31 / 89
二章
第29話 リュシュナ族
しおりを挟む
「……」
ちょっと泣いてるところを一番見られたくない人たちに見られた。
女子チームである。
まさかこんな入れ替わるように来るなんて思っていなかった。
「出直しましょうか?」
「いや…もういいよ。3人とも来てくれてありがとう。ついでに今見たことを忘れてくれると嬉しいんだけど」
エレンの言葉に私は諦めの気持ちを込めて言った。
「なぜ泣いていた?何かあったのか?」
心に突き刺さる発言をベルナは悪びれもせず言う。私の話聞こえなかったのかな?いや、わざとじゃないのはわかってる。ベルナは不器用なんだ。知ってる。
「ベルナあんたね…空気読みなさいよ…」
「?」
「シエル、怪我はどうですか?」
ベルナと対照的に空気を読みすぎるリーゼロッテが私に聞いて来た。
「朝治癒術をかけてもらって完治したよ。今日1日一応ここで過ごして、夜になったら部屋に戻れる」
「そうですか。よかったです。こちらは大丈夫なのでゆっくり療養してください」
「ありがと」
リーゼロッテが柔らかい笑顔で言った。
そんな風に笑うところを始めて見たかもしれない。
「ねぇ、シエル。セスのこと聞いた?」
「聞いたよ。みんな進言書を提出してくれたんだってね。ありがとう。これは僕のせいだから、僕も後で隊長のところに行ってくる」
エレンの質問に先ほどと同じことを答える。
「シエルのせいじゃないでしょう。もちろんセスのせいでもないわ」
そしてエレンから先ほどと同じことを返される。
「…ありがと」
この3班のみんなともあと2週間でお別れだと思うと途端に寂しくなる。
ずっと一緒にやれればいいのに。そんな気持ちすら出てくるくらいだ。
「食べないのか?無理して食べろとは言わないが、食べないと体力も戻らない。少しずつでも食べた方がいい」
食事に手をつけない私を見てベルナが言った。
3人が来てるから、という選択肢が全くないところが本当にベルナらしい。
「ありがとうベルナ。後で少し食べるよ」
私の言葉にベルナが嬉しそうに白い尻尾を振った。
猫なのに犬っぽい仕草に若干萌える。
「私たちがいては食べにくいでしょう。お暇しましょうか」
「そうね。シエルお大事にね」
「シエルまたな」
「ありがとう。今日の任務頑張って」
3人が去って部屋が静寂に包まれる。
今日は15時からみんなは任務に就く。昼食や登山の時間を考えると、みんなが自由に動ける時間は午前中しかない。
セスとガヴェインは昨日"明日また来る"と言っていた。ということは午前中に来るはずだ。
泣いていたらまた見られる可能性が高いから、もう泣かないにしよう。
しばらくした後、次に来てくれたのはセスだった。
「おはよう」
「おはようシエル。…食べていないのか」
「少し食べたよ」
「…そうか」
少し悲しそうに笑ってセスは点滴の瓶を交換しだした。
リベリオに頼まれたのだろう。
「完治したみたいだね」
「うん」
「よかった。後は食欲が戻ればいいんだけど」
「……」
昨日私の言葉を無視して帰って行った割にはずいぶん普通に接して来る。
その態度に若干のイラつきを覚えた。
「ずいぶんわかりやすく怒っているね」
困ったように笑いながらセスが言った。
「そう見える?」
「まぁ、怒らせてしまった自覚もあるからね。でも俺はその話をこれ以上するつもりはない。この件はもう俺たちの手を離れた」
「隊長次第ってこと?」
「ヴィクトールとリベリオ次第ってところかな。君が今あれこれ探りを入れなくとも処分が下される時には君もその場にいるだろうから、言いたいことがあるならその時に言うといい」
そうなのか。
当事者だから私も同席するってことなのかな。
「それにしても君は大人しそうに見えて意外と激しく感情を剥き出しにすることもあるんだね。驚いたよ。君が怒って暴れたなんて、話を聞いた今でもあまり想像ができない」
「そう?ニコラならわかるけど僕はそんな大人しいって訳じゃないと思うよ」
