異世界転生した悪役令息にざまぁされて断罪ルートに入った元主人公の僕がオメガバースBLゲームの世界から逃げるまで

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「頼む、今すぐ治癒魔法をかけてくれ!!」

 キラキラしたオーラを放つ、超美形の王太子殿下にそう言われてしまったら、断れるわけないよね。

「……分かりました」

 僕の目の前には、白雪姫かオフィーリアかって感じで両手を組み、真っ白な顔で目を瞑る悪役令息。

 ここは王太子殿下の私室で、立派なソファーに悪役令息が横たわり、ゴージャスなテーブルの上には王族屈指のパティシエが作った素敵なお菓子と紅茶が並んでいる。

(そうか、二人でお茶会してたのか)

 ツヤツヤのアイシングがかかったフィナンシェ、美味しそうだな。くるみとレーズンが入ったスコーンも、狼の口がパックリ開いてて、濃厚なクロテッドクリームのせて食べたらさぞかし……はっ、いけない。今はそんなことを考えている場合ではない。集中集中。

「まさか私の目の前で毒を煽るとは……いくらなんでも、ここまでするとは思わなかった」

 王太子殿下も青ざめている。まあそうでしょうとも。

 どうやら、王太子殿下は婚約者を僕にしたいと悪役令息に告げたんだそうだ。

 するとショックを受けた悪役令息は「ボクを捨ててあんな男爵令息を選ぶなんて酷い! あんまりだ! ボクから殿下を奪ったアイツに思い知らせてやる!!」とか言って、隠し持っていた毒を煽ったんだそうな。

 ええー、僕は田舎の男爵令息なんで、王太子殿下には釣り合いませんよ……。

 あ、ちなみにこの世界は剣と魔法と学園モノで、男と女の他にアルファとオメガとベータという第三の性があり、僕と悪役令息はともに十七歳のオメガ、同級生の王太子殿下はアルファだったりする。オメガは定期的に発情期がきて、その時にアルファとセックスすると男性でも妊娠できるという不思議な設定で……。

 それはさておき、悪役令息の様子は……うん、あまり強い毒ではないみたいだね。ヨカッタヨカッタ。

「おそらく後遺症もなく治ると思います。これから治癒魔法をかけますので、王太子殿下は少しお下がり頂けますか?」

 そっと王太子殿下の侍従へ視線を送ると、小さく頷いてくれた。

 王太子殿下と侍従の二人が僕の背後へ移動したのを確認してから、僕は悪役令息に毒消しと回復の魔法をかけた。内心では、いくらなんでもその場で毒を飲むとかやり過ぎだろうと思っていたが、ちゃんと仕事はしたよ。なにせ僕はこの国では珍しい聖魔法使いだからね。

「う……うう……」

 ううーんと唸った後、悪役令息が目覚めた。

 ソファの上で見上げてくる彼は、なんかキュルンと可愛くなっている。
 そして僕は「なんとなくこのシーン見覚えあるな……」と感じている。

(なんだろう、気になる)

 気にはなるけど、僕の役目はこれで終わった。後は王太子殿下と悪役令息がどうにかするだろう。痴情のもつれに巻き込まれたくないので、僕は二人に礼を取り、いそいそと学院の寮へ戻った。


○  ○  ○


 夕食の時間に間に合わないのは確定なので、王城から学院の寮へ戻る途中で馬車を降り、屋台のケバブサンドを買って帰った。

 自室に戻って水と一緒に食べながら、あのフィナンシェをもらって帰れば良かったかなとか思ったけれど、やっぱり不敬かと考え直した。僕は田舎育ちの貧乏男爵家出身なので、あまり礼儀作法が得意ではない。上下関係とかも上手く対処できないし。

(まあ、いいか。今日はなんか疲れたな……)

 夜着に着替えてベッドへ入り、うつらうつらとした時。ハッと何かがざわついた。そうだ、ソファの上に横たわるキュルンとした悪役令息……。

(あれは僕が前世でデバッガーしてたBLゲームのスチルだ!)

 一気に記憶が蘇る。たしかあのゲームは、最初のうちは聖魔法使いの男爵子息がプレイヤーになるけど、全キャラを攻略した後は、おまけシナリオで悪役令息逆転編ができるという仕様だった。

(うおおお、ぼ、僕は、オメガバースBLゲームの主人公として異世界転生していたのか!?)

