43 / 89
三章
第41話 決行日
しおりを挟む
術が全く効かない。これは困った。
セスがパラパラと降りかかった砂を手で払っている。一見隙だらけに見えるがきっとそうではないのだろう。
「悪くないね」
セスが言う。
全く当たりもしないのに何が悪くないんだかさっぱりわからない。
「セス何なの?術を無効化する特殊能力でも持ってるの?」
「ないよ、そんなの。ただ気で術を相殺しているだけだよ」
私の言葉が意外だったのか、セスは面白そうに笑った。
「天族は術を得意とする種族が多い。だから術師を相手にするのは慣れているんだ。むしろ、俺が一番得意とする相手かな」
「なるほどね、完敗だ」
両手を上げて降参のポーズを取る。
「こういう訓練は定期的に、できれば毎日でもやれたらいいと思ってる。君はまだまだ伸び代があるから、もっと強くなれるよ」
「セスが付き合ってくれるの?」
「もちろん。君さえよければ戦い方を教えるよ。1人になった時にも大丈夫なように」
強い人に直接戦い方を伝授してもらえるということか。正直自己流の部分は多いし、それはありがたい話だ。
「願ってもない話だよ。お願いします。無事に、戻って来れたら…」
あぁ、これは死亡フラグだ。
口にしてはいけない言葉だった。
「無事に戻ってこよう。お互いに」
そんな私の思惑には気づいていないだろうセスが、悲しげに笑って言った。
決行当日の朝、私とセスは騎士団専用の診療所に向かった。なかなか大きい建物で、それなりの数を受け入れることができそうな規模の病院だ。
ここも南ギルドの近くにあるので、そう遠くはない。
その内の一室、治癒術師や医術師が休憩として使うための部屋を今回の待機室として使わせてもらうこととなった。
「この子がリンフィーですか」
ケージのようなものに入れられたモンスターを見て私は言った。
「ああ、そうだ」
ヒューイが頷く。
リンフィーは、猫のようなモンスターだった。
白い毛並みに、真っ赤な瞳。おでこには不自然にへこんだ窪みがある。きっと元々はここに結晶があったのだろう。
結晶の元へ行きたいのか、そわそわしたようにケージの中を歩き回っている。
「シエル、君は何もしなくていい。ただ成り行きに身を任せてくれればこちらが全て片づける」
作戦の趣旨はわかっているつもりだったが、ヒューイは今一度私に言い聞かせるように言った。
「はい、お願いします」
「もし囮と気づかれた場合、君の命が保証されるのであれば、尋問には素直に答えて構わない。ただ、それを言うことによって君の命が危うくなるのならば、助けを待ってほしい。なるべく早くリィンたちを行かせる」
「どこの手の者かを聞かれたら、騎士団と答えていいということですか?」
「ああ。ただし君の命が保証されるのであれば、の話だ。そこは慎重に判断してほしい。君は君の身を守ることを最優先にしてくれ。それによってこの作戦が失敗に終わっても構わない。今回君の協力によって取引場所の特定ができた。グレイソンとバルミンドも取り締まれた。芋づる式に他に斡旋していた場所も取り締まれるだろう。それだけでも大きな進歩だ」
失敗に終わっても構わないのか。この作戦の成功よりも、私の命を優先してくれているということか。
「ありがとうございます」
「チェックポイントで待っている騎士にはガヴェインを配置した。君も知っている人間の方が安心だろう」
「班長を…ありがとうございます」
ということは取引場所までガヴェインと一緒に行くということか。
まさかここでガヴェインが出てくるとは思っていなかったのでちょっと嬉しい。
「…ガヴェインがこの作戦に?」
セスも意外そうにヒューイに問いかけた。
「デッドライン討伐から戻ったばかりでまだ次の仕事を割り振られていなかったからな。ヴィクトール殿から借りた」
「なるほど。よかったね、シエル」
「うん。心強いよ」
笑みを見せてそう言うセスに、私も笑みを返した。
それにしてもヒューイってガヴェインと同じくらいか、それよりも少し若いくらいの感じなんだけど立場的には結構偉い人なのかな?
