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一章
第11話 デッドライン
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カルナ行の定期便の集合場所は西門近くのメイン通りから少し外れた広場にあった。
8人乗りの馬車が3台で計24人の乗客に対し、Aランク以上の護衛が馬車1台につき2名で計6人。御者が交代要員含めて5人。合計35人での大移動だ。
Aランクになれば護衛依頼を受けて報酬をもらいつつ移動ができるのか。いくらもらえるのかわからないけど、Aランクになったら街への移動は護衛依頼を受けたいところ。
護衛6人が話し合ってそれぞれをどう配置するかを決めている。これたまたま集まった護衛が後衛のみとかになったらどうするんだろう。それともそうならないように、募集段階から前衛何人、後衛何人とかって決まりがあるのだろうか。
配置が決まるとともに、乗客も馬車に乗りこむ。集まった順に乗り込んだが、私はちょうど真ん中くらいだったので2台目の馬車だった。
馬車の中は人が8人乗ってちょうどいいくらいの大きさだ。ただ座る以外の姿勢は取れない。これで7日間も旅をするんじゃエコノミー症候群になりそうな。外に出られる時間でなるべく体を動かさなければ。
私と同じ馬車に乗り込んだのは、50代くらいのヒューマの男性が1人、70代くらいのヒューマの男性が1人、30代くらいのヒューマの女性が1人、20代くらいの獣人の女性、20代くらいのヒューマの男性が1人、耳が尖っている何族か分からない女性1人、背が低くていかつい感じの40代くらいの耳が尖った男性(もしかしてドワーフかな?)の7人だ。
「よろしく頼むのぅ!あんたたち!」
ドワーフっぽい人が豪快に笑いながら挨拶をした。それに返すように口々にみな「よろしく」と挨拶をする。
しかし馬車が出発してからは基本的に皆喋らない。まぁ、誰もが話をしたいわけでもないだろうしそうなるんだろうな。
出発して数時間で昼休憩になった。各馬車ごとに火を起こし、各自昼食の準備をする。私もフィオーネのオーナーが最初の昼に食べるといい、と用意してくれたサンドイッチを取り出した。
フィオーネの面々は最後みんなで見送りに来てくれ、シスタスに来た時にはいつでも顔を出してくれと言ってくれた。ここの存在は私の異世界生活において、故郷以外で信じられる初めての場所になった。いつか恩返しに行きたいな。
「よう、兄ちゃん!隣いいか?」
ドワーフっぽい人が隣にドカッと腰を下ろした。
「ええ、どうぞ」
答える前に隣に座っているが、特に異論はないので私は素直に頷いた。
手には何も持っていない。今干し肉でも焼いているのだろうか。
「俺はガルガッタ。見ての通りドワーフだ。お前さんはずいぶんと若いエルフだな!冒険者駆け出しか?」
見ての通り、なんだ。ドワーフかな?とは思っていたけれどこの目で見るのは初めてだから言われるまで確信が得られなかった。
「僕はシエルです。その通り、冒険者駆け出しエルフですよ。よろしくお願いしますね」
「そうかそうか!よろしくな!」
豪快に笑う。ずいぶんと気さくな人だ。まだまだ先が長い旅路だ、こういう風に話せる人がいるのはありがたい。
「駆け出しならカルナはちょうどいい街だからな!今ギルドランクはいくつなんだ?」
「ちょうどDになったところです」
「おお、Dか。カルナならDランクの依頼はシスタスなんかより遥かに多いしな。腕に自信があればベリシア騎士団の遠征依頼も受けられる」
聞きなれない言葉が出てきた。
ベリシア騎士団の遠征依頼。なぁに、それ。
「なんですか?そのベリシア騎士団の遠征依頼って」
「あそこの山脈わかるか?エスニール山脈」
