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二章
第25話 葬儀
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それぞれ部屋に戻るため、会議室を後にする。
私は私たちの宿舎とは別の、騎士団の宿舎へ向かっていたセスに声をかけるべく追いかけた。
「……」
追いつくよりも早く、セスが気配に気づいたのか振り向いた。
「セス、ちょっといい?」
足を止めて待っていてくれているセスに小走りで駆け寄る。
「あぁ、いいよ」
「エレンと3週間後の約束をしたってことは、このまま3班に残ってくれるってことだよね?」
セスは報告の際、ヴィクトールに解任を求めていた。確かあの時、ヴィクトールはまた後日改めて考えると言っていたはず。後日というくらいだから今日の今日でどうするか決まってはいないだろう。
しかしエレンとあんな約束をしたということは、セスの気が変わったということを意味しているのでないだろうか。
「ヴィクトールからはどうするとは聞いていない。でももし解任の要請が認められるなら俺はカルナでエレンを待つよ」
「そっか…」
肩を落とした私を見て、セスが苦笑する。
一体何がおかしいというのだろう。
「君は、どうしてそんなに俺を引き留めたいの?」
「3班のみんなは、僕にとって初めての仲間だから。最後まで一緒にいたいっていうか…」
言ってることが漫画のセリフみたいに思え、なんだか煮え切らない返事になってしまった。
しかしそれを聞いてセスは茶化すことなく、真剣な表情で私を見つめた。
「もし君が致命傷を負った時に、君の延命を諦めた俺を見て…残された最後の意識の中で同じことが言えるか?」
「……っ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
私はこれ以上仲間を失いたくなかった。このタイミングでセスが3班を去ったら、それは失うのと同等だ。この先二度と会うこともないのだろうから。
そしてエレンもセスに殺させたくない。
これ以上誰も失わずに、このみんなで任務を終わりたかった。
ただ、それだけだった。
自分が致命傷を負ったら?それをセスが助けられなかったら?他の人なら助けられるとしたら?わからない。わからないよ、そんなの。
でもそれでもいいなんてそんなことは、言えない。
「どうして泣くの?」
あぁ、私は泣いているのか。
ここに来てずいぶんと涙を流している。シエルが赤子だった時でも泣かなかったのに。
「もう、誰にもいなくなってほしくないのに、これ以上誰も失わずに終わりたいのに、どうしたらそれができるかわからない」
「……」
涙でぼやけた視界を腕で拭うと、セスは無表情で私を見下ろしていた。
「命に代えられるものはないんだよ」
そして感情を込めずに言う。
「それなのに、エレンのことは殺せるの?」
「できるよ。必要があれば誰でも」
ひどい矛盾だ。
何よりも命が大事だと言うくせに、誰でも殺せると言う。
意味がわからない。セスの思考が理解できない。
でも多分、できるかできないかで言えばできるけど、やりたいかやりたくないかで言えばやりたくないんだとは思う。そうであってほしい。
死がエレンにとって必要ならば、誰にもできないであろうそれを1人で背負うことで与えようとしている。
それが私たちのためじゃなかったら、セスが今3班を去る必要がない。
「僕は、エレンにいつか前を向いてほしい。生きていてほしい。だからエレンを殺されたくない」
「うん」
「セスにも、エレンを殺してほしくない。エレンのためにってだけじゃなくて、セス自身のためにも。死がエレンにとって救いになるんだもしても、セス1人にそれを背負わせたくない」
「……」
セスは相変わらず表情を変えない。
自分の気持ちが空回りしているようで、ひどく居心地が悪い。
「君は、そんなところまで考えなくていい。今君が気にかけるべきことは、君自身のこととエレンのことだけだよ。このままだと君も壊れてしまう」
私が壊れる?何を言っているんだろう。
私はパーシヴァルに庇われた当事者ではないのに。
「いや、待って、何で僕が?っていうか、今僕の話はどうでもいいんだよ」
「どうでもよくないよ。俺が解任されるとしても今日明日の話じゃないし、まだ話をする時間はある。もういいから今日は休んで、お願いだから」
そうやってセスははぐらかそうとしているのだろうか。
これ以上の話を拒まれた気がして何を言えばいいのかわからない。
「…シエル、1人で背負おうとしているのは君の方だ」
何も言わず動かない私を見て、セスは静かに言った。
「君は"あの瞬間"をすべて見ていたことで、必要以上に責任を感じている。でも君がそこまで背負う必要はないんだ。あの時君に出来ることはなかった。大丈夫だから」
あの獣人の子供を見捨てた時に父から言われたのと同じことをセスが言った。
パーシヴァルが死んだ時、私に何かができたわけではない。そうやって何度も言い聞かすことで私は自分を正当化しようとしてきた。ただ見ていることしか出来なかった自分を仕方なかったと納得させてきた。
私はそれを誰かに認めて欲しかっただけなの?
