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一章
第13話 渦巻く陰謀
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どこに向かっているのかはわからない。が、城壁に近づいていることはわかる。つまり、宿とは正反対の方向だ。
拉致されているので当然のことではあるが、人通りの多いところには行く見込みがない。
男は黒い布で全身を覆っていて、目元が少し見えるだけだ。誰なのか全くわからない。と言っても知り合いはそう多くないので、おそらく見たこともない人なんだろう。
どうしよう。どうなるんだろう。あの獣人の子供たちのように奴隷にされるんだろうか?まだ15歳とは言え、調教するには遅すぎる年齢な気がするんだけど。
ここで殺されないだけであとで殺されるのかな。いや、何で殺されなきゃいけないんだろう。私はここで死ぬの?異世界に来て真面目に働いていただけで、見ず知らずの人にこんな理不尽に殺されてしまうというの。なぜ私なの。私が一体何をしたというの。
突然、隣を歩く男が後ろを振り返った。
どうしたんだろうと思った瞬間、突き飛ばされるような感覚と共に、地面に転がった。
予期せぬことでまともに受け身を取れず体を強かに打ち付けたが、そんなことを気にしている場合ではない。急いで体を起こし男の方を見る。
男は、誰かと鍔迫り合いをしていた。ギィイインと金属がぶつかり合う音がして、2人が距離を取る。
そして即座に男は踵を返し、闇に消えて行った。
男と鍔迫り合いをしていたこの人物は私を助けてくれたのだろうか?
ロングコートのフードを深く被り、立てたコートの襟が口元を覆っているので顔が全然見えない。
多分身長的に男だとは思うが…。
しばらく向こうを見つめていたその人物が私の方を向いてフードを外した。
現れた顔に見覚えがある…。
「ニルヴァさん…?」
そこにいたのはカルナへの道中、私が乗る馬車を護衛していたニルヴァだった。
私を助けてくれたのか…。
「あ、あの、ありがとうございました…」
「お前、なぜここにいる?」
私の言葉は無視して鋭い目をこちらに向ける。
ここは何か特別な場所なのだろうか。
「僕は使いを頼まれただけです。帰る途中でさっきの男に襲われて…」
「使い、ねぇ…」
剣を鞘に収めながらニルヴァが言う。
なんだか意味深に私の言葉を反復している。
「とりあえずこの一帯はお前には危ない。人が多いところまで一緒に行ってやるからさっさと歩け」
「僕には危ない、ってどういうことですか?」
「……後で説明してやる。ほら、歩け」
めんどくさそうに言いながら、ニルヴァは歩き出した。慌てて後を追う。
迷うことなく歩くそのスピードは速い。辺りはだいぶ暗いので、うっかりするとニルヴァの姿を見失いそうになる。
だいぶ人通りが多くなってきたところで、ニルヴァが口を開いた。
「宿はどこだ?誰がどこで聞いているかわからんからな、話をしたいならお前の泊まっている宿に行かせてもらおう」
「え?…なるほど、わかりました…案内します」
こんな夜遅くに男性と部屋に2人きりなんて、と一瞬ドキッとしてしまったが、私は男なんだから戸惑ってはいけないんだ。危ない危ない。
「狭いですけど、どうぞ座ってください」
宿は1人用の部屋なので、さほど広くない。とは言え、ベッドの他に机と2脚の椅子もある。その椅子に掛けるよう勧めたが、ニルヴァは首を振った。
「話が終わったらすぐに帰る。必要ない」
「そうですか」
と言われてしまえば私も座るわけにはいかない。壁に寄りかかったニルヴァに向かい合うように、部屋の真ん中に立った。なんだか落ち着かない。
「使いであの辺にいたと言ったな」
「はい…」
「ギルドの依頼とは別ということか?」
「今は料理店の依頼を1ヶ月契約で受けてます。そこのオーナーに頼まれて城壁近くの知り合いの家に荷物を届けました」
