クルスの調べ

緋霧

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二章

第27話 リベリオ

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 目が覚めた。
 戻って来れたのか。
 相変わらず視界はぼやけていたが、ここが横穴であることはわかる。
 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。確か任務が始まって2~3時間くらいの時の出来事だったはず。
 今はもう終わりに近いのか、それともまだそんなに経っていないのか。

「ぐ…あっ…」

 少し体を動かした瞬間、激痛が左の上半身を襲った。
 痛みに身を捩ったつもりだったが、思うように体は動かなかった。
 激しい痛みに、ぼやけた視界、暑いのか寒いのかわからないフワフワした感じに、これでもう安心なのだとはとても思えない。
 痛み止めを打つ前と同じ状態な気がする。
 私は今一体どうなっているのだろう。
 
「シエル…!」

 誰かが私の名前を呼んだ。
 目を開いてみると、誰かが自分を覗き込んでいるようだった。視界がぼやけて顔がよく見えないが、その声は聞き覚えがある。

「ニ、コラ…?」

「よかった、目が覚めて…」

 ニコラの嬉しそうな声がする。
 
「どう…かな…まだ、喜べる、状態じゃ…ない、気がする…」

 痛みと息苦しさで上手く喋れない。

「でも出血は止まっているよ。後は下山して、傷を塞いでもらえば…。もうすぐ、任務時間も終わるから頑張って」

「セス、は…?」

 きっと限界まで頑張ってくれたはずだ。
 今はどんな状態だろうか。

「ここにいる…。シエル、喋るなと…言ったはずだ。ニコラももう…話しかけないで」

 隣のベッドから苦しそうな声がした。
 ギリギリ意識が戻っている状態、そんな感じなのだろう。

「ニコラの、せいで…怒られた、じゃん…」

「ごめん」

 何とか笑みを浮かべてニコラに冗談を振ると、ニコラも声に笑みを含ませて謝ってきた。
 そこからは絶え間なく襲ってくる激しい痛みに意識が支配され、はっきりと覚えてはいない。
 喋るなと言われていたのにどうしても痛みに声が抑え切れず呻いていたが、特に何も言われなかったとは思う。
 任務の終わりの時間に、3班のメンバーや交代のため現れた4班の人たちが私の周りで何か言っていたけれど、何を言っていたのかあまり聞き取れなかった。
 4班の治癒術師の人が痛み止めを打ってくれ、痛みが和らいだ一瞬で眠りに落ちたように思う。

「シエル、気づいたのか。もう大丈夫だ。戻ってきたからな」

 目を開けるとガヴェインの声が聞こえた。
 駐屯地に戻ってきたということだろうか。相変わらず視界がぼやけていてはっきり見えない。

「ニコラ、このままシエルを運ぶのを手伝ってくれ。レオン、セスを部屋に頼むな。他の者はいったん解散でいい」

 セスも一緒に戻ってきているのか。よかった。
 下山するの大変だっただろうな、後でみんなにお礼を言わないと。

「リベリオ、頼む、怪我人だ」

 どこかの建物の、どこかの部屋に入るなりガヴェインがそう言った。
 いかんせん周りがよく見えないので状況把握が難しい。

「…ちょっとそこに寝かせて」

 若い男の人の声だった。
 ガヴェインとニコラがリベリオと呼ばれた人の指示で私を担架からベッドへと移す。
 ベッドに寝かされるとすぐに誰かが私の体に巻かれていた包帯を鋏で切っていった。
 背中と胸の傷口を交互に確認しているようなのだが、体を動かされたり傷口付近に触れられたりしても痛み止めのお陰かあまり痛みを感じない。

「…これほどの怪我でよく生きてるね。まぁ、あの半端者じゃ、ここまでが限界だったってことか」

 半端者?それはセスのことを言っているのか?
 何なんだこの男。

「ヴィクトール隊長は解任要請を認めなかったそうだね。外れくじを引かされた君たちには同情するよ」

「解任要請…?」

 その話を知らないニコラが疑問を口にする。

「口を慎めリベリオ!」

 怒りを含めた声でガヴェインが声を張り上げた。

「よかったねぇ、生きてて。これで死んじゃったなんてなったら、あの半端者を3班に配属させ続けたヴィクトール隊長の責任問題にもなる」

 ガヴェインの牽制を気にする様子もなく、飄々とリベリオが言う。
 顔もよく見えないこの男の態度に、どうしようもない怒りが沸き上がってくる。

「さっきから、なんなんだ…!」

 力に任せて無理やり起き上がった。

「うぅ…はぁ、はぁ…」

 体がぐらつき、怪我をしていない右腕で何とか上体が倒れ込まないように支える。
 痛み止めが効いているので痛みはそこまでないが、体力的にはそれなりに消費をしているようだ。

