クルスの調べ

緋霧

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二章

第36話 ヨハン

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「まず最初にあの時の君の質問に答えようか。前世の記憶を持った者がミトスやルブラにいるのか、だったよね」

 セスが口を開いた。
 そういえばそんな質問をしていたな。その質問に答えてもらえることもなくあんな会話の流れになったのは、正直予想外すぎた。
 まぁ、今さら答えてくれなくてもいることはわかっているのだが、素直に聞こう。

「ミトスにはいる。前世の記憶を持ったまま転生した者は全てミトスに生まれ、全て異世界と呼ばれるところから来ている。…と言われている」

 やはり前世の記憶を持つ者は全て異世界からの転生者なのか。
 だからセスは前世の記憶を持っているというところからそこまで繋げたんだ。

「それはどの程度世界的に認知されていること?転生者はこの世界においてどんな意味を持ってる?」

「この世界において転生者がどの程度認知されているのかははっきりわからないが、後世に名を残している人物は何人かいる。おそらく学校でも教えているだろうから、ヒューマはほとんどがその存在を知っていると思う。転生者がどんな意味を持つのかは、人によって違うんじゃないかな」

 そうなのか。それなのに私は今まで一度たりともその存在を耳にすることはなかった。
 確かにまぁ、よっぽどのきっかけでもなければそんな話にはならないか。

「人によって違う、というところをもう少し詳しく教えてほしい。セスにとっての転生者とは?」

「この世界とは違う特異な知識や類稀な能力を持っている者、という認識だ。君のその莫大な神力量や、異常な回復速度、あの時は分からなかったけれど今なら君が転生者だったからだと納得できる」

 私が得た神力総量は幼少期から培ってきたものではなかったのだろうか。
 それともその両方が合わさってこうなったのかな?

「他の人から見て転生者はどんな存在だと思う?」

「その特異な知識や能力を利用したい、と考えるのが一般的だろうね。実際後世に名を残した転生者たちもそう考える人間に利用されてきたことだろう」

「……」

 つまりこの世界の人間は私が転生者だと知ったら私を利用しようとしてくるということか。

「セスはそう思わないの?」

「思わない」

 即答だった。
 それは自分も同じように誰かに利用されようとしてきたからだろうか。
 それとも私を仲間だと思ってくれているからだろうか。

「どうして?」

「必要がないから」

 全く予想とは違う答えが返ってきた。
 しかし必要があるかないかで考えるのはセスらしい。
 セスらしいけど、予想と違ったショックは大きい。

「例えばこの先その必要が出てきたら僕を利用するってこと?」

「しない。君の知識や力が必要になったら"お願い"はすると思うけど。利用しなければ得られないのなら、それは俺には必要のないものだ」

「……」

 つまりは仲間なんだからわざわざ利用などしなくとも頼めばその力を貸してくれるよね?私を利用しなければ得られない力ならいらない。って言いたいのか。
 …そういうことだよね?

「嬉しいけど、もう少し違う言い方あるよね?」

 全く学習能力が発揮されないセスの言い方に思わず笑みがこぼれた。
 きっとわざとそうしようとしているわけではない。あの時だって、今も。そういう人なんだ。

「言葉を飾る必要はないと思って。君だって俺の本心が聞きたいんだろう」

 セスは真面目な顔で言う。

「うん、そうだね、ありがとう…」

 確かに綺麗事を並べられるよりもよっぽど信用ができる。
 異世界からの転生者がこの世界において利用価値のあるものなら、今の私には信じられる人はセスしかいない。

「後世に名を残している転生者はどんな人?」

「2000年程前に3つの世界が融合した際、言葉が全く通じなかった3界で、生まれたばかりの赤子に複数の言葉を覚えさせるという計画が行われた。初めて世界に知られた転生者はその計画に参加させられた赤子の1人だった」

 言葉も通じないのにどうやってそうしようという計画が通ったんだろう。リアクションで?気になる。

「この人物はミトスに生まれたヒューマで、ミトス、アルディナ、ルブラ全ての言語を習得し、自分が前世の記憶を保持したまま異世界から転生したことを公表した。そして風呂というものを世界に広め、80年ほどでその生涯を終えた。おそらく一番多くの人間が認知している転生者だと思う」

「お風呂…なるほど、こっちの世界に来てお風呂があったことが不思議だったけどそういうことか」

「今ではアルディナでもミトスでも、おそらくルブラでも当たり前のことだからね。すごい功績だと思うよ。それによって衛生環境はかなり変わった。アルディナでは治癒術が普及しているからそこまでではないけど、ミトスでは雲泥の差ではないかな」

「なるほどね」

 確かにちょっとした怪我でも放置すれば悪化する可能性だってあるし、衛生環境は大切だ。

「名を残している転生者は須らく異世界の知識を持ってこの世界に革命を起こしている。最初の人物が風呂を広めたのと同じように、ガラス製品を発展させた者やミトスに医術を確立した転生者がいるのだが…医術を確立した人物は今も生きている」

「え…!?生きてるの!?」

 予想外の言葉に目が飛び出そうなくらい驚いた。

「ああ。ダークエルフなんだ。1000年以上は生きているんじゃないかな。でも表向きは失踪したことになっている。その人物を利用しようとする人間が多かったんだ。恐らく多くの者が、すでに死んだと思っているだろう」

 死んだと思われている転生者のダークエルフ。なぜその人がまだ生きていることをセスが知っているのか、それはつまり…

「セス、その人と知り合いなの?」

「そうだよ。俺は彼の元で医術を学んだんだ」

 彼、ということは男性か。

「あの記録書を書いた場所?」

「ああ」

 この話に関係しているとはこういうことか。まさかそれがこんな風に繋がるなんて。
 セスが転生者と知り合いだったなんて。
 なら本当に最初のあれはなんだったんだよ。最初にそう言ってくれれば私だってもっと安堵感を得られたのに。

「どこにいるの?」

「ルーマス大陸にあるヴェデュールという国のエスタという街にいる。君が彼に会いたいと言うのならそこまで一緒に行くのは構わないよ」

「いいの?」

 会いたい。同じ世界から転生してきた人に。
 できれば日本人だったら嬉しい。

「どうせアルセノでも見つからないだろうし、ヴェデュールに行っても見つからないだろう。どこにいても同じだ」

 自棄になっているような言い方だ。
 セスは双子のお姉さんを見つけて、殺して…アルディナに帰りたいのだろうか。
 そしてまた仕事で人を殺し続けるのだろうか。
 だったらずっと見つからないでほしい。私が言うことじゃないから口には出さないけど、そう思った。

「まぁ、もし途中で見つけたとしたら、君に何も言わずにいなくなるかもしれない。すぐに追わないと逃げられるだろうから。そうなった時のために場所を書いた紙を君に渡しておく。かなり入り組んだ場所だから見てもたどり着けるかわからないけど…。それと…これを」

 そう言いながらセスは私に医術記録書を差し出した。

「記録書?」

「さっきも言った通り、彼…名をヨハンというのだが、ヨハンは様々な人間に利用価値を見出され狙われてきたせいで人間不信なんだ。エスタで隠れるように診療所を開いているが、大々的に看板を掲げているわけではないし、初見では大体門前払いされる。でもこれを君が持っていれば話は聞いてくれるだろう」

「なるほど…」

 そしてセスは紙の切れ端に何かを書いて、私に手渡した。
 記録書に書かれている字と同じ綺麗な字で住所と思わしきものが書いてある。これがヨハンのいる場所を示しているのだろう。

「ありがとう」

「もし俺がある日突然いなくなったら、姉を見つけたと思ってほしい。どういう結果になっても、多分君のところにはもう戻らない」

「そう…」

 その言葉に胸が締め付けられるような感覚がした。
 ずっと一緒にいたいから、というわけではなくて、もしそうなったら私にはセスが死んでしまったとしてもそれを知ることはできないんだと、そういう意味で胸が締め付けられた。
 いや、まぁ、ずっと一緒にいられるならそれに越したことはないのだが、きっとそうはならない気がしている。セスが私を必要とすることはないのだろうから。

「セスはさ…人を殺すことに抵抗はないの?」

 なぜ今それを聞こうと思ったのか自分でもよくわからない。
 でも聞いてみたいと思った。
 誰でも殺せるという背景に、どんな心情があるのかを知りたいと思った。

「…抵抗を持ってしまったらやれなくなる。仕事なら特に。だからその人がなぜ殺されないといけないのかは考えない。知ろうとしない。そうやって心を殺しているとそのうち…人と物が同じになる。人の命を奪うのと物を壊すのが一緒になる」

「……」

 セスは何でもない事のように淡々と答える。
 絶句、というのはこういうことを言うのだろう。
 あまりにも理解し得ない答えだった。
 理解したいとも思えないし、できるとも思えない。生きてきた世界が違いすぎる。これが現実なのだとは考えたくない。

「でもセスは…治癒術師だよね。医術師だよね。この記録書にあるように、これだけ多くの…それ以上の人の命を助けて来たんだよね…」

 だからなんだ、と言われそうな言葉を並べる。
 私はどんな言葉を期待していたというのだろうか。抵抗はあるけど仕事だから仕方がない、そんな答えを期待していたのか?だとしたら一体何だというのだ。そこにどんな心情があったとしても事実は変わらないのに。
 そもそも、人を殺す心情を知ろうとすることが間違いだったのだ。そんなこと平和な世界で生きてきた自分には理解できるはずもない。

「壊れた物を修理するのと一緒だ。傷ついたから治す。助けられなかったらしょうがない。そこに特別な感情を持つことはなかった。…今までは。3班のみんなに、出会うまでは」

 最後の言葉で思考が現実へと戻る。

「特別な感情を、持ったってことだよね」

「そうだね。君を助けたいと思った。パーシヴァルを助けられなかったことを、悔しいと思った。こんなことは初めてだ」

「僕たちが損得勘定のない純粋な気持ちを向けたから」

「ああ…」

 本当にセスは今まで1人だったんだ。
 ただそれだけのことで今までの価値観が覆るほどに。

「じゃあもし僕たちの誰かを殺せと命令されたら?」

「一族に?」

「うん」

「…できるかできないかで言えばできる。でも…やりたくはない。まぁ、一族が地族や魔族の暗殺依頼を受けることはないけどね…」

 大方予想通りの答えだった。
 助けたいと願った人間でも、必要があれば殺せる。

「僕には、理解できない世界だ」

 私は無意識にそう、呟いた。
 呟いてからハッと我に返った。それは思っていても口に出してはいけないことだ。
 その言葉にセスが自嘲気味な笑みを浮かべている。

「君は、平和な世界で生きて来たんだろう。誰かが誰かの命を奪うことは禁じられている世界で。この世界を理解することが難しいのは当然だ。ヨハンもそうだった。俺は狂っているだの、壊れているだのと散々言われた」

「……」

「でも俺にはこれが当たり前だったんだ。望んでそうしたわけじゃない。それ以外の選択肢など、俺には与えられなかった。いつかまたそこに戻らなければならないのに、誰かを殺すことが禁じられている世界があるなんて知りたくなかった。そんな世界からこんな世界に来ることになった君たちのことは気の毒だと思うけどね…」

 セスは苦しそうに言葉を絞り出した。
 興味本位で質問した少し前の自分を殴り倒したい。
 理解できないなどとなぜ私は言ってしまったのだ。セスだって自分でその道を選んだわけではないのに。

「ごめん」

「…君だって望んでここに来たわけじゃないだろうに」

「違う、そうじゃなくて。セスの気持ちも考えずに僕は酷いことを言った。ごめん」

 深く頭を下げる。

「謝らなくていい。君に理解できないのは当然なんだ。俺たちは与えられた環境が違いすぎた。ただそれだけだ」

「だからって何を言ってもいいわけじゃない」

「そんなに気にしないでいいよ。別にそれで君のことを悪く思ったりしない。大丈夫だから頭を上げて」

 その言葉に頭を上げた。
 セスを見ると笑っていた。困ったような笑顔だった。

「ヨハンに散々言われたのも腹立たしかったが、君みたいに頭を下げられるのもそれはそれで来るものがあるな」

「ごめん」

「頼むからもう謝らないでくれ。本当に気にしてないから」

「…ありがとう」

 これ以上は本当にセスを困らせてしまいそうなので、自重しよう。

「でもセスはどうしてそのヨハンさんのところで20年も働いていたの?」

 今までの口ぶりから望んでヨハンのところにいたようには思えず、何気なく聞いてみた。

「……」

 しかし私の質問にセスは視線を逸らして何も言わない。やばい、地雷か。

「ごめん、言いたくないならいい」

「いや、違う、そういうわけじゃない。昔、生死を彷徨うくらいの怪我を負って…ヨハンに助けられたんだ」

 私の言葉にセスは首を振って言った。
 そういうわけじゃないと言う割には長考だった気がする。

「その治療費の代わりに俺は医術では手に負えない怪我人を助命するための治癒術を提供させられた。そのレベルの怪我人なんて滅多に来ないものだから、対価に見合うまで20年弱の時間を要した。その間に俺もヨハンから医術を学んだっていうのはあるけど、いくらなんでも頭がおかしい。狂ってるのは俺じゃなくてヨハンの方だよ」

 顔を顰めてセスが言った。
 ヨハンからすれば、それだけ命は重いということなのかな。
 しかしまぁ、20年はとんでもないな。どちらも長命な種族だからこその話ではあるのだろうけど。

「でもセスも自分の意思でそこにいたように思える。逃げようと思えばセスならいつだって逃げられたんだろうし。まぁ、20年弱って言うのは確かに無茶苦茶だとは思うけど」

 相手はダークエルフなのだ。セスならきっと振り切ることは容易い。
 ヨハンの要求が無茶苦茶なのは実際その通りだと思うし。

「確かに君の言う通り、医術を学ぶのは嫌いじゃなかったから自分の意思でヨハンに師事していた部分もあるけどね」

 あれだけちゃんと診療記録を残しているのだからそうだろう。
 セスの支払った対価は治癒術であって医術ではない。医術の部分はセスの意思によるものだ。
 それなのに、治癒術や医術はその時のセスにとっては"壊れた物を修理するのと一緒"だったのか。なんだか酷い矛盾を感じる。
 そういう部分をヨハンだって感じていたから、セスに人の命の重さを分からせたかったのではなかろうか。でも20年経ってもセスがそれを分かることはなかった…とか。深読みしすぎかもしれないけど。

「それにしても…セスでも生死を彷徨うほどの怪我を負うことがあったんだね」

「……」

 私の言葉にセスが再び沈黙した。
 僅かに瞳が揺れた気がした。

「…相手が天性の暗殺者だったんだ。ヒューマだったけど、暗殺者としての腕は相手の方が上だった。種族としての身体能力の差で俺の方が死ぬまでの時間が長かっただけで、相打ちだった。ヨハンがいなかったら俺もそのまま死んでいた」

 武術的な戦闘能力に長けているリュシュナ族のセスよりも強いヒューマがいるなんて。そんなことあるのか。

「元々ヨハンさんとは知り合いだったの?」

「いや、俺たちがやり合った場所がたまたまヨハンの診療所の前だったんだ。滅多に人が通らないような入り組んだ路地裏で…。ヨハンも自分の診療所の前で人が2人倒れていたんだから驚いたことだろうね」

「街中で殺しあったの?」

「ああ。つけられているのが分かったから路地裏に誘導したんだ。尾行に気づけたくらいだから大したことない相手かと思ったらそれは策略だった。逃げ場を失ったのは俺の方だったんだ」

 なんだかとんでもない話だ。これが現実の話なのだろうか。
 まぁでも私も城壁近くの路地裏で襲われたりしたし、どこにでもそういうことはあるのかもしれない。
 いや、どこにでもあってたまるかって話なんだけど。
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