そして、ふとそんな今の状況を生み出してくれた存在に思い至り、シエラとヴィルジールに感謝の言葉を述べる。

「え? ほんと? 楽しみー。それとシエラさん? ありがとうございました。ママを救ってくれて。あ、そうそう、そうだ。もう一つ思い出した。ヴィルジールさんもママを護ってくれてありがとうございました」

「いや、我はちょっとだけ手を貸しただけだ。気にすることはない」「私もたいしたことは……」

 そうこうしているうちに、付近にはいつの間にか野次馬を含めた人だかりができていた。

「おっと、すみません、通してください。それからこの一帯は爆発物の危険性があります。大変危険なのでこれより先には近付かないように……」

 そう言いながら、そんな人だかりを必死の形相で掻き分けてやって来る人物がいた。

「ジン? 生きてる!」

 その人物はジンの姿を認め涙を浮かべると、突然、大声を出しながら一目散に駆けてくる。

「ジーン! 大丈夫か? 怪我はしてないのか?」

 駆け寄ってきたのはジンの兄だった。

「……ハァハァ、生きてるんだな?」

 息を切らしながら、涙目を無造作に拭いながら、兄は直接の言葉で生を問う。それ自体おかしな問いではあるが、電話で聞こえた状況の壮絶さから、そう問わずにはいられない兄だった。

 到着した兄の第一声を受け、ジンは照れくさそうに無事を返す。

「あぁ、大丈夫。ちとヤバかったけど皆に助けられてなんとか……」

 するとジンの兄は、いぶかしい目つきで、ジンに近寄り語りかけながら、

「ホントなのか? オレの長年培った経験、というか勘? それが告げるんだ」

頭のてっぺんから足のつま先まで通して、舐め回すように見る。

「アレは……アノとき聞こえた爆発音、押しのけるような風圧の音、それらは回避不能な威力と至近距離を物語っている。電話越しだが、それほどの凄まじい爆発音だった」

 そして、今度は回り込むように前と後ろと、数回確認する。

「そんなのが聞こえたら、生存なんて望めない。電話に呼びかけても返答ないし」

 続いて、頬「ンゴッ」、肩「痛っ」、腕「……」、腰「っておい!」と、ジンの身体のアチコチの部分をもみくちゃに摘んでいく。

「オレはもう諦めるしかないと、自然に涙が溢れかえったほどなんだ……なのにお前は……どうしてピンピンしてるんだ? オレの感覚が鈍ったのか?」

 ジンはそんな兄から投げかけられた言葉にうまく返せずシドロモドロな言葉が溢れる。

「……そ、それは……」

 だが、今元気な姿のジンが事実としてそこにある。

「でも良かったよ。無事が何よりだ」

 それを眼の前にして、理由はわからなくても嬉しい誤算だと兄は呑み込む。またジンから直接無事の言葉が聞けたことと併せて、ようやく心の安寧を取り戻せたのか、兄は瞳を閉じて大きく一息つく。

「ふぅぅぅ……」

 ジン自体が心の整理も着いていないこともあるが、今のこの状況となるまでの出来事があまりに濃密だったことや、中には当然話せない事柄も含まれるから、説明する心の準備も、取捨選択する状況の整理もできていなかった。

「まぁ、いいさ。今はまだ、心が落ち着いていないか、あるいは、何か言いにくいことでもあるのか? ふぅぅぅぅぅぅ……」

 弟の安否への不安解消を心に受け止めると、その吐く息とともに顔の険しさはほぐれていき、瞼周りの表情は柔和する。血を分けた兄弟の安否だから心配するのは当然とも言えるが、爆発に見まわれた弟のことがよほど気がかりだったようだ。

「今はオレも余裕がないからゆっくり聞いてやれる時間も取れないし……話せるようになったらそのとき教えてくれればいい」

 そしてまた大きく一息ついて、ジンの兄はソフィアたちに向き直り、簡単に挨拶する。

「あ、皆さん、こんばんは。初めまして。ジンの兄です。お話はまた後日に」

 ジンの兄は軽く会釈し、一同も会釈で返すと、兄はジンに向き直り言葉を続ける。

「追々、いろいろ話は聞かなきゃだけど、ともかく今はこの場を離れたほうが良さそうだ。V国の動きが気になるからな。落ち着いてから、また後でじっくり聞かせてくれ。いったんこの場は任せてくれ。レンタカーは大丈夫だな、ジン?」

「ああ、大丈夫だ。そうだな。追手が来るとしたら、今のうちに離れたほうが良さそうか。うん。見つからないように、うまく巻いて帰るよ」

 追手の言葉に、それも考慮して打った手があることを兄は思い出し告げる。

「ああ、あと巻くという話だが、V国の動向はややきな臭い感じがするから、念には念を入れて、途中のパーキングに2台、乗り換え用のレンタカーを配備しておいた。詳細は後で連絡を入れるからうまく巻いて帰ってくれ。親父が愉しみに待っているそうだ」
「うげ! 親父か。ソフィアの1件もあったからちょっと顔を合わせづらいけど……まあわかった。ありがとう。それじゃあ行くよ」
「ああ、気を付けてな。後でまた。今日はおかげさまでやることがてんこ盛りだから、ちょっと遅くなりそうだ。いや、帰れるかどうか……今夜は待たなくていいからな」
「そ、それは申し訳ない……わかった。兄貴も気を付けて」
「おぅ!」「あっ!」

 そうして、ジンの兄は、ジンから、遅れて思い出した簡単な状況説明と証拠品等を受け取ると、現場の統制と復旧や警備、そして各種報告や今後に関するさまざまな対応に追われるであろう、ブラックな仕事に復帰していく。

 ジンたちは、手短に所持品等を確認すると、早々に現場を引き上げ、別の場所で待機しているはずのサトルたちと電話で打ち合わせ、帰路に着く。

 パーキングエリアに到着する。全員、全ての荷物とともに車を離れて食事を取れる施設に向かう。

 このとき、夜間だが遠くにヘリの音が聞こえることにジンは気付くと、皆に上を向かないように指示して、施設に入る。

 休憩・食事を10分ほどで済ませると、全員が帽子やフードを被り、上着を交換し、いくつかの荷物は宅配便で送る手配を済ませると乗り換え用のレンタカーに乗り込む。

 この場所は、到着したときの駐車位置からあらかじめ離れた場所となるようにしてある。乗り込む際も、念のため、車に向かう人数をバラけさせての移動とした。

 ヘリの音は変わらずその上空にあった。パーキングエリアを監視しているように見えなくもないが、おそらくは欺けていることを確信しながらのジンの采配に従った乗り換えだった。

 無事、レンタカーを乗り換えると、そこからやや遠回りの車の少ない郊外を経由する経路を採りながら、念入りに追手がいないことを確信したうえで、深夜遅くにジンの実家に到着する。

 ここでS国からの、足掛け3日に渡る帰国の旅路がようやく終結するのだった。それはそれは濃密な時間を全員の無事という結果をもって、結ぶことができたわけだが、皆が皆、喜びを噛み締めつつも、度重なる疲労から、就寝時は即座に寝息に変わったことは言うまでもない。
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