「シエル!!動くな!」

 私の体を寝かせようと伸ばしたガヴェインの手を振り払い、私は目の前にいたリベリオに掴みかかった。

「セスのことを…侮辱するな…!!」

「シエル、やめろ!」

「シエルだめだよ、傷口が…!」

 ガヴェインとニコラがリベリオから私を引き離す。
 離して。
 2人を振りほどこうと体を大きく動かすが、2人もまた私を押さえつけようと必死になっている。

「興奮するな!落ち着け!!」

「出血が…シエル、大人しくして!!」

 2人に無理やり押さえつけられて、ベッドへと押し倒された。2人の強い力に抵抗しても思うようにならない。
 痛み止めが効いているとは言え、さすがにここまで激しく動くと傷が痛む。
 
「あーあ、傷口開いちゃったじゃん。君、死んじゃうよ?」

 言っている内容にそぐわないほど軽い口調でリベリオが言った。

「あんたなんかに、治してもらうくらいなら…死んだ方が、いい…!」

「シエルやめろ、落ち着け!!」

 自分でももう何を言っているかよくわかっていなかった。
 何でこんなに怒りに満ち溢れているのかも、よくわかっていない。
 お風呂でのぼせたようなフワフワとした感覚に思考がままならない。自分が自分ではないような、どこか遠いところから自分を見ているようなそんな気がした。

「だってよ?ガヴェイン。望み通り死なせてあげたら?このまま放っておけば死ぬよ、その子」

「頼むリベリオ、治癒してくれ!頼む!!」

 必死で懇願するガヴェインの言葉に、リベリオの笑う声が聞こえた気がした。
 何の前触れもなく腕に何かを注射され、瞬間襲ってきた強烈な眠気に私は意識を手放した。



 目を覚まして最初に目に入ったのはこの世界の点滴だった。
 ビニール容器に入っていることがほとんどな現代と違って、この世界のものは瓶に入っている。逆さに吊るされた瓶の口にゴムがはめ込まれ、そこから伸びた管が私の右腕に繋がっていた。
 今までと違ってずいぶん視界がはっきりしている。

「……」

 その点滴をぼんやりと見つめながら思考を巡らせる。 
 何だかとんでもないことをやらかした気がする。気がするというか、確実にやらかした。
 今いる場所からしても、あれが夢だったということはないだろう。
 生きているということは、あのリベリオという人は結局私を助けてくれたということだろうか。

「シエル」

「…!」

 こんな近くに人がいるとは思わず、心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。
 声がした左手側に視線を向けると、少し離れたところでセスが椅子に座ってこちらを見ていた。

「セス…」

 出した声はかすれていたが、あの時みたいな息苦しさはない。
 ということは傷は癒えたのかな。

「うっ…うぅ…」

 上体を起こしたら、思いの外傷口が痛んだ。でも怪我をした時みたいなあり得ないほどの痛みではない。良くはなっているようだ。

「だめだよ、動いちゃ。寝てて。まだ熱も下がってないんだ」

 セスが椅子から立ち上がり、私の体を支えながらゆっくりと寝かせた。

「僕、どうなったの?」

「傷口が開いて、本当に危ない状態だったと聞いた。あのまま死んでもおかしくなかったと」

 私の質問にセスが声を絞り出すように言った。

「君が怪我をしたあの時、助けられる確率は正直言って五分五分だった。それを何とか助けることができたと思ったのに、ここに戻ってくればもう大丈夫だと思ったのに、君が暴れて命を危険に晒したと聞いた時は生きた心地がしなかった」

 そうだよね。あんなに必死に助けようとしてくれたのに、とんでもないことをしてしまった。
 申し訳ない。

「ごめん。リベリオって人の態度がどうしても許せなかった。あの時は上手く思考ができなくて自分を抑えることができなかったんだ」

「…君が興奮状態にあったのは、痛み止めを連続投与したせいだ。それについては下山時に痛み止めを打つように頼んだ俺に責任がある。だからこれは…俺のせいなんだ。本当にすまなかった…」