じゃなければヴィクトールからガヴェインを借りる、ということもできないような気がする。
「ヒューイさんってどういう立場の人なんですか?ヴィクトール隊長と同じくらいってことですか?」
「そうだな。俺とヴィクトール殿は中佐の位にある。ガヴェインは大尉で、ヴィクトールの配下だ」
「そうなんですね…」
若いのにすごいなヒューイ。きっと優秀なんだな。
というか隊長とか班長っていうのはデッドライン討伐においてのみの呼称だったのか。ややこしいな、階級って。
「リィンは?」
ヒューイの後方に控えていたリィンに聞いてみた。
「私はヒューイたちの階級とはちょっと違う位置にいるの。魔族で構成されている特殊部隊の一員で、事例によっていろいろなところに手伝いに行く感じ。誰の配下、ということもないけど、今はヒューイの指揮下ってことになるね」
「へぇ…」
色々と複雑そうでよくわからない。
「セス、君には前にも話したようにエンバイテンの男を頼む。できれば生きて捕えてほしい。これは封力の首輪だ」
そう言いながらヒューイがセスに首輪を差し出した。丸い、動物に着けるような金属の首輪だった。
封力の首輪?なんだろうそれ。
「善処はするけど期待はしないでほしい。影の一族とやり合ってそこまでの余裕があるとは思えない」
セスがそれを受け取りながら言う。
「ああ。まぁ、判断は任せる。セスも自分の身を一番に考えてくれ」
ヒューイも神妙な顔で頷いて言った。
「それは何ですか?」
「これは封力の首輪と言って、装着者の神力や魔力を吸い取るものだ。これを嵌められると一切の術や気が使えなくなる」
聞いた私にセスが説明しながら首輪を差し出した。
金色の金属っぽい材質の首輪で、中央に青色の宝石が埋まっている。左右に開く開閉式のもののようだ。
「外から神力なり魔力を込めることによって鍵が閉まる。そして、閉めた者が開けるか死ぬかしないと外せない」
そんなにすごいものなのか。ちょっと怖い。
「じゃあこれ自分で嵌めて自分で鍵をしめたらもう死ぬまで開けられないってこと?」
「自分で嵌めたら鍵を閉めるための神力が出せないから大丈夫だよ。鍵をかけるかけないの前に、嵌めた時点で神力が使えなくなる。やってみるといい」
首輪を嵌めてみた。
カシャン、と音がして首輪が閉じ、ちょっと焦る。いや、でも鍵は締めてないから開けられるってことだよね。
手の平を上に向けて火を出す。
出したつもりなのだが、何も出なかった。
「うわ、本当だ。すごい」
閉じたところを開くと、カシャンという音と共に普通に外せた。
それをまたセスに手渡す。
「これ、どういう仕組み?」
「呪術の一種だね。神力や魔力に反応して術が発動するような術式が触媒に組み込まれている」
「呪術…?術式…?」
「俺もそこまで詳しくないけど、呪術というのは呪いによってかける相手に様々な制約を科すことができるんだそうだ。魔族が得意とするものだね。封力の首輪は力を込めた人間にしか外せない呪いと、神力や魔力を封じるという呪いを誰でも使えるように触媒に術式を組み込んである。光や水の触媒みたいなものだ」
セスがそう説明してくれたが、いまいち意味がわからない。
「術式を組み込むって?術に何か式があるの?」
術式なんて存在、初めて聞く。
光の触媒で光を灯す時にそんなことを考えたことはなかった。でも、その術式があるからできたということか。
「術が構成されている要素を式として表したものが術式だ。例えば水を出す、ということをさせたいなら、水を出すためにどんな要素が作用してるのかを紐解いて、それを式に表す。そしてその式を触媒に組み込めば、水の適性がないものでも術式に基づいて水を出せるようになるというわけだ」
「……ごめん、何言ってるか全然わかんない」
今まで自分が使ってきた水の神術と、その術式とやらで出せる水は全く別物なのではないかと思うくらい意味が分からない。
体の中でどんな要素が作用しているのか紐解いて、それを式に表す?