大丈夫だと、言ってほしかっただけだったの?
あの時と同じように。
「僕は…」
異世界に転生して、今までにない力を手に入れて、自分が強くなった気がして腕試しで討伐隊に参加して、そうして目の前で仲間が死んでいくのをただ無力に見ていることしかできなくて。
自分はこの世界に生きるただの無力な人間の1人にすぎないって、あの獣人の子供を見捨てた時にわかっていたはずなのに。
私はまだどこかゲームでもやっている気でいたのだろうか。
自分が主人公にでもなったつもりで。
だから自分を責めるエレンのこともセスのことも救いたいなんて正義の味方を気取って。
全部、ただのエゴだった。
「僕は…無力だ」
チート能力も何もない、ただのモブに過ぎないのに。
「人1人に出来ることなんて、そう多くはない。でもいいんだ、それで。何とかしたいと思ってくれたその気持ちは嬉しいよ。ありがとう、シエル」
セスと別れ、私はまっすぐ部屋へと戻った。
同じタイミングで戻ってこなかったことを心配したニコラがどうしたのかと聞いてきたが、曖昧にごまかして私はベッドへと入った。
ぐるぐると頭の中で色々なことが廻っていく。今日は色々ありすぎた。目の前で人が死ぬ瞬間を見たのも初めてだった。
人ってこんな簡単に死ぬんだな。直前まで、普通に動いて普通に喋っていたのに。私も前世ではそうやって一瞬で死んだんだろう。
この世界で冒険者を続けるなら、いつだってそうなるリスクを負っている。明日にはわが身かもしれない。わかっていたつもりでいたのに。そうやって、あの獣人の子供は死んでいったのに。
あぁ、疲れた。
長い一日が終わり、長い一日が始まる。
夢は、見なかった。
パーシヴァルとお別れする朝が来てしまった。
朝食を摂るためにニコラと食堂へと向かうと、女性陣以外は揃っていた。
エレンは食べられる状態ではないのはわかるが、リーゼロッテとベルナもそれに付き添っているのだろうか。
正直、私だっておいしく食べられるかと言ったらもちろんそうではない。他のみんなも同様だろう、口数も少なく、進みも遅いようだった。
9時、パーシヴァルの葬儀が始まった。
すでにエレンとリーゼロッテが泣いている。
ここには、朝から任務に就いている2班以外のみんなも来てくれていた。
特に前にクリフォードを失くした1班の人は私たちの気持ちをよくわかってくれているのか、自分たちのことを思い出しているのか、それともパーシヴァルの同期がいるのか、泣いている人もいる。
あの時と同じ流れで、ヴィクトールの挨拶から始まり、神父っぽい人の鎮魂の言葉を紡ぐ。
そしてこの後に生花を周りに供えて終了となる。
この生花を供える時に、クリフォードの時は1班の面々が一言ずつ声をかけていた。
私はあの時、意識的にそれを聞かないようにしていた。何をしても聞こえてしまうのはしまうのだが、1班のメンバーではない私ですらその一言に涙してしまいそうになったのだ。
でも今回は3班の仲間だ。自分が言う番だし、仲間の言葉を聞かないわけにもいかない。考えただけで辛い。エレンのことを思っても辛い。
神父の言葉が終わった。
最初にガヴェインが生花を手に、パーシヴァルの元へと行く。
「パーシヴァル、お前の勇敢な行動は騎士として賛嘆に値する。安らかに眠ってくれ」
次にフィリオが生花を手向ける。
「あなたの意思は僕が引き受けます。どうか、安らかに」
「仲間を守ってくれてありがとな。でも一緒に終わりたかった」
アイゼンがパーシヴァルに縋って泣いた。アイゼンが涙を見せたのはこれが初めてのことだ。
それを見ていたら次は私の番だと言うのに、抑えきれない涙が溢れた。
「パーシヴァル…僕たちは、誰を失ったって悲しいんだよ…ずっと忘れないから…」
止めどなく溢れる涙が、パーシヴァルの顔を濡らす。
エレンにはこの言葉が責めているように聞こえてしまうだろうか。
落ちた涙を拭った時に触れたパーシヴァルの冷たさが、ひどく身に染みた。
「パーシヴァル、ありがとね…ありがと…」
ニコラはただ、それだけを泣き縋って言った。
「勇気ある行動に賛嘆を。あとは任せろ」
ベルナの言葉は何とも男らしい。
「パーシヴァル、救えなくてごめんな…」
悲しげな表情で、セスが言う。