ここでも結構感情豊かに過ごしてきたつもりなんだけどな。
あぁ、でもセスはいつもどこか一線を引いている感じで深く踏み込んでこないし、私もセスの前では大人しめだったかもしれない。
「そのニコラもずいぶん感情を荒立ててリベリオのことを怒っていたよ。さすがにみんな驚いていた」
「へぇ…ニコラが…」
それは意外だ。ちょっと見てみたかった。
「でもほら、リベリオさんに腹を立てたのは僕だけじゃないでしょ?」
「…そうだね。ありがとう。君たちのその気持ちは嬉しく思うよ…」
私から視線を外してセスは悲しそうに笑った。
セスは、取りに来るからと言っても同じことだからと食事を下げながら帰っていった。
帰る口実が欲しかったのだろう。
それから昼前まで静かな時間が続き、昼食を持って最後の来訪者が現れた。
「シエル、完治したそうだな」
「はい、もう何ともありません」
ガヴェインが持ってきてくれた食事はやはり病人食だった。
私があまり口をつけていないのは作ってくれている人もわかっているので、体に負担のないものを用意してくれたのだろう。残してばかりで申し訳ない。
「食べられそうか?」
「食べたいです」
朝よりはまだ食欲もある気がする。
同じ病人食とは言え飽きないように味を変えてあり、作ってくれた人の気遣いを感じる。
「班長、明日から復帰したいんですが」
「それは明日の昼に決めろ。まだ退院もしてないんだぞ。俺としては明日明後日休んで朝の任務から復帰するのが妥当だと思っていたけどな」
明日は23時~7時。次の日は7時に任務が終わってそこからは休み。なるほど、確かに明々後日の7時から任務に就くのはキリがいいと言えばいい。
「でももう傷はなくなりましたから」
「目に見える傷はな」
「……」
目に見えない傷でもあると言いたいのだろうか。あるとするならばそれは私ではなくてセスじゃないだろうか。
「そんなにすぐ結論を出さなくていいから、まずは心身ともに万全にするんだ。来れるなら明日の朝食に顔を出すといい。さて、来たばかりで悪いが俺はそろそろ行かなきゃならん。ゆっくり療養してくれ」
「…わかりました。ありがとうございます」
ガヴェインが持ってきてくれた昼食は半分くらい食べることができた。
「結構食べたじゃん」
13時くらいだろうか。リベリオが昼食の残り具合を見て言った。
「少しずつ食べられるようになってきました」
「そう、よかったね。点滴を外すよ。これで君は退院だ」
今日は1日ここで過ごすのではなかったのだろうか。
有難いことではあるが、まだ昼もいいとこだ。
「いいんですか?」
「ヴィクトール隊長のところに行くんだろ?なら2班が帰ってくる前に行った方がいい。先に風呂にも入りたいだろうし、このタイミングを逃すと夜遅くまで話をする時間はなくなる」
2班が帰ってくるのが16時ごろ。そこから2班の班長と治癒術師が報告したりするだろうし、ヴィクトールだって夕食やお風呂に行ったりもするだろう。自分もそのタイミングとは被らない時間に夕食があるわけだし、確かにリベリオの言う通り今を逃すと時間が取れなそうだ。
「ありがとうございます」
ずっと針を刺したままだった右腕が自由になり、開放感を得られた。
「ついでに食事も下げていって。もうここには来ないように気をつけてよね。また暴れられたら堪んないよ」
「はい、リベリオさんありがとうございました。お世話になりました」
最後まで憎まれ口を叩くリベリオに私は真面目に頭を下げて診療室を後にした。
さすがにあまり食べていないこともあって地に着いた足は震えた。
それでも何とか食堂まで行き食事を下げる。私のために個別に食事を作ってくれたお礼と残してしまった謝罪をすると、食堂の人たちは気にしないでと柔らかく笑って私の退院を祝ってくれた。
夕食は4班と一緒に来てと言われたので、後で4班の治癒術師にも痛み止めを打ってくれたお礼を言おう。