何それ。いや、本当に意味が分からない。
「そうか。俺も学校の講師じゃないからこれ以上は上手く説明できない」
私の返答を聞いて、セスが苦い笑みを浮かべた。
「学校でそれ習うの?」
「むしろ神魔術学校ではそれをメインに習うようだな。ミトスに流通している水や火の触媒は、そうやって学生が作ったものが主だという」
黙ってやり取りを聞いていたヒューイが同様に苦い笑みを浮かべながら口を挟んだ。
「えぇ…?そうなんですか」
ということは、エレンたちも触媒を作れるということか。
みんなすごい人たちだったんだな。
「エルフは感覚派だと聞くから逆に難しいのかもしれないな」
「確かに、今までそんな存在は知りませんでした」
でもヒューマが術を使う際に詠唱が必須だという理由が何となく分かる気がした。
そしてエルフが学校に行く風習を持っていないというのも、何となく分かる気がした。行ったところで今の話が理解できるとは思えない。
「というか、ごめんなさい。作戦前にこんな話をして」
「いや、構わない。時間に余裕もあるし、それで君の緊張が解れたなら逆に喜ばしいくらいだ」
頭を下げた私に、ヒューイは優しく微笑んでそう返してくれた。
「ありがとうございます。ヒューイさん」
「君もブライトウェルのところでつけられることになると思う」
ヒューイが急に真剣な表情になって私に言った。
そっか、そうだよね。
って、待って、ということは、だ。
「セスがその男を捕えて首輪を着けたら僕の首輪は外せなくなるってことですか?」
「それはちゃんと後で外させる。それを拒むようなら殺すしかない」
「……」
ヒューイが表情も変えずに言った。
時折見せるヒューイのこの裏の顔が怖い。
「話を戻すが、リィン、君の最優先事項はシエルの身の安全だ。それが確保できたらセスのサポートに回ってくれ」
「わかってる」
今まで口を挟まなかったリィンが即答した。
あれ、セスと一緒にエンバイテンの男と戦うことが最優先じゃなかったのか…。
それでセスは大丈夫なのだろうか。しかし作戦の優先度に私が口を挟んでもいいことなのかわからない。
「セスとリィンが動くタイミングについては俺が状況を見て指示を出す。ひとまず個々の優先行動の確認は以上だ。質問は?」
誰からも何も上がらない。
さっきのことを聞いてみようかとも思ったけれど、みんなが納得しているようなので聞いても無駄な気がしてやめた。
「シエルが出発したら、俺たちも全員第2待機施設へと移動する」
「第2待機施設?」
今までそんな話が出てきたことはなかった。
私の知らないところで私がいない間の行動を相談していたということだろうか。
「ここから取引場所まではかなり遠いからな。中間地点あたりにもう一つ待機施設を用意している。取引場所から調教施設までどれくらい離れているのかわからないが、何かあった時にここから移動していたのでは手遅れになりかねない」
「なるほど」
そういうことか。
ここからバルミンドのところまで2時間以上かかるもんな。
取引施設すらどこなのか私にはわからないが、きっと同じくらいかかるのだろう。
何かあった場合の1時間の差は大きい。
「さて、そろそろシエルに準備を始めてもらおうか」
「ヒューイ、俺も立ち会いたい。医術師のギルド資格ならちゃんとある」
ヒューイと一緒に立ち上がって、セスが言った。
「シエルさえよければ俺は別に構わないが…」
「僕も、構いません。むしろセスがいてくれたら心強い」
私がそう言うと、セスがわずかばかり悲しそうに微笑んだように見えた。
どうして立ち会うなどと言ったのだろう。単純に心配してくれているのだろうか。
「案内する」
そう言ってヒューイに案内された場所は、まさしく手術室、という感じのところだった。
元の世界と違って機械類はないが、棚にはさまざまな薬品が並べられ、中央のベッドにはよくテレビとかでも目にする緑色のゴムシートが置かれていた。
そのベッドを照らすための明かりは、元の世界の手術室でよく見る電灯のように、丸い台座にいくつも触媒がはめ込まれているものだった。
「……」
こんな大がかりなものとは想像していなかったので一気に緊張が増す。
「担当の医術師を呼んでくる。ここで待っていてくれ。シエル、苦痛を強いることになって申し訳ない」
「大丈夫です」
ヒューイの言葉にそう答えると、どこか悲しげな表情をして部屋を出て行った。