 嘘だろうと思いたい。だが、どう考えてもそうとしか考えられない。

 前世の記憶はあまりはっきりしない。でも僕は男で二十代前半でデバッガーのバイトをしていた。そしてよくわからないけど死んだ。どういう死に方をしたかは覚えていない。記憶に残っているのは、オメガバースBLゲームの攻略内容とスチルだけ。

(ええええーーっ! これってどういうことだよーー!!)

 驚きのあまり悶えまくって、その日はほとんど眠れなかった。

 翌朝げっそりしながら学校へ行くと、可愛くなった悪役令息が王太子殿下とイイ感じになっていた。キラキラした光が差し込む回廊で、二人が手を取り合って見つめ合う構図。たぶん悪役令息編のスチルだったはず。

(やっぱりこれって確実に悪役令息の逆転シナリオに入ってるよね……)

 すると僕は急いでこの世界から逃げなきゃ断罪ルートだ。良くて不敬罪で斬首か、戦争に駆り出されて過労死、下手したら従軍慰安夫として性奴隷か、発情期に集団レイプされる。そう、前世の僕がドン引きするほど、このゲームの断罪はハードコアだった。


○  ○  ○


「これからは只の友達に戻りましょう」
「はあ? え? どうして急に?」

 僕の目の前で、伯爵令息の端正な顔が歪む。

「ごめんなさい」

 謝るしかない。この伯爵令息は同級生かつ一匹狼キャラだ。毒親持ちでひねくれてヤンチャしてたけど実はピュアで誠実ってキャラクターで、いちばん好みだったんだけど。

「もしかして、俺の何かが君を不快にさせたのか?」

 ああ、毒親伯爵のせいで底を這いつくばっていた自己肯定感を、僕が更に下げることになるとは……なんということ。でも、断罪されるくらいなら、僕はあなたを切り捨てます。

「そんなことありません。全ては僕のわがままなんです。貴方は悪くないです。本当にごめんなさい」

 申し訳ありません、という言葉を使うと、伯爵令息は壁を作ってしまうんだよね。だからひたすら頭を下げて、ごめんなさいラッシュ。

「ちょ、ちょっと待ってくれないか? 話が急すぎてついていけない」
「本当に、本当にごめんなさい。今まで僕といっしょにいてくれて、ありがとうございました。じゃあ、失礼します。さよならぁ~」

 ガーンと青ざめた伯爵令息をそのままに、僕は走って逃げた。少しだけ涙が出た。


○  ○  ○


 かくして、僕は自分が異世界転生者だと気付いた春から夏休みに入る直前までに、全ての攻略対象者を切った。おそるべきことに、去年の僕は逆ハー狙いだったのだ。バカバカバカ、僕のバカ!! どのみち一人しか選べないんだから、あっちこっちに良い顔するもんじゃないだろう!

 当然というべきか、「あっちこっちで男を侍らせた挙句、気まぐれで捨てた」と僕の悪評は学院内を駆け巡った。これも断罪ルートの仕様なのかな??

 そこで僕は「こんなことしたら学院にいられなくなるよね」と寮や学校で後悔したような顔で吹聴し、領地に戻りますと言って退学届を出した。

(よっしゃああああっ! うまくいったぜええええ!!)

 退学してしまえばこっちのものだ。
 なにせBLゲームは学院が舞台なのだから。
 学歴はなくなるけど、これで断罪ルートは回避だぜ!

 ところが。

「ちょっと待ってぇ~っ!」

 退学後、学院の門を出て、小さなカバンを持って歩き出した僕の後ろから声がする。

「ねえ、辞めないでぇ~!!」

 キュルルゥン~と光を飛ばしながら、悪役令息が息を切らしてこっちへ走って来た。

(逃げろ!!)

 僕は無言のまま、早足で乗合馬車のターミナルへ向かう。走ると目立つからね!

「まあってぇ~~!!」

 キュルンキュルンと光や星や花びらが飛んでくる。悪役令息……恐ろしい子!!

「ボクの話を聞いてぇ~~!!」

 なんでだよ!

 せっかく身辺整理を済ませて侍らせてた攻略対象者を全員切って逃げようとしてるのに!

「はあ、はあ、ねえ、お願いだから……ボクの話を……」

 ああ~っ! 悪役令息のキラキラが周辺に飛びまくるせいで、近くを歩いている老若男女が僕に冷たい視線を向け始めた!! ちくしょう!