リザードマンに刺し貫かれて穴が開いてしまった服は、すべて元通りに補修されて帰ってきた。すごい。ローブは高かったのでありがたい。
久しぶりのお風呂を堪能し、私はヴィクトールの執務室へと向かった。
「入れ」
ノックするとすぐに中から返事が来た。
「失礼致します」
「…シエル。怪我は癒えたのか」
私だとは思っていなかったのだろう、その表情にはわずかながら驚きが見られた。
「はい。任務を休んでしまってすみませんでした」
「いや、命が助かって何よりだ。それで、何か俺に用があって来たんだろう?退院の報告に来たわけではあるまい」
ヴィクトールが部屋に備え付けてあるソファーに座るように促した。
さすがに立ちっぱなしも今はちょっとキツそうなので私は素直にソファーに腰掛けることした。柔らかい。
「セスのことで」
テーブルを挟んで向かいのソファーに座ったヴィクトールは、セスの名を聞いても表情を変えることなく私が続きを話すのを待った。
その件で来ていると予想していたのだろう。
「今回のことでセスが処罰を受けると聞きました。これは僕の意思で僕が起こしてしまった行動なんです。セスに処罰を与えないことはできませんか。処罰が必要なのは、僕の方です」
「……」
私の言葉にヴィクトールはすぐに返事をしなかった。しかしその目は真っ直ぐに私を見つめている。その強い視線に思わず逸らしたくなったが、何とかその目を見つめ返した。
「シェスベルの連続投与は禁忌とされている。それによって実際お前の命も危険に晒された。その責任は負わねばならない」
予想通りの言葉ではあった。
規約を重んじる騎士団だ。これもまた規約に則って罰則を与えなければならないのだろう。
「命の危機に晒された僕が処罰を望まないとしてもですか」
「それでも禁忌を犯した以上、セスが処罰を免れることはできない。だが、お前のその言葉は受け取った。ガヴェインからも、3班の班員からも寛大な処分を求める声があった。それはきちんと考慮する」
「…そうですか…」
ダメか。
これが限界なのか。
「今回のことはリベリオに原因がある。もちろんリベリオには厳重注意をした」
「厳重注意ですか」
「不服か」
やばい。不満げな言い方になってしまった。いや、実際不満なのだがヴィクトールにしていい態度ではなかった。
「いえ、すみません。失礼な態度を取ってしまいました。謝罪します」
「構わん。お前の気持ちもわかるからな。しかし規約に則れば今回の場合はリベリオを罰することはできない。これでお前を治癒せずに死なせたなら別だが、そうじゃないからな。発言に対して厳重注意することくらいしかできんのだ」
規約か。本当に規約ばっかりだな。
ここで一番偉いのはヴィクトールなのだ。気持ちがわかるというのであれば、鶴の一声でどうとでもなりそうなのに。
「明後日の13時から、会議室にて処分を言い渡す。お前も来い。そこでお前にも発言する場を与える。今の言葉をもう一度そこで言うんだ」
「…わかりました」
明後日、朝まで任務だ。中々に辛い時間ではあると思うが致し方ないのだろうか。
「…あいつも、この3ヶ月でずいぶん変わった。いい仲間を持ったようだな」
「セスですか?」
「ああ」
そうなのだろうか。最初から今までずっと変わらない気がする。
いつも淡々と、表情も変えずに怒ることも笑うこともあまりない。
いや、怒ってたか。私が横穴で喋るなと言われたのに喋っていた時に。
それに私がセスを侮辱されて怒って暴れたと知ってずいぶんと苦しそうな表情をしていた。
セスもそんな風に感情を表に出すんだなとその時は思った。
「シェスベルの連続投与はセスが報告しなければ公になることはなかった。問題になることもなかったはずだ。今までのセスなら言わなかっただろうし、そもそも禁忌を犯すことすらしなかったかもしれない。自分の立場がどうとかではなく、誰かのためにという行動を取ることを俺は見たことがなかった。なのに仲間のために禁忌を犯し、処罰を受けることを承知でそれを報告した。だから俺にはそれが意外だった」