「どうして立ち会うなんて言ったの?」
「…心配で。騎士団の人間もプロなんだから心配する必要なんてないのはわかっているし、そもそも何が心配なのかも自分でよくわかっていないんだけどね」
二人きりになったのでそう切り出すと、セスは困ったように笑ってそう言った。
「そっか。ありがとう。でも僕はセスの方が心配だ。何もしなくていい僕と違ってセスは戦わなきゃいけない。セスは強いから、心配する必要なんてないのかもしれないけど…」
「大丈夫だ。君は、自分のことだけ考えていればいい」
私を安心させようとしてくれているのだろう。セスはそう言って笑った。
眠っていたのでまったくわからないのだが、結晶を埋め込む施術自体は1時間ほどで終わったらしい。
全身麻酔というのは徐々に眠くなるものだと思っていたのに、どうやら一瞬で意識を持っていかれたようだ。注射痛いなーって思ってたら次の瞬間には全部終わっていて、いつ寝たのかすら記憶になかった。
傷口は治癒術によって塞がれ、どこに結晶を埋め込んであるのか本当にわからない。体を動かしても違和感がない。
ただ、皮膚の上から強く触るとわかってしまうかもしれないから、なるべく体を触らないように、とだけ言われた。
こんなに早く来る必要はなかったのではないかと思うほどその後の時間を持て余し、16時半、いよいよ出発の時が来た。
「シエル、頼む」
ヒューイはそう、短く私に告げた。
「はい」
ここからチェックポイントまでは1時間半くらい。そこまでは1人で行くことになる。
「じゃあ行ってきます」
これじゃまるでお使いにでも行くようだ、と自分でも思った。
でも最後かもしれない、なんて空気は出したくなかった。
「シエル、絶対助けに行くからね」
リィンが私を安心させるために笑顔で言う。
「うん、待ってるよリィン」
「俺も、必ず行くから」
セスは私の目を真っ直ぐに見て真剣な表情で言った。
「うん」
信じているよ、なんて言葉に出したら軽く聞こえてしまう気がしてやめた。
言う必要も意味もない。セスは来てくれるのだろうから。
セスがパラパラと降りかかった砂を手で払っている。一見隙だらけに見えるがきっとそうではないのだろう。
「悪くないね」
セスが言う。
全く当たりもしないのに何が悪くないんだかさっぱりわからない。
「セス何なの?術を無効化する特殊能力でも持ってるの?」
「ないよ、そんなの。ただ気で術を相殺しているだけだよ」
私の言葉が意外だったのか、セスは面白そうに笑った。
「天族は術を得意とする種族が多い。だから術師を相手にするのは慣れているんだ。むしろ、俺が一番得意とする相手かな」
「なるほどね、完敗だ」
両手を上げて降参のポーズを取る。
「こういう訓練は定期的に、できれば毎日でもやれたらいいと思ってる。君はまだまだ伸び代があるから、もっと強くなれるよ」
「セスが付き合ってくれるの?」
「もちろん。君さえよければ戦い方を教えるよ。1人になった時にも大丈夫なように」
強い人に直接戦い方を伝授してもらえるということか。正直自己流の部分は多いし、それはありがたい話だ。
「願ってもない話だよ。お願いします。無事に、戻って来れたら…」
あぁ、これは死亡フラグだ。
口にしてはいけない言葉だった。
「無事に戻ってこよう。お互いに」
そんな私の思惑には気づいていないだろうセスが、悲しげに笑って言った。
決行当日の朝、私とセスは騎士団専用の診療所に向かった。なかなか大きい建物で、それなりの数を受け入れることができそうな規模の病院だ。
ここも南ギルドの近くにあるので、そう遠くはない。
その内の一室、治癒術師や医術師が休憩として使うための部屋を今回の待機室として使わせてもらうこととなった。
「この子がリンフィーですか」
ケージのようなものに入れられたモンスターを見て私は言った。
「ああ、そうだ」
ヒューイが頷く。
リンフィーは、猫のようなモンスターだった。
白い毛並みに、真っ赤な瞳。おでこには不自然にへこんだ窪みがある。きっと元々はここに結晶があったのだろう。
結晶の元へ行きたいのか、そわそわしたようにケージの中を歩き回っている。
「シエル、君は何もしなくていい。ただ成り行きに身を任せてくれればこちらが全て片づける」
作戦の趣旨はわかっているつもりだったが、ヒューイは今一度私に言い聞かせるように言った。
「はい、お願いします」
