クルスの調べ

緋霧

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二章

第33話 最後の晩餐

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 全員が揃う前にガヴェインは料理を注文し始めた。ちょうど揃った時にすぐ料理に手を付けられるようにしたいのだろう。
 上からフィリオたちも下りてきてベルナとアイゼンも来たので、後はリーゼロッテを待つだけだ。

「お待たせしました」

 18時ぎりぎりにリーゼロッテが現れた。
 ちょうど料理も並び終えて、いいタイミングだ。

「酒を飲むのは誰だ?」

「はい!」

 ガヴェインの問いかけに手を上げたのはアイゼンとベルナだ。
 ヒューマたちは誰も手を上げていない。

「お前たち飲まないのか?まだ全員17歳なのか?」

「18歳です。任務中に誕生日を迎えました」

 ガヴェインの質問にフィリオが答えた。
 そういう言い方をするということは、ヒューマは18歳で成人ということだろうか。

「僕はまだ17歳なので飲めないです」

「私も」

「私もです」

 ニコラとエレン、リーゼロッテはまだ17歳のようだ。
 成人しなければお酒が飲めない、というのはこの世界でも共通のことらしい。
 正直17歳も18歳も変わらないんじゃ、と思うけれどずいぶんと律儀だな。これから騎士団に入る手前、ガヴェインの前で不正はできないということなのかな。

「じゃあフィリオ、お前は飲むだろ?」

「どうしようかな…じゃあ、少しだけいただきます」

 任務中に18歳になったということはフィリオにとってこれが初めてのお酒か。そりゃ悩むだろうな。

「シエルお前は?もう成人してるんだよな?」

「してますけどいいです。僕お酒飲みすぎると死ぬんで」

「死ぬって…」

 ガヴェインの問いかけに即答する。
 あの暗い森は日本で言う三途の川的な場所に違いない。2回も奇跡の生還を果たしたのだからきっと次はもう無理だ。

「少しなら飲めるってことだろ?飲もうぜシエル」

 アイゼンが言う。
 そう言われちゃうと断りにくい…。

「じゃあ、少しだけ」

 って言ったのにコップに透明なお酒が並々と注がれた。1杯くらいならいいか…。

「セスお前も飲むよな」

「まぁ、じゃあ、せっかくだからいただこうか」

 ガヴェインの質問に、どっちでもいい風な言い方でセスは答えた。
 お酒を飲まないヒューマたちはフルーツジュースだ。正直そっちのほうがおいしそう。

「じゃあ任務終了を祝って、乾杯!」

「乾杯!!」

 こうして最後の晩餐は幕を開いた。

 パーシヴァルの件で躊躇われるかと思った宴は、思いの外盛り上がっていた。
 私は1杯だけでお酒を切り上げ、そこからはエレンたちと同じジュースに切り替えたので酔いというほどの酔いは感じていない。多少フワフワとした感覚がするくらいか。
 アイゼンとガヴェインがお酒の効果でそれはもう饒舌になって場を盛り上げているのだが、ベルナは人が変わったように隣に座っているエレンにベタベタと抱き付いたりしている。酔うとやっかいなタイプだ、あれ。
 エレンも「ちょっと離れてよ」とか口では言ってるけど、まんざらでもない様子でフワフワとした耳や尻尾をモフモフしている。うらやましい。
 フィリオはガヴェインに飲まされるだけ飲まされて寝てしまっている。
 セスも同じくガヴェインに結構飲まされているのだが、飲む前と全く何も変わっていない。話に相槌を打ちながら水を飲むようにお酒を飲んでいる。
 アイゼンやガヴェインの話に付き合わされているシラフのニューマたちがだいぶ引き気味だ。分かる。私もそう。

 ガヴェインは3年前に結婚して、1歳になったばかりの子供がいるらしい。ちなみに女の子で、その子がいかに可愛いかを延々と話していた。
 あまりの溺愛ぶりに今までのガヴェインのイメージが崩れ若干引いたが、そんな小さい子がいるのに3か月も遠征に出されていたのは気の毒になる。今日だって本当は早く家に帰りたいのではなかろうか。

 そのガヴェインが、自分も親の立場だからパーシヴァルの親の気持ちを思うとやり切れない、自分の詰めの甘さのせいで、と突然泣き出した。
 泣くと言っても号泣というわけではなく、堪えられなかった涙が頬を伝ったくらいの感じなのだが、あまりにも突然のことで場は一瞬で静まり返った。
 きっとその姿を私たちには見せなかっただけで、あの時もこうやって1人で悔やんでいたのだろう。
 普段屈強なガヴェインが見せた不意の涙に、私ももらい泣きしてしまった。私だけではない、アイゼンも、エレンも、ニコラも、リーゼロッテも泣いている。
 ベロベロに酔って自我を失ったベルナが、まるで小さい子にするようにエレンの頭を撫でたり涙を拭ったり抱きしめたりしている。母性あふれたその姿を見て私はさらに泣いた。
 エレンもそんなベルナに抱き付いて泣いている。
 みんなをただ静かに見つめていたセスの切なげな表情が印象的だった。

 しんみりさせてすまなかった、でもパーシヴァルを偲んで終わるのも3班らしいか、とガヴェインはここでこの宴会をしめた。
 ありがとう、元気でとみんなで言い合って3班は本当にこれで解散となった。
 とてもじゃないが1人で家まで帰れるとは思えないベルナは、エレンが抱いて寝ると部屋へ連れて行った。抱いて寝る。たぶん猫を抱いて寝るという意味合いなのだろうが、いやらしい響きに聞こえてしまうのはなぜだろう。
 完全に熟睡しているフィリオは私とニコラで何とか部屋へと運んだ。
 アイゼンは酔ってはいるけれど受け答えもしっかりできて問題なさそうなので1人で帰らせ、リーゼロッテはセスが送ることになった。
 最初はガヴェインが送って行くと言っていたのだが、酔っている男がオルコット家まで行くのも問題だということで却下になったらしい。

「ごめん、シエル、君も来てくれないか。さすがに俺が1人でリーゼロッテを送って行ったら問題になりそうだ」

 セスが言う。
 何がどう問題になるのかわからないけれど、別に異論もないので私は素直に頷いた。

 3人でカルナの街並みを歩く。
 今は21時過ぎ。名家の令嬢がこんな遅くに帰って大丈夫なのだろうか。

「ここから家までどれくらいなの?」

「1時間半くらいでしょうか…遠くてすみません」

 私の質問に申し訳なさそうにリーゼロッテは答えた。

「それは全然いいんだけど結構遅くなっちゃうね」

「大丈夫です」

 そうは言っても今からだと23時近くにはなってしまいそうだ。
 というか、1時間半かけてここに来たのか。さぞ大変だったことだろう。

 メインの大通りを、ひたすら北上していく。大都市カルナだけあって、この時間でも街は明るく活気に包まれている。
 元々口数が多い3人ではないので、ほぼ無言だ。完全に人選ミスのような気がしてならない。
 アイゼンがもし途中まで方向が一緒だったなら、待たせて一緒に行けばよかった。

「セス、あれだけ飲んでいたのに全然酔わないんですね。驚きました」

「アルコールは効かないんだ。アルディナにある一般的な毒もだけど、幼少期から毎日少しずつ体に入れて慣らしているから」

 沈黙を破るようなリーゼロッテの問いかけに当たり前のようにセスが答えた。
 それってあれか、忍者の修行みたいなやつか。

「だから俺には酒も普通の飲み物と変わらない。飲む意味もないから普段は飲まないんだけどね」

 今回はガヴェインの顔を立てたわけか。

「なるほど、リュシュナ族とはそういう一族なんですね」

「あ、セスがリュシュナ族ってみんな知ってたんでしょ?僕知らなかったよ。というか、聞きもしなかったんだけどさ」

 リーゼロッテから出たリュシュナという単語でそれを思い出した。

「全員が知ってるかは私もわかりませんよ。私も個人的にセスに聞いただけなので」

「まぁ、聞いてこなかったのはシエルだけだから他は全員知ってるね」

 リーゼロッテの言葉にセスが補足する。
 みんなちゃっかり知らないところでそういう話してたんだな…。

「僕あんまりそういうこと意識してなかった。セスから戦闘のアドバイスを聞くことばっかりで。セスがそんなすごい一族だったなんて」

「君は誰からそれを聞いたの?ヴィクトールか?」

 そういえばセスからはリュシュナ族、という単語を聞いただけでそれについて詳しい話もなかった。私が"すごい一族"と口にしたので誰かから聞いたとわかったのだろう。

「うん、隊長から聞いた」

「余計なことまで話してそうだな…」

 苦い笑みを浮かべてセスが呟いた。
 まぁ、確かにセスにとっては余計なことまで聞いたかもしれない。

 城周りの富裕層住区にリーゼロッテの家はあった。
 見るからにお金持ちの家、という感じの広い豪華な家だった。
 
「2人とも、ありがとうございました。もうこれで会うこともないのかもしれないと考えると、寂しくなりますね」

「そうだね、またどこかで会えるといいね」

「元気で、リーゼロッテ。また」

 あえて"また"と言って私たちは別れた。
 3班のみんなにまたどこかで会えるといい。本当にそう思う。

 リーゼロッテが家の中に入ったのを見届けて、来た道を今度はセスと2人で戻る。
 別に誰か家の者が出てきたわけではなかったので、酔ったガヴェインが送ってきたとしても、セスが1人で送ってきたとしても何の問題もなかったのでは、と思う。

「ねぇ、セス。本当に僕と一緒にアルセノに行ってくれるの?何か旅の目的があるんじゃないの?」

 後でする、と言っていた話を今ちょうど2人きりなので切り出した。
 帰りにも1時間半かかるのでちょうどいい。

「俺に旅の目的があるとヴィクトールに聞いたのか?」

 セスは私の質問に質問で返す。
 質問に質問で返すなんて感心しないな、という漫画とかでよくあるセリフを言ってみたくなったけど自重した。

「そうとは聞いてない」

「じゃあどうしてそう思うの?君はヴィクトールから何を聞いた?」

 そうか。そうなるのか。
 確かセスはあの時ニコラの気ままな旅なのかという質問にそんなものと答えた。
 それだけの情報だったら目的があるのではないか?という質問自体が出てくるはずがないのだ。
 これは聞いたことを正直に言った方が良さそうだな。

「セスはその秘石を狙われることが多くてミトスで辛い思いをたくさんしたって。だから何か目的がなければミトスを旅する意味もないんじゃないのかなって思って」

「…なるほど。本当に余計なことを…」

 私の言葉を聞いて、呆れたようにセスが笑いながら言った。

「まぁ、確かに君の推測通り、目的はある。そうだな…話しておこうか」

 そう言ってここで一度言葉を切った。
 言葉を整理するかのように何かを考えている。
 私はこの辺に並ぶ富裕層の豪華な家並みを眺めながら次の言葉を待った。

「君はリュシュナ族についてどこまで聞いているのかな」

「どこまで…うーん、秘石を守るために天族には珍しく武術的な戦闘能力に長けた一族だって。後は不老ってことと、秘石が割れたり抉り取られたりすると死ぬってことと、その秘石を他種族が取り入れると不老になるってことかな」

「なるほど」

 これがどこまで聞いていることになるのかわからないけど、私はヴィクトールから聞いたことをそのまま答えた。

「リュシュナ族はアルディナの各地に拠点を構えていて、ギルドと同じようなことをしているんだ。正確には、ギルドの依頼を一族が受けて、それを上の人間が下の人間に割り振って強制的にやらせている。雑用から護衛、暗殺まで何でもやるけど、俺は今暗殺者として、一族の命令で裏切り者を追っている」

「暗殺者…裏切り者…」

 全くもって気ままな旅ではないということか。
 その裏切り者をセスが1人で追っているということは、同じ一族のその人を殺せる実力があるからなんだろうな。

「もう、ミトスに来て50年になる。この広いミトスで人1人を探すなんて無理がありすぎて、俺は一生この目的を果たせないんじゃないかと思ってるんだが、命令が取り消されることもないから仕方がなく冒険者をやりながら追っている」

 50年…気が遠くなるような時間だ。そんな長い時間をセスは今までたくさんの人に裏切られながら過ごしてきたのか。
 それは誰も信じられなくなるよね…。

「その人を見つけたら殺すってことか」

「そうだね。アルディナへ連れて帰るという選択肢も一応はあるけど、恐らく殺すか逆に殺されるかのどちらかになるだろう。連れて帰ったところでどうせ処刑されるだろうし、生きたまま連れて帰れるとも思えない」

 それが当たり前かのようにセスは言う。
 まぁ、そうだよね。普通そうなるよね。

「だからその人が見つかるまでは僕と一緒に旅をしてもいいってこと?」

「というより…正直見つからないだろうから君と一緒でも問題ないってことかな」

「その人生きてるの?もう50年見つからないんでしょ?」

 死んでいる可能性も大いにある気がする。
 そうしたら永久に見つからないのでは。

「生きている。それは分かるんだ。裏切り者は…俺の双子の姉だから。自分の片割れが生きていることはお互いに分かっている」

「双子の姉…?」

 この世界の双子はお互いの生死が分かる能力を持っているということだろうか。なんてファンタジー。
 というか、一族はセスに自分の姉を殺させようとしているのか。なにそれ。
 いや、生きているのが分かるからあえてそうさせているのか。

「お姉さんを…殺さなきゃいけないの?」

「…命令だからね」

 本当に忍者のような感じだ。それか闇の組織的な。
 そんな命令に忠実に従うセスが、騎士団の規約がどうだのと言っていたのもずいぶんおかしい話だ。
 その命令を出した一族より、まだ騎士団の方がまともな思考をしているような気がする。

「命令だから自分のお姉さんでも殺せるの?」

「俺がやらなければ他の者がやることになる。結局そうやって姉が一族に許されることがないのなら、俺がやるというだけの話だ」

「それが慈悲だと?」

 私の質問にセスが突然立ち止まった。
 数歩歩いてから隣にいないことに気づき、私も立ち止まって振り返った。

「慈悲なんてそんな綺麗なものじゃない。身内の失態を処理するのは身内の役目だというだけさ」

 家の灯りで照らされたセスはどこか自嘲気味な笑みを浮かべている。
 妖麗、そんな言葉が似合う気がした。
 あぁ、この人は本当に必要があれば誰でも殺せるんだな。そう思える笑みだった。

「……」

 そんなセスにどう言葉を返せばいいのかわからない。
 でも私を真っ直ぐ見つめるその視線を逸らせずに私もその瞳を見つめ返した。

「俺が怖いか?」

 静かにセスがそう聞いた。
 怖い、確かに暗殺者だと言うセスの妖麗な笑みは私の恐怖心を駆り立てる。
 でもそんなセスが目の前に立っているのにどこか別の世界の、それこそ漫画やゲーム世界の別次元を見ているような気になった。

「…少し。でも正直、生きてきた世界が違いすぎて実感が湧かない」

 正直な気持ちを吐露する。
 ここで何か偽っても全てを見透かすようなその瞳の前では何の意味も為さないと思った。

「ヴィクトールは俺がミトスに来て辛い思いをたくさんしたと言ったんだろう?でもそれはヴィクトールの推測に過ぎない。ミトスの人間が俺を利用したいと考えるであろうことはミトスに来る前から分かっていたことだ。そして実際その通りだった。俺は最初から誰も信用していない」

「……」

 何て冷たい表情だろう。
 何も期待していないような、そう、自分の周りには誰もいないとわかっている人間の目。
 私はそれを知っている。
 私もきっと家族が死んだ時に同じ顔をしていた。

「でも僕はセスを信じてる。僕のためにしてくれたことも、僕たちのことを仲間だと言ってくれた言葉も嘘じゃないと思うから」

 そう、あれはきっと嘘じゃない。
 私のためにとあれだけ必死になってくれたのが嘘であるとは思えない。
 だってあんなに苦しそうに自分のせいで私の命が危険に晒されたと後悔していたんだ。ヴィクトールの前であんなに自然に笑って彼らを仲間だと思っている、なんて言っていたんだ。
 もしあれが演技だと言うのならば何かの賞を差し上げたいくらいだ。手の平を返されて裏切られても、感服だ、と素直に首を差し出せる気すらしてくる。

「…俺も君たちのことは信じているよ。あの時も言ったように、君たちだけは俺に対して損得勘定のない純粋な気持ちを向けてくれた。それが嬉しかったのは本心だ」

 悲しそうに笑いながらセスが歩き出した。
 立ち止まったままの私を追い越し歩いて行く。
 振り返ることすらないセスをこのまま見送ったら、どこか知らない所に行ってしまうのではないかと思えて私は慌てて後を追った。
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