「そうなんですか…。誰かのための行動を取らなかったのはどうしてですか、と聞いてもいいんでしょうか」
「セスがリュシュナ族だと言うのは知っているか?」
「いえ、知りませんでした」
リュシュナ族?聞いたことがない。
そういえばセスは天族なんだよね。見た目がヒューマと変わらないからたまに忘れそうになる。
「リュシュナ族と言うのは天族でも珍しい武術に長けた一族なんだ。胸にリュシュナの秘石と呼ばれる蒼い石が埋まっていて、それを別の種族が取り入れると不老になると言われている。その石を取られたらリュシュナ族は死ぬからそれを守るために武術に長けているんだ」
リュシュナ族の命とも呼べるその秘石を他種族が取り入れると不老になる。
なんだか急におとぎ話みたいになってきた。
「エルフであるお前も不老みたいなものだからあまり関係ないかもしれないがな。でも寿命の短いヒューマだったら喉から手が出るほど欲しい代物だと思わないか」
「確かに…」
「セスはミトスに来てそれはもう数え切れないほど命を狙われてきただろう。信じていた人間に裏切られたことも一度や二度ではないはずだ。そんな人間たちの中で生きていれば誰かのために何かをしてあげたい気持ちなど失くなると思わないか?」
「……」
私だったら人を信じられなくなる。
いや、セスだってそうなんだろう。きっと誰のことも信じていない。
だから常に一線を引いて踏み込まないようにしている。自分の感情を人に悟らせない。踏み込ませない。付け込まれないように。
「考えただけで辛いです」
「そうだな。俺たちには想像もできないほど辛い気持ちを抱えているんだろう。だからそんなセスが他者のためにここまで必死になっていることが俺には意外だったんだ」
「そうですね…なぜでしょうか…僕たちがそのことを知らないから?」
「さぁな。だが別にセスはそれを隠しているわけでもないぞ。聞けば言うはずだ。前の3班のやつらはそれを知っていたらしいしな」
そうなのか。私だったら言いたくない。
お風呂も別だし言わなきゃバレないんだ。言ってそれを狙われたら嫌だ。
それとも私たちなら知っても裏切らないと信じてくれているのだろうか。いや、裏切ったとしても殺せるからという可能性もある。
でもセスは同じような状況になったら3班のメンバーの誰でも同じように必死になっていたと思うし、なんだかよくわからない。どこにセスの真意があるのかわからない。
「でも隊長とセスは仲間なんじゃないんですか?隊長に頼まれてセスはここにいるんですよね」
「俺とセスはそういうんじゃない。ただ騎士団の依頼をセスが受けてくれて何度か一緒に仕事をしただけだ。契約上の関係でしかない」
「そうだったんですね」
その割にはセスはヴィクトールの頼みを断りきれずにこの契約を受けていたりするし、契約上の関係だけとも思えないのだが。
あまりにもヴィクトールがしつこくて断りきれなかったのだろうか。
「だから意外だったんだ。俺はセスから報告を受けた時に聞かなかったことにする選択肢も示した。それでもセスはそれを公にし、処罰を受けることを望んだ。お前の名誉のために」
「名誉…?」
「お前がリベリオに対して暴挙に出たのは薬のせいで興奮状態にあったからであって、お前の意思だけによるものではないと周りに示したかったんだろう」
なるほど、そういう名誉か。
プライド的な。
「そんなこと、気にしないでよかったのに…」
「お前はそう言うだろうと思ったがな。お前たちは全部自分の責任だとお互い言い合っているんだから。お前がそれを譲れないとここに来たように、セスもまた譲れないんだ。そんなお前たちの気持ちを無下にはしない。大丈夫だ」
「…はい、ありがとうございます」
ヴィクトールの裁量を信じて私は執務室を後にした。
あとは明後日の処分決定を待つしかない。