「もし囮と気づかれた場合、君の命が保証されるのであれば、尋問には素直に答えて構わない。ただ、それを言うことによって君の命が危うくなるのならば、助けを待ってほしい。なるべく早くリィンたちを行かせる」
「どこの手の者かを聞かれたら、騎士団と答えていいということですか?」
「ああ。ただし君の命が保証されるのであれば、の話だ。そこは慎重に判断してほしい。君は君の身を守ることを最優先にしてくれ。それによってこの作戦が失敗に終わっても構わない。今回君の協力によって取引場所の特定ができた。グレイソンとバルミンドも取り締まれた。芋づる式に他に斡旋していた場所も取り締まれるだろう。それだけでも大きな進歩だ」
失敗に終わっても構わないのか。この作戦の成功よりも、私の命を優先してくれているということか。
「ありがとうございます」
「チェックポイントで待っている騎士にはガヴェインを配置した。君も知っている人間の方が安心だろう」
「班長を…ありがとうございます」
ということは取引場所までガヴェインと一緒に行くということか。
まさかここでガヴェインが出てくるとは思っていなかったのでちょっと嬉しい。
「…ガヴェインがこの作戦に?」
セスも意外そうにヒューイに問いかけた。
「デッドライン討伐から戻ったばかりでまだ次の仕事を割り振られていなかったからな。ヴィクトール殿から借りた」
「なるほど。よかったね、シエル」
「うん。心強いよ」
笑みを見せてそう言うセスに、私も笑みを返した。
それにしてもヒューイってガヴェインと同じくらいか、それよりも少し若いくらいの感じなんだけど立場的には結構偉い人なのかな?
じゃなければヴィクトールからガヴェインを借りる、ということもできないような気がする。
「ヒューイさんってどういう立場の人なんですか?ヴィクトール隊長と同じくらいってことですか?」
「そうだな。俺とヴィクトール殿は中佐の位にある。ガヴェインは大尉で、ヴィクトールの配下だ」
「そうなんですね…」
若いのにすごいなヒューイ。きっと優秀なんだな。
というか隊長とか班長っていうのはデッドライン討伐においてのみの呼称だったのか。ややこしいな、階級って。
「リィンは?」
ヒューイの後方に控えていたリィンに聞いてみた。
「私はヒューイたちの階級とはちょっと違う位置にいるの。魔族で構成されている特殊部隊の一員で、事例によっていろいろなところに手伝いに行く感じ。誰の配下、ということもないけど、今はヒューイの指揮下ってことになるね」
「へぇ…」
色々と複雑そうでよくわからない。
「セス、君には前にも話したようにエンバイテンの男を頼む。できれば生きて捕えてほしい。これは封力の首輪だ」
そう言いながらヒューイがセスに首輪を差し出した。丸い、動物に着けるような金属の首輪だった。
封力の首輪?なんだろうそれ。
「善処はするけど期待はしないでほしい。影の一族とやり合ってそこまでの余裕があるとは思えない」
セスがそれを受け取りながら言う。
「ああ。まぁ、判断は任せる。セスも自分の身を一番に考えてくれ」
ヒューイも神妙な顔で頷いて言った。
「それは何ですか?」
「これは封力の首輪と言って、装着者の神力や魔力を吸い取るものだ。これを嵌められると一切の術や気が使えなくなる」
聞いた私にセスが説明しながら首輪を差し出した。
金色の金属っぽい材質の首輪で、中央に青色の宝石が埋まっている。左右に開く開閉式のもののようだ。
「外から神力なり魔力を込めることによって鍵が閉まる。そして、閉めた者が開けるか死ぬかしないと外せない」
そんなにすごいものなのか。ちょっと怖い。
「じゃあこれ自分で嵌めて自分で鍵をしめたらもう死ぬまで開けられないってこと?」
「自分で嵌めたら鍵を閉めるための神力が出せないから大丈夫だよ。鍵をかけるかけないの前に、嵌めた時点で神力が使えなくなる。やってみるといい」
首輪を嵌めてみた。
カシャン、と音がして首輪が閉じ、ちょっと焦る。いや、でも鍵は締めてないから開けられるってことだよね。
手の平を上に向けて火を出す。
出したつもりなのだが、何も出なかった。
「うわ、本当だ。すごい」
閉じたところを開くと、カシャンという音と共に普通に外せた。
それをまたセスに手渡す。
「これ、どういう仕組み?」
「呪術の一種だね。神力や魔力に反応して術が発動するような術式が触媒に組み込まれている」
