クルスの調べ

緋霧

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一章

第10話 世界地図

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 それからはあまり話もせず街へと戻ってきた。
 父は予想以上に早くフィンキーの尻尾が集まったため、予定より早く戻ってきたらしい。

 ギルドにフィンキー300匹分の尻尾を納品した。
 報酬は300ポイントに金貨7枚、銀貨5枚。荷物を積むために借りた騎乗動物のレンタル料が1日銀貨5枚だったらしいので、そこでの出費が金貨2枚、銀貨5枚。差引金貨5枚。父はお金も私にと言っていたが、さすがにそれは辞退した。
 これで460ポイント。ほとんど父が集めたポイントだ。

「討伐依頼、報酬高いですね。僕も次はそういうのをやってみようかと」

「正直まだやめておいた方がいい。Eランクの討伐依頼はEランク数人でシェアするのが前提だ。お前が1人での旅に慣れているのならともかく、そうじゃないうちは大人しく街の依頼を受けろ」

「えぇ…そうなんですか…」

 確かに父と2人でシスタスに来る間は見張りも交代で行っていた。これを1人で旅するとなると、全部自分でやらなければならない。いつ寝るんだって話。
 というかじゃあ父はいつ寝てたんだろう。

「それは野宿するときに1人だと困るからってことですよね。じゃあ父さんはどうしてたんですか?」

「気配でわかる。それがわかるようになるまでは1人で行くのは危険だな」

「なるほど…」

 気配ってなに。よくわからない。わかるようになるのかもわからない。常に命を狙われている要人よろしく警戒し続けなければならないってことか。
 確かに今の自分では無理そうだ。

「誰か一緒にやるやつがいるならやってもいい。Eランクじゃ探すのが結構大変だとは思うがな」

「素直に地味に働きます」

「あぁ、それがいい」

 宿に戻り、夜まで休んだ後、久しぶりに父と夕食を共にした。
 めずらしく父は私にもお酒を勧めて来たので、果実酒を飲むことにした。口当たりもよく、ジュースのような感覚だ。
 あの出来事を、父なりに励ましているのだろうか。
 しかし料理をつまみながらお酒を飲んでいるのだけれども、会話がない。
 なんだか気まずい、と思ったところに沈黙を破って父が話し始めた。

「もしお前が早くギルドランクを上げたいのなら、長期契約の仕事を受けるのもいいと思うぞ」

「長期契約?」

「その契約の間は他の依頼を受けられないが、1ヶ月契約で1000ポイントくらいは入るはずだ」

「え、そんなものがあるんですか」

 自分がEランクの掲示板を探していた限りでは見つけられなかった。
 1ヶ月で1000ポイントなら物によるのかもしれないけど悪くない。

「まぁ、そう数は多くないけどな。見かけたらラッキーと思ってやってみるといい」

「はい、それはぜひやってみたいですね」

 果実酒1杯を飲んだ時点で、酔いが回ってきた。もうこれ以上はやめておいたほうがよさそうだ。

「父さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「僕は里でずっと育ってきたので国とかそういうものがよくわかってないんですが、シスタスの街は国に属している街の1つなんですか?」

 これはずっと気になっていたことだ。
 エルフの里はそれ単体で独立していたが、普通のRPGなどでは国という括りの中にいくつか街があるものだ。ここもそうなんじゃないだろうか。

「そうだな、それを説明してなかったな。それにはまず全体地図が必要だ。ちょっと今買ってこい。ギルドで買えるから」

 そう言って父は銀貨2枚を差し出してきた。
 ここからギルドは近いので席を立って素直に買いに行く。
 ミトスの全体地図は父に手渡された通り、ぴったり銀貨2枚だった。

「さて、じゃあ説明するぞ」

 地図を広げ、父が言った。

「まずシスタスはここだ。レガンテ大陸の南部に位置する、ベリシア国の都市だ。ベリシアの首都はカルナ。シスタスから1週間ほどの場所にある」

 この世界地図に載っている大陸は3つ。
 1つは今父が説明したレガンテ大陸。私たちがいる場所だ。地図上では東に位置している大陸。西に位置している大陸がルーマス大陸。大陸の中では最も面積が広い。中央やや北に位置しているのがリビ大陸。他の2つの大陸から比べるとずいぶんと小さい。
 レガンテ南部に位置するベリシア国はシスタス、首都カルナを含め5つほどの街が存在している。レガンテには4つの国があり、ベリシアは2番目に国土が広い国のようだ。