ちょっと泣いてるところを一番見られたくない人たちに見られた。
女子チームである。
まさかこんな入れ替わるように来るなんて思っていなかった。
「出直しましょうか?」
「いや…もういいよ。3人とも来てくれてありがとう。ついでに今見たことを忘れてくれると嬉しいんだけど」
エレンの言葉に私は諦めの気持ちを込めて言った。
「なぜ泣いていた?何かあったのか?」
心に突き刺さる発言をベルナは悪びれもせず言う。私の話聞こえなかったのかな?いや、わざとじゃないのはわかってる。ベルナは不器用なんだ。知ってる。
「ベルナあんたね…空気読みなさいよ…」
「?」
「シエル、怪我はどうですか?」
ベルナと対照的に空気を読みすぎるリーゼロッテが私に聞いて来た。
「朝治癒術をかけてもらって完治したよ。今日1日一応ここで過ごして、夜になったら部屋に戻れる」
「そうですか。よかったです。こちらは大丈夫なのでゆっくり療養してください」
「ありがと」
リーゼロッテが柔らかい笑顔で言った。
そんな風に笑うところを始めて見たかもしれない。
「ねぇ、シエル。セスのこと聞いた?」
「聞いたよ。みんな進言書を提出してくれたんだってね。ありがとう。これは僕のせいだから、僕も後で隊長のところに行ってくる」
エレンの質問に先ほどと同じことを答える。
「シエルのせいじゃないでしょう。もちろんセスのせいでもないわ」
そしてエレンから先ほどと同じことを返される。
「…ありがと」
この3班のみんなともあと2週間でお別れだと思うと途端に寂しくなる。
ずっと一緒にやれればいいのに。そんな気持ちすら出てくるくらいだ。
「食べないのか?無理して食べろとは言わないが、食べないと体力も戻らない。少しずつでも食べた方がいい」
食事に手をつけない私を見てベルナが言った。
3人が来てるから、という選択肢が全くないところが本当にベルナらしい。
「ありがとうベルナ。後で少し食べるよ」
私の言葉にベルナが嬉しそうに白い尻尾を振った。
猫なのに犬っぽい仕草に若干萌える。
「私たちがいては食べにくいでしょう。お暇しましょうか」
「そうね。シエルお大事にね」
「シエルまたな」
「ありがとう。今日の任務頑張って」
3人が去って部屋が静寂に包まれる。
今日は15時からみんなは任務に就く。昼食や登山の時間を考えると、みんなが自由に動ける時間は午前中しかない。
セスとガヴェインは昨日"明日また来る"と言っていた。ということは午前中に来るはずだ。
泣いていたらまた見られる可能性が高いから、もう泣かないにしよう。
しばらくした後、次に来てくれたのはセスだった。
「おはよう」
「おはようシエル。…食べていないのか」
「少し食べたよ」
「…そうか」
少し悲しそうに笑ってセスは点滴の瓶を交換しだした。
リベリオに頼まれたのだろう。
「完治したみたいだね」
「うん」
「よかった。後は食欲が戻ればいいんだけど」
「……」
昨日私の言葉を無視して帰って行った割にはずいぶん普通に接して来る。
その態度に若干のイラつきを覚えた。
「ずいぶんわかりやすく怒っているね」
困ったように笑いながらセスが言った。
「そう見える?」
「まぁ、怒らせてしまった自覚もあるからね。でも俺はその話をこれ以上するつもりはない。この件はもう俺たちの手を離れた」
「隊長次第ってこと?」
「ヴィクトールとリベリオ次第ってところかな。君が今あれこれ探りを入れなくとも処分が下される時には君もその場にいるだろうから、言いたいことがあるならその時に言うといい」
そうなのか。
当事者だから私も同席するってことなのかな。
「それにしても君は大人しそうに見えて意外と激しく感情を剥き出しにすることもあるんだね。驚いたよ。君が怒って暴れたなんて、話を聞いた今でもあまり想像ができない」
「そう?ニコラならわかるけど僕はそんな大人しいって訳じゃないと思うよ」
ここでも結構感情豊かに過ごしてきたつもりなんだけどな。