それを聞いてニルヴァは思案にふけっていたが、やがて視線を上げて口を開いた。
「あそこがどういうところか知っているか?」
「…いえ」
先ほどもあそこが特別な場所だと匂わせていたけれど、どういうところなのだろう。
「あの辺一帯は、裏稼業の人間が集まる場所だ。主にヒューマが住む区域で、それ以外の種族は闇取引に利用される」
「闇取引…?」
裏稼業。闇取引。今まで漫画でしか見たことがないような単語だ。
「少なくともカルナの南西辺りに居を構えている者なら、ヒューマ以外の人間が城壁付近に近づいてはならないことは周知の事実。ましてやこんな夜にだ。これが何を意味するかわかるか?」
ニルヴァの問いに考えを巡らせる。
私があそこに行くことになったのは…オーナーに使いを頼まれたから。しかしニルヴァの言う通りなら、カルナ南西で料理屋を営んでいるオーナーはエルフである私があそこに行ったら危ないことは知っていたはず…ということはつまり。
「オーナーに嵌められたってことですか?」
「その通りだ。その料理店のオーナーだけではなく、届け先の家主もグルだろう」
嘘でしょ…。この3週間真面目に働いてきたのに。オーナーも私によくしてくれていたのに。
ちゃんとしたギルドの契約に基づいて働いていたにも関わらず、こんなにも簡単に裏切られるなんて。しかもこれは…命に係わることだ。
「じゃあ僕、どうなるんですか?殺される?」
彼らは私を攫うことに失敗した。となれば順当に考えて次にやることは、状況を把握した私を始末することではないだろうか。
「あそこがお前にとって危険な場所であることは、お前は知らなかったんだろう?荷物運びを引き受けた時点でオーナーもそう思っていたはず。男に襲われて逃げ延びたとしても、お前はオーナーを疑わないだろう」
「それは、確かに…」
「お前がオーナーを疑ってかからなければ、消されることはないはず。かと言って荷物運びの最中に襲われたことを微塵も表に出さないもの不自然だ。お前はいつも通りに出勤して、襲われたが連れに助けられたと言っておけばいい。逃げた男から邪魔が入ってお前を取り逃がした話はいずれ伝わるだろうし、連れがいると言っておけばおそらく今後は手を出されることはないだろう」
「なるほど…」
自然にそんな話をできるだろうか。しかし怪しまれてしまっては自分の身が危うい。できるできないではなく、やらなければならない。
「ちなみに、もしあのまま連れ去られていたら僕はどうなっていたんですか?」
「お前はエルフだからおそらく戦闘奴隷としてアルセノに連れて行かれるのだろうな」
「アルセノ…戦闘奴隷…」
それって漫画とかでよくある、コロシアムで戦わされて貴族の見世物になるやつ?死ぬまで出られないやつだ…。
「ニルヴァさん、助けてくれてありがとうございました…」
「単なる気まぐれだ。だがシエル、俺のことも信用しない方がいいぞ?なぜ俺があそこにいたのか考えろよ。次に会うことがあるとしたらお前を売る側かもしれんからな」
「……」
冗談に聞こえない。裏稼業の人間が集まる区域にニルヴァがいたのには、きっとそれなりの理由がある。
今こうして話している途中にも手の平を返してくる可能性だってあるかもしれない。宿に入れたのは危なかったか…。しかし言われるまでその可能性を考えもしなかった時点でもう遅い。ニルヴァが黒なら、私はすでにチェックアウトだ。
「そうならないように祈ってます…」
自嘲気味に笑って言うと、ニルヴァも鼻で笑った。
「じゃあ、俺は行くぞ。長生きしたいなら余計なことに首を突っ込むなよ」
「ありがとうございました。肝に銘じておきます」
ニルヴァが去った後も、私はしばらくその場から動けなかった。
もう依頼なんて投げ出して宿に籠りたい気分だ。しかしそれをしてしまえばオーナーを疑っていると言っているようなものだろう。あと1週間で契約が終わるとは言え、顔を出さなければならないのは気が重い。ちゃんと達成カードもらえるんですよね?
夕食を食べる気にもならず、お風呂に入ってそのままベッドで横になった。
次の日、なるべく平静を装って料理屋に出勤した。
オーナーはすでに私を攫うことに失敗していることを把握しているのだろうか、何も変わらない様子で挨拶をしてきた。
「おう、昨日はありがとな!荷物届けてくれてよ」
「オーナー、帰りに路地裏で襲われましたよ…。危うく攫われるところでした。連れに助けてもらって事なきを得ましたが…」
ちゃんと自然に言えているだろうか。
「なんだと?怪我はなかったか!?そんなことになるなんて…悪かった…無事でよかった」
オーナーは関わっていないんじゃないかと思わせるくらいの自然な演技で、私の肩を掴んで切実そうに言った。でも騙されない。オーナーは私を騙した張本人と思っていた方がいい。
そうでなければまた足元を掬われる。
内心は焦っているのだろうか。仕事中、心なしか口数が少ないように思えた。
ニルヴァの言う通り、その後は何も起こらずに無事1ヶ月の契約期間を終え、達成カードを手渡された。あの日以降、路地裏で襲われた話題は私から出すことはなかったし、向こうからもしてくることもなかった。
あの日から1週間も経つと自分の気持ちの整理もある程度ついて、どこかで問い詰めたい気持ちも出てくる。でもそれをしたらきっと私は消されるんだろう。知らない方がいいこともあるというのは、きっとこういうことなんだろうな。
ギルドで報酬とポイントをもらい、1ヶ月契約で借りていた宿を出て、ガルガッタに教えてもらった宿で3日間取り直した。派遣依頼の準備もあるし、残りの3日間は依頼を受けないことにした。
派遣依頼の注意事項が書かれた紙にはいろいろなことが書いてある。
要点をまとめると、
・任務中は騎士団の指揮下におかれること
・命の危険がある
・途中で棄権することはできない(逃亡した場合は冒険者資格の永久剥奪)
・基地での食事と寝床は提供されるが、行きの食事は各自で(3日間)。帰りは支給。
・8人で1班とし、ローテーションを組み3交代で討伐にあたる
・道具の破損等があった場合、貸与可
・欠員が出た場合、騎士団から補充する
・任務達成後に騎士団見習いへの登用有り(希望者)
こんなところだろうか。
とりあえずは道中に必要な食料の買い出しと、神術師らしくローブの1着でも買っておこう。
ガルガッタは術師御用達のお店は知らなかったので、自分で探さなければならない。それを聞ける知り合いもいないので、道を歩きながら適当に探そう。
やはり安心度から言えばギルドの近くだろうか。ギルドがある通りには何件かそれらしいお店がある。どれもこれも店の規模は大きいけれど、雰囲気的には以前シスタスで店番した店と変わらない。
意を決してギルドから一番近いお店に足を踏み入れた。
中は薄暗く、窓には紫色のカーテンがかけられていた。天井にいくつか散りばめられた光の触媒が淡い光を発している。
まるで前世のファッションショップのようにいろいろな種類のローブが陳列されていて、杖や触媒といった道具類も充実しているようだ。
ローブはサイズや形状、色、素材など様々で、見ているだけで楽しい。
店主は奥のカウンターに座り、書き物をしていた。特に声をかけてくることもない。その辺りは前世とは違ってサービス的には劣る。まぁ、店員に声をかけられるのは苦手だったので私的にはその方がいいのだけれど。
男性用のローブが陳列されている場所へと行き、色々と手に取ってみる。足元までくるような長い丈のものもあれば、パーカーみたいなものもある。長いものは動きにくいし、パーカータイプに絞ることにした。面積が少ない分、値段もそちらの方が安い。
肌触りは物によってだいぶ違う。シルクのようにツルツルして肌触りがいいものが一番高い。綿のような素材の物が中間で、麻のような硬めの質感の物が一番安いようだ。
とりあえず今はまだ高級なローブは手を出せないので、中間あたりか安いやつで探そう。まず初めに考えるべきは色だ。エルフと言ったら緑なイメージがある。私が思い浮かべるエルフは大体緑の服を着ている。私も着たい。
パーカータイプで緑の物はいくつかあった。パッと見比べてデザイン的に目を引くものを手に取る。
色は緑と言ってもかなり深い緑だ。シックでいい。素材的には綿の服と同じような感じ。胸元は金の糸でアラベスク模様が刺繍されていて、同様の模様が丈や手元にも施されている。値段は金貨7枚。いいね。こういうのは最初の直感を信じるべき。よし、これにしよう。
カウンターに持って行くと、店主は「金貨7枚です」とだけ短く言った。なんて愛想がない。金貨7枚を支払い、店を後にした。
その後、食料を買い込み宿に戻って引きこもった。里を出てからというものロクに戦ってもいないので、緻密な術コントロール訓練をして派遣依頼に備えることにした。
出発の日、記載された集合場所へと赴いた。
集合時間は8時。それよりもだいぶ早く着いたと思うけれど、すでに10人程いる。Dランクから受けられる依頼とあって、同じ年くらいの人が多い。
集合時間に近づくにつれどんどん人が増え、最終的には時間前に32人全員が揃った。騎士団見習いへの登用を目的としている人も多いのか、遅刻がいない。日本でもないのに感心する。
ほぼ8時ピッタリに、白を基調とした鎧をまとった一団がやって来た。これがベリシア騎士団なんだろう。年齢はまちまちだが、どの人もヒューマに見える。
「さて諸君、デッドラインへの遠征隊に志願した者たちで間違いはないか?」
騎士の中で一番年長と思われる男性が一歩前に踏み出して声を上げる。40代くらいだろうか。ガタイが良く、いかにも騎士という感じがする。
各自集合場所付近でバラバラに待機していた者たちが騎士の付近に集まりだしたので、私も後ろの方からそれに続いた。
「…ふむ。32名全員いるようだな。私はこの討伐隊の隊長を任されているヴィクトール・ルガーだ。君たちの冒険者記録は把握している。まずここで4班に割り振るので名を呼ばれたら並び、その後は各自班長の指示に従うように」
隊長のヴィクトールがそう言うと、ヴィクトールの前に4人の騎士が出てきた。4班ということは、この4人がそれぞれの班長ということだろう。班長の騎士が順番にリストを見ながら名前を呼ぶ。
私の名前は3人目の班長から呼ばれた。
この班に呼ばれた他の人もみんな10代後半くらいだろうか、若い。
「俺の名前はガヴェイン・マルクス。この3班の班長を務める。よろしく頼む」
揃った8人を前に、班長の騎士が自己紹介をした。
30代前半くらいだろうか、黒色の髪をしたヒューマの男性だ。ヴィクトールに比べて細身ではあるが、騎士らしく引き締まった体形をしている。
「3班は前衛4人、後衛4人で構成されている。その都度前衛2人、後衛2人になるようにパーティーを分け、ワープポイントの左右それぞれで討伐にあたることになる」
ワープポイントの左右に分かれて?山肌にあるという話だからワープポイント前は道が狭いのだろうか?
「パーティーの固定化はする予定はない。なので誰と組むことになっても対応できるよう、くだらないいがみ合いなどはしないように。みな仲間に命を預けることになるんだからな」
そりゃそうだろうな。でもこの班の人たちみんな若そうだからなぁ。陰湿ないじめとかはさすがにないだろうけれど、学生時代を思い出しそうでちょっと憂鬱。
私は誰にも気づかれないくらいの小さなため息をそっと吐き出した。
拉致されているので当然のことではあるが、人通りの多いところには行く見込みがない。
男は黒い布で全身を覆っていて、目元が少し見えるだけだ。誰なのか全くわからない。と言っても知り合いはそう多くないので、おそらく見たこともない人なんだろう。
どうしよう。どうなるんだろう。あの獣人の子供たちのように奴隷にされるんだろうか?まだ15歳とは言え、調教するには遅すぎる年齢な気がするんだけど。
ここで殺されないだけであとで殺されるのかな。いや、何で殺されなきゃいけないんだろう。私はここで死ぬの?異世界に来て真面目に働いていただけで、見ず知らずの人にこんな理不尽に殺されてしまうというの。なぜ私なの。私が一体何をしたというの。
突然、隣を歩く男が後ろを振り返った。
どうしたんだろうと思った瞬間、突き飛ばされるような感覚と共に、地面に転がった。
予期せぬことでまともに受け身を取れず体を強かに打ち付けたが、そんなことを気にしている場合ではない。急いで体を起こし男の方を見る。
男は、誰かと鍔迫り合いをしていた。ギィイインと金属がぶつかり合う音がして、2人が距離を取る。
そして即座に男は踵を返し、闇に消えて行った。
男と鍔迫り合いをしていたこの人物は私を助けてくれたのだろうか?
ロングコートのフードを深く被り、立てたコートの襟が口元を覆っているので顔が全然見えない。
多分身長的に男だとは思うが…。
しばらく向こうを見つめていたその人物が私の方を向いてフードを外した。
現れた顔に見覚えがある…。
「ニルヴァさん…?」
そこにいたのはカルナへの道中、私が乗る馬車を護衛していたニルヴァだった。
私を助けてくれたのか…。
「あ、あの、ありがとうございました…」
「お前、なぜここにいる?」
私の言葉は無視して鋭い目をこちらに向ける。
ここは何か特別な場所なのだろうか。
「僕は使いを頼まれただけです。帰る途中でさっきの男に襲われて…」
「使い、ねぇ…」
剣を鞘に収めながらニルヴァが言う。
なんだか意味深に私の言葉を反復している。
「とりあえずこの一帯はお前には危ない。人が多いところまで一緒に行ってやるからさっさと歩け」
「僕には危ない、ってどういうことですか?」
「……後で説明してやる。ほら、歩け」
めんどくさそうに言いながら、ニルヴァは歩き出した。慌てて後を追う。
迷うことなく歩くそのスピードは速い。辺りはだいぶ暗いので、うっかりするとニルヴァの姿を見失いそうになる。
だいぶ人通りが多くなってきたところで、ニルヴァが口を開いた。
「宿はどこだ?誰がどこで聞いているかわからんからな、話をしたいならお前の泊まっている宿に行かせてもらおう」
「え?…なるほど、わかりました…案内します」
こんな夜遅くに男性と部屋に2人きりなんて、と一瞬ドキッとしてしまったが、私は男なんだから戸惑ってはいけないんだ。危ない危ない。
「狭いですけど、どうぞ座ってください」
宿は1人用の部屋なので、さほど広くない。とは言え、ベッドの他に机と2脚の椅子もある。その椅子に掛けるよう勧めたが、ニルヴァは首を振った。
「話が終わったらすぐに帰る。必要ない」
「そうですか」
と言われてしまえば私も座るわけにはいかない。壁に寄りかかったニルヴァに向かい合うように、部屋の真ん中に立った。なんだか落ち着かない。
「使いであの辺にいたと言ったな」
「はい…」
「ギルドの依頼とは別ということか?」
「今は料理店の依頼を1ヶ月契約で受けてます。そこのオーナーに頼まれて城壁近くの知り合いの家に荷物を届けました」