「俺たちのエルフの里はベリシア国に隣接しているが、ここには載っていない。エルフじゃなければたどり着けないからな」

 シスタスの北にある森を指さして父が言う。
 きっとその辺りがエルフの里なんだろう。

「シスタスから南に行くとベリシア唯一の港町ファルシオス。北西に行くとカルナ。東に行くとディール。ディールは小さい街だしシスタスかファルシオスにしか行けないから、お前はこの先カルナに行くのがいいと思う。カルナは首都だけあって大きいし依頼の数も多い。ランクCくらいまではカルナでやるのがいいだろう」

「わかりました。ではDになったらカルナに行ってみます」

「ああ。そこからは自由にするといい。ベリシアの北にはネリスとエルゴニア、それとドワーフの街ルワノフがある。ネリスとエルゴニアは小競り合いが続いているが、まぁ冒険者として行く分にはあまり関係ないだろう。さらにその北には大国アルセノがある。アルセノはこのレガンテ大陸で一番強大な国だ。行ってみるのもいいし、逆にルーマス大陸に行くのもいいかもしれない。ルーマスに渡るならネリスから行くか、アルセノから行くかのどちらかだな」

「リビ大陸へは?」

 ルーマスは候補に出るのにリビが候補に出ないのはなぜなのかわからなくて聞いてみる。
 単純に現在地から遠いからだろうか。

「リビはやめておいた方がいい。ここは東西2つの国しかないが、互いに争っていて危険だ。ネリスとエルゴニアの比ではない」

「なるほど」

 どこの世界でも領地争いはあるものなんだな。
 そんな紛争に巻き込まれるのはごめんなので、素直に父の言葉に従おう。

「アルディナへはどうやって行くんですか?」

「アルディナか…」

「……?」

 行かない方がいいところなのだろうか?
 せっかくの異世界で天界と呼ばれる場所があるのならば、一度くらい行ってみたいものなんだけれども。

「もしアルディナに行きたいなら、信頼できる天族の仲間を見つけてからにしろ。ミトスにいる天族は地族に友好的な人が多いが、アルディナではそうとも限らない。あと仲間内に魔属性がいたら一緒には行けないからな…。行き方はその時天族に聞け」

 なんだか私が持っている天族のイメージと違う。
 天使みたいな聖人君子を思い描いていたんだけどそうじゃないみたいだ。

「わかりました。ちなみに父さんはアルディナに行ったことあるんですか?」

「あるにはあるが…天族と一緒じゃなかったからあまり歓迎はされなかったな」

「なるほど…」

 だから信頼できる天族の仲間と、ってことなのかな。
 この辺は追々考えていこう。

「俺は明日1日休んで、また討伐に1週間ほど行ってくる。それで里に帰るぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 正直こんな風に手伝ってもらえると思っていなかったので、ありがたい。
 私は次の1週間も今までみたいに雑用をやろう。1ヶ月契約の仕事があればそれをやりたいところだけど。毎日毎日違う依頼を受けるとこの前みたいなブラックな依頼を引くかもしれないしな。

 次の日、父はどこかへ出かけたようだった。
 休むと言っていたのでそれについては私から特に何も聞くことなく、私は依頼をこなした。
 その次の日、父はまた1週間狩りに出ると言って今度はボルゴというモンスターを狩りに赴いて行った。何でも、そのボルゴから取れる角が素材として使えるらしい。5匹分の角で20ポイントもらえる依頼だった。それだけ生息数が少ないのか、フィンキーに比べて強いのか。どちらにせよ父には何も問題がない依頼なんだろう。
 