 僕はやむなく立ち止まった。

「はあ、はあ……き、君が、学院を……辞めたって、聞いたから……」

 悪役令息は体力が無いのか、ゼーハーゼーハーと肩で息をしている。

「……(治癒魔法)」

 周りの視線が痛いので、僕は小声で治癒魔法をかけた。みるみるうちに、悪役令息の顔色が戻り、荒い呼吸も収まった。

「……大丈夫ですか?」

 大丈夫だとは分かっちゃいるが、悪役令息は公爵の息子なので僕より身分が高い。なので礼儀として声をかける。

「うん、ありがとう。これで二回も助けてもらっちゃったね!」

 テヘペロ、と小さく舌を出す悪役令息の周囲にまたしてもキラキラと光が飛ぶ。しまった。この顔に見覚えある。これもスチルかよ! でもこんなシチュエーションあったっけ?

「あ、あのね、ボク、君には学院に戻ってもらいたくて」
「……ありがたいお言葉ですが……」
「ボク、君が王太子殿下の婚約者になればいいと思うんだよね!」
「はあ?!」

 え、やだ、どうして? アンタの方が似合ってるよ! とっとと王太子殿下と結婚しちゃいなよ!!

「そうすれば、ボクは君と友達になれるし……」

 は? 友達になりたい? 何言ってるの?

 僕が目を白黒させていると、悪役令息は。

「だって異世界転生したのって君とボクだけじゃん!」

 はああっ!?

「毒を飲んで、君に助けてもらった時に思い出したんだ。これってオメガバースBLゲームの世界だよね!?」

 おま、お前なあ、なんちゅうことを公道でほざくんだ!! しかもキラキラ飛ばしながら!?

 僕は周囲をチラッと伺った。よかった、ざっと見た限り、貴族関係の人はいない。隠密もいなさそう。平民にオメガバースBLゲームって単語が分かる人がいたら厄介だが、断罪ルートに平民はいなかったから、きっと大丈夫。

 悪役令息に目線で合図をして、近くにあるカフェへ向かう。

「あ、このお店ってストロベリーサンデーが美味しいところだよね!」

 そうなんだ。僕は初めて入る店だけど。

「昔、王太子殿下がお忍びで連れて行ってくれたんだ!」

 へーへーよござんしたね。でも、せっかくだから僕もストロベリーサンデー頼もう。もちろん悪役令息の奢りで。


○  ○  ○


 店内の一番奥の席に僕と悪役令息が座るなり、いそいそと給仕の女性が現れた。僕はともかく悪役令息は一目で貴族って分かる服を着てるもんねえ。

 二人分のストロベリーサンデーを注文して一息つき、僕は小声で文句を言う。

「あのさあ、僕が前世持ちって知ってたなら放っといてくれないかな?!」
「ヤダ! ヤダヤダヤダ!」
「しーっ! 声がデカい!」

 僕が咎めると、悪役令息はしょぼくれた。下がり眉も可愛いな。これでアルファをたぶらかすのか。同じオメガだから、僕にその手は通用しないぞと身構えていたところ。

「だって、話が通じる相手がいないのって寂しいじゃん! ここ水洗トイレ無いし! コンビニ無いし! てりやきチキンバーガーもグラコロも食べらんないし!」

 ぷしゅ~と萎むみたいに、悪役令息は口を尖らせた。十七歳でこの表情をやって可愛いと思えるのは流石だ。そして彼の気持ちは僕にもよおーーーく伝わった。

「……まあ、そうだよねえ。僕も記憶が戻った直後はどうしようって思ったよ」

 だって前世が平成生まれの日本人だからねえ。物心ついた時には座るタイプの水洗トイレでウォッシュレット付きが当たり前だった。それなのに、それなのに……。

「あんなボットン、嫌だあぁ~っ」
「しーっ! ここ、飲食店だから!」

 僕が悪役令息を黙らせた直後に、ストロベリーサンデーが運ばれてきた。今の会話、聞かれたかな……大丈夫かな……。

「ねえ、一緒に魔法で水洗トイレ開発しようよ」

 アイスクリームと苺の組み合わせに舌鼓を打っている最中にトイレの話はしないでもらいたい。

「……嫌だ」

 僕は自分が転生者だと気付いてから、学生生活で溜まったポイントを知能や体力、器用さといったサバイバルスキル向上に繋がるものに全フリした。その代わり魅力とかマナーとか上流階級に必要なスキルはあまり無い。

「きっと、きっとね、二人でやると早いと思うんだ!」

 この悪役令息は頭が悪い。彼のアビリティを見るまでもなく分かる。

 だから彼は、自分がどうにかするよりも、僕に頼んだほうが早いと思ったのだろう。
 それは正しい。
 正しいけれど。

「……ええ~……水洗トイレを開発するにしても他の国がいい。断罪されたくない」

 そう、僕は領地に戻るつもりはない。隣国へ行って、ちょっと小器用な聖魔法使いとして、平穏なモブな生活を送るのだ!

 決意は変わらないぞというアピールとして、僕は真剣な眼差しを悪役令息に向けた。しかし少々おつむが弱い悪役令息は、空気も読めないらしく、

「ボクの親友になったって言えば大丈夫だよ!! 任せて!!」

 満面の笑顔で、えっへんと胸を張る。

「う~ん……本当に断罪させない?」
「もっちろん!!」

 僕はストロベリーサンデーを食べながら考えた。たしかに今の僕には現金が少ないんだよなあ。隣国へ行って治癒魔法で日銭を稼ごうと考えていたけれど、できればもう少しまとまった金が欲しい。それに特許も申請して、類似品が出ないようにもしたい……。

「どうしようかな」
「おねがぁい!!」
「アイスが溶けちゃうから、先に食べなよ」
「はうっ、そうだった!」

 はぐはぐと急いでアイスと苺を頬張り、ブレインフリーズを起こして「ひやぅ、あたま痛い」と叫ぶ悪役令息を眺めながら、僕は冷静に考えた。

 この三ヶ月、密かにこの世界の魔法を使って前世にあったアレコレが再現できないかとアイデアを練っていたのだ。

 今は学院の二年生の夏休み。どれだけ時間がかかっても、一年あればなんとかなるだろう。その間は悪役令息の屋敷に住み込ませてもらって、三年生の夏休みまでに隣国へ逃げれば平気かな? 少なくとも学院は退学してるんだし、断罪ルートのフラグは折ったはず。

 水洗トイレを公爵の屋敷に設置すれば動作チェックできるし、特許取るのも手伝ってもらえると僕も助かるし。

「……じゃあ、水洗トイレを作るまでなら」
「コンビニは? マクドナルドは?」
「屋台があるでしょ! それで我慢しなよ!」

 屋台のケバブサンドは、マクドナルドより美味しかったぞ。

「水洗トイレ作ったら、君はどうするの?」
「もちろん、特許を取って隣国で営業かける」

 ストロベリーサンデーを食べ終えた悪役令息が、目をキラキラさせた。

「えー面白そう。ついていっていい?」
「だめ!」
「けち~」

 ……で、結局のところ、一ヶ月もかからず水洗トイレを作ることができました。

 悪役令息の父である公爵様がとても協力的で、材料も簡単に手に入ったし、上下水道の整備もテキパキ進めてくれたからです。なんでも、この国のトイレをもっと衛生的にしたいと常々考えていたんだそうな。

 なので、僕はお礼に公爵邸のトイレ全てにウォッシュレットをつけてあげました。


○  ○  ○


「ふんふんふーん♪」

 十七歳の冬。僕は水洗トイレの特許が下りたので、ウキウキ気分で隣国へ向かいました。

「まあっってええ~っ!」

 そうしたら、なんということか、悪役令息は僕についてきて、しかも乗合馬車に一緒に乗った。公爵令息なのに!

「なんかお尻が痛ーい」
「……(治癒魔法と浮遊魔法)」
「わあっ、痛いの収まったぁ~っ! それにちょっと浮いてる感じ? 楽しい~」
「しーっ! 隣国に着くまで静かにしてっ!」

 珍道中の末、ようやく隣国との国境までたどり着いたら、なぜか足止めをくらってしまった。なんだろうと訝しんでいたら、今度は王太子殿下が追いかけてきたよ。しかも伯爵令息を連れて。

「待ってくれ! 君たちは我が国の英雄だ!」
「俺には君しかいない!」

 ええと、僕は全員切りたいんですけど。

 隣国で新しい恋を探したいんですけど。



-完-
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