あぁ、でもセスはいつもどこか一線を引いている感じで深く踏み込んでこないし、私もセスの前では大人しめだったかもしれない。
「そのニコラもずいぶん感情を荒立ててリベリオのことを怒っていたよ。さすがにみんな驚いていた」
「へぇ…ニコラが…」
それは意外だ。ちょっと見てみたかった。
「でもほら、リベリオさんに腹を立てたのは僕だけじゃないでしょ?」
「…そうだね。ありがとう。君たちのその気持ちは嬉しく思うよ…」
私から視線を外してセスは悲しそうに笑った。
セスは、取りに来るからと言っても同じことだからと食事を下げながら帰っていった。
帰る口実が欲しかったのだろう。
それから昼前まで静かな時間が続き、昼食を持って最後の来訪者が現れた。
「シエル、完治したそうだな」
「はい、もう何ともありません」
ガヴェインが持ってきてくれた食事はやはり病人食だった。
私があまり口をつけていないのは作ってくれている人もわかっているので、体に負担のないものを用意してくれたのだろう。残してばかりで申し訳ない。
「食べられそうか?」
「食べたいです」
朝よりはまだ食欲もある気がする。
同じ病人食とは言え飽きないように味を変えてあり、作ってくれた人の気遣いを感じる。
「班長、明日から復帰したいんですが」
「それは明日の昼に決めろ。まだ退院もしてないんだぞ。俺としては明日明後日休んで朝の任務から復帰するのが妥当だと思っていたけどな」
明日は23時~7時。次の日は7時に任務が終わってそこからは休み。なるほど、確かに明々後日の7時から任務に就くのはキリがいいと言えばいい。
「でももう傷はなくなりましたから」
「目に見える傷はな」
「……」
目に見えない傷でもあると言いたいのだろうか。あるとするならばそれは私ではなくてセスじゃないだろうか。
「そんなにすぐ結論を出さなくていいから、まずは心身ともに万全にするんだ。来れるなら明日の朝食に顔を出すといい。さて、来たばかりで悪いが俺はそろそろ行かなきゃならん。ゆっくり療養してくれ」
「…わかりました。ありがとうございます」
ガヴェインが持ってきてくれた昼食は半分くらい食べることができた。
「結構食べたじゃん」
13時くらいだろうか。リベリオが昼食の残り具合を見て言った。
「少しずつ食べられるようになってきました」
「そう、よかったね。点滴を外すよ。これで君は退院だ」
今日は1日ここで過ごすのではなかったのだろうか。
有難いことではあるが、まだ昼もいいとこだ。
「いいんですか?」
「ヴィクトール隊長のところに行くんだろ?なら2班が帰ってくる前に行った方がいい。先に風呂にも入りたいだろうし、このタイミングを逃すと夜遅くまで話をする時間はなくなる」
2班が帰ってくるのが16時ごろ。そこから2班の班長と治癒術師が報告したりするだろうし、ヴィクトールだって夕食やお風呂に行ったりもするだろう。自分もそのタイミングとは被らない時間に夕食があるわけだし、確かにリベリオの言う通り今を逃すと時間が取れなそうだ。
「ありがとうございます」
ずっと針を刺したままだった右腕が自由になり、開放感を得られた。
「ついでに食事も下げていって。もうここには来ないように気をつけてよね。また暴れられたら堪んないよ」
「はい、リベリオさんありがとうございました。お世話になりました」
最後まで憎まれ口を叩くリベリオに私は真面目に頭を下げて診療室を後にした。
さすがにあまり食べていないこともあって地に着いた足は震えた。
それでも何とか食堂まで行き食事を下げる。私のために個別に食事を作ってくれたお礼と残してしまった謝罪をすると、食堂の人たちは気にしないでと柔らかく笑って私の退院を祝ってくれた。
夕食は4班と一緒に来てと言われたので、後で4班の治癒術師にも痛み止めを打ってくれたお礼を言おう。
リザードマンに刺し貫かれて穴が開いてしまった服は、すべて元通りに補修されて帰ってきた。すごい。ローブは高かったのでありがたい。