それを聞いてニルヴァは思案にふけっていたが、やがて視線を上げて口を開いた。
「あそこがどういうところか知っているか?」
「…いえ」
先ほどもあそこが特別な場所だと匂わせていたけれど、どういうところなのだろう。
「あの辺一帯は、裏稼業の人間が集まる場所だ。主にヒューマが住む区域で、それ以外の種族は闇取引に利用される」
「闇取引…?」
裏稼業。闇取引。今まで漫画でしか見たことがないような単語だ。
「少なくともカルナの南西辺りに居を構えている者なら、ヒューマ以外の人間が城壁付近に近づいてはならないことは周知の事実。ましてやこんな夜にだ。これが何を意味するかわかるか?」
ニルヴァの問いに考えを巡らせる。
私があそこに行くことになったのは…オーナーに使いを頼まれたから。しかしニルヴァの言う通りなら、カルナ南西で料理屋を営んでいるオーナーはエルフである私があそこに行ったら危ないことは知っていたはず…ということはつまり。
「オーナーに嵌められたってことですか?」
「その通りだ。その料理店のオーナーだけではなく、届け先の家主もグルだろう」
嘘でしょ…。この3週間真面目に働いてきたのに。オーナーも私によくしてくれていたのに。
ちゃんとしたギルドの契約に基づいて働いていたにも関わらず、こんなにも簡単に裏切られるなんて。しかもこれは…命に係わることだ。
「じゃあ僕、どうなるんですか?殺される?」
彼らは私を攫うことに失敗した。となれば順当に考えて次にやることは、状況を把握した私を始末することではないだろうか。
「あそこがお前にとって危険な場所であることは、お前は知らなかったんだろう?荷物運びを引き受けた時点でオーナーもそう思っていたはず。男に襲われて逃げ延びたとしても、お前はオーナーを疑わないだろう」
「それは、確かに…」
「お前がオーナーを疑ってかからなければ、消されることはないはず。かと言って荷物運びの最中に襲われたことを微塵も表に出さないもの不自然だ。お前はいつも通りに出勤して、襲われたが連れに助けられたと言っておけばいい。逃げた男から邪魔が入ってお前を取り逃がした話はいずれ伝わるだろうし、連れがいると言っておけばおそらく今後は手を出されることはないだろう」
「なるほど…」
自然にそんな話をできるだろうか。しかし怪しまれてしまっては自分の身が危うい。できるできないではなく、やらなければならない。
「ちなみに、もしあのまま連れ去られていたら僕はどうなっていたんですか?」
「お前はエルフだからおそらく戦闘奴隷としてアルセノに連れて行かれるのだろうな」
「アルセノ…戦闘奴隷…」
それって漫画とかでよくある、コロシアムで戦わされて貴族の見世物になるやつ?死ぬまで出られないやつだ…。
「ニルヴァさん、助けてくれてありがとうございました…」
「単なる気まぐれだ。だがシエル、俺のことも信用しない方がいいぞ?なぜ俺があそこにいたのか考えろよ。次に会うことがあるとしたらお前を売る側かもしれんからな」
「……」
冗談に聞こえない。裏稼業の人間が集まる区域にニルヴァがいたのには、きっとそれなりの理由がある。
今こうして話している途中にも手の平を返してくる可能性だってあるかもしれない。宿に入れたのは危なかったか…。しかし言われるまでその可能性を考えもしなかった時点でもう遅い。ニルヴァが黒なら、私はすでにチェックアウトだ。
「そうならないように祈ってます…」
自嘲気味に笑って言うと、ニルヴァも鼻で笑った。
「じゃあ、俺は行くぞ。長生きしたいなら余計なことに首を突っ込むなよ」
「ありがとうございました。肝に銘じておきます」
ニルヴァが去った後も、私はしばらくその場から動けなかった。
もう依頼なんて投げ出して宿に籠りたい気分だ。しかしそれをしてしまえばオーナーを疑っていると言っているようなものだろう。あと1週間で契約が終わるとは言え、顔を出さなければならないのは気が重い。ちゃんと達成カードもらえるんですよね?