 私は1ヶ月契約の依頼がないかを確認しつつ、同じように依頼をこなしていった。
 そしてこの街に来てから12日目、ついに1ヶ月契約の依頼を見つけた。

 依頼主:宿 フィオーネ
     (オーナー:ビル・オルダー) 
 内容:食堂スタッフ(まかない付)
 形態:30日契約(内休日5日)
    住み込みの場合の宿代:銀貨2枚/日
 ランク:Eランク以上
 報酬:白金貨2枚
 報酬ポイント:1000

 これは1日銀貨2枚の宿代を支払って住み込みで働けるということかな。しかもまかない付。
 報酬が白金貨2枚だから、宿代を差し引いても白金貨1枚と金貨4枚。
 食堂スタッフということは、以前やったような皿洗いとかウェイターだろうか。仮にもし調理を任されたとしても元の世界ではやっていたことだし、これからこの世界を生きていくうえで知らない食材を学べるいい機会かもしれない。

「すみません、この依頼を3日後から受けたいんですが可能ですか?」

 受付に持って行き、確認してみる。 
 なぜ3日後なのかと言えば、2日後の朝まで父が宿を借りているからだ。
 それにその日に父が帰るんだとしたら、見送りたいのもある。

「ひとまず仮受注という形にしておきますので、一度依頼主と相談してください」

「わかりました」

 住所が書かれた紙を受け取ってギルドを後にした。
 依頼場所の宿フィオーネはメイン通りを挟んで反対側の路地にある。
 今自分たちが泊まっている宿よりは少し小さいが、そこそこの客室がありそうだ。
 オーナーに話をしてみたら、3日後からの依頼開始を快く受け入れてくれたのでギルドに戻り正式に受注する。
 今日は適当に依頼を受けた。
 父は明日辺りに帰ってくるだろうか。帰ってきたらいよいよもう1人になる。この街に来てから父は長期的に狩りに出ているので、実質今までも1人のようなものだけど。
 それでも何かあったら話を聞いてもらえたし、いろいろと教えてもらえた。旅に出る前は安易に考えていたけれど、この世界は本当に危険と隣り合わせだった。1人でちゃんとやっていけるだろうか。自分の身を守っていけるだろうか。
 正直早めに仲間を探したい。

 次の日、適当な依頼をこなし宿に戻ったら父がいた。
 きっちりと300ポイント分、75匹のボルゴを狩ってきたらしい。75匹分の角がどんなものかと思ったら、思いの外小さかった。フィンキーの尻尾300本の半分くらいの荷物量だ。
 ギルドに行き、報告を済ませる。
 これで940ポイント。明後日からの長期契約で1000ポイント入る予定なので、1か月後にはほぼDになれる見込みだ。
 今回は宿代を父が出してくれたからいいものの、もし自分で宿代を払うとするとシングル料金が1日銀3枚なので、食費や服の洗濯代を考えると1日の利益は銀1~2枚ほどだ。ランクが上がれば当然この限りではないのだろうけど、結構きつい。
 1ヶ月依頼だと宿代が1日銀2枚、まかない付で働けるので少しはお金を貯められそうだ。

「父さん、明日帰るんですよね」

「ああ。そうだな」

 夕食をつまみながら父が答える。
 何ともあっさりした反応だ。

「冒険者としてやっていくことは危険だって頭ではわかっていましたが、いざ外に出てみるとこんなにも死は身近にあるんだって感じました。獣人の少年から奇襲を受けた時、手練れだったら僕は死んでたかもしれないし、あんな子供が無情にも殺されてしまうようなそんな世界だった」

「そうだな。でもその危険を冒さなければ得られないものはたくさんある。俺はそれをお前に手に入れてほしい」

 それは何か、とは聞かない。きっと自分の目で確かめろと言われるだろうし、自分でもそうしたい。

「疲れたらいつでも帰ってくればいい。あそこはずっとお前の家なんだし、俺たちだってずっとお前の家族だ」

「父さん…」

 私はずっと"シエル"という人間を演じている。だからリンクスとルイーナは私にとっては親という名の他人だった。
 何年共に過ごしても、それはきっと変わらないんだろう。
 それでもこの2人は、血の繋がっている叔母よりずっと、家族だった。これからもずっと、そうであってくれるんだろう。