久しぶりのお風呂を堪能し、私はヴィクトールの執務室へと向かった。
「入れ」
ノックするとすぐに中から返事が来た。
「失礼致します」
「…シエル。怪我は癒えたのか」
私だとは思っていなかったのだろう、その表情にはわずかながら驚きが見られた。
「はい。任務を休んでしまってすみませんでした」
「いや、命が助かって何よりだ。それで、何か俺に用があって来たんだろう?退院の報告に来たわけではあるまい」
ヴィクトールが部屋に備え付けてあるソファーに座るように促した。
さすがに立ちっぱなしも今はちょっとキツそうなので私は素直にソファーに腰掛けることした。柔らかい。
「セスのことで」
テーブルを挟んで向かいのソファーに座ったヴィクトールは、セスの名を聞いても表情を変えることなく私が続きを話すのを待った。
その件で来ていると予想していたのだろう。
「今回のことでセスが処罰を受けると聞きました。これは僕の意思で僕が起こしてしまった行動なんです。セスに処罰を与えないことはできませんか。処罰が必要なのは、僕の方です」
「……」
私の言葉にヴィクトールはすぐに返事をしなかった。しかしその目は真っ直ぐに私を見つめている。その強い視線に思わず逸らしたくなったが、何とかその目を見つめ返した。
「シェスベルの連続投与は禁忌とされている。それによって実際お前の命も危険に晒された。その責任は負わねばならない」
予想通りの言葉ではあった。
規約を重んじる騎士団だ。これもまた規約に則って罰則を与えなければならないのだろう。
「命の危機に晒された僕が処罰を望まないとしてもですか」
「それでも禁忌を犯した以上、セスが処罰を免れることはできない。だが、お前のその言葉は受け取った。ガヴェインからも、3班の班員からも寛大な処分を求める声があった。それはきちんと考慮する」
「…そうですか…」
ダメか。
これが限界なのか。
「今回のことはリベリオに原因がある。もちろんリベリオには厳重注意をした」
「厳重注意ですか」
「不服か」
やばい。不満げな言い方になってしまった。いや、実際不満なのだがヴィクトールにしていい態度ではなかった。
「いえ、すみません。失礼な態度を取ってしまいました。謝罪します」
「構わん。お前の気持ちもわかるからな。しかし規約に則れば今回の場合はリベリオを罰することはできない。これでお前を治癒せずに死なせたなら別だが、そうじゃないからな。発言に対して厳重注意することくらいしかできんのだ」
規約か。本当に規約ばっかりだな。
ここで一番偉いのはヴィクトールなのだ。気持ちがわかるというのであれば、鶴の一声でどうとでもなりそうなのに。
「明後日の13時から、会議室にて処分を言い渡す。お前も来い。そこでお前にも発言する場を与える。今の言葉をもう一度そこで言うんだ」
「…わかりました」
明後日、朝まで任務だ。中々に辛い時間ではあると思うが致し方ないのだろうか。
「…あいつも、この3ヶ月でずいぶん変わった。いい仲間を持ったようだな」
「セスですか?」
「ああ」
そうなのだろうか。最初から今までずっと変わらない気がする。
いつも淡々と、表情も変えずに怒ることも笑うこともあまりない。
いや、怒ってたか。私が横穴で喋るなと言われたのに喋っていた時に。
それに私がセスを侮辱されて怒って暴れたと知ってずいぶんと苦しそうな表情をしていた。
セスもそんな風に感情を表に出すんだなとその時は思った。
「シェスベルの連続投与はセスが報告しなければ公になることはなかった。問題になることもなかったはずだ。今までのセスなら言わなかっただろうし、そもそも禁忌を犯すことすらしなかったかもしれない。自分の立場がどうとかではなく、誰かのためにという行動を取ることを俺は見たことがなかった。なのに仲間のために禁忌を犯し、処罰を受けることを承知でそれを報告した。だから俺にはそれが意外だった」
