クルスの調べ

緋霧

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三章

第45話 ヒューイ

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 言葉を紡ぐのが怖い。
 何を言っても傷つけてしまいそうで。
 そんなことを、したいわけじゃないのに。

 裏切ったのは私の方だ、そんな言葉はきっと聞きたくないだろう。
 セスの気持ちも考えずに酷いことを言ってしまった、そんな言葉も聞きたくないだろう。
 謝罪すら、残酷な言葉に聞こえるだろう。

 聞かなければよかった。もしくはあのまま口を閉ざしてくれればよかったのに。

 何て、自分勝手な願望だ。

「セス、」

「何も言わないでくれ」

 無表情のまま、セスは私の言葉を遮った。

「……」

「君が今の言葉を聞いて何を感じたのか、わかっているつもりだ。言葉でそれを聞いてしまったら俺は甘えてしまう。だから、言わないでくれ」

 その言葉は、予想外のものだった。
 そもそも自分がその後に何を続けようとしていたのかも定かではない。
 そんな私の気持ちをセスはわかるというのか。私にすらわからない様々な感情が入り混じったこの気持ちを。

「さぁ、食事を用意しよう。少しでも、食べられるといいんだけど」

「甘えてしまったらダメなの?」

 話を切り上げて立ち去ろうとするセスの背に、私は問いかけた。

「…甘えたく、ない」

 セスはこちらを振り返りもせずにそう答えると、そのまま部屋を後にした。



 食事を持ってきたのはセスではなく、リィンだった。

「ヒューイがセスと今後について話したいっていうから」

 と、セスが来れない理由をリィンは説明していたが、果たしてそれは真実なのかどうか。

「食べないの?」

「食べたら吐きそうで」

 いつまでも食事に手を付けない私に、リィンが言った。
 食べないといつまで経っても進展しないのはわかっているのだけれども、正直、そんな気分ではない。

「まぁ、ゆっくり療養するといいよ。シエルが元気になるまで、私たちも側にいるから」

 リィンが笑顔で言う。
 そうは言ってもヒューイやリィンには騎士団としての役目がある。いつまでもここで私に縛られているわけにもいかないだろう。
 それに、ここは診療所が併設された騎士団の詰所だと聞いた。その診療所の部分を今は私が1人で占領している。騎士団の人たちにも迷惑じゃなかろうか。

「それじゃいつになるかわからないよ。ヒューイさんやリィンにだってやることはたくさんあるんだろうし、この場所をいつまでも使ってたら迷惑だ」

「いいんだよ。それが、ヒューイの責任だから」

「責任…?」

 そんな契約だっただろうか。そもそもそんな内容まで、話はしていない気がする。

「結果に責任を持て、そうやってセスが言ったんだよ。酷い状態のシエルを見て目を逸らしたヒューイに掴みかかって怒鳴ったんだ。もちろん、ヒューイだって契約が完了したからって"はい、おしまい"なんてする気はなかったとは思うよ。でもセスにそう言われなかったら治癒術師や医術師に後を任せていつまでもここにはいなかったんじゃないかな」

「セスが、そんなことを…?」

 掴みかかって怒鳴るなんて想像できない。見てみたいような、見たくないような。
 というか、それならなおさら私がここにいるせいでヒューイやリィンをここに縛っていることになる。

「セスがあんな風にヒューイの胸ぐら掴んで声を荒あげるなんてビックリしちゃったよ。怪我も酷かったのに」

「え…怪我?」

 セスが怪我をしていたなんて聞いていない。見た感じ今はそんな様子はなさそうだけど。

「…聞いてなかったか。ごめん、今の話は忘れて」

「いや、さすがに無理でしょ。ニルヴァと戦ってってこと?今はもう完治したんだよね?」

「あー…うん、そうだね。ニルヴァと戦ってね。今はもう大丈夫だと思うよ」

 捲し立てるような私の言葉に、諦めたようにリィンは言葉を返した。

「そう…ニルヴァ、強かったんだ」

 どんな戦いだったのだろう。
 私はセスが人と戦うところを見たことがない。

「確かにニルヴァは強かった。でもね、たぶん時間をかければニルヴァを無傷で倒すことはできたんだと思う。それくらいセスも強かった。でもセスは時間をかけたくなかったんだ。だから肉を切らせて骨を断つというやり方でニルヴァとの戦いを一瞬で終わらせた」

「それは、僕のために…だよね」

 それしかない。
 また、セスが私のためにとしてくれたことを知ってしまった。

「…それくらい酷い状態、だったから。ごめん、思い出したくないよね」

 気まずそうに視線を逸らしてリィンが言った。
 思い出したくはない。だけどこの作戦で多くの血が流れたという事実から、目を背けてしまってもいけない。

「大丈夫。だから教えてほしいんだ。僕が知らない間のことを全部」



 リィンは躊躇いながらも、すべてを教えてくれた。
 私の血の匂いがしたらすぐにヒューイが2人に行くように指示をしてくれたこと、セスが躊躇いもなく調教施設にいた人間を殺していたこと、ニルヴァとの戦いのこと、バルミンドを捕えに来た男をガヴェインが捕え返したこと、怪我を押してセスが私を探してくれたこと、それで治癒術をかけて死にそうになっていたこと。そして、私が眠り続けた時にみんながどれだけ心配してくれていたのかということを。

「教えてくれてありがとう、リィン」

 聞いてよかったとも思うし、聞かなければよかったとも思う。
 でも何より、知らなければならなかったことだと思う。

「…あと、私はシエルが転生者ってことも知ってる。ニルヴァが言ってたから」

 付け加えるようにリィンが言った。

「うん、それはセスから聞いたよ」

「じゃあ、セスも言ってたかもしれないけど、ヒューイに言わない方がいいよ。利用されるから」

 至極真面目な顔でリィンが言う。

「言うつもりはないけど、でもヒューイさんが僕を利用しようとするかな?」

「すると思うよ。ヒューイはそういう人だから」

「……」

 予想以上にはっきりと断言されて返す言葉が見つからない。
 ヒューイが優しいだけの人ではないだろうということは私もわかる。それでもヒューイは私の身の安全を一番に考えてくれて、そのためなら作戦が失敗に終わっても構わないと言ってくれた。
 実際、私の血の匂いがしたらすぐにセスとリィンに行くように指示も出してくれていた。
 そのヒューイが私が転生者だと知った瞬間に、私を利用しようと画策するのだろうか。そんなに、冷徹な人なのだろうか。

「シエル、入ってもいいか?」

 ノックの音と共に今まさに話に出ていたヒューイの声がした。
 今の話を聞かれていたかもしれない。

「どうぞ」

 動揺を隠して答えると、すぐに扉が開き、ヒューイとセスが入ってきた。
 本当に今まで2人で何か話していたようだ。

「シエル、食べていないのか?無理して食べろとは言わないが、少しずつでも食べたほうがいい」

 手を付けていない食事に気づいたヒューイが、私の側に来て言った。
 セスは何も言わずにヒューイの後方に控えている。
 どうやら先ほどの話は聞かれていなかったようだ。

「…すみません」

「責めているわけじゃない。少しでも早くよくなってほしいと思っているだけだ」

 優しく微笑んでヒューイが言う。
 それがヒューイの責任だからだろうか。

「ありがとうございます」

「体調がまだ優れないところで悪いが、少し話をしたい。いいだろうか」

 すぐに真面目な顔になってヒューイが言った。

「大丈夫です」

「今回なぜ君が囮と気づかれてしまったのか、理由を知っているなら聞きたいんだ。語るのは苦しいかもしれないが…頼む、教えてくれ」

 ヒューイが苦しそうな顔をして言った。
 本当は目を覚ましてすぐにでもそれを聞きたかったのだろう。
 ヒューイとしては気づかれないと踏んでいたみたいだし、なぜなのかずっと疑問に思っていたはずだ。

