クルスの調べ

緋霧

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二章

幕間 レオン・1

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 俺はシスタスの武術学校を卒業した後、デッドラインの討伐隊を経て騎士見習いとなった。
 騎士見習いは、2年程度ベリシアの各地で騎士の補助などをして経験を積み、その後入団テストを受けて騎士へと登用される。
 この入団テストで落とされることは滅多にないので、2年の騎士見習い期間を無事に過ごせれば騎士になれる見込みは高い。
 俺はたまたまデッドラインの駐屯地へ派遣され、ここで騎士の補助をすること1年。
 前回くらいから、一つ下の後輩たちが討伐隊へ参加してくるようになった。
 と言っても、実はあまり討伐隊のメンバーと顔を合わせることはない。
 騎士見習いの主な役目は駐屯地付近の見回りや、治癒術師長が1人でやっている診療所の手伝いで、討伐隊に欠員が出た時にのみその補充要員として討伐に参加する。
 怪我をして診療所に来たりとか亡くなったとかない限り、どの班に誰がいるのか知る機会はない。
 だから、あの日までパーシヴァルがこの討伐隊に参加していることも俺は知らなかった。

 武術学校では研究室という名の道場に所属している人が多い。
 これは強制的なものではなく、ただ同じ流派だったり気の合う仲間だったりが、互いに武術を研鑽し合うために授業終了後に集まって活動をするものだ。
 俺とパーシヴァルは同じ研究室で6年を共に過ごした。
 パーシヴァルは両親とまだ小さい弟や妹が何人かいて、家計を支えるために騎士を目指していた。
 研究室に入ってきた時から俺が卒業するまでその志は変わらず、いつでも真面目に授業にも研究にも取り組んでいた。
 一言で言えば堅いやつではあったが、先輩の俺から見ても尊敬に値するような、模範的な生徒だった。

 あの日、3班が討伐から戻ってきた時分に駐屯地が慌ただしくなった。
 そういう時は大体とんでもない怪我をしたか、任務中に死亡したかのどちらかであることが多い。
 今後の動きを把握するためにもその様子を見に行って、俺は目を疑った。
 パーシヴァルが葬儀場へと運ばれて行っていたのだ。
 葬儀の準備も騎士見習いの役目の一つだが、俺はショックで手につかなかった。
 今この駐屯地にいる騎士見習いでパーシヴァルと直接面識があるのは俺だけだ。
 他の騎士見習いはそんな俺を気遣って故人の側にいてやれ、と俺にパーシヴァルと別れるための時間をくれた。
 この討伐隊にパーシヴァルが参加していて、しかも志半ばで任務中に死亡したなんて、急すぎて受け入れられなかった。
 だが、パーシヴァルの代わりに騎士見習いの誰かが補助要員として入ることは決定事項ではあるので、俺はすぐにヴィクトール隊長の元に行き、3班への配属を志願した。
 ヴィクトール隊長は何も聞かずにそれを承諾してくれた。
 そしてその日の夜に3班のメンバーにガヴェイン班長から紹介されることとなる。

 この3班が少し特殊であることは知っていた。
 前3班の治癒術師が、瀕死の重傷を負ったメンバーを治癒するためにリミッターを外して死亡したのだ。

 治癒術師の欠員というのは今までにも類を見ないことだった。
 治癒術師自体が希少であるのに、このような任務に志願する者も少ないので、代わりの人員の確保に労を要しているようだった。
 しかしながら討伐隊において重要である治癒術師をいつまでも欠いている場合ではないと、ひとまずカルナの騎士団から治癒術が使える冒険者を派遣するとの知らせが届いた。
 この冒険者は次の討伐隊の隊長を務めるヴィクトールさんの知り合いらしい、とだけ聞いていた。
 その冒険者がカルナから駐屯地に来るまでの数日、治癒術師長であるリベリオさんが3班の治癒術師として緊急で入っていた。
 そうなると駐屯地に在中している治癒術師は1人もいなくなる。
 リベリオさんは3班に入りつつも任務外で駐屯地の治癒術師としての役目も兼任していた。
 そこまでの重傷者もいなかったとは思うが、その負担はそれなりだったことであろう。
 実は亡くなった治癒術師とリベリオさんは恋仲だったと聞いた。
 悲しむ様子も我々には見せなかったし、3班の任務もいつものような憎まれ口を叩きながらこなしていたが、恋人が命を懸けて助けたメンバーと共に任務に就かなければならなかったなんて、その心中は複雑だったに違いない。

 数日後、ヴィクトール隊長の知り合いだという冒険者が駐屯地に到着した。
 この人物の名はセス。なんと天族だった。
 天族なのだから治癒術に長けているのかと思えばそうではないのだという。
 その代わり剣の腕はこの駐屯地の中でも右に出るものはいないくらいのものだそうだ。
 ただ、亡くなった恋人の代わりの人員ということもあって、リベリオさんはそんな中途半端な人間が治癒術師として配属されるなんて、と診療所に手伝いに行く我々騎士見習いに愚痴をこぼしていた。
 セスにもその話が耳に入ったのだろう、リベリオさんの手を煩わせないようにと3班で主戦力として活躍したと聞いていた。
 それが後々問題にはなったのだが、ひとまずそれで治癒術師の問題は解決された。
 だがその討伐期間が終わってもまだ次の治癒術師は見つからず、その後の3ヶ月もセスは引き続き3班に配属されることとなる。

 そしてパーシヴァルの訃報。
 俺は最初、本職の治癒術師ではなかったからパーシヴァルを助けられなかったのかという疑問を持っていた。
 もしそうであるならば、自ら志願した3班への配属ではあるが、セスと上手くやれる自信はなかった。
 しかしパーシヴァルは仲間を庇い、自身の守りを手薄にしたために急所を避けられなかったのだとガヴェイン班長は悔しそうに言っていた。
 それを聞いた時、なるほど、何ともパーシヴァルらしい、と思った。
 武術学校時代もそうやって仲間を大事にするやつだったから、自身を顧みずに仲間を救ったことが誇らしくも思えた。
 何よりパーシヴァルに庇われたエレンの憔悴ぶりが痛々しくて誰かを恨む気持ちなどとても持てなかった。

 3班のメンバーは、フィリオしか顔を知っているものはいなかった。
 と言っても、フィリオは別の研究室に所属していたので、顔と名前を知っている程度で話をしたことはほとんどない。
 俺がパーシヴァルと同じ研究室にいたことを知っているフィリオは、最初に俺を見たときに気まずそうに目を逸らした。
 彼も彼なりにやり難かっただろう。
 パーシヴァルを失くしたばかりの3班のメンバーはエレンのみではなく皆一様に消沈していた。
 俺はパーシヴァルが仲間を守ったその気持ちを尊重したくて、きっとパーシヴァルならそう望むだろうとなるべく3班のメンバーを元気付けるように励ました。
 それがどんな影響を与えたのかはわからないし、何の影響も与えられなかったかもしれないが、少しずつ会話や笑顔も見られるようになってきた。

 そんな時、シエルがとんでもない怪我をした。
 怪我、と今ならば呼べるが、あれを反対側のパーティーから見ていた俺は確実に助からないと思った。
 こちら側にいた全員が恐らく同じことを思っただろう。
 ガヴェイン班長までもが、持ち場を離れすぐにシエルの元へと駆けつけていった。

 シエルという人物について、俺はよくわかっていない。
 こちらから話しかければ話してはくれるが、そんなに周りに話を振るような人間でもない。
 大人しい子、それが俺が持つシエルの印象だった。
 ただ術師としての実力は他の術師よりも群を抜いているように見えた。
 エルフだから、というのもあるだろう。彼だけは無詠唱でリザードマンとも対等に対峙することができていたし、ワイバーンの討伐率が他の班よりも優れているのは彼の功績だ。
 そんな彼が向かってきたリザードマンを前に何の回避行動も取らずに背中を向けたのは甚だ疑問だった。
 リザードマンと初めて対峙した際に術を破られて怪我をしたことがフラッシュバックしたことは、これもまた後から聞いた話だ。

 シエルがあれだけの怪我を負ったにも関わらずその命を繋いだ理由として、鎖骨下の太い血管を奇跡的に避けたことと、リザードマンが刃を抜く前に倒せたことが主にある。
 特に刃を抜かれなかったことで出血が抑えられ、治癒術が間に合ったことが大きな要因だったらしい。
 それでも正直五分五分だったと、セスは後に話していた。
 その五分五分の勝敗に全てを賭けてセスはあの時神力を使い果たした。
 本来であれば確率が五分五分であるならば、あの場では諦めることも選択肢としてはあった。
 むしろ後のためにはそうするのが騎士団の規約としては正しい。
 しかしあまりにも冷静だったセスの様子からはもっと確率が高いように思えていたし、何とか助かるのでは、というのが外に残された我々の見解であった。
 何より、パーシヴァルを失ったばかりの3班のメンバーは、これ以上の犠牲をひどく恐れていた。
 それはガヴェイン班長ですらそうであったように思う。アイゼンとニコラからシエルが何とか命を繋いだことと、セスが神力を使い果たして気を失ったことを聞いて、心から安堵していた。
 ここから先、任務終了までこの3班には治癒術師がいなくなったというのに。
 だからだろうか、皆いつもよりも気を引き締めて任務に当たっていたように思う。誰1人として休憩を取ることもしなかった。何事もなく終えられたのは何よりだ。
 ただ、大変だったのは下山である。
 セスは自分を置いて行くようにと指示をしていたし、実際下山の際には意識も戻っていて直接そうするように言っていたが、班長はセスも下山させる判断を下した。
 その判断について思うことはない。
 だが、シエルの担架を持つのに2人、セスを背負うのに1人、まさかそれを女性にやらせるわけにもいかないので残された5人で交代しながら何とか下山した。
 と言ってもセスは体重はそう重くはないが背がそこそこ高いので背負って歩けるのは俺と班長だけだった。俺と班長でセスを交代で背負って、残りの3人が交代でシエルを慎重に運んで普段の1.5倍は時間がかかった。
 だから置いて行ってよかったのに、とセスは部屋に戻ってから苦い笑みを浮かべて言った。

 3班に配属されてから、俺はセスと同室で生活をしている。
 それでもこの人のことはよくわからない。
 怒ったところは見たことがない。笑ったところもそう見たこともない。感情を表に出さない人、という印象だ。
 聞いていた通り剣の腕は凄まじく、どんなモンスターを相手にしても息を切らすこともなく冷静に対処している。
 そのセスが駐屯地の部屋に戻ってきても呼吸を荒くして苦しげな顔をしているのを見て、この人も人間なんだ、と不謹慎ながら思う。
 天族、という情報しか知らなかったが、リベリオさんはセスがリュシュナ族である、と我々騎士見習いに教えてくれた。

 リュシュナ族。
 不老の種族で、神術に長けている天族の中でも珍しい武術系の戦闘民族であると学校で習った。
 胸に命とも等しい秘石と呼ばれる石を宿していて、それを守るために武術に長けるようになったのだと言われているらしい。
 ヒューマである自分たちと見た目も変わらないので、その話を聞いてもあまりピンとはこないが、自分たちからは考えられないくらいの長い年月を生きているのだろう。

 下山してからのこともよく覚えている。
 この日にあったシエルの怪我から駐屯地での出来事は、生涯忘れないであろう。

「何か飲むか?」

「いや…いい…大丈夫だ、ありがとう」

 俺の質問にセスは息も絶え絶えに答えた。
 神力が切れる、ということがどれだけ苦しいのか俺は知らない。
 そこまで神力を消費したことがないからだ。だが他の術師を見ても皆死にそうな顔をしているので、相当なんだろう。
 命まではいかなくとも、ここまで来たら相当な自己犠牲の精神だと思う。
 セスは下山の途中、ずっとシエルを気にしていた。
 傷は開いていないか、意識はまだ戻っていないのか、そんなことを何度も確認していた。
 俺だったら自分がここまで苦しい状態で人のことをそこまで気にかけられるだろうか。

「…風呂…いかないの?」

 いつまでも動かない俺を見てセスが口を開いた。

「あ、ああ、考え事をしていた。その前に着替え手伝おうか?服にシエルの血がついてる」

 シエルを抱えていた時についたのだろう、白いシャツに赤い血がべっとりと付いていた。

「…そうだな…頼む」

 俺はこの時、初めてリュシュナ族の証であるという胸の秘石を見た。
 蒼い宝石が半分胸に埋まっていて、その周りに蒼い紋様のようなものが浮かんでいる。
 命にも等しい、というのであればきっとこの秘石が割れたりしたら命に関わるのであろう。しかもこれを他種族が取り込むと不老になるという話も聞いたことがある。
 それをまだ出会ってそんなに経っていない俺の前に晒すのは、信用してくれているのか、それとも今の状態ですら俺のことくらい恐るるに足りないのかどちらだろう。
 そんなことを考えながら何とか着替えを終えた。
 自分が風呂に入るために準備をしていると荒いノックの後に返事を待たずしてガヴェイン班長が現れた。

「班長?」

 何だかずいぶん青い顔をしているように見えた。
 班長はシエルをリベリオさんのところに連れて行ったはずだ。まさか何かあったのだろうか。

「セス…」

 班長がセスの寝ているベッドの側へと寄った。
 それをセスは苦しい表情のまま見つめていた。

「…良い知らせでは…なさそうだね」

 そして、静かにそう呟いた。
 心臓がドクドクと煩いくらいに鳴っていた。聞きたくない。嫌な結果は聞きたくない。
 リベリオなら大丈夫だ、駐屯地に戻ればシエルは助かると、セスは下山の途中で口にしていた。
 あの人は口は悪いが腕は確かだ。俺もその言葉を疑わなかった。

「シエルが、興奮して暴れたんだ。傷口が開いて…危ない状態だ。俺もニコラも診療室から出されたからその後のことはまだわからない」

「…なん…だって?」

 信じられないと言った様子でセスが聞き返した。
 いや、俺も信じられない。
 興奮して暴れるなんて、普段のシエルからはおそよ想像もつかなかった。

「暴れた?…シエルが?なぜ?」

 セスが体を無理やり起こしながら聞く。ふらついた体を俺は慌てて支えた。

「……」

 班長は答えない。
 視線を逸らして苦渋の表情を浮かべている。
 言えないこと、ということなのだろうか。

「…教えてくれ、ガヴェイン。何があったんだ…」

「申し訳ない、言えない。俺は隊長のもとに報告に行ってくる。また後でシエルの様子は見に行く」

 そう一気に捲し立てると班長は誰の言葉も待たずに部屋を出て行った。

「……」

 俺とセスは訳がわからずただ呆然とするしかなかった。

「シエルが…」

 呆然とした表情のまま、セスが呟いた。

「俺、班長を追いかけて話聞いてくる」

「待って…」

 班長を追いかけようとセスをベッドへ寝かせようとしたら、セスが俺の手を強く掴んだ。

「ガヴェインに聞いても…あれじゃ答えない…リベリオのところに、行かないと…」

 セスは自力でベッドを降りて立ち上がった。いや、立ち上がろうとして地面についた足が崩れ、膝をついた。

「セス!」

「く…っ」

「俺が行ってくる。セスは体を休めないと」

「頼む…俺も、連れて行ってくれ…頼むレオン…」

 セスの懇願に俺は悩んだ。
 とても動いてもいい状態には見えなかった。
 しかしシエルのことが一番気になるのは他でもないセスであろう。

「わかった…俺に掴まって」

 ふらつく体を支えながら、俺とセスはリベリオさんの診療室へと向かった。
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