 ずいぶん苦しそうに言う。
 そうだったのか。そういえば最初に怪我をした時に痛み止めはすぐに次を使えないということを言っていた気がする。
 
「セスは僕のためにやってくれたんでしょ。それなのに僕が後先考えずにこんなことをしてしまったのが悪いんだ。本当にごめん」

「……」

 セスは何も答えない。沈黙が流れる。
 
「セスは、あの時のことをどう聞いてるの?」

「多分君を落ち着かせてすぐ、ガヴェインは俺のところに来た。君が診療室で興奮して暴れて危ない状態だ、と。それ以上のことを聞いてもガヴェインは何も言わずに報告のために出て行った。俺もその時は1人で動ける状態じゃなくて、レオンに無理やり頼んでここまで連れてきてもらったんだ」

 ガヴェインはセスに何も言わなかったのか。
 きっとそれは、ガヴェインも同じ気持ちであった部分もあるからだろう。

「俺とレオンがここに来た時、君の側には見張りのための騎士見習いが1人いただけだった。騎士見習いは、君が暴れたために状態が悪化したということと、そこからひとまず危険を脱するところまでリベリオが治癒術をかけたということしか把握していなかった。その時は君が暴れた惨状がそのまま残されていて、ベッドを染めていた出血量から見ても命の危険があったであろうことだけは俺にもわかった。ただ、いくら興奮状態にあったとは言え、理由もなく君は暴れたりしないだろうから、それが不思議だった」

「……」

 あの時の自分の状態はよく覚えていない。
 私を落ち着かせようとするガヴェインとニコラの手を何とか振り解こうと、無我夢中で暴れた気がする。

「昼に、その時一緒にいたニコラに話を聞いた。ニコラは言いづらそうに、リベリオが俺を侮辱するような発言をして君がそれに怒って暴れたことを話してくれた。リベリオがどういう言い方をしたのかまでは教えてくれなかったが、君が俺のために無茶なことをしたと知って俺はこの気持ちのやり場を失った」

 何も言えない。
 セスに申し訳なさすぎて言葉が出ない。
 ここに戻ってくれば私はもう大丈夫だとセスは思っていたのに、私が暴れて死にかけたと聞けば居ても立っても居られなかっただろう。しかもそれで興奮したのが、痛み止めを連続投与した影響もあるとなったら。私がセスの立場ならきっとそうなる。

「ごめん」

 さっきからごめんばっかり言ってる気がするけど、謝るしかない。

「…なぜ君が俺のことでそこまで?」

「僕だけじゃない。僕が暴れたから班長は僕を落ち着かせるのに必死になってただけで、班長だって怒ってた。むしろ班長が一番最初にキレてた。誰だって、あんな言い方で仲間を侮辱されたら怒るよ」

「リベリオは俺のことを何て?」

「……」

 それを本人に直接言うのは憚られる。ガヴェインもニコラも同様だったからセスには言えなかったのだろう。

「…言えないか。それを俺に言えるくらいなら君はあんな風に暴れたりしないだろうしな。でも、もしまた君の前でリベリオが俺のことを何か言っても君はこれ以上感情を荒上げなくていい。リベリオが俺を良く思ってないのはわかってる。何を言われても俺は気にしないから」

「…善処はする」

 どうも納得いかなくて不貞腐れた言い方になってしまった。
 セスはそれを見て、苦い笑みを浮かべながら椅子に座った。

「セスはリベリオと何か話はしたの?」

「この一件以降、リベリオには会っていない。昨日の夜にも一度様子を見に来たけどリベリオはいなかった」

 昨日の夜…?どういうことだろう。
 時間経過がさっぱりわからない。

「僕どれくらい眠ってたの?」

「1日半くらいかな。眠っていたというか、眠らされていたというか」 

「今何時?」

「18時を少し過ぎたところだ。そろそろ夕食だからみんなにも君が目覚めたことを報告してくるよ。昨日今日と君は面会謝絶だったからみんなも心配していた」

 私が怪我をしたあの日は23時~7時までの任務だった。
 朝こっちに戻ってきた時に暴れて、そこから次の日の18時まで眠っていたということ?
 ということは、今日は朝の7時から15時までみんなは任務に就いていたということか。

「じゃあ、今日は1人欠けた状態で任務に?」

「騎士見習いの魔術師が臨時で入ってくれている。心配しなくていいよ」

「そっか…」

 みんなにも謝らないとなぁ。特にニコラにはより心配をかけてしまった。

「そういえばさ、リベリオって人はどんな立場の人なの?偉い人?」

「リベリオはこの駐屯地の治癒術師長だ。立場的にはガヴェインと同等くらいだろう」

「結構偉い人なんだ…」

 やばい、そんな人にとんでもないことをしてしまった。

「……」

 セスが不意にドアの方を振り返った。
 なんだろうと思う間も無く、ノックもなくドアが開き、20代後半くらいの男性が中に入ってきた。
 長く伸ばした白金色の髪に緑の瞳、見覚えはない。
 が、白衣を着ていることからきっとこの人物こそがリベリオだろう。

「リベリオ…」

 セスが椅子から立ち上がった。
 やはりこの人物がリベリオか。
 若くして割と偉い立場にいて尚且つ中々のイケメンなのに性格に難がありすぎて勿体ない。

「やぁ、セス。ずいぶん面倒なことをしてくれたじゃないか。お前がシェスベルを連続投与したせいでそいつが暴れて大変だったよ。状態を悪化させてくれたおかげで僕は疲労困憊だ」

「……」

 いや、これは完全にセスのせいじゃなくてリベリオが余計なことを言ったせいでしょ。私のせいでもあるけど。

「何か言うことはないの?僕はお前の不手際の尻拭いをさせられたんだけど。そいつは僕に治癒されるくらいなら死んでもいいなんて言ってたしね。それでも僕は治癒してあげたんだよ」

 リベリオの言葉に頭がカッと熱くなるのがわかった。
 だが感情を荒上げないとセスと約束しているので、なんとかそれを理性で押し込める。
 そんな私とは違い、セスは無表情だ。頭に来ないのだろうか。それともそういう感情を持ち合わせながら顔に出さないだけだろうか。

「…シエルを治癒してくれたことは礼を言う。俺の不手際で君の手を余計に煩わせたことも事実だ。それは申し訳なく思っている。シェスベルを連続投与したことについても弁明はしない。その結果、シエルの命が危険に晒されたのは俺の責任だ。処分は甘んじて受けるつもりでいる」

「へぇ」

 セスの言葉にリベリオが面白そうに笑った。
 処分って…そんな。セスのせいじゃないのに。私のせいなのに。
 そんな大事になってるなんて。

「お前もガヴェインもずいぶん素直に頭を下げるじゃないか。お前たちの班はもうすでに1人死んでるし、これ以上死人を出したら立場が危うくなるもんね?そのためなら気に食わない僕にも頭を下げざるを得ないってことかな?」

「なんだって…っ」

「よせシエル」

 怒りに任せて起き上がると、それをセスが手で制した。そのまま体をベッドに倒される。
 傷口がズキズキと痛んだがそんなことはどうでもよかった。
 リベリオが偉い立場の人間であるということもどうでもよかった。

「セス…でも…っ!」

「いいから」

 あんなこと言われて黙っているなんて。
 怒りを露わにする私とは対照的に、セスは表情を変えずに私を見下ろしている。
 挑発に乗るな、とその目が言っているように見えた。

「それ以上悪化させたら僕はもう知らないよ?シエル」

「…っ!」

 なんなんだよこいつは。人を煽る天才か。
 口を開けばリベリオに怒りをぶつけてしまうので私はグッと歯を食いしばって堪えた。

「立場なんてどうでもいい。ガヴェインもそうだったはずだ。シエルを救いたかった。ただそれだけだ」

「…そんな言葉はいらないんだよ。つまんないな。どうでもいいからシエルが目を覚ましたなら夕食でも取ってきてよ」

 急にリベリオが拗ねた子供のように話を切り上げた。
 セスが挑発に乗ってくる事を期待していたのだろうか。
 
「…じゃあ俺は一旦行くけど、シエル、約束は覚えてるね?」

 セスが念を押すように私に言う。
 リベリオに感情を荒上げない、という約束か。
 正直自信がないけどこれ以上みんなに迷惑をかけないためにもその約束は守らないと。

「わかってる」

 頷くとセスは苦笑いを浮かべて部屋を後にした。
 部屋に沈黙が流れる。
 リベリオは私を見もせずに点滴の瓶を交換し始めた。

「明日の朝にもう一回治癒術をかければ完全に傷は治る。後は普通に食事ができるようになれば任務に復帰してもいい」

 何を言うかと思えばそんな真面目な話をリベリオはし始めた。

「…そうですか。ありがとうございます」

 言いたいことは山ほどあるが、不用意に会話をすると揉めそうな気がしたので素直にお礼だけ言うことにした。
 リベリオもそれ以上何かを言うことはなく、部屋を出て行った。
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