「そうなんですか…。誰かのための行動を取らなかったのはどうしてですか、と聞いてもいいんでしょうか」
「セスがリュシュナ族だと言うのは知っているか?」
「いえ、知りませんでした」
リュシュナ族?聞いたことがない。
そういえばセスは天族なんだよね。見た目がヒューマと変わらないからたまに忘れそうになる。
「リュシュナ族と言うのは天族でも珍しい武術に長けた一族なんだ。胸にリュシュナの秘石と呼ばれる蒼い石が埋まっていて、それを別の種族が取り入れると不老になると言われている。その石を取られたらリュシュナ族は死ぬからそれを守るために武術に長けているんだ」
リュシュナ族の命とも呼べるその秘石を他種族が取り入れると不老になる。
なんだか急におとぎ話みたいになってきた。
「エルフであるお前も不老みたいなものだからあまり関係ないかもしれないがな。でも寿命の短いヒューマだったら喉から手が出るほど欲しい代物だと思わないか」
「確かに…」
「セスはミトスに来てそれはもう数え切れないほど命を狙われてきただろう。信じていた人間に裏切られたことも一度や二度ではないはずだ。そんな人間たちの中で生きていれば誰かのために何かをしてあげたい気持ちなど失くなると思わないか?」
「……」
私だったら人を信じられなくなる。
いや、セスだってそうなんだろう。きっと誰のことも信じていない。
だから常に一線を引いて踏み込まないようにしている。自分の感情を人に悟らせない。踏み込ませない。付け込まれないように。
「考えただけで辛いです」
「そうだな。俺たちには想像もできないほど辛い気持ちを抱えているんだろう。だからそんなセスが他者のためにここまで必死になっていることが俺には意外だったんだ」
「そうですね…なぜでしょうか…僕たちがそのことを知らないから?」
「さぁな。だが別にセスはそれを隠しているわけでもないぞ。聞けば言うはずだ。前の3班のやつらはそれを知っていたらしいしな」
そうなのか。私だったら言いたくない。
お風呂も別だし言わなきゃバレないんだ。言ってそれを狙われたら嫌だ。
それとも私たちなら知っても裏切らないと信じてくれているのだろうか。いや、裏切ったとしても殺せるからという可能性もある。
でもセスは同じような状況になったら3班のメンバーの誰でも同じように必死になっていたと思うし、なんだかよくわからない。どこにセスの真意があるのかわからない。
「でも隊長とセスは仲間なんじゃないんですか?隊長に頼まれてセスはここにいるんですよね」
「俺とセスはそういうんじゃない。ただ騎士団の依頼をセスが受けてくれて何度か一緒に仕事をしただけだ。契約上の関係でしかない」
「そうだったんですね」
その割にはセスはヴィクトールの頼みを断りきれずにこの契約を受けていたりするし、契約上の関係だけとも思えないのだが。
あまりにもヴィクトールがしつこくて断りきれなかったのだろうか。
「だから意外だったんだ。俺はセスから報告を受けた時に聞かなかったことにする選択肢も示した。それでもセスはそれを公にし、処罰を受けることを望んだ。お前の名誉のために」
「名誉…?」
「お前がリベリオに対して暴挙に出たのは薬のせいで興奮状態にあったからであって、お前の意思だけによるものではないと周りに示したかったんだろう」
なるほど、そういう名誉か。
プライド的な。
「そんなこと、気にしないでよかったのに…」
「お前はそう言うだろうと思ったがな。お前たちは全部自分の責任だとお互い言い合っているんだから。お前がそれを譲れないとここに来たように、セスもまた譲れないんだ。そんなお前たちの気持ちを無下にはしない。大丈夫だ」
「…はい、ありがとうございます」
ヴィクトールの裁量を信じて私は執務室を後にした。
あとは明後日の処分決定を待つしかない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる