クルスの調べ

緋霧

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三章

第40話 バルミンド商会

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「ラムズのオーナー、カレイル・グレイソン。なぜ私がここに来たか心当たりはあるか?」

「……」

 青い顔をして立ちつくすオーナーに、ヒューイが言った。
 オーナーは50代くらいのいかついおっさんなのだが、そのおっさんを前に毅然と言い放つヒューイはかっこよかった。

「場所を変えようか。ここでは都合が悪いだろう。そちらが、な」

「…中の者にしばらく店を開けることを話しておきたい。その許可はもらえるか」

「いいだろう」

 そう言いつつ逃げたらどうするんだろうと思っていたが、オーナーはちゃんと戻ってきた。
 店に騎士が来た以上、逃げても無駄だと思ったのだろうか。

 先ほどまで話をしていた場所へオーナーを連れていくと、そこにはリィンがいた。この後斡旋先にも話をつけるならここでの話に参加していた方がいいだろうしね。

「さて、今一度質問をしよう。なぜ騎士団が貴殿を呼び出したか心当たりはあるか?」

「……」

 オーナーは俯いて言葉を発しない。
 私は今オーナーと向かい合うヒューイの隣に座っている。リィンはヒューイの後ろに控えるように立っていた。何だかひどく場違いな感じがして落ち着かない。

「この直近3年で過去に2回、ラムズの依頼を受けた冒険者が報酬を受け取らずに失踪している。心当たりは?」

「…奴隷商に、斡旋した」

 私がここにいるし、もうすべてをわかった上で聞かれているのはオーナーも承知なのだろう、俯いたままやっと口を開いた。

「これよりも過去に斡旋した事実は?」

「…ある」

「なるほど」

 ラムズが奴隷商に斡旋をしていたのはここ最近の話ではないようだ。
 そうやって地域ぐるみでギルドの依頼に紛れ込ませて奴隷を斡旋してきたというのに、中々国は取り締まれないものなのだろうか。

「斡旋している奴隷商の詳細を教えてもらおうか。協力してもらえるならシエルの件は不問とし、その後の罪も軽くする」

 その言葉にオーナーは弾かれるように顔を上げて私を見た。
 しかしまたすぐに俯き口を開こうとはしない。

「口で言えないなら体に聞こうか?」

「…!」

 驚いたのはオーナーじゃなくて私の方だ。騎士団がそんなことを口にするとは。
 でもあれか、ブライトウェル商会の奴隷商を殺してもいいというくらいだから、闇取引の現状を暴くのにそういう取り調べをしても許されるのだろうか。
 騎士団は日本の警察ではない。この世界の、生死の価値観が狂った世界の組織なのだ。

 最終的にオーナーは斡旋先の奴隷商の詳細を事細かに説明し、別の騎士によってどこかへと連れられて行った。
 部屋から出て行くときに私の方を一度見たが、私に何かを言うことはなかったし、私も何も言わなかった。

「我々はこのまま斡旋先の奴隷商の元へ向かう。シエル、今日の所はこれで帰ってもらって構わない。協力に感謝する。明日また同じ時間にセスと共にここに来てもらえるか。何度も足を運ばせてすまないが」

「大丈夫です。よろしくお願いします」

 部屋を後にして宿へと戻るとセスがいた。
 奥の椅子に座って剣を磨いている。

「おかえり」

「ただいま」

「上手くいったの?」

「うん、この後斡旋先の奴隷商の所にヒューイさんとリィンで行ってくるって。明日また同じ時間にあそこに来てってヒューイさんが言ってた」

「そう」

 私の言葉に一言そう言って、セスは再び剣に視線を落として磨き始めた。

「その剣、何か特別な剣?」

 特に豪華な装飾が施されているわけでもない、ゲームで言ったら割と序盤にNPCから買えるような地味な見た目の剣だ。
 セスほどの剣の腕があるならば武器にもこだわりがあるのだろうし、見た目が地味なだけですごい名剣なのかもしれない。

「特別?これは別にそういうのではないよ。どうしてそう思ったの?」

 私の質問が意外だったのか、手を止めてセスが聞く。その表情はわずかながら驚きが見て取れた。

「強い人って武器にこだわりがあるのかなって」

「俺は武器にはこだわらない。使えれば何でもいい。物はいつか必ず壊れるものだし、どんな武器でも使えるようにしておかないとね」

「へぇ…なるほど」

 使えれば何でもいいとは驚いた。
 初心者がどんなにいい武器を使っても強くはならないように、強い人はどんな武器を使っても強いということか。
 カシャン、と音を立てて、セスが剣を鞘に戻した。立ち上がり、ベッドの枕元付近に立てかけて置く。
 ゴトン、と重低音が響いた。割と細身な剣なのに、意外と重そうだ。

「ちょっと持ってみてもいい?その剣」

「いいよ」

 置いた剣を再び持ち上げ、セスが私に手渡してくれた。
 ズシっと手に圧し掛かった重さは、予想以上のものだった。この体ならば振れないことはないが、女性ならかなり難しいのではないだろうか。

「重い」

「命を奪うためのものだからね」

「……」

 確かに、そういう意味でも重い。
 私はありがとうと言ってそれを返し、右手に嵌めていた触媒を外してセスに差し出した。

「…?」

「これ、預かっててほしいんだ。依頼が終わるまで。大事なものだから」

 意図がわからなかったのか不思議そうな顔をしたセスに私は言った。
 囮となった時に没収されては困るので今預けておきたい。

「ああ…わかった。預かろう」

 セスにもその意味が分かったのだろう、真剣な顔で頷いて受け取ってくれた。

「もし、僕が死んだら…それはセスが持っててほしい」

「…ご両親の元へ返さなくていいの?」

 そんなこと言わないで、とはセスは言わなかった。
 それがこの依頼が本当に危険なんだと知らしめているようで、自分の決断を後悔したくなるほどに胸が締め付けられた。

「いい。両親以外の誰か1人くらいには…この世界に僕が生きていたことを、覚えていてほしいんだ」

「…わかった」

 私の言葉に何かを返すことはなく、セスはそれを鞄に入れた。



 夜、あまり暗い話ばかりをするのも、ということで、アルディナ語の第1回目の授業をしてもらうことにした。
 ミトス語は基本的に日本語と同じで主語、目的語、動詞の順で表現される。
 だから日本から来た私にもミトス語は覚えやすかった。単語を置き換えるだけでよかったのだ。
 でもアルディナ語はそうではないらしい。主語、動詞、目的語の順で表現されているという。
 つまりは英語と同じ文法だ。

『わたしはシエルです』

 単語自体の発音も難しく、この一文を言えるようになるまで思いの外時間を要した。
 セスの後に続いて言うこと十数回、とりあえず何とか丸をもらえた。

「難しいなアルディナ語」

「そのようだね」

 たった一文で疲れを感じた私に、セスは苦笑いを返した。

『私はセス・フォルジュです』

 一方のセスは割とすんなり私の言葉を上手く日本語で復唱した。
 日本語上手ですね!って言われる外国人並には言えている。

「セス上手いな、なんか悔しい」

「それはどうもありがとう」

 私の言葉にクスクスと笑ってセスは言う。
 そんな風に面白おかしく笑ったりするんだな。それがさらに悔しさを倍増させるわ、まじで。

「あぁ、セス、あれ教えてよ。大事な言葉。"助けて"って」

「まず最初に覚えたい言葉がそれなの?」

 さらに笑ってセスが言う。
 何なんだ、そんなに笑うことかな。くそう。

「いや、大事でしょ?アルディナで自分の身の安全を確保するためには」

「まぁ、そうだね。じゃあ教えてあげるよ」

『たすけて』

 この一文は私も割とすんなりセスから丸をもらえた。
 短い言葉だったからかもしれない。
 しっかり覚えておこう。

「じゃあセス、僕も教えてあげるよ」

『助けて』



 翌日の同じ時刻、私たちは再びヒューイたちの元へと出向いた。

「結論から言うと、斡旋先の奴隷商にも今回の件への協力を取り付けた。後は決行するだけだ」

 私たちが部屋へ入るなり、ヒューイが言った。

 斡旋先の奴隷商はベリシア南西に位置するいくつかの店舗から、ギルド依頼で来る冒険者の中に奴隷として売れそうな人物がいたら斡旋してもらうよう契約をしていたらしい。
 この奴隷商は名をバルミンド商会と言う。代表者の名前はヒューバート・バルミンド。そう、確か荷物を届けた男の名前がそんな名前だった。
 古くから武器の卸業を行なっていて、武器貿易を始めたブライトウェル商会に奴隷を売ることによって優先的に武器を卸せるよう取り計らいを受けているのだとヒューイは説明してくれた。
 私が配達に行かされたあの家はバルミンドが所有している別荘のようなもので、斡旋を受けた奴隷を一時的に置いておくための施設らしい。何でも、ブライトウェルと奴隷の取引が出来るのは決まった日の決まった時間のみなんだそうだ。

「次の取引が出来るのは最短で明日の21時。その次がその3日後の21時。さらにその次がその3日後の21時。要は3日に一度だ。シエルのタイミングで構わない。心の準備も必要だろう」

「明日で構いません」

 ヒューイの提示した選択肢に私は即答した。

「いいのか?急だが」

「先延ばしにしても変わりませんから…」

「わかった。では説明を続ける」

 ヒューイもそれ以上何も言うことなく話を先へと進めた。

「決行の日はバルミンドの施設に19時までに来るよう指定を受けている。本来ならばその施設からバルミンドと、前に君を襲ったバルミンドの部下の男の3人でブライトウェルの取引場所へと向かうことになる。が、今回はこの部下の男を騎士団の人間と入れ替える。取引でバルミンドがブライトウェルの人間と共謀して君を害さないようにするためだ」

「なるほど…」

 ヒューイの説明に少し安堵した。取引場所までの短い間だけでも、騎士団の人が付いてきてくれるなら心強い。
 私を襲った部下の男とやらは全身を布で覆っていたわけだし、同じ格好をさせれば中身が別人でも気づかれなそうだ。

「基本的には奴隷の買い付けはエンバイテン族の男とは別の人間が担当し、バルミンドはエンバイテンの男と接触はしないそうだ。だがこの男は必ず取引場所へと来て調教施設に移す前に自ら奴隷の見極めを行う。バルミンドは過去に一度、取引した奴隷が不適合だということでエンバイテンの男から苦情を受けたらしい」

「なぜ不適合だったのですか?」

「奴隷として卸した魔族がルブラ語を話せなかったから、だそうだ。魔族を買おうと考える人間はルブラ語を必要としている可能性があるため不適合らしい。その奴隷は取引場所で処分され、金ももらえなかったとバルミンドは言っていた」

「処分…」

 嫌な話だ。
 私が不適合だと判断されたら調教施設に移されることもなく殺されるのか。
 せめて調教施設までは行きたい。そうしなければ私は何の役割も果たせずに終わることになる。
 取引場所は騎士団も元々目星をつけていたし、今回バルミンドに協力を取り付けたことではっきりと特定できたことだろう。

「バルミンドはすんなり協力を申し出たんですか?」

「事が明るみになった以上、さすがに諦めたのだろう。こちらが提示した条件に加えて、ヒューバート本人及び家族の身の保証を求めて来たのでそれで手を打った。ブライトウェルを裏切ることになるからな。そこはこれから騎士団が保証していくことになる。まぁ、ヒューバート本人は騎士団が拘束することになるのだが」

「なるほど」

 ブライトウェルからの報復を恐れているわけか。
 家族の身の安全を条件とするくらいなら何故バルミンドは闇取引などしていたのだろう。そこまでしてブライトウェルと取引をしなければならない理由があったのだろうか。

「それで、君をバルミンドの施設に行かせる前にリンフィーの結晶を埋め込まなければならない。眠ってもらわないといけないから余裕を持って朝から来てもらいたいのだが構わないか?」

「はい、大丈夫です」

 ヒューイの言葉に私は頷いた。
 私にも埋め込む場所を分からないようにすると言っていたもんな。

「施術場所からバルミンドの施設までは僕1人で行くんですか?場所をあまり覚えていないので地図が欲しいのですが」

「途中までは1人で行ってもらう。チェックポイントで騎士団の人間に君を襲わせる振りをさせる。そこからは攫われたという体で騎士団の人間とバルミンドの施設まで行ってくれ」

「なるほど、わかりました」

 そこまでやるのか。徹底的だな。それだけ騎士団は調教施設を押さえたいのだろう。



 施術場所の地図とチェックポイントが描かれたバルミンドの施設までの地図をヒューイからもらって、今日は解散となった。
 明日の朝、施術場所に集合していよいよ決行となる。

 セスと共に宿へと戻ったものの、緊張で気持ちが落ち着かない。

「緊張してるの?」

 椅子に座ってもう何度目かのため息を吐いた私に、向かいに座るセスが聞いた。

「うん」

「じゃあ、少し俺に時間もらってもいい?」

「え?いいけど…」

「ちょっとついて来てくれるかな」

 そう言ってセスは席を立ち上がり、部屋を出て行った。

 セスは宿屋の建物の裏手から外に出た。
 そこは中庭になっていて、小さ目の公園くらいの広さがある。特に物が置かれているわけではなく、ただ広い芝生のスペースといった感じだ。
 ここは廊下からよく見えるので建物の中からは見たことがあったが、実際に来たのは初めてだ。むしろ客がここに立ち入ってもいいことに驚いた。

「ここで何をするの?」

「ちょっと君と戦ってみたくて」

 そう言いながらセスは私から距離を取る。

「戦う?」

「部屋で静かに過ごしていても考えすぎてしまうだろう?こういう時は体を動かすのが一番だ。俺を殺すつもりで、かかってきてほしい」

「殺すつもりでって…」

 そんなことを急に言われると思っていなかったので正直戸惑う。

「大丈夫だよ。当たらないから」

「……」

 私では一撃たりともセスに当てることはできないと言いたいのか。いや、実際本当にそれくらいの実力差があるのだろうけれど、そこまではっきり言われるのも癪だ。

「俺は武器は使わない。君に対して気も使わない。術を相殺する時だけ使わせてもらう。この条件で君と戦いたい。これから先、一緒に組む上で君の戦い方を知りたい」

 これから先、一緒に組む上で…。これから先があるかもわからないのに。
 セスなりに私を気遣ってくれているのだろうか。

「わかった」

「あぁ…物は壊さないように頼むよ。ここはそんなに広くないから、あまり大規模な術は使わないようにね」

「うん」

 大規模な術を使う時間などくれないだろうに。

「君から仕掛けていいよ」

 その言葉に、私はセスに向けて風の神術でかまいたちを放った。
 目には見えないそれを、セスはいとも簡単に横に飛んで避ける。だが避けられることはもちろん想定内だ。
 セスの着地点に岩のトラップを設置する。地面を踏んだ瞬間に足を挟むアレだ。
 だが、それはセスの足を挟む前に一瞬で砂となって空に散った。
 そのままセスが地面を蹴り、一瞬で私との距離をつめてくる。これも想定内ではあるけれど速い。
 私の右わき腹を目掛けて横殴りに振った手刀を、後ろに飛んで何とか躱した。追いかけるようにすぐに地面を蹴ったセスが私へと到達する前に、爆風を起こしてセスを後方へと飛ばし、自分もその反動でさらに後ろに飛んだ。
 セスがまだ空中にいる間に、岩石で槍を作って放つ。
 セスは右腕を前に突き出し、気を放ってその槍を砂へと変える。セスの着地点に再びトラップを設置するが、先ほどと同じように散らされた。
 着地したセスが動く前に、素早く頭上から岩石の槍を落とす。しかしそれもセスに到達する前に砂となって霧散した。
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