クルスの調べ

緋霧

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三章

第42話 始まり

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 地図を頼りに、だいぶ薄暗くなってきた路地を歩く。
 チェックポイントまでの経路はヒューイによって決められている。
 路地はどこも似たような景色なので間違えないように慎重に歩を進め、何とかチェックポイントに到着した。
 ガヴェインが待っているはずなのだが見当たらない。

「…!」

 と思ったらいきなり後ろから首を絞められ、短剣を突き付けられた。

「シエル」

 耳元で聞きなれた声がする。

「班長…」

 気配なんて何も感じなかった。
 ガヴェインもなかなか手練れだということか。

「このままついて来てくれ。声は出すな」

 ガヴェインの言葉に頷いて返事をし、なすがまま歩き始める。
 ここから先の経路はガヴェインが把握しているのだろう、迷うことなく私を拘束したまま進んでいく。短剣も突き付けられたままだし、大変に歩きにくいのだが仕方がない。

 そこから1時間はかからずにバルミンドの家に到着した。
 私が荷物を届けた時とは違う、裏口から家の中へと入る。

 入ってすぐの部屋はまさしく人を拘束しておくための部屋という感じで、人が1人入れるくらいの鉄の檻が中央にあり、その中に手足を拘束するための枷があった。

「シエル、窮屈な思いをさせたな」

 部屋に入るなりガヴェインは私の拘束を解いた。
 ガヴェインは以前私を襲った男と同じように布で全身を覆っていて、声を聞かなければ誰なのか全くわからない。
 本当に上手く変装できている。

「大丈夫です」

 ガヴェインが顔に付けていた布を取る。
 その顔は曇っていた。

「ずいぶん危険な依頼なんだな。話を聞いた時は驚いた」

「そうですね。でも班長がここにいてくれて心強いです。ありがとうございます」

「いや…取引場所までは、お前の身は俺が守るからな。とりあえず、しばらくはここで待機だ」

 表情を曇らせたまま、ガヴェインが言う。

「わかりました。ありがとうございます」

「よく来たな。エルフの小僧」

 そう言いながら突然誰かが部屋へと入ってきた。
 40代くらいの男性、見覚えがある。

「ヒューバート・バルミンド…」

「あの時攫い損ねた男がこんな形で帰ってくるとはな。貴様のお陰で我々はもうお仕舞いだ」

 憎悪に満ちた顔で私に言った。

「ヒューバート・バルミンド、それ以上は口を慎んでもらおう。本作戦の言動次第でその後の罪が変わることを肝に命じておけ」

 ガヴェインが私を庇うように前に立ち言った。
 かっこいい。

「言われなくともわかっている」

 吐き捨てるように言いながら、バルミンドは私たちの前へと歩いてきた。

「これを着けてもらおう。向こうで、ブライトウェルのものと交換になる」

 そう言ってバルミンドが見せて来たのは予想通り封力の首輪だった。
 ガヴェインが私の前からどいたので、私は素直に首輪を嵌めやすいように頭を下げた。
 バルミンドが私に首輪を着け、触媒に力を込める。どうなっているのか見えないが、きっと鍵が閉まったのだろう。
 そして何かを言うこともなく、部屋から出て行った。

「班長、バルミンドを見張らなくて大丈夫なんですか?」

 バルミンドを追わないガヴェインに私は聞いた。ここにいてくれるのは嬉しいのだが、この間にバルミンドが何か企んでたりしないのだろうか。

「大丈夫だ。ここには他にも騎士がいるからな」

「そうなんですね」

 部屋の外にいるということか。

「まぁ、もうここでバルミンドが足掻いても正直無駄だがな。カルナからは出られないし、この場所も家族がいる場所も騎士団が押さえている。お前を攫った実行犯の男も拘束済みだ。腹いせにお前に報復を仕掛けるのでは、ということだけが懸念材料だ」

「なるほど…」

 ヒューイたちがバルミンドに協力を取り付けたのは昨日のことのはずなのに、ずいぶんと手回しが速い。

 ここでの待機は長かった。
 ガヴェインが気を紛らわせるように色々と話しかけてきてくれなければ、不安でどうにかなってしまったかもしれない。



 いよいよ出発の時が来た。
 バルミンドとガヴェイン、私の3人で家を出る。
 当然のことながら外は真っ暗で、家の明かりがわずかに辺りを照らしている。
 私はここに来た時と同様にガヴェインに身を拘束されながらどこへ行くかもわからない道のりを辿った。

 取引場所へは体感的には30分ほどで着いた。
 そこは周りの家と何ら変わりのない、普通の家だった。
 先を行くバルミンドが玄関の前に立つと、足元が白く光ってすぐに消えた。結界術か。
 すぐに中から扉が開けられ、私たち3人は家の中へと入った。部屋の中も普通の家と変わりがない。ごく普通の一般人が住んでいる家、という感じに家具や調度品が置かれている。

 中から扉を開けた40代くらいのいかつい男性の後に続き、最初の部屋の隣の部屋から地下へと階段で下りた。

 そこは、牢屋だった。
 よくゲームとかで見る石壁の地下牢そのままの感じで、鉄の牢が3つ並んでいる。どの牢にも誰も入っていない。

「エルフか」

 地下に下りるなり、いかつい男性が私を見ながら口を開いた。

「戦闘奴隷に使えそうな奴隷が久しぶりに手に入った。ブライトウェル様にもお喜びいただけるだろう」

 バルミンドが言う。
 まるで「悪代官様」、とでも言いだしそうな雰囲気だ。なかなかに芝居が上手いじゃないか。

「では査定が終わったらいつものように金を持って行かせる」

「ああ。頼むよ」

 ここですぐに金銭のやり取りが行われるわけではないらしい。
 バルミンドがガヴェインから私を引き離して男の前へと出した。
 男が私に首輪を嵌める。封力の首輪だ。バルミンドと同じように力を込めてから手を離す。
 金属でできているので2つ着けているとさすがに重い。
 バルミンドが最初に嵌めた首輪に力を込めてから外す。
 なるほど、こうやって一度両方着けることで着けていない時間を失くすのか。一瞬の隙も許されない。

 次に男が鉄の枷を持ってきて、私の両手を後ろ手に拘束した。そして私の胸ぐらを掴んで強い力で引き、乱暴な動作で手前の檻へと放り込んだ。

「うっ…!」

 そんなやり方をされたものだから、バランスを崩して体を強かに石床に打ち付けてしまった。両手を後ろで拘束されているので受け身すら取れない。
 男が牢の鍵を閉め、私以外の全員が地下牢から出て行く。誰もこちらを振り返ることはない。ガヴェイン、ずいぶんと冷静だな。さすがだ。

 それからしばらくした後、足音が聞こえ、人が2人下りて来た。

「……!」

 いかつい男の後ろを歩く、もう1人の男の顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。

「…これはこれは」

 向こうもまた、私を見て意味深な笑みを浮かべた。

「なん、で……」

 そこにいたのは、あの日私を男から助けてくれたニルヴァだった。

 うるさいくらいに心臓が激しい音を立てている。
 なぜここにニルヴァが。どういうことだ。まさか、エンバイテンの男がニルヴァだと言うのか。ヒューマじゃなかったのか…。だってワイバーンと戦ったあの時だって、ニルヴァは剣しか使っていなかった。光に照らされ影だってあったはずなのに。
 驚愕の表情を浮かべている私を、ニルヴァは不敵に見下ろしている。

「久しいな。名は、何だったか…。ノエル?」

「…シエル」

 訂正するために出した声は掠れていた。

「そう、そうだ。シエル。はは、まさかお前と再び会うことになるとはな」

 それはこちらのセリフだ。
 あの時、なぜ俺があそこにいたのかを考えろ、そうニルヴァは言って去って行った。それがまさかこういうことだったなんて。

「どういうことだ、ニルヴァ。知り合いか?」

「知り合い、まぁ、そうだな。シスタスからカルナまで7日間の旅を共にした仲だな」

 いかつい男の質問にニルヴァが自嘲気味に笑って答えた。

 視界の端で何かが蠢いた。
 黒い何かが私の体に絡みつき、強い力で体を持ち上げられる。
 影の一族、これがその能力か。
 ニルヴァの目線と同じ高さまで自分の影に持ち上げられている。