「呪術…?術式…?」
「俺もそこまで詳しくないけど、呪術というのは呪いによってかける相手に様々な制約を科すことができるんだそうだ。魔族が得意とするものだね。封力の首輪は力を込めた人間にしか外せない呪いと、神力や魔力を封じるという呪いを誰でも使えるように触媒に術式を組み込んである。光や水の触媒みたいなものだ」
セスがそう説明してくれたが、いまいち意味がわからない。
「術式を組み込むって?術に何か式があるの?」
術式なんて存在、初めて聞く。
光の触媒で光を灯す時にそんなことを考えたことはなかった。でも、その術式があるからできたということか。
「術が構成されている要素を式として表したものが術式だ。例えば水を出す、ということをさせたいなら、水を出すためにどんな要素が作用してるのかを紐解いて、それを式に表す。そしてその式を触媒に組み込めば、水の適性がないものでも術式に基づいて水を出せるようになるというわけだ」
「……ごめん、何言ってるか全然わかんない」
今まで自分が使ってきた水の神術と、その術式とやらで出せる水は全く別物なのではないかと思うくらい意味が分からない。
体の中でどんな要素が作用しているのか紐解いて、それを式に表す?
何それ。いや、本当に意味が分からない。
「そうか。俺も学校の講師じゃないからこれ以上は上手く説明できない」
私の返答を聞いて、セスが苦い笑みを浮かべた。
「学校でそれ習うの?」
「むしろ神魔術学校ではそれをメインに習うようだな。ミトスに流通している水や火の触媒は、そうやって学生が作ったものが主だという」
黙ってやり取りを聞いていたヒューイが同様に苦い笑みを浮かべながら口を挟んだ。
「えぇ…?そうなんですか」
ということは、エレンたちも触媒を作れるということか。
みんなすごい人たちだったんだな。
「エルフは感覚派だと聞くから逆に難しいのかもしれないな」
「確かに、今までそんな存在は知りませんでした」
でもヒューマが術を使う際に詠唱が必須だという理由が何となく分かる気がした。
そしてエルフが学校に行く風習を持っていないというのも、何となく分かる気がした。行ったところで今の話が理解できるとは思えない。
「というか、ごめんなさい。作戦前にこんな話をして」
「いや、構わない。時間に余裕もあるし、それで君の緊張が解れたなら逆に喜ばしいくらいだ」
頭を下げた私に、ヒューイは優しく微笑んでそう返してくれた。
「ありがとうございます。ヒューイさん」
「君もブライトウェルのところでつけられることになると思う」
ヒューイが急に真剣な表情になって私に言った。
そっか、そうだよね。
って、待って、ということは、だ。
「セスがその男を捕えて首輪を着けたら僕の首輪は外せなくなるってことですか?」
「それはちゃんと後で外させる。それを拒むようなら殺すしかない」
「……」
ヒューイが表情も変えずに言った。
時折見せるヒューイのこの裏の顔が怖い。
「話を戻すが、リィン、君の最優先事項はシエルの身の安全だ。それが確保できたらセスのサポートに回ってくれ」
「わかってる」
今まで口を挟まなかったリィンが即答した。
あれ、セスと一緒にエンバイテンの男と戦うことが最優先じゃなかったのか…。
それでセスは大丈夫なのだろうか。しかし作戦の優先度に私が口を挟んでもいいことなのかわからない。
「セスとリィンが動くタイミングについては俺が状況を見て指示を出す。ひとまず個々の優先行動の確認は以上だ。質問は?」
誰からも何も上がらない。
さっきのことを聞いてみようかとも思ったけれど、みんなが納得しているようなので聞いても無駄な気がしてやめた。
「シエルが出発したら、俺たちも全員第2待機施設へと移動する」
「第2待機施設?」
今までそんな話が出てきたことはなかった。
私の知らないところで私がいない間の行動を相談していたということだろうか。
「ここから取引場所まではかなり遠いからな。中間地点あたりにもう一つ待機施設を用意している。取引場所から調教施設までどれくらい離れているのかわからないが、何かあった時にここから移動していたのでは手遅れになりかねない」
「なるほど」
そういうことか。
ここからバルミンドのところまで2時間以上かかるもんな。
取引施設すらどこなのか私にはわからないが、きっと同じくらいかかるのだろう。
何かあった場合の1時間の差は大きい。
