クルスの調べ

緋霧

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五章

第67話 天門の守護者

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 転移陣から出た先は、先ほど陣があった建物と同様の造りだった。
 足元には赤い陣があり、隣には青い陣があった。なるほど、青い方は行く専用で、赤い方は出る専用というわけか。

「早くこっちへおいで。君がその陣を踏んでいると他の人間が陣を踏んでも作動しないんだ」

 不思議そうに周りを見回している私に、部屋の隅で待っていたセスが苦い笑みを浮かべて言った。

「え、どういうこと?」

「その赤い陣は南の駐屯地から来る人間が出てくるための陣なんだけど、そこに人がいる状態で次の人間が出て来たらぶつかってしまうだろう?だから誰かがその赤い陣を踏んでいる間は、駐屯地側の青い陣は作動しないようにできているんだ」

「へぇ…上手いことできてるんだね」

「天王が作ったものだからね」

 相当すごい人間のようだ、天王。
 まぁ、天界の王様だもんな。神に匹敵する力の持ち主なんだろう。

 建物から出ると、さっそくシリウスはどこかへ飛んで行った。
 まぁ、呼べばちゃんと帰ってくるので心配はない。ちなみに、数日呼ばないようにしたらどうなるんだろうと思って道中に試してみたのだが、お腹が空いたらちゃんと自分で帰ってきた。そういうところはしっかりしている。

「リッキーたちを預けてギルドに行こうか。それで宿を取って今日は休もう」

 そう言ってセスは歩き出した。
 セスは道中で狩ったイルエというイノシシに似たモンスターの角を刈り取って袋に入れていた。このイルエの討伐依頼は常にギルドから出されているために、ギルドに持っていけばすぐに報酬を受け取れるというわけだ。
 そしてこのイルエが自分たちにも、シリウスにもいい食料になった。
 さすがに臭みがあっておいしいとは言えなかったが、食べる分には問題ない。山道で贅沢も言ってられないので、我慢はできた。
 ちなみに厩舎ではカデムたちに加えてシリウスも預けることができた。餌も対応したものをちゃんと与えてくれるらしいので、私はシリウスを呼び戻して預けることにした。
 若干シリウスが不満そうな顔をしていたように見えたが、きっと気のせい。

 アドルドの街は、先ほどの駐屯地をより大きくしたものという感じで、雰囲気的なものはそう変わらない。
 石造りの建物が多く、時たま木で組み上げられた小屋のようなものがあったりもする。
 ギルドもそんな感じで石造りの簡素な建物だった。

「イルエの討伐はEランクなんだね」

「まぁ、あの周辺に出てくるモンスターはイルエがメインだからね」

 依頼書を見ながら呟いた私に、セスが答えてくれた。
 イルエの角5本でギルドポイント30と、銀貨5枚だ。
 道中で狩ったイルエは100体を超えている。しかし持ちきれないからと100を超えてからは角も刈り取っていない。そりゃあ3週間もずっと山道にいたのだからそうなるよな…。

「早速交換してくるといいよ」

「え、セスは?半分ずつに分けようよ」

「俺はいい。ポイントを溜める意味もないからね」

「えぇ…でもお金だってもらえるよ」

 100本分なので、白金貨1枚。大金だ。

「いいんだよ。金には困ってない」

「……いや、そういう問題じゃ…まぁ、わかった。ありがとう」

 これ以上言っても無駄そうな気がしたので、素直に引き下がることにした。
 この人はこういう部分ですごい頑固だ。多分いくら私が言ったところで受け取ることはしないだろう。
 というわけで、受付に持って行って600ポイントと白金貨1枚を受け取った。

「Aになるのは大変そうだなぁ」

 BからAへ上がるための必要ポイントは200000である。CからBが30000だったのにずいぶんと必要ポイントの上り幅が大きい。

「ちなみにここでアルディナから落ちてくるモンスターをメインに狩り続ければ3年かからずにAになれると言われている。その分危険だけどね」

「へぇ、それはすごい」

 確か前に聞いた話だと、BからAへは3年~5年ということだった。それ以下ということは、ここが最短の道というわけか。

「天族がミトスに降りるのに、そこのリンクを使う者はいないくらいには強いよ。何せ、天門の守護者なんて別名があるくらいだからね」

「天門の守護者…」

 何それかっこいい。
 天族がそのリンクを通れないくらいに強いモンスターってどんなだろう。ちょっと気になる。

「僕たち2人で倒せる?」

「いや、ちょっと厳しいかな。5~6人はほしいね。やりたいなら臨時で誰かと組むしかない」

「そうなんだ…」

 5~6人か。RPGで言ったらダンジョンのボス的な感じかな?

「とりあえず、宿を取って風呂に入りたい。後のことはまた決めよう。さすがに疲れた」

「うん、そうだね」

 セスでも疲れたなんて口にするんだな、なんて思いながら私は頷いた。
 まぁ、3週間も山を歩いていたのだから当たり前か。私もだいぶ疲れた。正直、シエルが男じゃなければ厳しかったかもしれない。

「はぁ…生き返った…」

 個々に部屋を取り、久しぶりのお風呂に入って私はベッドへ寝転がった。
 道中で湯浴びはしていたが、やはりお風呂はいい。あとフカフカのベッドも最高だ。野宿は慣れて来たものの、やはり快適とはいかないからな。今日はいい夢が見られそうな気がする。
 今は14時を少し過ぎた頃。セスとは19時に夕食へ行こうと約束しているので少し自由な時間がある。特にやることもないし、お風呂で暖まったら眠気が来たので仮眠を取ることにした。






「明日からどうしようか?」

 セスと向かい合って食事を摂りながら聞く。
 仮眠をしてもちゃんと起きられるようになったのは3週間の野宿生活で鍛えられたからかもしれない。

「君が決めていいよ。もしここでギルドポイントを稼ぎたいならしばらく滞在してもいいし、早くエスタに行きたいならすぐ発ってもいい」

「でも天門の守護者は2人だと厳しいんでしょ?」

「何もこの周辺にいるのはそれだけじゃない。ロハネス山脈にはいろいろなモンスターがいるからね。討伐依頼の種類は豊富だよ」

「なるほど」

 とは言え、じゃあここでAランクになるまでギルド依頼を熟すかと言われたらさすがにそういうわけにもいかない。天門の守護者を狩り続けて3年弱かかるんなら、それを狩らなければ一体何年かかるのかという話だし。どうせすぐにAランクに上がれないのであれば、そんなにこだわって居続ける必要はない。

「今は早くエスタに行きたいな」

「わかった。じゃあ数日休んだら発とうか」

「ねぇ、あなたたち、ちょっといいかしら」

 突然、私とセスの会話に誰かが入り込んだ。
 声のする方を見ると、少し離れたところから1人の女性が私たちを見つめていた。
 年は20代中ごろだろうか。少しだけ尖った耳を持つ、美しい女性だった。驚くことに、濃いピンク色の髪の毛をしている。まるで漫画やゲームのキャラクターのようだ。ゴシック風の装いをしていて、リィンを彷彿とさせた。
 だが、可愛らしい感じというわけではなく大人っぽい感じなので、別に違和感がない。その女性が持つ、妖艶な感じによく似合っている。
 魔族だろうか、天族だろうか。

「何か?」

 その女性をチラリと見やってセスが言う。
 声に感情が籠っておらず、若干迷惑そうな感じが見て取れる。

「ちょっと取引を持ちかけてもいいかしら?今の話、ちょっと聞こえてしまったもので」

 そんなセスの様子を意に介さず、その女性は空いている席へと腰かけた。
 座っていいよとも言っていないのに図々しいな、おい。

「……取引?」

 座ったことに対しては何も言わず、セスは訝しむ様子で問いかけた。一応、話は聞くらしい。

「私たち、クルヴァンの核が欲しいの。1体だけでいいから討伐を手伝ってくれないかしら?もし手伝ってくれるのなら、貴方たちをヴェデュールまで転移術で送って差し上げるわ」

「クルヴァン?」

「天門の守護者のことだ」

 クルヴァンが何か分からず聞き返した私に、セスが答えてくれた。
 なるほど、先ほどまで話していた天門の守護者がクルヴァンというのか。
 そしてそのクルヴァンを倒す手伝いをすれば、この人がヴェデュールまで転移術で送ってくれると。

「貴方たち、早くヴェデュールに行きたいのでしょう?悪くない取引だと思わない?」

 私はそのクルヴァンと戦ったことがないから口は出せないが、話を聞いただけならば確かに悪くない取引のように思える。

「…君は魔族だろう。そこまでの転移術を使える魔族などいないはずだが?」

 女性の問いには答えず、セスが聞く。
 なるほど、この女性は魔族なのか。
 
「そうね、私はできないわ。ルミアス族の仲間がいるの」

 ルミアス族、という言葉を聞いてセスが動きを止めた。
 何だろう、私は聞いたことがない。

「……なるほど。君は何族?」

 若干長めの沈黙の後にセスが聞く。
 今の間が何を意味するのか気になるが聞ける雰囲気ではない。

「私?私はカムニ族よ」

「…神力を餌とするカムニ族と、天族であるルミアス族が仲間とはね」

「愛し合っているもの」

 セスの言葉にカムニ族だという女性はにっこりと笑ってそう言った。
 どうしよう、全く話についていけないんだけど。

「クルヴァンを狩るにしても、ルミアス族は戦う術を持たないはずだ。俺たちと君の3人でやるつもりか?それとも他にも仲間が?」

「いいえ、他に仲間はいないし、3人では厳しいことも承知しているわ。あと2人くらいは必要でしょうから、それはこちらで手配するつもりよ」

「…なるほど。シエル、悪い話ではないと思うけどどうかな」

「えっ…あ、うん、そうだね。僕はいいと思うよ」

 カムニ族の女性と話していたセスが突然私に話を振った。
 どうかと聞かれてもよくわからないが、悪い話ではないというのならば異論はない。

「では、3日以内にそちらが残りの2人を手配するというのならば、この話を受けようか」

 私の返事を受けてセスが女性に言う。
 何故3日以内なのかよくわからないが、それを聞いた女性は満足したように微笑んで立ち上がった。

「わかったわ。貴方は見たところリュシュナ族かと推測するけれど間違っていないかしら」

「ああ。だから残りは前衛2人か、前衛後衛1人ずつのどちらかがいいのではないかな。カムニ族は幻術師だろう?」

「そうね。何とか上手いこと見つけてみるわ。私の名前はアンジェリカ。貴方たちは?」






 アンジェリカと名乗った女性は3日以内に残り2人を確保すると約束をして去って行った。
 どうやって合流するのかと尋ねたら、ここにくれば会えるでしょうと楽観的な返事が返ってきた。どうやらアンジェリカもこの宿に泊まっているらしい。

「…ごめんね、勝手に話をして」

 突然の訪問者が去って静寂が訪れると、セスが躊躇いがちに口を開いた。

「ルミアス族は天族でも一番転移術に長けている種族なんだ。クルヴァンの討伐に協力する対価でヴェデュールまで転移してもらえるなら悪くない取引だと思ってね」

「勝手に、じゃないでしょ?ちゃんと僕にどう思うか聞いてくれたじゃない。よく分からなかった部分もあるけれど、異論はないよ。それにしてもこんな風に突然声をかけられることがあるんだね。少し驚いた」

「彼女からしてみればちょうどいい人材に見えたんだろうね。リュシュナ族とエルフの2人連れが、ここで狩りをするか先を急ぐか悩んでいたのだから。利害の一致というやつだ」

「確かにね」

 利害の一致。
 その言葉でふとヘルムートを思い出した。彼もそう言って私をセスの元に連れて行った。結局言葉の意味を聞くこともなく別れてしまったけど、それはどういう意味だったのだろうか。
 今となっては確かめようもないが、きっと死に場所を求めているのだろうな。

「えっと、確認なんだけど、アンジェリカさんは神力を餌とするカムニ族という魔族で、連れの人が転移術に長けているルミアス族という天族なんだよね。で、ルミアス族の人は戦えないから、クルヴァンを狩るのに他に2人ほど声をかけると」

「そうだね」

 先ほどの内容を反復するような私の言葉に、セスが頷いた。

「あと2人いればクルヴァンは問題なく狩れるってことだよね?」

「まぁ…そうだね。おそらくは」

 悪くない話だからと言っていた割には、何とも心許ない返事が返ってきた。
 まぁでも大丈夫なのだろう。倒せるかどうかわからないくらい危険なものだったら、多分セスはこんな簡単に話を進めたりしないはずだ。

「あの人が欲しいって言っていたクルヴァンの核って?」

「これが、クルヴァンの核だよ。その名の通り心臓と等しきもので、核を壊すとクルヴァンは死ぬ。そしてこれが討伐の証にもなるんだ」

 そう言いながらセスは鞄から何かを取り出してテーブルの上に置いた。

「…転移石?」

 そこに置かれたのは以前にも見せてくれた、アルディナまでの転移石だった。

「そう。クルヴァンの核は神力を含んだ結晶だ。彼女の連れのルミアス族は、その核を手に入れて転移石を作りたいのだろう」

「なるほど…だからクルヴァンを狩りたい、と…」

「クルヴァン1体で白金貨5枚の報酬が出る。それはクルヴァンがそれだけの強さを誇るということもあるし、その核に価値があるということでもある。例えば5人でクルヴァンを狩るとしたら報酬は1人白金貨1枚。一度納めた核をギルドから買い戻せば、彼女たちは実質白金貨4枚で核を買える計算になる」

「……なるほど」

 オンラインゲームの臨時パーティーでもよくやる清算方法だ。
 レアが出た場合、欲しい人が買い取って、それを含めた金額を最終的に分配する。誰かから譲ってもらうよりもそうした方が安く買えるというわけだ。

「あれ、でもクルヴァンを倒すには核を壊すんだよね。割れちゃったら価値がなくなっちゃうんじゃないの?」

「核を壊さずしてクルヴァンを殺せる方法はない。だから世に出回っているクルヴァンの核は、すべて割れているものなんだよ。この転移石も同様で、核の一部にすぎない」

「なのに討伐の証が核なの?割れた核の一部を納めればいいってこと?」

 クルヴァンを倒すためには核を割らなければならない。でもその核はギルドに討伐の証として納めなければならない。となれば、割れた核の一部分だけ納めて残りは山分けしちゃってもいいということだろうか。

「クルヴァンの核は形も大きさも決まっている。だから、割れた核を繋ぎ合わせて一式で納品するんだ。欠損があれば当然報酬は減額になる」

 さすがにそう上手い話ではなかったようだ。そりゃそうか。
 
「じゃあ割れた欠片はちゃんと回収しないといけないということだよね。中々大変そうだ」

「まぁ、そうだね。でもそんなに気負う必要はないよ。見つからなくて困るほど小さな欠片は、なくても影響ないから」

「そうなんだ」

 ならばいいか。
 まぁ、実際どんな感じなのか見てみないことにはわからないしね。

「…あのさ、カムニ族が神力を餌とするなら…セスが言っていた訓練ができるよね。僕の神力を餌にしてもらえば」

 セスがそれ以上会話を続けてこなかったので、私はおずおずと切り出した。
 カムニ族が神力を餌とする、と聞いた時から思っていたことだ。アンジェリカから見れば私たちは都合のいい存在であったのだろうが、私から見てもまた同じ。神力を餌とする魔族が探さずとも目の前に現れたのなら、いい機会なのではないだろうか。

「……彼女が信用に足る人物だと判断できれば、ね。その上で彼女が協力してくれるというのなら、頼んでみてもいいかもしれない」

 セスは私の言葉に驚く様子も見せずにそう口にした。
 おそらく、セスも同様のことを考えてはいたのだろう。

「そっか、そうだね…」

 信用に足る人物かどうか。それは今言える話じゃないもんな。
 このところ人に騙されてばかりだったから特に気を付けないと。
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