ふたりの灯台ラブストーリー

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第五話 ドッキドキ! 初デート♥という話

§1 - 三月の兵頭睦月(その一)

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 曜日の感覚が失われ、記憶が飛ぶ。恐るべし年度末、そして恐るべし尿路結石……。


■  ■  ■


「兵頭さん、原田主任が入院しました! 今度は尿路結石です!!」

 三月四日のことである。兵頭睦月(二十六歳・社畜SE)が出社した直後、事務を担当する派遣社員の女の子が青ざめた顔で飛んできた。

(え、嘘……主任がプロジェクトリーダーの案件どうするの? 納期、来週じゃん)

 脳内で自分が抱えている業務の進捗状況と工数を計算する。これから必ず発生するであろう状況に対処するためだ。原田主任には日頃からお世話になっているものの、あなたの代わりはできません!!

 ちょうどその時、オフィスの奥から呑気な声が。

「おーい、兵頭。ちょっとこっち来てもらえるかな?」
「か、課長……」
「原田の仕事なんだけど……」
「あ、あのっ! 他の人に頼んで下さい! オレには無理です!!」

 そもそもレベルが違うのだ。トップクラスの高専から一流大学および大学院へ進み、経済的な理由から博士号を諦めて就職した原田主任と、TH大学出とはいえ凡庸な成績だった自分では、スキルはおろか、こなせる量が圧倒的に違う。サラブレッドと駄馬の差は大きい。

「だが原田の話では……」
「えっと、いま複数の案件を抱えてまして!!」

 押し付けられてはたまらんと先手を打ったが、似たようなことを考えたのは他にもいたらしく、視線を向ければ課長の周りで三人の同僚が苦笑いしていた。

「だから言ったでしょう課長。もう全員いっぱいいっぱいなんですって」
「ここは原田主任を口実に、納期を少し伸ばしてもらうしかないです」
「原田さん、一人で三人分の業務こなしてたから抜けるの痛いな……」

 二月の連続勤務で受けたダメージが回復していないのは皆同じであった。課長を囲むように立ちながら「兵頭、お前も一緒に説得しろ!」と六つの目で訴えている気がする。できればいないふりをして逃げたいんですけど……。

 その時、腕組みをしてぼんやり上を見ていた課長が、おもむろに席から立ち上がった。

「よーし、それじゃあ仕方ないな」
「課長!!!!」
「柏木と兵頭は今週、中西と小出は来週、休日出勤よろしく」
「課長~~~~」
「まあ、俺も出るからさ。みんなで助け合おうや。交互に休み取ればいいだろ?」

 その場にいた四人全員が、がっくりと項垂れた。今までもそう言われたことはあるが休みを取れた試しはなく、最終的に全員が出社していたのだから当然である。

(ううっ……週末は磯上くんに何か差し入れしようと思ってたのに……)

 溜息をついて自席へ戻ろうと踵を返した時、先輩社員の柏木が課長に縋るのが見えた。

「課長! 俺ようやく婚活うまくいきそうなんですよ。今週の土曜日はデートなんです!!」
「おう、よかったなあ柏木。きっと来週でも平気だろうよ」
「来週と再来週は彼女が無理なんです!!」
「あ~、本当にお前に気がある女なら待ってくれるだろ。いちおうお前だってスペック高いんだし」
「課長~! 『いちおう』ってどういう意味ですか~」

 半泣きになっている柏木は、育ちが良くお人好しな面がある先輩社員で、兵頭睦月のメンターでもある。だが、約八年に及ぶ社畜生活のストレスで体重が十キロ以上増え、やや薄毛になりつつあった。見た目に難ありの三十男が婚活市場で苦戦の末にデートまで漕ぎ着けたと聞いてしまえば、協力するのが後輩としての務めであろう。

「柏木さん……」
「兵頭!! お前ならきっと分かってくれるよな?!」
「日曜は出てくれるんですよね?」
「出るよ! 大丈夫!!」

 サンキュー♪ と大喜びで自席へ向かった柏木だが、翌々日の深夜に尿管結石で緊急入院してしまった。


■  ■  ■


 ただでさえ終電までの残業と休日出勤が常態化しているというのに、課長を含めて六人で回していた業務を四人でこなすには無理がある。

 しかし年度末で忙しいのはどこも一緒で、助っ人を頼んでも断られる始末。今から外注したり、派遣社員を雇うのは現実的ではないし、下請けに出すのも無理。そもそも下請けや孫受けはもっと酷い状況なのだ。従って……。

「か、課長、これは寝袋ですか?」
「ああ、家にあったから持ってきた。仮眠取る時に使っていいぞ。兵頭はデカイから脚しか入らないかもしれないけどな。ハハハ」
「あ、あの……きっと組合が文句言ってくると思うんですが……」
「その時はその時だ。原田と柏木に無理をさせられない以上、残りのメンツで納期に間に合わせるしかないだろ」

 二年先輩の中西と、去年入った小出が「ブラックすぎる……」とその場で泣き崩れた。しかしそれを気にも掛けず、課長は飄々とした口調で続ける。

「まあ、泊まりになったら、出前で好きなの頼んでいいぞ。うな重とか」

 かくして波乱の三月は、泊まり込み残業というデスマーチで幕を開けた。
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