「さて、そろそろシエルに準備を始めてもらおうか」
「ヒューイ、俺も立ち会いたい。医術師のギルド資格ならちゃんとある」
ヒューイと一緒に立ち上がって、セスが言った。
「シエルさえよければ俺は別に構わないが…」
「僕も、構いません。むしろセスがいてくれたら心強い」
私がそう言うと、セスがわずかばかり悲しそうに微笑んだように見えた。
どうして立ち会うなどと言ったのだろう。単純に心配してくれているのだろうか。
「案内する」
そう言ってヒューイに案内された場所は、まさしく手術室、という感じのところだった。
元の世界と違って機械類はないが、棚にはさまざまな薬品が並べられ、中央のベッドにはよくテレビとかでも目にする緑色のゴムシートが置かれていた。
そのベッドを照らすための明かりは、元の世界の手術室でよく見る電灯のように、丸い台座にいくつも触媒がはめ込まれているものだった。
「……」
こんな大がかりなものとは想像していなかったので一気に緊張が増す。
「担当の医術師を呼んでくる。ここで待っていてくれ。シエル、苦痛を強いることになって申し訳ない」
「大丈夫です」
ヒューイの言葉にそう答えると、どこか悲しげな表情をして部屋を出て行った。
「どうして立ち会うなんて言ったの?」
「…心配で。騎士団の人間もプロなんだから心配する必要なんてないのはわかっているし、そもそも何が心配なのかも自分でよくわかっていないんだけどね」
二人きりになったのでそう切り出すと、セスは困ったように笑ってそう言った。
「そっか。ありがとう。でも僕はセスの方が心配だ。何もしなくていい僕と違ってセスは戦わなきゃいけない。セスは強いから、心配する必要なんてないのかもしれないけど…」
「大丈夫だ。君は、自分のことだけ考えていればいい」
私を安心させようとしてくれているのだろう。セスはそう言って笑った。
眠っていたのでまったくわからないのだが、結晶を埋め込む施術自体は1時間ほどで終わったらしい。
全身麻酔というのは徐々に眠くなるものだと思っていたのに、どうやら一瞬で意識を持っていかれたようだ。注射痛いなーって思ってたら次の瞬間には全部終わっていて、いつ寝たのかすら記憶になかった。
傷口は治癒術によって塞がれ、どこに結晶を埋め込んであるのか本当にわからない。体を動かしても違和感がない。
ただ、皮膚の上から強く触るとわかってしまうかもしれないから、なるべく体を触らないように、とだけ言われた。
こんなに早く来る必要はなかったのではないかと思うほどその後の時間を持て余し、16時半、いよいよ出発の時が来た。
「シエル、頼む」
ヒューイはそう、短く私に告げた。
「はい」
ここからチェックポイントまでは1時間半くらい。そこまでは1人で行くことになる。
「じゃあ行ってきます」
これじゃまるでお使いにでも行くようだ、と自分でも思った。
でも最後かもしれない、なんて空気は出したくなかった。
「シエル、絶対助けに行くからね」
リィンが私を安心させるために笑顔で言う。
「うん、待ってるよリィン」
「俺も、必ず行くから」
セスは私の目を真っ直ぐに見て真剣な表情で言った。
「うん」
信じているよ、なんて言葉に出したら軽く聞こえてしまう気がしてやめた。
言う必要も意味もない。セスは来てくれるのだろうから。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
スキル買います
モモん
ファンタジー
「お前との婚約を破棄する!」
ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。
見習い聖女であるレイミは、実は対価と引き換えにスキルを買い取ることのできる特殊な能力を有していた。
婚約破棄を受け入れる事を対価に、王子と聖女から特殊なスキルを受け取ったレイミは、そのまま姿を消した。
レイミと王妃の一族には、数年前から続く確執があり、いずれ王子と聖女のスキル消失が判明すれば、原因がレイミとの婚約破棄にあると疑われるのは明白だ。
そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。
かくして、子爵令嬢の逃走劇が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる