クルスの調べ

緋霧

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四章

第66話 羽

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 小学生の時、一度だけ父にプラネタリウムに連れて行ってもらったことがある。
 別に星が好きだったというわけでもないし、それをきっかけに飛び抜けて好きになったというわけでもないが、その時に見たシリウスという星がとても印象に残っていた。
 何でもシリウスには「焼き焦がすもの」とか「光り輝くもの」という意味があって、太陽を除けば地球上から見える恒星で最も明るいんだとか。
 その説明を聞いて、小学生ながらにシリウスはとてもかっこいいと思った。

 だから私の羽になるケルデスには、その名を与えよう。

「我は名を与える者。其の名は"シリウス"。盟約に従い、我が命を聞け」

 店主の指示に従い呪術をかけると、私とシリウスは一瞬淡い光に包まれた。
 呪術が成功したということなんだろう。
 相棒とも言える関係になっていきたいのに、呪縛というのも何だか嫌な話だ。まぁ、でも野生のものを捕まえることなどできないし、規則なのだから仕方がない。

 この作業が終わると、後は紙に全部書いてあるからと笛と紙を渡され、即終了となった。
 触媒はもらえないらしい。まぁ、呪縛することが規約としてあるのだから、解呪もそう簡単にはできないようにしておかねばならないのだろう。
 それにしても30万もするペットを買ったというのに不親切すぎないか。この世界のペット屋はみんなこうなのだろうか。

「シリウスという名前に何か由来はあるの?」

 店から出て、紙とにらめっこしている私にセスが声をかけた。
 ちなみに店から出た瞬間、シリウスはどこかに飛んで行ってしまった。
 呪縛している以上、主から一定以上に離れることはないと店主が言っていたので、笛で呼べば帰ってくるところにはいるのだろう。

「僕の世界の言葉で、"焼き焦がすもの"とか"光り輝くもの"という意味なんだ。かっこいい天獣だからかっこいい意味を持つ名前をつけたかったんだよ」

「へぇ…高貴なケルデスによく合っている名だね」

「ありがとう」

 何だか改まってそんな風に言われると照れてしまうが、とりあえず素直にお礼を言っておこう。






 ピィー……

 リッキーに乗ってアドルドまでの道を辿りながら、私はシリウスへ指示を出す練習を始めた。
 笛で出せる指示は、呼ぶ、上がる、下がる、前進する、方向転換、攻撃する、待機する、の7種類だ。
 これが笛の吹き方によって割り振られている。
 長く吹くとか、短く1回吹くとか、2回吹くとか、まるで工場用のクレーン操作のようだ。実際、そんな用途で使われているのだろうけれど。
 で、その中に音階をつけて吹くみたいなものがあってそれが中々難しい。多分口笛で音階をつけるようなイメージでやればいいのだろうけど、元々口笛が上手く吹けたわけでもないし、続けていくうちに余計にわからなくなってきた。

「少し休憩したら?」

 混乱して訳わからない動きをするシリウスが哀れになったのか、セスが笑いを噛み殺しながら聞いてきた。

「そうしようかな…」

 そう言って笛を口から離すと、逃げるようにシリウスはどこかへ飛んで行ってしまった。

「ははっ」

 それを見てセスは今度こそ笑いを隠さずに表に出した。
 くそぅ、悔しい。いつか完璧にシリウスと意思の疎通を果たしてやる!

「久しぶりに手合せしようか」

 休憩の際にセスが切り出した。
 そういえばずいぶん訓練もやっていない。

「うん、お願いします」

 ロッソからアドルドへの道は今まで通ってきた街道とは違い、基本的にゴツゴツとした岩場だ。
 その割に草木は結構あるが、葉をつけていない木が多く、あったとしても黄色く秋っぽい感じなのはロッソの近くから変わらない。
 道が狭かったり、傾斜が急なところも多々あるが、今いるここは緩急で広々としていて訓練をやるにはちょうどいい。

「自由にやっていいよ。シリウスと連携する練習をしてもいいし」

「なるほど、やってみる」

 基本的な動きすら覚束ないけれど何事も練習だ。やってみよう。
 笛を吹いてシリウスを呼び、足に掴まってから"上がって待機する"という指示を出した。

『うわぁ、高い…』

 シリウスは難なく私の体を持ち上げ、空高く飛んだ。
 高所恐怖症というわけではないが、慣れない高さと状況に思わず日本語で呟いてしまう。こちらの世界に来てもう長いのに、そういう時には日本語が出てしまうものなんだな。
 下ではセスが何もせずに私を見上げている。

「石礫よ、彼のものを撃て」

 私はそのセスに向かって無数の石礫を撃ち落した。
 結構な威力を込めてみたが、これが当たったらどうしようとかはもう考えない。どうせ当たらないから。
 実際、セスは降ってきた石礫を自分に当たりそうなものだけ、綺麗に相殺した。

「……」

 上から術を撃っているだけでは当たらない。
 セスの攻撃も当たることはないのだろうが、これでは勝負がつかない。色々試してみよう。

 セスに向かって火炎放射を撃った。
 それなりの威力と、それなりの範囲を持って、放射し続ける。
 そして炎でお互いに姿が見えなくなった瞬間、私はシリウスから手を離した。
 セスはおそらくその場から動かずに相殺して防いでいる。炎で視界が遮られているので、私が落ちてきていることは分からないはずだ。題して奇襲作戦。

 だいぶ地面に近くなった頃、私は火炎放射をやめて爆風を起こした。その爆風で炎が一瞬にして散り、落下速度がだいぶ緩まる。
 セスからはいきなり私が現れたように見えたはずなのだが、驚く様子は見られない。
 それどころか、暴風に押され若干体勢を崩したにも関わらず、すぐに風を気で散らして立て直した。
 さすがにそれは計算外だったが、ここまで落下速度が緩まれば構わない。私はすぐさま腰の短剣を抜き、勢いに任せてセスへと振り下ろした。

「……っ!?」

 だがそれにも全く焦る様子は見せずにセスは軽く体を捻って躱した。

「…くっ…!」

 若干バランスを崩したが何とか着地し、振り向きざまにセスに短剣を投げつける。

「……!」

 それにはセスも若干の驚きを見せつつ、横に飛んで短剣を躱した。
 すぐにセスに向かって水を噴射する。先ほどの火炎放射の水バージョンだ。
 セスは右手を突き出しそれを相殺した。空中に水飛沫が飛散する。
 空中に飛散した水で手の平サイズの氷の刃を多数作り、それをセスへと向けて放つ。一から氷を具現するよりも、存在する水から作り上げたほうが早いからだ。
 それもセスは難なく相殺する。おそらく覇気だ。再びセスの周りで飛散した水は、ビシャビシャと地面を濡らした。

 私が右手を前に突き出した瞬間、セスが地面を蹴った。
 本当は何か一発術を撃つつもりでいたがそれは中止して、セスが水溜りに足を踏み入れた瞬間に水を凍らせた。

「……!」

 足を取られセスの動きが一瞬止まる。すぐに抜け出してきたが、こちらへ来る前にと私はシリウスを呼んで何とか空へと上がった。
 次は威力で勝負だ。地形を変えない程度に最大限の威力を込めて術を撃ってみよう。

「氷の槍よ…彼のものを撃て!」

 時間をかけてじっくりと、これを避けるのはきっと無理というくらいの数を作り上げて、空から撃ち落す。
 セスはそれを両手を掲げて相殺した。
 相殺された氷の槍が水となってシャワーのようにセスへと降り注ぐ。
 あぁ…ビショビショにしてしまった…後で謝ろう。
 笛を吹いてシリウスの高度を下げる。セスは自分に当たるであろう範囲しか相殺しなかったので、地面に突き刺さったままの氷の槍を水へと戻し、その水を今度は無数の氷粒へと作り変えた。
 その時点で多分セスには何か予感するものがあったのだろう、周りに浮かぶ無数の氷粒を覇気で相殺した。
 が、範囲外にはまだたくさん氷粒が残っている。

「竜巻よ、彼のものを飲み込め!!」

 私はそれに風を混合し、一気に竜巻を作り上げた。
 氷粒が含まれた竜巻が一瞬でセスを飲み込む。
 巻き上げる風で高度を下げていたシリウスが高く吹き飛ばされた。危ない。振り落されそう。

「……!!」

 作り上げた竜巻はすぐに相殺され、風と水がセスを中心として放射状に散った。

「シエル!」

 下から私を見上げてセスが叫んだ。
 無傷のようだ。まぁ、これで傷を負われても逆に困るんだけどさ。

「このまま消耗戦に持ち込まれたら俺は負ける。降参だ」

 声が聞こえるようにとシリウスの高度を下げたら、セスが私に向かってそう言った。
 ほぅ、降参か。なるほど。
 確かにセスは肩で息をしている。私より消耗をしているのは確かなようだ。

「一方的に撃たれ続けたらさすがに俺も無理だ。君の神力の回復速度は俺を遥かに上回るからね」

 地面に下りるなり、セスは困ったように笑って言った。

「でもこれで勝っても意味がないな。こんなの卑怯だし」

「命のやり取りに卑怯も何もない。これも立派な戦法だよ」

「うーん…」

 立派な戦法。確かに命を狙われているという状況ならそうなのかもしれないけど、セスに訓練をしてもらうという今の状況では意味のないことだ。これでは自分自身が強くなることはできない。
 まぁでも、こういうやり方は通用する、ということがわかっただけでも大きいか。

「でも1つだけ」

「……?」

「俺が君を殺すつもりだったなら、君が空から落ちて来た時に串刺しにしている。それができるだけの時間はあったし、おそらく君はそれを避けられない。あれは危険だよ」

「なるほど…」

 奇襲作戦のことか。
 あの時にセスが剣を握っていたら、私が振り下ろした短剣を避けつつも私を殺せたということだろう。
 ならば、結局は勝ててもいなかったということになる。剣を握っていなくとも攻撃することはできたはずなのに、それもせずに見逃してくれたということなのだから。

「全然だめだなぁ…」

「何がだめなの?今回君はシリウスという羽を得たことで、俺みたいな近接を一方的に攻撃できるようになった。まぁ、近づきすぎれば放気でやられるかもしれないけど、高い位置から高威力の術を撃ち続ければ殺せない敵などそうはいない。君は神力量も回復速度も桁外れだからね」

「でもそれやったらセスを巻きこんじゃうよ」

 高い位置からピンポイントで敵だけを狙うとなれば、避ける時間を与えてしまうことになる。相殺せざるを得ないくらいにするには術の範囲を広げないといけない。そうしたら確実に近くにいるだろうセスも巻き込むことになってしまう。
 ゲームなら味方の攻撃は当たらないが、これは現実だ。

「そこに俺がいる状況なら君がそんなことをする必要はないだろう。君がそうしてまで相手を殺さなければならないのなら、きっと俺はすでに死んでいるよ」

「なるほど、確かにセスを殺されたんだったら、僕も空から一方的に撃ち殺すかもしれないね」

 真顔で言うと、セスはどこか悲しそうに笑った。
 それがどういう意図なのか、私には分からなかった。






「ごめんね、ビショビショにしちゃって」

 湯浴びをして新しい服に着替えたセスから濡れた服を受け取って言った。

「いや、構わないよ。お湯ももらえたしね」

 そうは言ってくれたが、氷を相殺した水だからだいぶ冷たかっただろうな。
 そのお詫びにとお湯を作り湯浴びしてもらってから、濡らしてしまった服の水を蒸発させて一瞬で乾かした。最近までは温風を作り出して乾かしていたのだが、水を蒸発させるということを思いついてからは一瞬で終わるようになった。ただまぁ、着ている状態でやってしまうと火傷を負うので、着たまま乾かせないということだけが難点だ。

「セスはさ、僕が空から落ちてきたことには驚かなかった?予想できてた?」

 乾いた服を手渡しながら聞く。
 意表をつけるのでは、と思ってやってみたのだが、あの時のセスに驚いた様子はなかった。

「そうだね。君が珍しく火の神術を使ってきたから、視界を遮るのが目的なのかなとは思った。でもそれは俺が君の戦い方を知っていたからそう思っただけで、知らなかったのなら多少は驚いたかもしれない」

「多少は、か」

 どっちにしろ、あっと驚く作戦とはならなかったわけか。

「だとしても落下の速度を緩めるために君が使った風の神術で、君を殺せるだけの時間は充分得られた。それがなかったら中々いい奇襲になったかもしれないけどね」

「あんな高さからそのまま落ちたら死んじゃうよ!」

 さらっととんでもないことを言うセスに、私は即座にツッコミを入れた。
 いくらこの世界の人間が漫画やアニメ並に高く飛べて着地できるとしても、私がシリウスで上がったあの高さからは無理だろう。現代で言ったらビル5~6階くらいの高さはある。

「それはそうだろうね。さぁ、出発しようか」

 そう言いながらクスクスと笑ってセスはライムへと乗り込んだ。
 えぇ…じゃあどうしろって言うんだよ。それを自分で探って行けってことなのかな。






 アドルドまでの道のりは、結構険しかった。
 モンスターもちょこちょこと出てきたし、道が狭かったり急だったりと中々厳しい。でも、だからこそアドルドは他国からの侵攻に強いのだとセスは教えてくれた。
 聞いたところによるとアドルドは、超巨大なクレーターの中に1つの街があるのみで、その街の名前がアドルドだから国名もアドルドとなっているらしい。
 その街は元々、隣接するロハネス山脈で討伐を行う傭兵団が拠点として作り上げた施設村で、今でも山脈討伐の拠点としての意味合いを強くもっている。故に代表者はいるが国王と呼ばれるような人は存在しないんだとか。
 そして街から1週間ほどの場所に小さな拠点があり、ロハネス山脈で狩りを行う人はそこで補給や寝食をするらしい。それは山の麓に東西南北4つあって、例えるならばデッドライン討伐の駐屯地のようなものだとセスは教えてくれた。

「本当に駐屯地みたいな感じなんだね」

 南に位置する駐屯地に足を踏み入れて早々、私は言った。
 ここに至るまで、実に3週間以上。そんな長い期間、私たちは山登りしていたのである。
 正直、2週間を過ぎたあたりからヘレンシスカ経由にしなかったことを後悔したほどにしんどかった。
 セスの説明通り、南の駐屯地はデッドライン駐屯地と同様に、簡素な石造りの建物がメインの小さな村のようなものだった。
 それにプラスして武器や食料が買えるお店があるといったところか。
 道行く人たちはいかにも冒険者という感じの人たちばかりだ。

「そうだね。最低限の補給や寝食ができるだけの施設だ。駐屯地からアドルドの街までは転移陣が敷かれていて、すぐに移動ができるからね」

「転移陣!?」

 何それ、初耳なんだけど。
 アドルドの説明をしてくれた時には、一切そんな話は出てこなかったのに。

「そう、転移陣。誰でも自由に行き来ができる」

「へぇ、すごい!便利だね!どうしてその転移陣は他の場所にないの?」

 そんな便利なものが存在するならなぜ今まで訪れた街には設置していなかったのかと不思議なくらいなのだけど。もしかして知らないだけで実はあったりして?

「天王がアドルドのために設置したものだからだよ」

「天王…!?」

 何度かその存在は耳にしたことがある。
 アルディナ直属の部下的な認識だ。

「アドルドはね、デッドラインと似たような場所なんだ。アルディナから単独リンクを通って、とても強いモンスターが落ちてくる。だから天王はお詫びの意を込めて、ミトス側の人間が少しでも楽に倒せるようにと転移陣を設置したんだ」

「へぇ…」

 だからアドルドにしかないというわけか。
 それが各街にあれば元の世界よりも移動が楽で安全なのに。

「というわけで、ここからアドルドまで転移陣で飛ぶよ。シリウスを呼んでおいて」

 セスに案内された場所は、石で造られた長方形の建物だった。部屋の左側に青く光る陣があり、部屋の右側に赤く光る陣がある。ずいぶんと複雑な模様で描かれた魔法陣だ。窓もなくそれ以外には何もないので、まさしくこの陣のための建物といった感じがする。ちなみに、入口が広いので、リッキーやライムもちゃんと通れる。

「この陣を踏むだけでいい。ちゃんとリッキーとシリウスに触れて陣を踏むんだよ」

 そう言ってセスが青い陣に一歩足を踏み入れた瞬間、セスとライムが消えた。
 一歩入るだけでいいのか…。詠唱も何も必要ないなんてとんでもないな。隣の赤い陣は一体何なのか気になったが、恐いのでさすがに踏めない。

「リッキー、シリウス、おいで」

 私もセスに習ってリッキーたちに触れながら陣に足を踏み入れた。
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