夕食を食べる気にもならず、お風呂に入ってそのままベッドで横になった。
次の日、なるべく平静を装って料理屋に出勤した。
オーナーはすでに私を攫うことに失敗していることを把握しているのだろうか、何も変わらない様子で挨拶をしてきた。
「おう、昨日はありがとな!荷物届けてくれてよ」
「オーナー、帰りに路地裏で襲われましたよ…。危うく攫われるところでした。連れに助けてもらって事なきを得ましたが…」
ちゃんと自然に言えているだろうか。
「なんだと?怪我はなかったか!?そんなことになるなんて…悪かった…無事でよかった」
オーナーは関わっていないんじゃないかと思わせるくらいの自然な演技で、私の肩を掴んで切実そうに言った。でも騙されない。オーナーは私を騙した張本人と思っていた方がいい。
そうでなければまた足元を掬われる。
内心は焦っているのだろうか。仕事中、心なしか口数が少ないように思えた。
ニルヴァの言う通り、その後は何も起こらずに無事1ヶ月の契約期間を終え、達成カードを手渡された。あの日以降、路地裏で襲われた話題は私から出すことはなかったし、向こうからもしてくることもなかった。
あの日から1週間も経つと自分の気持ちの整理もある程度ついて、どこかで問い詰めたい気持ちも出てくる。でもそれをしたらきっと私は消されるんだろう。知らない方がいいこともあるというのは、きっとこういうことなんだろうな。
ギルドで報酬とポイントをもらい、1ヶ月契約で借りていた宿を出て、ガルガッタに教えてもらった宿で3日間取り直した。派遣依頼の準備もあるし、残りの3日間は依頼を受けないことにした。
派遣依頼の注意事項が書かれた紙にはいろいろなことが書いてある。
要点をまとめると、
・任務中は騎士団の指揮下におかれること
・命の危険がある
・途中で棄権することはできない(逃亡した場合は冒険者資格の永久剥奪)
・基地での食事と寝床は提供されるが、行きの食事は各自で(3日間)。帰りは支給。
・8人で1班とし、ローテーションを組み3交代で討伐にあたる
・道具の破損等があった場合、貸与可
・欠員が出た場合、騎士団から補充する
・任務達成後に騎士団見習いへの登用有り(希望者)
こんなところだろうか。
とりあえずは道中に必要な食料の買い出しと、神術師らしくローブの1着でも買っておこう。
ガルガッタは術師御用達のお店は知らなかったので、自分で探さなければならない。それを聞ける知り合いもいないので、道を歩きながら適当に探そう。
やはり安心度から言えばギルドの近くだろうか。ギルドがある通りには何件かそれらしいお店がある。どれもこれも店の規模は大きいけれど、雰囲気的には以前シスタスで店番した店と変わらない。
意を決してギルドから一番近いお店に足を踏み入れた。
中は薄暗く、窓には紫色のカーテンがかけられていた。天井にいくつか散りばめられた光の触媒が淡い光を発している。
まるで前世のファッションショップのようにいろいろな種類のローブが陳列されていて、杖や触媒といった道具類も充実しているようだ。
ローブはサイズや形状、色、素材など様々で、見ているだけで楽しい。
店主は奥のカウンターに座り、書き物をしていた。特に声をかけてくることもない。その辺りは前世とは違ってサービス的には劣る。まぁ、店員に声をかけられるのは苦手だったので私的にはその方がいいのだけれど。
男性用のローブが陳列されている場所へと行き、色々と手に取ってみる。足元までくるような長い丈のものもあれば、パーカーみたいなものもある。長いものは動きにくいし、パーカータイプに絞ることにした。面積が少ない分、値段もそちらの方が安い。
肌触りは物によってだいぶ違う。シルクのようにツルツルして肌触りがいいものが一番高い。綿のような素材の物が中間で、麻のような硬めの質感の物が一番安いようだ。
とりあえず今はまだ高級なローブは手を出せないので、中間あたりか安いやつで探そう。まず初めに考えるべきは色だ。エルフと言ったら緑なイメージがある。私が思い浮かべるエルフは大体緑の服を着ている。私も着たい。
パーカータイプで緑の物はいくつかあった。パッと見比べてデザイン的に目を引くものを手に取る。
色は緑と言ってもかなり深い緑だ。シックでいい。素材的には綿の服と同じような感じ。胸元は金の糸でアラベスク模様が刺繍されていて、同様の模様が丈や手元にも施されている。値段は金貨7枚。いいね。こういうのは最初の直感を信じるべき。よし、これにしよう。
カウンターに持って行くと、店主は「金貨7枚です」とだけ短く言った。なんて愛想がない。金貨7枚を支払い、店を後にした。
その後、食料を買い込み宿に戻って引きこもった。里を出てからというものロクに戦ってもいないので、緻密な術コントロール訓練をして派遣依頼に備えることにした。
出発の日、記載された集合場所へと赴いた。
集合時間は8時。それよりもだいぶ早く着いたと思うけれど、すでに10人程いる。Dランクから受けられる依頼とあって、同じ年くらいの人が多い。
集合時間に近づくにつれどんどん人が増え、最終的には時間前に32人全員が揃った。騎士団見習いへの登用を目的としている人も多いのか、遅刻がいない。日本でもないのに感心する。
ほぼ8時ピッタリに、白を基調とした鎧をまとった一団がやって来た。これがベリシア騎士団なんだろう。年齢はまちまちだが、どの人もヒューマに見える。
「さて諸君、デッドラインへの遠征隊に志願した者たちで間違いはないか?」
騎士の中で一番年長と思われる男性が一歩前に踏み出して声を上げる。40代くらいだろうか。ガタイが良く、いかにも騎士という感じがする。
各自集合場所付近でバラバラに待機していた者たちが騎士の付近に集まりだしたので、私も後ろの方からそれに続いた。
「…ふむ。32名全員いるようだな。私はこの討伐隊の隊長を任されているヴィクトール・ルガーだ。君たちの冒険者記録は把握している。まずここで4班に割り振るので名を呼ばれたら並び、その後は各自班長の指示に従うように」
隊長のヴィクトールがそう言うと、ヴィクトールの前に4人の騎士が出てきた。4班ということは、この4人がそれぞれの班長ということだろう。班長の騎士が順番にリストを見ながら名前を呼ぶ。
私の名前は3人目の班長から呼ばれた。
この班に呼ばれた他の人もみんな10代後半くらいだろうか、若い。
「俺の名前はガヴェイン・マルクス。この3班の班長を務める。よろしく頼む」
揃った8人を前に、班長の騎士が自己紹介をした。
30代前半くらいだろうか、黒色の髪をしたヒューマの男性だ。ヴィクトールに比べて細身ではあるが、騎士らしく引き締まった体形をしている。
「3班は前衛4人、後衛4人で構成されている。その都度前衛2人、後衛2人になるようにパーティーを分け、ワープポイントの左右それぞれで討伐にあたることになる」
ワープポイントの左右に分かれて?山肌にあるという話だからワープポイント前は道が狭いのだろうか?
「パーティーの固定化はする予定はない。なので誰と組むことになっても対応できるよう、くだらないいがみ合いなどはしないように。みな仲間に命を預けることになるんだからな」
そりゃそうだろうな。でもこの班の人たちみんな若そうだからなぁ。陰湿ないじめとかはさすがにないだろうけれど、学生時代を思い出しそうでちょっと憂鬱。
私は誰にも気づかれないくらいの小さなため息をそっと吐き出した。
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『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
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過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
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私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
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【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
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「お前との婚約を破棄する!」
ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。
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そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。
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