「ありがとうございます」



 翌朝、父はすぐ立つというので、西門まで見送りに行った。

「父さん、ありがとうございました」

「ああ。1人のうちは街への移動は必ず定期便を使って行けよ。ギルドで聞けばわかるから」

「はい。父さん、母さんにもよろしく伝えてください」

「ああ…シエル、死ぬなよ」

 その顔はなんだか少し寂しそうに見えた。
 あっさりしているように見えて、実はそうじゃないのだろうか。
 私も、そこまでじゃないと思ったのに予想以上に名残惜しい。これから1人になる不安が大きいのかもしれない。

 私は父を見送った後宿に戻り、シングルで1泊取り直した。
 いよいよ明日から長期の仕事が始まるので、今日は1日休むことにしよう。
 食堂スタッフなんて、もう前世で働くのと何も変わらない。非現実的な異世界だといっても自分が弱いうちはできる仕事をするしかない。非常に現実的だ。

 翌日から1ヶ月契約の依頼が始まった。
 仕事内容的には調理や接客、その時の状況によって様々だ。朝は朝用のスタッフがいるので、基本的には昼~夜遅くまでの勤務時間だ。
 調理については、食材や調味料の違いはあっても基礎的な部分は変わらなかったので、前世での経験をそれなりに活かすことができた。
 問題は接客だ。前世で引きこもりだったせいで人と話すことが苦手すぎて辛い部分がある。
 それでも長期滞在しているお客と徐々に顔見知りになってきて、いろいろな話を聞かせてもらえたりするようになった。時にはお酒を呑まされることもある。オーナーは、それも仕事のうちだと笑っていた。
 職場の人間関係は悪くなかった。
 オーナーは元冒険者らしく豪快で細かいことは気にしないタイプだ。奥さんと娘2人の家族経営である。
 他には洗濯やベッドメイキングをする雇われのスタッフが数人いるが、みんな気さくな人でやりやすかった。
 ここのオーナーは長期契約をギルドに依頼して、駆け出しの冒険者の支援をしているらしい。その言葉通り、旅で狩った動物の調理法や保存法などを合間で色々と教えてくれたり、スパイスとして使える野草の見分け方などを教えてくれた。
 昼と夜のまかないは基本私が作る。その時にいるスタッフ全員分だ。最初はオーナーが案を出してくれてその通りにやっていたが、慣れてくれば自分で考えて作れるようになってきた。もし冒険者として挫折した折には料理屋になれるかもしれない。割と本気で。
 休みの日は基本部屋で寝ている。勤務時間も結構長く、忙しい時間帯はひっきりなしに動いているので体は結構疲れる。
 それなのに休みの日の食事は、オーナーの"いろいろな場所でいろいろな料理を食べることが上達の道"という謎の方針により、様々な店に食べに行かされる。しかも何を食べてどうだったのかの感想を言わされる始末。めんどくさいことこの上ない。
 そんなこんなで仕事にももうだいぶ慣れてきたころに、1か月の契約が終了した。
 実は日数を数えておらず、1日の仕事が終わったその日の夜にいきなり達成カードを渡されたので非常に驚いた。
 2000ポイントまであと60ポイント足りないという話をしたら、残りのポイント分ギルドに依頼を出してやるから続けて働け、と申し出てくれ、追加で2日働き無事に2000ポイント溜まった。
 ギルドへと報酬をもらいに行くと、カードが更新され特に何もすることなくDランクへと上がった。次のCまでの必要ポイントは10000。確か目安としては半年だったか。
 カルナへの定期便の話を聞いてみると、2日後の出発で料金は金貨5枚、到着まで7日間とのことだった。
 報酬の白金貨2枚をもらい、フィオーネへと戻り、出発まで客として泊まらせてほしいと頼み、宿代として合計金貨6枚銀貨6枚を支払った。
 カルナへの移動費を差し引いて所持金は大体白金貨2枚ちょっとくらいだ。移動中の食事は自分で用意しなければならないので買いに行かなければ。と思ったのだけれども、なんとオーナーが用意してくれた。自家製の干し肉だ。しかも飽きないように数種類の肉が用意されており、計10日分くらいはある。何から何までありがたい。

 残りの日数を自由に過ごしてついにカルナへ立つ日が来た。
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