今こうして見ているセスと、冷たく誰でも殺せると言ったセスは、どちらが本当のセスなのだろう。
「あなたのことは忘れません…パーシヴァル、ありがとう…」
「パーシヴァル…」
リーゼロッテと共に、エレンが花を手向ける。
「パーシヴァル…ごめん…ごめん…っ」
痛々しいほどに泣きじゃくるエレンを、リーゼロッテがそっと抱きしめた。
あれだけ色々とあった2人だけど、この件でリーゼロッテはずいぶんとエレンを献身的に支えているように見える。リーゼロッテに頼るようだけど、いつか立ち直れるといい。いつか、ありがとうと言えるようになればいい。
そうして、この場にいる全員がパーシヴァルに花を手向け、パーシヴァルの周りは花いっぱいになった。
花、綺麗だね。
どうか安らかに。
パーシヴァルを乗せた馬車を3班全員で見送り、一度解散となった。
私とニコラは自分の部屋へは戻らず、フィリオとアイゼンの部屋へと来ている。
ただ静かに時が流れている4人用の部屋で、もういっそ私とニコラがこの部屋に来てしまおうか、そんなことをぼんやりと思った。
「僕たちは、どうやったらエレンを救えるんでしょうか」
フィリオが長い沈黙を破って口を開いた。
「俺たちにそれができるのか?だってさ、エレンにとって必要だった言葉が"殺してあげる"だよ。そんなこと、俺たちの誰が言えたっていうんだ」
半ば投げやりな感じでアイゼンが言う。
「このままエレンが死を望んだままだったら、セスはエレンを殺してしまうんですよ。そんなの、悲しすぎるじゃないですか」
「でもエレンがそれを望んでいるなら、それが救いになるなら、いいんじゃないのかな」
そう、抑揚のない声で言ったのはニコラだった。
「ニコラ…」
難しい。エレンの心情を推し量れなさすぎて難しい。
エレンを死なせたくないのは私たちの勝手な願いだ。
それでもきっとそれは、パーシヴァルの願いでもある。
「僕たちに直接エレンをどうこうするのは無理だと思う。でも、リーゼロッテがずいぶん親身になってエレンの側にいるように見える。頼りすぎるのもあれなんだけど、リーゼロッテを支えに立ち直ってくれればいいよね」
私の言葉にフィリオが表情を少し明るくした。
「あの2人、仲直りしたのか?」
アイゼンが聞く。
あの一件以来、口も利かなかった2人がいきなりあんな風に寄り添っているんだ、確かに傍から見れば不思議な光景ではある。
「それはわからないけど、ああやって2人で一緒にいるんだから元々本気でいがみ合っていたわけではなかったのかもね」
「そっか…」
納得したのかしてないのか、アイゼンはただそれだけ言ってその話を切り上げた。
「僕は、これ以上誰も失いたくない。エレンも死なせたくない」
「僕もそう思うよフィリオ…」
絞り出すようなフィリオの言葉に同意したのは私だけだった。
アイゼンとニコラはエレンが死を望むなら、その通りになってもいいと思っているのだろうか。それがエレンにとっての救いならば。
その気持ちもわからなくもない。実際私だって死にたいと思っていた時期はあった。それでも時間はかかったけれど今は立ち直ってここに生きている。
「時間はかかるかもしれないけれど、エレンが立ち直れる時はきっと来る。残り3週間しかないけれど、その3週間でエレンが前を向くための手伝いをするのは、仲間として当然のことじゃないのかな。誰だって仲間が自分を庇って死んでしまったら、自分を責めてしまうでしょ?」
「それはわかってる」
意外にも私の言葉にアイゼンが即答した。
「わかってるけど方法がわからないって俺は言いたいんだ。俺だって、エレンが死んでもいいなんて思ってない」
「そっか、ごめん」
そうだよね。アイゼンはエレンにパーシヴァルのためにも生きろと言っていたくらいだ。アイゼンなりにその方法を模索していたんだな。
「こういう時になんて声をかけてあげたらいいんでしょうね」
フィリオが言う。
私の時もきっと親戚や先生はそうやって考えて声をかけて来たのだろう。でもそれには何の意味もなかった。
「逆に言葉は不要だと思うよ。今は誰に何を言われてもきっと何の意味もないだろうから。ただリーゼロッテみたいに側にいてあげるだけでいいんじゃないかな」
「じゃあ今僕たちにできることはあまりなさそうですね…」
「何も言わないことが、今僕たちにできることなんだと思うよ」
私もあの時、誰かに側にいてほしかった。何も言わなくていいから、誰かにずっと寄り添っていてほしかった。
だからエレンは大丈夫だといい。立ち直ってほしい。
エレンが死ぬところなんて見たくないし、エレンを殺すセスも見たくない。まぁ、そうなるとしてもわざわざ私たちの前でやることはないのだろうけれど。
討伐任務が終わった後で、そうなったなんて結果を私に言う人もいないだろうから、エレンが私の前で生きると宣言してくれない限り私には知りようがないのかもしれない。
葬儀が終わったばかりだけど、午後からの任務は否応なしにやってくる。
エレンは任務に出ることを選んだ。ちゃんと昼食にも現れた。笑みを見せることはないが塞ぎこんでいるわけでもなく平静を保っている。装っているだけなのかもしれないけれど。
エレンはリーゼロッテと同じパーティーで、休憩はセスと入っていた。この時に2人がどんな話をしたのかはわからない。
見た限り向こう側のメンバーと何かしらの話もしていたようだし、戦闘での動きも今までと変わらなかった。それを無理してやっているんだとしたらそれはまた心配要素ではあるが。
パーシヴァルの代わりに入ったレオンは私と同じパーティーにいた。暗い雰囲気になりすぎないように、ちょこちょこと励ますような言葉をかけてきてくれている。
そんな感じで、この日の任務は無事に終わった。
リザードマンが出てくることも、ワイバーンが出てくることもなかった。
私は私たちの宿舎とは別の、騎士団の宿舎へ向かっていたセスに声をかけるべく追いかけた。
「……」
追いつくよりも早く、セスが気配に気づいたのか振り向いた。
「セス、ちょっといい?」
足を止めて待っていてくれているセスに小走りで駆け寄る。
「あぁ、いいよ」
「エレンと3週間後の約束をしたってことは、このまま3班に残ってくれるってことだよね?」
セスは報告の際、ヴィクトールに解任を求めていた。確かあの時、ヴィクトールはまた後日改めて考えると言っていたはず。後日というくらいだから今日の今日でどうするか決まってはいないだろう。
しかしエレンとあんな約束をしたということは、セスの気が変わったということを意味しているのでないだろうか。
「ヴィクトールからはどうするとは聞いていない。でももし解任の要請が認められるなら俺はカルナでエレンを待つよ」
「そっか…」
肩を落とした私を見て、セスが苦笑する。
一体何がおかしいというのだろう。
「君は、どうしてそんなに俺を引き留めたいの?」
「3班のみんなは、僕にとって初めての仲間だから。最後まで一緒にいたいっていうか…」
言ってることが漫画のセリフみたいに思え、なんだか煮え切らない返事になってしまった。
しかしそれを聞いてセスは茶化すことなく、真剣な表情で私を見つめた。
「もし君が致命傷を負った時に、君の延命を諦めた俺を見て…残された最後の意識の中で同じことが言えるか?」
「……っ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
私はこれ以上仲間を失いたくなかった。このタイミングでセスが3班を去ったら、それは失うのと同等だ。この先二度と会うこともないのだろうから。
そしてエレンもセスに殺させたくない。
これ以上誰も失わずに、このみんなで任務を終わりたかった。
ただ、それだけだった。
自分が致命傷を負ったら?それをセスが助けられなかったら?他の人なら助けられるとしたら?わからない。わからないよ、そんなの。
でもそれでもいいなんてそんなことは、言えない。
「どうして泣くの?」
あぁ、私は泣いているのか。
ここに来てずいぶんと涙を流している。シエルが赤子だった時でも泣かなかったのに。
「もう、誰にもいなくなってほしくないのに、これ以上誰も失わずに終わりたいのに、どうしたらそれができるかわからない」
「……」
涙でぼやけた視界を腕で拭うと、セスは無表情で私を見下ろしていた。
「命に代えられるものはないんだよ」
そして感情を込めずに言う。
「それなのに、エレンのことは殺せるの?」
「できるよ。必要があれば誰でも」
ひどい矛盾だ。
何よりも命が大事だと言うくせに、誰でも殺せると言う。
意味がわからない。セスの思考が理解できない。
でも多分、できるかできないかで言えばできるけど、やりたいかやりたくないかで言えばやりたくないんだとは思う。そうであってほしい。
死がエレンにとって必要ならば、誰にもできないであろうそれを1人で背負うことで与えようとしている。
それが私たちのためじゃなかったら、セスが今3班を去る必要がない。
「僕は、エレンにいつか前を向いてほしい。生きていてほしい。だからエレンを殺されたくない」
「うん」
「セスにも、エレンを殺してほしくない。エレンのためにってだけじゃなくて、セス自身のためにも。死がエレンにとって救いになるんだもしても、セス1人にそれを背負わせたくない」
「……」
セスは相変わらず表情を変えない。
自分の気持ちが空回りしているようで、ひどく居心地が悪い。
「君は、そんなところまで考えなくていい。今君が気にかけるべきことは、君自身のこととエレンのことだけだよ。このままだと君も壊れてしまう」
私が壊れる?何を言っているんだろう。
私はパーシヴァルに庇われた当事者ではないのに。
「いや、待って、何で僕が?っていうか、今僕の話はどうでもいいんだよ」
「どうでもよくないよ。俺が解任されるとしても今日明日の話じゃないし、まだ話をする時間はある。もういいから今日は休んで、お願いだから」
そうやってセスははぐらかそうとしているのだろうか。
これ以上の話を拒まれた気がして何を言えばいいのかわからない。
「…シエル、1人で背負おうとしているのは君の方だ」
何も言わず動かない私を見て、セスは静かに言った。
「君は"あの瞬間"をすべて見ていたことで、必要以上に責任を感じている。でも君がそこまで背負う必要はないんだ。あの時君に出来ることはなかった。大丈夫だから」
あの獣人の子供を見捨てた時に父から言われたのと同じことをセスが言った。
パーシヴァルが死んだ時、私に何かができたわけではない。そうやって何度も言い聞かすことで私は自分を正当化しようとしてきた。ただ見ていることしか出来なかった自分を仕方なかったと納得させてきた。
私はそれを誰かに認めて欲しかっただけなの?
大丈夫だと、言ってほしかっただけだったの?
あの時と同じように。
「僕は…」
異世界に転生して、今までにない力を手に入れて、自分が強くなった気がして腕試しで討伐隊に参加して、そうして目の前で仲間が死んでいくのをただ無力に見ていることしかできなくて。
自分はこの世界に生きるただの無力な人間の1人にすぎないって、あの獣人の子供を見捨てた時にわかっていたはずなのに。
私はまだどこかゲームでもやっている気でいたのだろうか。
自分が主人公にでもなったつもりで。
だから自分を責めるエレンのこともセスのことも救いたいなんて正義の味方を気取って。
全部、ただのエゴだった。
「僕は…無力だ」
チート能力も何もない、ただのモブに過ぎないのに。
「人1人に出来ることなんて、そう多くはない。でもいいんだ、それで。何とかしたいと思ってくれたその気持ちは嬉しいよ。ありがとう、シエル」
セスと別れ、私はまっすぐ部屋へと戻った。
同じタイミングで戻ってこなかったことを心配したニコラがどうしたのかと聞いてきたが、曖昧にごまかして私はベッドへと入った。
ぐるぐると頭の中で色々なことが廻っていく。今日は色々ありすぎた。目の前で人が死ぬ瞬間を見たのも初めてだった。
人ってこんな簡単に死ぬんだな。直前まで、普通に動いて普通に喋っていたのに。私も前世ではそうやって一瞬で死んだんだろう。
この世界で冒険者を続けるなら、いつだってそうなるリスクを負っている。明日にはわが身かもしれない。わかっていたつもりでいたのに。そうやって、あの獣人の子供は死んでいったのに。
あぁ、疲れた。
長い一日が終わり、長い一日が始まる。
夢は、見なかった。
パーシヴァルとお別れする朝が来てしまった。
朝食を摂るためにニコラと食堂へと向かうと、女性陣以外は揃っていた。
エレンは食べられる状態ではないのはわかるが、リーゼロッテとベルナもそれに付き添っているのだろうか。
正直、私だっておいしく食べられるかと言ったらもちろんそうではない。他のみんなも同様だろう、口数も少なく、進みも遅いようだった。
9時、パーシヴァルの葬儀が始まった。
すでにエレンとリーゼロッテが泣いている。
ここには、朝から任務に就いている2班以外のみんなも来てくれていた。
特に前にクリフォードを失くした1班の人は私たちの気持ちをよくわかってくれているのか、自分たちのことを思い出しているのか、それともパーシヴァルの同期がいるのか、泣いている人もいる。
あの時と同じ流れで、ヴィクトールの挨拶から始まり、神父っぽい人の鎮魂の言葉を紡ぐ。
そしてこの後に生花を周りに供えて終了となる。
この生花を供える時に、クリフォードの時は1班の面々が一言ずつ声をかけていた。
私はあの時、意識的にそれを聞かないようにしていた。何をしても聞こえてしまうのはしまうのだが、1班のメンバーではない私ですらその一言に涙してしまいそうになったのだ。
でも今回は3班の仲間だ。自分が言う番だし、仲間の言葉を聞かないわけにもいかない。考えただけで辛い。エレンのことを思っても辛い。
神父の言葉が終わった。
最初にガヴェインが生花を手に、パーシヴァルの元へと行く。
「パーシヴァル、お前の勇敢な行動は騎士として賛嘆に値する。安らかに眠ってくれ」
次にフィリオが生花を手向ける。
「あなたの意思は僕が引き受けます。どうか、安らかに」
「仲間を守ってくれてありがとな。でも一緒に終わりたかった」
アイゼンがパーシヴァルに縋って泣いた。アイゼンが涙を見せたのはこれが初めてのことだ。
それを見ていたら次は私の番だと言うのに、抑えきれない涙が溢れた。
「パーシヴァル…僕たちは、誰を失ったって悲しいんだよ…ずっと忘れないから…」
止めどなく溢れる涙が、パーシヴァルの顔を濡らす。
エレンにはこの言葉が責めているように聞こえてしまうだろうか。
落ちた涙を拭った時に触れたパーシヴァルの冷たさが、ひどく身に染みた。
「パーシヴァル、ありがとね…ありがと…」
ニコラはただ、それだけを泣き縋って言った。
「勇気ある行動に賛嘆を。あとは任せろ」
ベルナの言葉は何とも男らしい。
「パーシヴァル、救えなくてごめんな…」
悲しげな表情で、セスが言う。
今こうして見ているセスと、冷たく誰でも殺せると言ったセスは、どちらが本当のセスなのだろう。
「あなたのことは忘れません…パーシヴァル、ありがとう…」
「パーシヴァル…」
リーゼロッテと共に、エレンが花を手向ける。
「パーシヴァル…ごめん…ごめん…っ」
痛々しいほどに泣きじゃくるエレンを、リーゼロッテがそっと抱きしめた。
あれだけ色々とあった2人だけど、この件でリーゼロッテはずいぶんとエレンを献身的に支えているように見える。リーゼロッテに頼るようだけど、いつか立ち直れるといい。いつか、ありがとうと言えるようになればいい。
そうして、この場にいる全員がパーシヴァルに花を手向け、パーシヴァルの周りは花いっぱいになった。
花、綺麗だね。
どうか安らかに。
パーシヴァルを乗せた馬車を3班全員で見送り、一度解散となった。
私とニコラは自分の部屋へは戻らず、フィリオとアイゼンの部屋へと来ている。
ただ静かに時が流れている4人用の部屋で、もういっそ私とニコラがこの部屋に来てしまおうか、そんなことをぼんやりと思った。
「僕たちは、どうやったらエレンを救えるんでしょうか」
フィリオが長い沈黙を破って口を開いた。
「俺たちにそれができるのか?だってさ、エレンにとって必要だった言葉が"殺してあげる"だよ。そんなこと、俺たちの誰が言えたっていうんだ」
半ば投げやりな感じでアイゼンが言う。
「このままエレンが死を望んだままだったら、セスはエレンを殺してしまうんですよ。そんなの、悲しすぎるじゃないですか」
「でもエレンがそれを望んでいるなら、それが救いになるなら、いいんじゃないのかな」
そう、抑揚のない声で言ったのはニコラだった。
「ニコラ…」
難しい。エレンの心情を推し量れなさすぎて難しい。
エレンを死なせたくないのは私たちの勝手な願いだ。
それでもきっとそれは、パーシヴァルの願いでもある。
「僕たちに直接エレンをどうこうするのは無理だと思う。でも、リーゼロッテがずいぶん親身になってエレンの側にいるように見える。頼りすぎるのもあれなんだけど、リーゼロッテを支えに立ち直ってくれればいいよね」
私の言葉にフィリオが表情を少し明るくした。
「あの2人、仲直りしたのか?」
アイゼンが聞く。
あの一件以来、口も利かなかった2人がいきなりあんな風に寄り添っているんだ、確かに傍から見れば不思議な光景ではある。
「それはわからないけど、ああやって2人で一緒にいるんだから元々本気でいがみ合っていたわけではなかったのかもね」
「そっか…」
納得したのかしてないのか、アイゼンはただそれだけ言ってその話を切り上げた。
「僕は、これ以上誰も失いたくない。エレンも死なせたくない」
「僕もそう思うよフィリオ…」
絞り出すようなフィリオの言葉に同意したのは私だけだった。
アイゼンとニコラはエレンが死を望むなら、その通りになってもいいと思っているのだろうか。それがエレンにとっての救いならば。
その気持ちもわからなくもない。実際私だって死にたいと思っていた時期はあった。それでも時間はかかったけれど今は立ち直ってここに生きている。
「時間はかかるかもしれないけれど、エレンが立ち直れる時はきっと来る。残り3週間しかないけれど、その3週間でエレンが前を向くための手伝いをするのは、仲間として当然のことじゃないのかな。誰だって仲間が自分を庇って死んでしまったら、自分を責めてしまうでしょ?」
「それはわかってる」
意外にも私の言葉にアイゼンが即答した。
「わかってるけど方法がわからないって俺は言いたいんだ。俺だって、エレンが死んでもいいなんて思ってない」
「そっか、ごめん」
そうだよね。アイゼンはエレンにパーシヴァルのためにも生きろと言っていたくらいだ。アイゼンなりにその方法を模索していたんだな。
「こういう時になんて声をかけてあげたらいいんでしょうね」
フィリオが言う。
私の時もきっと親戚や先生はそうやって考えて声をかけて来たのだろう。でもそれには何の意味もなかった。
「逆に言葉は不要だと思うよ。今は誰に何を言われてもきっと何の意味もないだろうから。ただリーゼロッテみたいに側にいてあげるだけでいいんじゃないかな」
「じゃあ今僕たちにできることはあまりなさそうですね…」
「何も言わないことが、今僕たちにできることなんだと思うよ」
私もあの時、誰かに側にいてほしかった。何も言わなくていいから、誰かにずっと寄り添っていてほしかった。
だからエレンは大丈夫だといい。立ち直ってほしい。
エレンが死ぬところなんて見たくないし、エレンを殺すセスも見たくない。まぁ、そうなるとしてもわざわざ私たちの前でやることはないのだろうけれど。
討伐任務が終わった後で、そうなったなんて結果を私に言う人もいないだろうから、エレンが私の前で生きると宣言してくれない限り私には知りようがないのかもしれない。
葬儀が終わったばかりだけど、午後からの任務は否応なしにやってくる。
エレンは任務に出ることを選んだ。ちゃんと昼食にも現れた。笑みを見せることはないが塞ぎこんでいるわけでもなく平静を保っている。装っているだけなのかもしれないけれど。
エレンはリーゼロッテと同じパーティーで、休憩はセスと入っていた。この時に2人がどんな話をしたのかはわからない。
見た限り向こう側のメンバーと何かしらの話もしていたようだし、戦闘での動きも今までと変わらなかった。それを無理してやっているんだとしたらそれはまた心配要素ではあるが。
パーシヴァルの代わりに入ったレオンは私と同じパーティーにいた。暗い雰囲気になりすぎないように、ちょこちょこと励ますような言葉をかけてきてくれている。
そんな感じで、この日の任務は無事に終わった。
リザードマンが出てくることも、ワイバーンが出てくることもなかった。
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【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
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