「一度攫われた時に助けてくれたヒューマが、ニルヴァだったんです。僕はニルヴァが魔族だったなんて気づけなかった。その時に僕はニルヴァにあの区域にエルフは立ち入ってはいけないと忠告を受けました。それなのに僕が奴隷として売られてきたから、何か理由があってここにいるはずだと疑問を持たれてしまった」

「それで、結晶を探られたというわけか」

「はい」

「そもそも、なぜ奴隷商であるニルヴァがその時に君を助けたんだ。それを見過ごしていれば自分の元に君が売られてくるはずなのに」

 ヒューイの後ろで黙って話を聞いていたセスが口を挟んだ。
 それは疑問に思うだろう。私も思った。

「定期便に乗るようなエルフは戦闘奴隷として使えないから、と言っていた」

「……胸糞の悪い理由だ。しかし仮に君がそこでニルヴァのことを魔族だと気づいても、奴隷商の元にいる魔族と同一人物とは思わないだろう。最初の段階で助けられたことを幸運と思うしかない」

「そうだね…」

 確かにセスの言う通りだ。最初にニルヴァに助けられなかったら私は奴隷としてアルセノに送られていた。そもそもこの作戦に参加すらできていないだろう。

「シエル、調教施設にいた奴隷のことなのだが」

 突然ヒューイが話を切り替えて言った。
 そういえばあの檻の中には人がいるものもあった。
 どんな種族で、何人いたのかまでは見ていないけれど。

「君は奴隷として売られた者の中に以前関わった者がいるかもしれない、と口にしていた。今あの施設にいた者たちは騎士団が保護している。会うか?」

「……」

 ヒューイはその言葉を覚えていてくれいたのか。
 もし彼らがいたとしても、会ったところで特に話すこともない。いなかったとしたら、私は一体何のためにこんな目にあったのかと思ってしまうだろう。

「会わなくていいです。でもありがとうございます。そのことを覚えていてくれて」

「…そうか、わかった」

 私の言葉に何も聞いてくることはなく、ヒューイは頷いた。

「その奴隷たちはこれからどうなるんですか?」

「特別枠として武術学校に入学させて、最終的には騎士団の一員として迎え入れるつもりだ。親に売られたのならば、親元には戻れないだろうからな」

「なるほど…」

 今後も騎士団が面倒を見ていくということか。
 それならばその奴隷たちも今後安心だろう。

「最後にもう一つ、申し訳ないのだが最初に待機施設として使っていた病院の方に移動をお願いしたい」

 やはりここをずっと使う訳にもいかないのだろう。
 ここは診療所を併設しているとはいえ、騎士団の詰所だ。この部屋にいる限りは他の騎士団の人はあまりみないが、きっと出入りも多いはずだ。

「それなら、僕はもう大丈夫です。宿に帰ります」

「ダメだよ」

 間髪入れずに返ってきた声はセスのものだった。

「まだダメだ。せめてもう少しちゃんと食べられるようにならないと」

「……」

 ですよねー。
 全然食べてないもんな。点滴でどうにかなってるようなもんだし無理に決まってますよね。

「勘違いしないでほしいのだが、別に君がいて困るということではない。あちらの方が療養するには適しているというだけの話だ。まぁ、立地的にあちらの方が仕事がしやすいというのもあるから、我々の都合がないとは言わないが」

「わかりました」

 そうは言いつつ多分後半の部分が主な理由なのだろう。
 否という訳にもいかないので素直に頷いておこう。

「じゃあ帰還点を設置してくればいいのね?」

「ああ。頼む」

「帰還点?」

 リィンとヒューイの会話の意味がわからず聞き返す。帰還点とは何だろう。

「君を歩いて行かせるわけにはいかないからな。あそこまで歩いて行けるくらいなら病院にいる必要などないだろうし。だからリィンの転移術でここからあちらまで送る」

「転移術…」

 そんなものがあるのか。すごい。

「移動したい場所に血で帰還点を作ればそこに飛べるんだ。吸血族の能力の一つね。シエルは調教施設からここに来た時も、逃げ出してここに戻ってきた時もそうやって移動したんだよ」

「そうだったんだ…」

 全く記憶にない時の出来事なので知る由もなかった。

「じゃあさっそく行ってこようかな。2時間もあれば帰って来れると思う」

「リィン、俺も一緒に行く。向こうで準備をしておきたい」

 部屋を出ようとしたリィンを呼び止めてセスが言った。

「シエル、その間のことはファロスに任せておくから。それと、もしできるなら少しだけでも食べるんだ。吐いてもいいから」

「…わかった」

 そう言いながらセスはリィンと共に部屋を出て行った。

 静寂に包まれた部屋に、私とヒューイが取り残された。
 なぜヒューイは部屋から出て行かないのだろう。気まずいんだけど。

「シエル、今回の件は本当に申し訳なかった。心から謝罪する。よく、無事でいてくれた」

「ヒューイさん…」

 そう言ってヒューイは深く頭を下げた。
 なるほど、だからここに残っていたのか。

「契約の前からこうなる可能性があるのはわかっていたことで、それを承知で受けたのは僕です。ヒューイさんが謝ることじゃありません」

「…それでも、自分が立てた計画によって君に大きな苦痛を与えてしまった。こちらに帰ってきてからも、君は酷く苦しんでいた。いや、今もまだ苦しいのだろうが…。俺の責任だ、すまない」

 絞り出すような声でヒューイが言う。
 頭は下げたままだ。騎士団の、それなりに偉い立場の人が、こんなにも長く深く頭を下げている。

「頭を上げてください。僕は、大丈夫です。ヒューイさんの真摯な姿勢は受け取りました。それに僕が眠っている間に何度も来てくれたと聞きました。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう」

 頭を上げたヒューイは苦しげな表情でそう言った。
 ヒューイも私が眠っている間、きっと1人で苦しんでいた。自分の考えた計画によって私が傷ついたことに。
 それは想定内のことだったはずなのに。
 こういう態度を見てしまうと、リィンが言っていたような冷徹な部分は到底信じられなくなる。

「さぁ、シエル、少し食べるといい。俺は一度これで失礼する」

「はい、ヒューイさん、ありがとうございました」

「…また、来る」

 そう言ってヒューイは部屋を後にした。

 さて、さすがに少しは食べないといつまで経っても帰れない。頑張って食べるとしよう。
 出される食事は基本的に駐屯地にいた時と同じような病人食だ。
 今回はパンをミルクに浸した柔らかくて食べやすいものだった。
 ミルクが甘く味付けされていて美味しい。

 食べてしばらくしたら吐き気が襲ってきたが、何とか我慢して吐かずに済んだ。



「あちらの施設に移るんだって?」

 私の点滴を変えながらファロスが言った。
 ここを空ける理由をセスが説明したのだろう。

「はい」

「ではこれでお別れだな。…私には、君と同じくらいの子供がいるんだ。だから君があのような状態でここに来た時、君が殺してほしいと私に告げた時…どうしても自分の子供と重ねてしまって胸が締め付けられた。君の退院を見られないのは心残りだが、回復を心から祈っている」

 優しく微笑んでファロスがそう言った。
 そうだったのか。ファロスは30代後半くらいだろうから私くらいの子供がいてもおかしくないもんな。

「ありがとうございます。お世話になりました。迷惑も、たくさんかけてしまって…」

「君は何も悪くない。たくさん辛い思いをしたんだ。ゆっくりと療養するといい」

「はい、ありがとうございます」

 優しい人だな、ファロス。
 何だか私も元の世界の父親を思い出してしまう。そんな暖かさがある人だ。



「準備はいい?」

 宣言通り2時間ほどで戻ってきたリィンが手を差し出して言った。
 点滴はやったままでいいとファロスが言うので瓶を握ったまま、もう片方の手でリィンの手を握る。

「うん」

「ヒューイも」

「ああ」

 どうやらヒューイも一緒に転移してもらうようだ。
 私が握っている方とは反対の手を握った。

「じゃあ行くよ」

 その言葉を聞いた瞬間、エレベーターに乗った時みたいな浮遊感がした。
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