「エスニール山脈はわかります」
エスニール山脈。確か里を旅立った時に父が少し口にしていた。麓にドワーフの村があると。それがルワノフのことだろう。
「シスタスとカルナのちょうど間くらいの位置に、デッドラインと呼ばれる場所が存在する。そこにルブラと通ずるワープポイントがあるんだ」
「ルブラへのワープポイント…」
「そうだ。ルブラへと繋がるワープポイントはミトスには数多くあるが、ワープ先がランダムなものもあるし、必ず同じ場所へ出るものもある。一方通行のものもあれば、相互通行のものもある。エスニール山脈に存在するワープポイントは相互通行で必ず同じ場所に出るタイプのものだが、その場所がモンスターの巣窟でな。向こうからどんどんモンスターが出てきちまう」
そんなに簡単にルブラと繋がっている場所があるとは思っていなかった。もっと門みたいなのとか魔方陣みたいなのがあってそこから行くのかと。
「で、そのデッドラインに湧き続けるモンスターを駆除するための依頼が、ベリシア騎士団の遠征依頼だ。デッドラインの麓に駐屯地があり、そこに3か月住み込みシフト制で駆除にあたる。それをこなせば10000ポイント。対象はDランク以上だ」
「3か月で10000ポイント!?」
それをやればDからCまでが1回で終わる。3か月ということは、目安の半分の期間だ。
いや、でもおいしすぎる気がする。こういう依頼には大体何か裏がある。
「そんなにもらえるなんて、よっぽど危険ってことですか?」
「まぁ、そうだな。1回の募集人数は30人ほどだが、大体数人の死者は出る。しかしポイントが高いのと騎士見習いへの登用もあるからな、人気だぞ」
やはり相当危険なもののようだ。そうじゃなければ3か月で10000ポイントなんてもらえないか。
「絶対全員が騎士見習いへ登用されるんですか?」
手っ取り早くCになるにはちょうどいい依頼だとは思うけれど、騎士になるつもりはない。それが強制的なものならば、私には残念ながら依頼を受けることができない。
「希望者だけだぞ。単純にポイントがほしいだけのやつもいるしな」
「なるほど。それなら考えてみようかな」
死者も出るほどの依頼だからなぁ。結構危険なのは承知なんだけど、そんなこと言ってたら冒険者としてやっていけない。パーティーでの経験も積まなければならないし。
「腕に自信があるんだな!」
そう笑うと、ガルガッタは立ち上がり火の側へと歩いて行った。肉が焼けたのだろう。
すぐに戻ってきて私の横へと腰を下ろす。肉が焼けたいい匂いがする。
「きっとそこで死ぬようなら冒険者としてやっていっても同じかなって」
Dランク以上が対象の依頼だ。ここで死ぬようなら普通の依頼でだってきっと死ぬだろう。
「戦いに身を投じるだけが冒険者じゃないがな!まぁ、やってみるのもいいだろうて」
なんだか深い言葉だ。戦いに身を投じるだけが冒険者じゃない。じゃあ一体それはどんな冒険者だというのだろう。いつか分かる日がくるんだろうか。
その後は大した話もせずに、2人で黙々と昼食を食べた。
出発の時間が来たので馬車に戻ろうとしたのだが、ガルガッタは乗る気配を見せなかった。
「戻らないんですか?」
「なに、あの中は窮屈だからの。ちょっと歩くわい」
そんな選択肢があるというのか。それなら私もそうしたい。ただ座っているだけだと体が痛くなってしまいそうだ。
「僕も一緒に歩いていいですか?」
「あぁ、構わんて」
「おい、あんたら歩くのは勝手だが何かあっても責任は取らないぞ。俺たちは馬車は守るがそこから勝手に出たやつは管轄外だ」
私たちの行動を見て、馬車を護衛している1人が声をかけてきた。
綺麗な銀の髪をした20代後半くらいの男性だった。ヒューマだろうか。腰に剣を携えている。
「あ、はい」
「自分の身は自分で守るわい」
それを聞いてかそれ以上男性は何も言わなかった。この馬車を護衛しているもう1人は長い術師風のロープを纏った女性で、何も言わずににこやかに成り行きを見守っている。
ガルガッタと世間話をしながら、歩いたり馬車に乗ったりしながらカルナへの旅路を行く。やはり馬車は窮屈なのか同様に歩く人もちらほら見える。モンスターが出てくるわけでも盗賊に襲われるわけでもないので、非常に暇で平和な道中だ。
夜は馬車の中で寝る人がほとんどだったが、中には外で護衛の人と一緒に休む人もいた。ガルガッタもその1人だ。
私は最初こそ馬車の中で休んでいたが、どうにも窮屈で眠れないので今は外に出ている。
護衛が各1人ずつ馬車の見張りについているのだが、さすがに誰も喋らないので辺りは静寂に包まれていた。それぞれの馬車の近くに焚かれた火がパチパチと音を立てている。
長いことベッドで寝る生活をしていたせいで、久しぶりの野宿はやはり体が痛かった。
3日目。この日は今までと少し違った。いつもなら日が暮れるころに野宿の準備をするのだけれども、今日はある一定の場所を超えるまで進み続ける、というのだ。
そのある一定の場所とは、シスタス・カルナを結ぶ街道で一番デッドラインに近い場所。時たまデッドラインに湧いたモンスターが打ち漏らされ、この街道まで来るんだそうだ。よって危険な場所でいつまでも留まっているわけにもいかず、夜通し進み続けるというわけだ。
それについてはもう、致し方ないのだろう。誰からも文句はでない。
「危険区域を通過するまでは全員馬車の中に入ってもらおう」
銀髪の護衛の人が私たちに言う。その言葉を受け、みな馬車へと乗り込んだ。
デッドラインからのモンスターが来る可能性がある。そのモンスターは騎士団の派遣依頼を受けたとしたらいずれ自分が戦うことになるものだ。この目で見ておきたい。
「あんたも早く入れ」
いつまでも外にいる私に銀髪の護衛が声をかけて来た。
「お願いです。カルナについたら騎士団の派遣でデッドラインに行きたいんです。だから外を歩かせてください。迷惑なことは十分承知しています。僕のことは何があっても放置で構いません」
頭を下げる。
返事はすぐに来なかった。長い沈黙が続く。
まぁ、ダメかな…。普通に迷惑だよね。
「そういうことなら別にいいのでは?」
「…死んでも責任は取らないからな」
術師の女性の一言で、銀髪の男性も首を縦に振った。
お礼を言って彼らの後に続く。
名前を尋ねたら、銀髪の男性はニルヴァ、術師の女性はカーラというらしい。
ニルヴァはその銀髪の綺麗さもさることながら、顔立ちも非常に整っている。しかも背が高い。これはきっとモテる。
カーラはオレンジ色の長い髪をした女性だ。耳が尖っているのだけれど、エルフのそれとは違って短い。天族なのだろうか、魔族なのだろうか。これまた端正な顔立ちをしている。
数時間ほど歩いただろうか、松明が馬車の周りを照らすだけで辺りはずっと真っ暗なので時間の経過もよくわからない。が、遠くで何かの鳴き声が聞こえた気がした。
それと同時にニルヴァとカーラが同時に同じ方を向いて身構えたので気のせいではないようだ。
おそらく、自分たちの馬車の前と後ろの護衛たちも同様なんだろう。みんなが身構えた方向を見やるが私にはその姿を目で確認することはできない。
「戦闘準備に入れ!」
誰かが叫んだ。
同時に誰かの術だろうか、馬車の上空に光が打ち上げられ、周りを明るく照らす。あまりの眩しさに一瞬目を閉じてしまったが、ニルヴァたちが身構えた方向に巨大な鳥のような、小型の竜のような飛行系のモンスターが数匹見えた。デッドラインの討伐隊が撃ち漏らしたにしては数が多いような。
モンスターの群れは突然の眩い光に怯むことなく、真っ直ぐこちらへと向かってきている。
護衛の人たちは馬車を守るように前へと布陣し、接近を待っているようだ。私もニルヴァとカーラの邪魔にならないよう、その少し後方に控えた。
術師が一斉に術の準備に入る。そして自分ならここで術を放つ、というタイミングで護衛の術師たちが一斉に術を放った。
耳を劈くような断末魔と共に、5匹のうち3匹が撃ち落された。残り2匹。その内の1匹はニルヴァに照準を定めている。
スピードを緩めることなく向かってくるモンスターに、ニルヴァはその場から動くことなく身構えた。
鋭い嘴がニルヴァを刺し貫こうとする寸前で、ニルヴァは剣を横に振った。ただそれだけの動作に見えたが、モンスターの首がスッと胴体から離れた。と同時に、カーラと別の護衛の術師が放った術がモンスターを捉える。どう見てもオーバーキル。
しかしあんな簡単にモンスターの首を切り落とせるなんてどういうカラクリなんだろう。よほど切れ味が鋭い剣なのだろうか。そんなに特別な剣という風にも見えないのだけれども。
それにカーラやもう1人の術師も1匹先に迎撃してからニルヴァの援護に回ったというのに、あれほど早く次の術を放てるとは。さすがAランク以上の冒険者だ。
残りの1匹も問題なく他の人たちが倒したようだったが、正直ニルヴァとカーラを見ていたのでどうやったのかは見ていなかった。
だがそんなに強いモンスターには見えなかった。それは実際にそうなのか、それともニルヴァたちが強いからなのか。
今の感じなら自分でもきっと同じように迎撃はできただろうと思う。あれを討伐隊が打ち漏らすというのはどういうことなのだろうか。
「あいつはワイバーンだな。スピードは速いが知能は低い。大したモンスターではない」
成り行きを見守っていた私に、ニルヴァが剣を鞘に納めながら言った。
「大したモンスターではないのに5匹も打ち漏らされたんですか」
「デッドラインのワープポイントは岩肌に入った大きな亀裂だ。飛行系のモンスターはワープポイントから勢いよく飛び出て、手の届かないところに行ってしまうことも多い。そしてデッドラインから直線状のこの位置に人がいればまずそこを襲う」
「なるほど」
確かにあのスピードでワープポイントから飛び出されれば、討伐隊が手を出す前に姿が見えなくなるだろう。
偶然ここに人がいなかったら、あのワイバーンたちはどこへ行くのだろうか。シスタスやカルナに現れることはあるのだろうか?
ワイバーン以降襲ってくるモンスターはおらずそのまま歩き続け、だいぶ日が昇ったころに馬車は止まった。デッドラインの危険区域は通り過ぎたということなのだろう。
ガルガッタが私の側まで来て、私が護衛と一緒に歩き続けたことを豪快に笑い飛ばしている。適当に返事を返しつつ、久しぶりに腰を下ろして束の間の休憩を取った。
カルナまでは7日間の旅。父と里からシスタスまで歩いた時は2日の日程だったため特にお風呂などは気にしていなかったが、さすがに7日間お風呂に入れないのはきつい。と思っていたのだが、実はそうではなかった。なんと馬車にそれぞれ1つずつ組み立て式の衝立があり、それで目隠しをして湯浴びをするのだ。
自分でお湯を作れる者は自分で、できない者は大きめの樽にお湯を張ってもらい、それを浴びたりするようだ。
ちなみにその湯浴びタイムは夜。食事を先にしてもいいし、湯浴びを先にしてもいい。なんならしない人もいる。
道中のトイレも、同様に衝立を使うか、草むらに隠れてするしかない。これは現代を生きてきた私にとってはかなりの難問題だった。しかし我慢し続けられるものでもないので、父と歩いていた時から羞恥の思いでトイレを済ませてきた。いつか何とも思わなくなるのだろうか。それはそれでどうなのかとも思うけれども。
今回は夜通し歩いたため、今がその湯浴びタイムだ。私も衝立の順番を待って軽く湯浴びした。
カルナまではもう少し。
8人乗りの馬車が3台で計24人の乗客に対し、Aランク以上の護衛が馬車1台につき2名で計6人。御者が交代要員含めて5人。合計35人での大移動だ。
Aランクになれば護衛依頼を受けて報酬をもらいつつ移動ができるのか。いくらもらえるのかわからないけど、Aランクになったら街への移動は護衛依頼を受けたいところ。
護衛6人が話し合ってそれぞれをどう配置するかを決めている。これたまたま集まった護衛が後衛のみとかになったらどうするんだろう。それともそうならないように、募集段階から前衛何人、後衛何人とかって決まりがあるのだろうか。
配置が決まるとともに、乗客も馬車に乗りこむ。集まった順に乗り込んだが、私はちょうど真ん中くらいだったので2台目の馬車だった。
馬車の中は人が8人乗ってちょうどいいくらいの大きさだ。ただ座る以外の姿勢は取れない。これで7日間も旅をするんじゃエコノミー症候群になりそうな。外に出られる時間でなるべく体を動かさなければ。
私と同じ馬車に乗り込んだのは、50代くらいのヒューマの男性が1人、70代くらいのヒューマの男性が1人、30代くらいのヒューマの女性が1人、20代くらいの獣人の女性、20代くらいのヒューマの男性が1人、耳が尖っている何族か分からない女性1人、背が低くていかつい感じの40代くらいの耳が尖った男性(もしかしてドワーフかな?)の7人だ。
「よろしく頼むのぅ!あんたたち!」
ドワーフっぽい人が豪快に笑いながら挨拶をした。それに返すように口々にみな「よろしく」と挨拶をする。
しかし馬車が出発してからは基本的に皆喋らない。まぁ、誰もが話をしたいわけでもないだろうしそうなるんだろうな。
出発して数時間で昼休憩になった。各馬車ごとに火を起こし、各自昼食の準備をする。私もフィオーネのオーナーが最初の昼に食べるといい、と用意してくれたサンドイッチを取り出した。
フィオーネの面々は最後みんなで見送りに来てくれ、シスタスに来た時にはいつでも顔を出してくれと言ってくれた。ここの存在は私の異世界生活において、故郷以外で信じられる初めての場所になった。いつか恩返しに行きたいな。
「よう、兄ちゃん!隣いいか?」
ドワーフっぽい人が隣にドカッと腰を下ろした。
「ええ、どうぞ」
答える前に隣に座っているが、特に異論はないので私は素直に頷いた。
手には何も持っていない。今干し肉でも焼いているのだろうか。
「俺はガルガッタ。見ての通りドワーフだ。お前さんはずいぶんと若いエルフだな!冒険者駆け出しか?」
見ての通り、なんだ。ドワーフかな?とは思っていたけれどこの目で見るのは初めてだから言われるまで確信が得られなかった。
「僕はシエルです。その通り、冒険者駆け出しエルフですよ。よろしくお願いしますね」
「そうかそうか!よろしくな!」
豪快に笑う。ずいぶんと気さくな人だ。まだまだ先が長い旅路だ、こういう風に話せる人がいるのはありがたい。
「駆け出しならカルナはちょうどいい街だからな!今ギルドランクはいくつなんだ?」
「ちょうどDになったところです」
「おお、Dか。カルナならDランクの依頼はシスタスなんかより遥かに多いしな。腕に自信があればベリシア騎士団の遠征依頼も受けられる」
聞きなれない言葉が出てきた。
ベリシア騎士団の遠征依頼。なぁに、それ。
「なんですか?そのベリシア騎士団の遠征依頼って」
「あそこの山脈わかるか?エスニール山脈」
「エスニール山脈はわかります」
エスニール山脈。確か里を旅立った時に父が少し口にしていた。麓にドワーフの村があると。それがルワノフのことだろう。
「シスタスとカルナのちょうど間くらいの位置に、デッドラインと呼ばれる場所が存在する。そこにルブラと通ずるワープポイントがあるんだ」
「ルブラへのワープポイント…」
「そうだ。ルブラへと繋がるワープポイントはミトスには数多くあるが、ワープ先がランダムなものもあるし、必ず同じ場所へ出るものもある。一方通行のものもあれば、相互通行のものもある。エスニール山脈に存在するワープポイントは相互通行で必ず同じ場所に出るタイプのものだが、その場所がモンスターの巣窟でな。向こうからどんどんモンスターが出てきちまう」
そんなに簡単にルブラと繋がっている場所があるとは思っていなかった。もっと門みたいなのとか魔方陣みたいなのがあってそこから行くのかと。
「で、そのデッドラインに湧き続けるモンスターを駆除するための依頼が、ベリシア騎士団の遠征依頼だ。デッドラインの麓に駐屯地があり、そこに3か月住み込みシフト制で駆除にあたる。それをこなせば10000ポイント。対象はDランク以上だ」
「3か月で10000ポイント!?」
それをやればDからCまでが1回で終わる。3か月ということは、目安の半分の期間だ。
いや、でもおいしすぎる気がする。こういう依頼には大体何か裏がある。
「そんなにもらえるなんて、よっぽど危険ってことですか?」
「まぁ、そうだな。1回の募集人数は30人ほどだが、大体数人の死者は出る。しかしポイントが高いのと騎士見習いへの登用もあるからな、人気だぞ」
やはり相当危険なもののようだ。そうじゃなければ3か月で10000ポイントなんてもらえないか。
「絶対全員が騎士見習いへ登用されるんですか?」
手っ取り早くCになるにはちょうどいい依頼だとは思うけれど、騎士になるつもりはない。それが強制的なものならば、私には残念ながら依頼を受けることができない。
「希望者だけだぞ。単純にポイントがほしいだけのやつもいるしな」
「なるほど。それなら考えてみようかな」
死者も出るほどの依頼だからなぁ。結構危険なのは承知なんだけど、そんなこと言ってたら冒険者としてやっていけない。パーティーでの経験も積まなければならないし。
「腕に自信があるんだな!」
そう笑うと、ガルガッタは立ち上がり火の側へと歩いて行った。肉が焼けたのだろう。
すぐに戻ってきて私の横へと腰を下ろす。肉が焼けたいい匂いがする。
「きっとそこで死ぬようなら冒険者としてやっていっても同じかなって」
Dランク以上が対象の依頼だ。ここで死ぬようなら普通の依頼でだってきっと死ぬだろう。
「戦いに身を投じるだけが冒険者じゃないがな!まぁ、やってみるのもいいだろうて」
なんだか深い言葉だ。戦いに身を投じるだけが冒険者じゃない。じゃあ一体それはどんな冒険者だというのだろう。いつか分かる日がくるんだろうか。
その後は大した話もせずに、2人で黙々と昼食を食べた。
出発の時間が来たので馬車に戻ろうとしたのだが、ガルガッタは乗る気配を見せなかった。
「戻らないんですか?」
「なに、あの中は窮屈だからの。ちょっと歩くわい」
そんな選択肢があるというのか。それなら私もそうしたい。ただ座っているだけだと体が痛くなってしまいそうだ。
「僕も一緒に歩いていいですか?」
「あぁ、構わんて」
「おい、あんたら歩くのは勝手だが何かあっても責任は取らないぞ。俺たちは馬車は守るがそこから勝手に出たやつは管轄外だ」
私たちの行動を見て、馬車を護衛している1人が声をかけてきた。
綺麗な銀の髪をした20代後半くらいの男性だった。ヒューマだろうか。腰に剣を携えている。
「あ、はい」
「自分の身は自分で守るわい」
それを聞いてかそれ以上男性は何も言わなかった。この馬車を護衛しているもう1人は長い術師風のロープを纏った女性で、何も言わずににこやかに成り行きを見守っている。
ガルガッタと世間話をしながら、歩いたり馬車に乗ったりしながらカルナへの旅路を行く。やはり馬車は窮屈なのか同様に歩く人もちらほら見える。モンスターが出てくるわけでも盗賊に襲われるわけでもないので、非常に暇で平和な道中だ。
夜は馬車の中で寝る人がほとんどだったが、中には外で護衛の人と一緒に休む人もいた。ガルガッタもその1人だ。
私は最初こそ馬車の中で休んでいたが、どうにも窮屈で眠れないので今は外に出ている。
護衛が各1人ずつ馬車の見張りについているのだが、さすがに誰も喋らないので辺りは静寂に包まれていた。それぞれの馬車の近くに焚かれた火がパチパチと音を立てている。
長いことベッドで寝る生活をしていたせいで、久しぶりの野宿はやはり体が痛かった。
3日目。この日は今までと少し違った。いつもなら日が暮れるころに野宿の準備をするのだけれども、今日はある一定の場所を超えるまで進み続ける、というのだ。
そのある一定の場所とは、シスタス・カルナを結ぶ街道で一番デッドラインに近い場所。時たまデッドラインに湧いたモンスターが打ち漏らされ、この街道まで来るんだそうだ。よって危険な場所でいつまでも留まっているわけにもいかず、夜通し進み続けるというわけだ。
それについてはもう、致し方ないのだろう。誰からも文句はでない。
「危険区域を通過するまでは全員馬車の中に入ってもらおう」
銀髪の護衛の人が私たちに言う。その言葉を受け、みな馬車へと乗り込んだ。
デッドラインからのモンスターが来る可能性がある。そのモンスターは騎士団の派遣依頼を受けたとしたらいずれ自分が戦うことになるものだ。この目で見ておきたい。
「あんたも早く入れ」
いつまでも外にいる私に銀髪の護衛が声をかけて来た。
「お願いです。カルナについたら騎士団の派遣でデッドラインに行きたいんです。だから外を歩かせてください。迷惑なことは十分承知しています。僕のことは何があっても放置で構いません」
頭を下げる。
返事はすぐに来なかった。長い沈黙が続く。
まぁ、ダメかな…。普通に迷惑だよね。
「そういうことなら別にいいのでは?」
「…死んでも責任は取らないからな」
術師の女性の一言で、銀髪の男性も首を縦に振った。
お礼を言って彼らの後に続く。
名前を尋ねたら、銀髪の男性はニルヴァ、術師の女性はカーラというらしい。
ニルヴァはその銀髪の綺麗さもさることながら、顔立ちも非常に整っている。しかも背が高い。これはきっとモテる。
カーラはオレンジ色の長い髪をした女性だ。耳が尖っているのだけれど、エルフのそれとは違って短い。天族なのだろうか、魔族なのだろうか。これまた端正な顔立ちをしている。
数時間ほど歩いただろうか、松明が馬車の周りを照らすだけで辺りはずっと真っ暗なので時間の経過もよくわからない。が、遠くで何かの鳴き声が聞こえた気がした。
それと同時にニルヴァとカーラが同時に同じ方を向いて身構えたので気のせいではないようだ。
おそらく、自分たちの馬車の前と後ろの護衛たちも同様なんだろう。みんなが身構えた方向を見やるが私にはその姿を目で確認することはできない。
「戦闘準備に入れ!」
誰かが叫んだ。
同時に誰かの術だろうか、馬車の上空に光が打ち上げられ、周りを明るく照らす。あまりの眩しさに一瞬目を閉じてしまったが、ニルヴァたちが身構えた方向に巨大な鳥のような、小型の竜のような飛行系のモンスターが数匹見えた。デッドラインの討伐隊が撃ち漏らしたにしては数が多いような。
モンスターの群れは突然の眩い光に怯むことなく、真っ直ぐこちらへと向かってきている。
護衛の人たちは馬車を守るように前へと布陣し、接近を待っているようだ。私もニルヴァとカーラの邪魔にならないよう、その少し後方に控えた。
術師が一斉に術の準備に入る。そして自分ならここで術を放つ、というタイミングで護衛の術師たちが一斉に術を放った。
耳を劈くような断末魔と共に、5匹のうち3匹が撃ち落された。残り2匹。その内の1匹はニルヴァに照準を定めている。
スピードを緩めることなく向かってくるモンスターに、ニルヴァはその場から動くことなく身構えた。
鋭い嘴がニルヴァを刺し貫こうとする寸前で、ニルヴァは剣を横に振った。ただそれだけの動作に見えたが、モンスターの首がスッと胴体から離れた。と同時に、カーラと別の護衛の術師が放った術がモンスターを捉える。どう見てもオーバーキル。
しかしあんな簡単にモンスターの首を切り落とせるなんてどういうカラクリなんだろう。よほど切れ味が鋭い剣なのだろうか。そんなに特別な剣という風にも見えないのだけれども。
それにカーラやもう1人の術師も1匹先に迎撃してからニルヴァの援護に回ったというのに、あれほど早く次の術を放てるとは。さすがAランク以上の冒険者だ。
残りの1匹も問題なく他の人たちが倒したようだったが、正直ニルヴァとカーラを見ていたのでどうやったのかは見ていなかった。
だがそんなに強いモンスターには見えなかった。それは実際にそうなのか、それともニルヴァたちが強いからなのか。
今の感じなら自分でもきっと同じように迎撃はできただろうと思う。あれを討伐隊が打ち漏らすというのはどういうことなのだろうか。
「あいつはワイバーンだな。スピードは速いが知能は低い。大したモンスターではない」
成り行きを見守っていた私に、ニルヴァが剣を鞘に納めながら言った。
「大したモンスターではないのに5匹も打ち漏らされたんですか」
「デッドラインのワープポイントは岩肌に入った大きな亀裂だ。飛行系のモンスターはワープポイントから勢いよく飛び出て、手の届かないところに行ってしまうことも多い。そしてデッドラインから直線状のこの位置に人がいればまずそこを襲う」
「なるほど」
確かにあのスピードでワープポイントから飛び出されれば、討伐隊が手を出す前に姿が見えなくなるだろう。
偶然ここに人がいなかったら、あのワイバーンたちはどこへ行くのだろうか。シスタスやカルナに現れることはあるのだろうか?
ワイバーン以降襲ってくるモンスターはおらずそのまま歩き続け、だいぶ日が昇ったころに馬車は止まった。デッドラインの危険区域は通り過ぎたということなのだろう。
ガルガッタが私の側まで来て、私が護衛と一緒に歩き続けたことを豪快に笑い飛ばしている。適当に返事を返しつつ、久しぶりに腰を下ろして束の間の休憩を取った。
カルナまでは7日間の旅。父と里からシスタスまで歩いた時は2日の日程だったため特にお風呂などは気にしていなかったが、さすがに7日間お風呂に入れないのはきつい。と思っていたのだが、実はそうではなかった。なんと馬車にそれぞれ1つずつ組み立て式の衝立があり、それで目隠しをして湯浴びをするのだ。
自分でお湯を作れる者は自分で、できない者は大きめの樽にお湯を張ってもらい、それを浴びたりするようだ。
ちなみにその湯浴びタイムは夜。食事を先にしてもいいし、湯浴びを先にしてもいい。なんならしない人もいる。
道中のトイレも、同様に衝立を使うか、草むらに隠れてするしかない。これは現代を生きてきた私にとってはかなりの難問題だった。しかし我慢し続けられるものでもないので、父と歩いていた時から羞恥の思いでトイレを済ませてきた。いつか何とも思わなくなるのだろうか。それはそれでどうなのかとも思うけれども。
今回は夜通し歩いたため、今がその湯浴びタイムだ。私も衝立の順番を待って軽く湯浴びした。
カルナまではもう少し。
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