「あの時俺は言ったよな、シエル。あのまま連れ去られていたらアルセノに戦闘奴隷として送られただろう、と。それをわかっていた上でこの区域に足を踏み入れたということは、相応の理由があるはずだな?まさかアルセノの戦闘奴隷になりたいわけではあるまい」

「……」

 こんな可能性は、さすがに考えてもみなかった。騎士団だって予想していなかったはずだ。
 私はニルヴァのことを、たまたま通りかかって助けてくれたヒューマとしか話に出していないのだから。

 ひどく絶望的な気分だ。

「どうして、あの時僕を助けたの…」

 ニルヴァの質問には答えずに私は言った。
 あの時点では私はただ普通に斡旋されただけの奴隷だ。
 奴隷を買う側のニルヴァが、なぜ斡旋された奴隷を助けたというのか。

「定期便に乗るようなエルフなど、戦闘奴隷として使えるとは思えなかったのでな」

「……」

 なるほど。助けたと言うより、不要と判断されたわけか。

「鍵を開けろ」

 ニルヴァの指示で男が牢の鍵を開ける。
 ニルヴァは牢の中に入ると、私の胸ぐらを掴んで牢の外へと引きずり出した。
 そしてまるで手に持ったボールを蹴るように私の腹部を強い力で蹴り飛ばした。

「ぐっ…!」

 後方へと飛ばされ、石床に体が叩きつけられる。

「うぅ…っ」

 痛い。息ができない。
 再び私の影が蠢いて私の体を持ち上げた。

「さて、もう一度聞こう。なぜお前は再びこの区域に足を踏み入れた?」

「…………」

「答えない、ということは、やはり相応の理由があるようだな。こいつを調べろ、ウェルター。腕か足か、その辺に結晶があるかもしれん」

「……!」

 ウェルターと呼ばれたいかつい男がニルヴァの指示を受け、私の左の二の腕を強く握る。位置を変え何度か試した後、同様に右腕も調べた。

「腕にはないようだな」

 ウェルターが短剣を取りだし、私のズボンを切り裂いた。
 そして太ももの辺りを触って確かめていく。
 ゾワゾワとしたおぞましい感覚に、嫌悪感が湧き上がる。

「うっ…やめ……」

「なんだ、お前の方なのか?」

「ちがう!やめろよ、気持ち悪い…!」

 ニルヴァの言葉に首を振って制止の声を上げるが、当然ながら相手にはされない。

「左足だな」

 ウェルターはそう言うと、誰の返答も待たずに私の左太ももに短剣を突き刺した。

「うあああぁっ!」

 突然もたらされた激痛に叫ぶ。
 痛い。とんでもなく痛い。

「あああああぁぁ!!」

 さらにウェルターは私の足に刺した短剣をぐるりと回し、何かを掬い出すようにして抉った。

 痛い。痛い。痛い。痛い。

 カンっと何か固いものが床に落ちる音がした。

「やはり囮か」

 ニルヴァが言う。
 痛みで目を開けることができないが、当然ながら落ちたそれは結晶だろう。

「うっくぅっ…はぁ、はぁ…」

 足から夥しい量の血が流れ落ちていく。
 ズキズキと激しく痛む。

 この出血で、リィンは私が囮と気づかれたことを察知してくれただろうか。

 助けに来てくれるだろうか。

「これを適当なところに捨ててバルミンドを捕らえろ」

 ニルヴァが男に指示を出す。
 それと同時に私は腹部を殴られて意識を失った。



「起きろ」

 顔を殴られ目を覚ました。

「うっ…」

 殴られた痛みと、抉られた足の痛みが同時に襲ってくる。

 先ほどとは違う場所にいた。
 違う場所だが、先ほどよりもだいぶ広い地下牢、と言った感じで作り的にはあの場所と変わらない。
 通路を挟んで向かい合うようにいくつか檻がある。
 ここからはあまり見えないが、中に誰かがいる檻もあるようだった。

 階段を下りて通路を進んだ先の突き当たり、そこに小部屋くらいのスペースがある。
 私はそこの壁際で両手を天井からぶら下った鉄枷に拘束され、地面に座るような形で捕らえられていた。両足首も床に据え付けられた足枷に拘束されている。

 まさしく、拷問を行うためのスペース、という感じがする。
 ここは取引場所の違う部屋なのか、それとも建物自体が違うのか分からない。
 でもたくさんの檻があり、中に人がいたりするのでここが調教施設なのかもしれない。

「さて、お前は誰の手の者だ?ヴァンベルグか?リドリーか?」

 目の前に立つニルヴァが全く聞いたことのない名前を口にした。
 ずいぶんと心当たりがあるようだ。

「……」

「答えろ」

「ぐあっ…」

 ニルヴァが私の左肋骨辺りを強く蹴る。
 体が揺れて鉄枷がガシャガシャとうるさい音を立てた。

「ぐっ…」

 骨が折れたのでは、と思うほど痛む。実際、本当に折れているかもしれない。

「バルミンドは何だ?グルか?それともお前たちが利用したのか?」

「…言ったら、僕はどうなるの…はぁ、はぁ…」

「早く死ねる」

「……」

 これから何が行われるか嫌でも分かって私は強く目を閉じた。



「ぐわあああぁっ!!」

 ゴキッと音がして影に強く締め上げられた左腕が折れた。
 自分の骨が折れる音を聞いたのはこれで何度目だろうか。
 蓄積されていく痛みが思考を支配していく。

「あああぁぁ…」

 折れた腕に体重がかかり痛みが増幅する。

「ずいぶん頑張るじゃないか」

「うわあああああっ!!」

 影がまるで剣のように鋭く変化して私の右の太ももへと突き刺さる。
 そこから流れ出た血が床に新たな血だまりを作っていく。

「ぐっ…うぅ…あああぁぁ…」

 どれくらい時間が経ったのか分からない。
 どこもかしこも激しく痛む。
 終わることのない苦痛にもう何度吐いて楽になろうかと考えたことか。
 もうそろそろリィンはこの場所を特定するまでは行かずとも、ある程度の目処はつけられただろうか。
 私が死んでこの場から痕跡を消されても、騎士団はこの場所を押さえられるだろうか。

 もう、いいだろうか。もう…楽になってもいいだろうか。
 手遅れになった私を見たくない、セスのその言葉が私の気力をここまで繋いできた。
 絶対に助けに行くから、その言葉を信じて耐えてきた。
 でももう、無理だ。
 無理だ。ごめん。私は2人をこれ以上待てそうにない。

 いつの間にか目の前に立つニルヴァが注射器を手にしていた。
 いつ準備したのか全く分からなかったが、端の方に置かれている小さな机の上に小瓶があるからそれが何かの薬なのだろう。
 ずいぶんと色々な手法を使ってくる。

「ファネルリーデはあまり使いたくなかったのだがな。ここまで粘るならしょうがない」

 そう言いながらニルヴァが私の首に針を刺す。
 なんだかよく分からない単語が聞こえたが、きっとこの薬の名前なのだろう。

「うぅっ…」

 数分と経たずに激しい眩暈がしてきた。
 頭がぼうっとして、気持ち悪い。
 悪酔いしたような、そんな…。
 あぁ、気持ち悪い。吐きそうだ。クラクラとした感覚に、思考がままならない。

 それがだんだん、酷くなる。
 あれだけ痛かった体は今は何の痛みも感じない。
 でも気持ち悪い。すごく気持ち悪い。どちらが天井で、どちらが地面かわからないくらいにグラグラと視界が揺れていて、胃の中を掻き回されているかのようだ。

「うぇっ…」

 耐えがたい不快感だ。
 いっそ吐いてしまえば楽になれるのだろうか。

「――――――?」

 頭の中に響くようにニルヴァの声が聞こえた。

 何を言っているのか聞き取れない。

「――――」

 それなのに私は、ニルヴァの言葉に何かを返した。
 無意識だった。何と返したのかもわからない。

 でもきっと、騎士団の手の者であると喋ってしまった。
 私の答えを聞いたニルヴァがそれは可笑しそうに笑っている。
 その笑い声を聞きながら私は意識を手放した。
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