クルスの調べ

緋霧

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五章

第69話 クルヴァン討伐戦

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 それからはアルディナ語の勉強をしたり、前を通る人の中で珍しい種族がいたら教えてもらったりして時間をやり過ごした。
 いつもと変わらない時間の使い方に、緊張が解れていくようだった。そうするためにセスはあえていつも通りにしてくれたのかもしれない。

 時間より少し早めに転移陣に行くと、すでにアンジェリカは来ていた。
 聞けば、やることがないのでかなり早い時間からいたらしい。アンジェリカもやることがなかったなら、一緒にいてもよかったな。1人は暇だったことだろう。

「あんたらは相変わらず早いな」

 少し遅れてガレンとヴィレッタがやってきた。
 私たちが早いというより、2人が遅いのだ。しかしこの世界では珍しいことではないので誰も気にした様子はない。

「では、行きましょうか」

 アンジェリカの合図で転移陣がある建物の中に入った。
 一緒に転移するためにシリウスを呼んだら、高所作業用の鳥を飼っているなんてと、3人は大層驚いていて、そんな反応をされるとは思っておらず逆に私の方が驚いた。

 転移陣から西の駐屯地へ出ると、そこには南の駐屯地とさして変わらない風景が広がっていた。違いがあるとすれば南の駐屯地よりも少し人が多いくらいか。
 私以外の人たちは皆行くべき場所がわかっているかのように、迷う素振りもなく歩いてく。実際クルヴァンを狩ったことがないのは私だけなのかもしれない。

「1体だけでいいって言ってたよな?アンジェリカ」

 山道を歩きながらガレンが問う。

「ええ」

「今日のうちに見つけられるといいんだがな」

 聞くと、クルヴァンに出会えるのは平均して3日に一度くらいのペースなのだとガレンが教えてくれた。
 アルディナからの単独リンクで落ちてくるのだから、その場所に行けばいるんじゃないのかという私の問いに、皆は首を振った。
 クルヴァンが落ちてくる場所は狭い上に足場が悪いらしく、その場所で戦うことは不可能なんだそうだ。
 じゃあどうするのかと質問を重ねると、クルヴァンは敵をターゲッティングしていない時にのみ、ごく短距離の転移術を使うらしく転移してきたものを狙うんだと言う。
 しかもその転移術で転移する先はランダムらしいので、クルヴァンに出会うには完全に運が絡んでくるということになる。が、裏を返せば今ここに転移してくる可能性もあるということだ。
 ランダムワープするとか出てくる場所が光るとか、何かもう完全にゲームの中の話のようで、にわかには信じがたい。

 ちなみにすぐそばにクルヴァンが出てくる可能性は当然高くないので、この場にいる誰もクルヴァンが出てくる瞬間を見たことはないそうだ。

 この山道はロッソ~南駐屯地よりもさらに木々が少ない。というかほとんどなく、岩肌の山という感じで出てくるモンスターも違う。アドルドに来るまでの山道はイルエがメインだったが、ここはジフという名の犬に似たモンスターが主だった。イルエに比べて動きが速く、仕掛けてくる攻撃も強力だ。
 そして意外にもこの山は開けた場所が多い。とは言え身を隠せる岩場はいくつもあり、いつどこから敵が出てくるかはわからない。なので山に入って早々に陣形を組み、先頭にガレン、次にヴィレッタ、アンジェリカ、私と続き、殿をセスが担当している。
 さすがに皆Aランク以上だし陣形をちゃんと組んでいるからなのか、ジフが出てきても危なげなく終わる。特にヴィレッタの鎖鎌が冴え渡っていた。動いている対象をものともせず的確に急所をついている。アンジェリカの幻術もすごかった。メインとして使っているのは炎で、幻術の炎に包まれたモンスターは地面をのたうち回って動かなくなり、外傷もないまま死んでいく。

「怖えぇな…幻術ってのはよ…」

 そう呟いたガレンに激しく同意したいくらいに、その光景の恐ろしさに戦慄が走った。

 結局、この日は日が暮れるまで山道を歩き続けたがクルヴァンに出会えることはなかった。
 開けた場所で夕食を摂り、近くの岩場で湯浴びをした。お湯を作れるのは私だけなので大忙しだったが、みんなに感謝されたので悪い気はしない。
 火を焚き、交代で見張りをしながら夜を過ごした。ちなみにここでの見張りは男チームと女チームに分かれた。これはヴィレッタの提案で、アンジェリカを野獣と一緒にはできないという、何ともひどい理由だった。
 私たちの見張りの時には、ちょこちょこジフが現れたことや、この場所に突然クルヴァンが転移してくる可能性もあるということでほとんど話すことはなかったが、アンジェリカとヴィレッタの番の時には2人でこそこそ何やら仲良さげに話していた。そのうち寝てしまったが、自分ももし女として生まれていればその輪に入りたかったと思うくらいには楽しそうで羨ましかった。

 次の日の昼過ぎ、本当に突然前方に巨大な何かがフッと現れた。

「……っ!?」

 超巨大な石像。例えるならば、ハニワをものすごく大きくした感じ。まさしくあれがクルヴァンだろう。
 今いる場所からは少し距離がある。出てくる場所が光るというのが確認できなかったほどには。でもそれで本当によかったと思った。それくらい遠目から見ても恐ろしいほどにクルヴァンは存在を主張している。
 ゲームで言ったらレイドボス。あの大きさの敵をたった5人で狩ろうなんて正気かと思うほどに大きい。

「あれがクルヴァン…」

「あぁ、そうだ」

 思わず立ち止まった私の横に並んでセスが頷いた。

「ちと遠いな。着くまでに転移されるかもしれねぇし、他のパーティーに取られちまう可能性もある」

 ガレンも立ち止まって言った。
 ここで狩りをしている人はほぼ全てクルヴァン狙いだろう。道中何度か他のパーティーにすれ違ったくらいはこの山にも人がいる。
 ちなみに他のパーティーが狩っている敵には援軍要請がない限り手を出さない、というのがこの世界のルールらしい。そこもまたゲームみたいだ。

「とりあえずもう少し近づきましょう。誘導する場所も決めないといけないし」

 冷静にアンジェリカが言う。
 確かに狭い道であんな大きな敵とは戦えない。そのためにこの山には多くの広場があるのだろうし。

「誘導は誰がやる?」

「俺がやろう」

 ガレンの問いかけにセスが名乗りを上げた。まじか。

「わかった。頼む」

「1人でやるの?大丈夫なの?」

 すんなり頷いたガレンとは対照的に、私は不安になった。
 あのでかいのを1人で広い場所まで連れて来るということだよね。危なくないのだろうか。

「大丈夫だ。逆に誘導は1人でやらないと危ないからね。行こう」

 私の方をチラリと見て言い、セスは歩き出した。
 何てことないというような態度に少し安心しつつ、セスの後ろに出てしまわないように私も慌てて後を追った。






「やるのはここがよさそうだな」

 開けた場所に出るとガレンは言った。
 クルヴァンはまだ同じ場所に留まり続けている。他のパーティーがやっているのかと思ったがそのような様子も見受けられないようだったので、私たちはあのクルヴァンを狩るつもりで徐々に距離を詰めてきた。
 確かにここならクルヴァンからかなり近く、間合いから逃げるにも充分なスペースがある。適した場所と言えるだろう。

 クルヴァンに近づくにつれその大きさが鮮明に分かってきたのと同時に、地響きがするようになった。歩いているだけでかなりの衝撃をもたらしているのだろう。おそらくビル3~4階くらいの高さがある。そりゃあ歩いたら地響きの1つもするだろうな。

「じゃあここに連れて来よう」

 スッと前に出てセスが言った。

「気を付けて」

「ああ」

 アンジェリカの言葉に短く返して、振り返ることもなくセスはクルヴァンの方へと歩いて行った。

「シエル、お前クルヴァンと戦うのは初めてなんだよな?」

「え、あ、うん」

 セスが行ってすぐにガレンが私に聞いた。

「核はお前に割ってもらうことになる。俺たち前衛が引きつけている間に割ってくれ。時間がかかっても構わないから焦らず確実にな。くれぐれもやつの間合いには入るなよ」

「うん、わかった」

 セスと同じことをガレンは言う。

「何があろうとも、お前は核を割ることだけを考えろ。いいな」

「何が…あろうとも…?」

「誰かが倒れても、ってことよ」

 私とガレンの会話にアンジェリカが入ってきた。
 なるほどそういうことか。あまり考えたくない部類の話だな。

「核を壊さない限りクルヴァンとの戦いは終わらない。だから、あなたはそれを一番に考えて。私もサポートするし、ガレンたちも慣れてるから大丈夫だと思うけど一応ね」

「わかったよ」

 万が一、ということもあるわけだしね。
 とは言え、もしこの中の誰かが深手を負うなんて事態になったら、冷静に核なんて割れない気もするけど。

「よし、じゃあアンジェリカとシエルは下がってろ。もうすぐ来るぞ」

 ガレンの言葉通り、クルヴァンはかなり近くまで来ている。それに比例するように地響きもだんだんと大きくなってきた。

 セスは着かず離れずクルヴァンを確実にこちらへと導いているようだった。こんなことを考えている場合ではないのかもしれないが、まるで舞でも踊っているのではないかと思うくらい綺麗な動作でクルヴァンを翻弄している。
 セスが言っていたように、巨体の割には動きが素早い。時折腕を振ってセスに攻撃を仕掛けながらも、ドォンドォンと地面を揺らしながらこちらへと走ってきている。

「くるぞ!!」

 ガレンが叫ぶのと、クルヴァンを誘導してきたセスが合流したのはほぼ同時だった。
 広場へとクルヴァンが足を踏み入れ、足元にいる前衛3人に向かって腕を振る。
 3人はそれを飛んだり下がったりして器用に避けていた。空振りしたクルヴァンの腕からもたらされる暴風が、その威力の凄まじさを予見させている。

 核は一目見ればすぐにわかった。クルヴァンの胸にある青く光る石だ。的としては充分なほど大きくはあるが、動くのと距離があるのとで中々狙うのは難しそうだ。
 腕を振り上げてくれればまだ狙うこともできるのに、クルヴァンは両腕を左右に激しく振って足元の3人を攻撃している。
 核が見えた瞬間に水の神術を放つもすぐに振られた腕で防がれ、その表面を削るにとどまってしまった。ちなみに水を選んでいるのは、ウォータージェットで結晶を切断したいからだ。ダイヤモンドなどの硬い宝石もそうやって切断しているらしいので、精度をとことんまで上げて放っている。
 精度を上げるためには当然かなりの神力を消費するので、できれば早いとこケリをつけたい。

「……っ!!」

 突然クルヴァンの足元から太い鎖が何本も出現し、体を絡め取った。足にも巻かれた鎖でバランスを崩し、クルヴァンが両膝を折る。その衝撃で地面が激しく揺れ、吹き飛ばされそうなほどの暴風が襲ってきた。あの鎖はおそらくアンジェリカの幻術だ。
 クルヴァンが脱しようと激しく体を振る。腕にも鎖が絡んでいるので核は見えているし、膝をついているので高度も下がっている。なのに動いているために放った神術は核に当たらず、胸板を砕くように吹き飛ばした。あれが核に当たっていれば同様に割ることができていたに違いない。動く的に当てることがこんなに難しいなんて。

「くそっ…!」

 焦りから思わず苦渋の声を漏らした瞬間、セスがクルヴァンの右腕へと飛び移った。
 鎖から脱しようと激しく動くクルヴァンをものともせず、セスは勢いよく腕を駆け上がる。

「何を…!?」

 思わず核を狙う手を止めてセスを見つめる。
 セスはそのままクルヴァンの肩から頭の上へと飛び移り、剣を振り上げてクルヴァンの脳天へ突き刺した。

 ガアアアァァァと激しく咆哮を上げてクルヴァンの上体が仰け反る。

「シエル、今!!」

 アンジェリカの声でハッと我に返り、私は渾身の力を込めて核へと神術を放った。
 それは仰け反ったまま細かく震えるクルヴァンの核に見事命中し、核が砕け散る。
 鎖が消えると同時にクルヴァンは大きな音を立てて倒れ、衝撃と暴風が再び襲ってきた。

「やった…!」

 暴風が去ってからクルヴァンに目をやると、地面に倒れた体がさらさらと砂になって崩れていっていた。
 その中に、綺麗な青い核の欠片が散らばっている。

「シエル、お疲れ様。お手柄だ」

 落ちた欠片に向かって行ったアンジェリカの後に続こうとしたら、それよりも先にセスが私の方へと歩いてきて言った。

「セスのお陰だよ。ありがとう」

 何よりも先に私の元に来てくれたのが嬉しくて、思わず頬を緩ませながらセスの元へと駆け寄った。何せ他の3人は欠片の元にまっしぐらだからな。まぁ、いいんだけどさ。
 そんな私を見下ろし、セスもまた柔らかく笑った。

「それにしてもセスすごいね。かっこよかったよ」

 颯爽とクルヴァンの腕を駆け上がって行った光景を思い出し、私は笑顔で言った。
 それを聞いたセスは驚きの表情を浮かべて私を見つめ、すぐにフッと視線を逸らした。どことなく気まずそうな表情だ。

「……?」

 あれ?これはまさか。

「照れてるの?」

「いや……」

「……」

「……」

 続く沈黙は肯定と受け取っていいのだろうか。意外と可愛いところがあるじゃないか。

「うっ…ああぁぁっ…!」

「!?」

 雰囲気を壊すように突然聞こえたアンジェリカの悲鳴で、私とセスは弾かれたように3人の方を振り返った。

「うぅ…くっ…」

 ヴィレッタが左腕でアンジェリカの首を絞め、右手で両手を拘束している。
 そしてその前にガレンが立ち、アンジェリカの胸の辺りへと剣を突きつけていた。

「えっ…?な、何…!?」

 全く状況が把握できない。

「……そうきたか…」

 混乱する私の横でセスが小さくそう呟いた。

「剣を捨てろセス。シエル、お前は手を後ろで組め」

「……っ」

 無詠唱と言えども、手を翳さなければ神術は使えない。だから後ろ手に組めということだろう。
 そして指示に従わなければアンジェリカを傷つける。ガレンはそう言っている。
 言っていることは分かるが、言っている理由が分からない。一体何故急にそんな暴挙に出ているのか。

「セス、その腰の剣を捨てろ。アンジェリカがどうなってもいいってのか」

 素直に後ろで手を組んだ私の横で、セスは剣を捨てるでもなくただ感情を映さない表情で静かにガレンを見つめている。

「…別に俺は構わない。お前たちは俺に秘石を差し出せと言いたいんだろう?悪いが、そのために死んでやるつもりはないのでね」

「なっ…!」

 恐らく、セス以外の全員が信じられないという思いを抱いていることだろう。
 セスがあっさりとアンジェリカを見捨てたこともそうだが、秘石を差し出せというのはどういうことだ。
 まさかガレンとヴィレッタはリュシュナ族の秘石を狙って本気で手の平を返したっていうのか?

「てめぇ…女の命がどうでもいいってのか。それでも男かよ」

 セスの言葉を否定しないということは、ガレンたちの狙いは本当に秘石のようだ。
 嘘だろ。こんな手段を講じて本気でリュシュナ族の秘石を手に入れられるとでも思っているのか。

「……今回初めて組んだ女のために命を差し出せと?さすがに俺はそこまでお人好しじゃないな」

 自嘲気味に笑ってセスが言う。
 それにしても何だろう、何かが噛み合っていない気がする。

「初めて組んだ、だと…?てめぇはアンジェリカの男なんじゃねぇのか」

「俺がアンジェリカの…?話が見えないな。誰がそんなことを?俺とアンジェリカはそのような関係ではない」

「どういうことだい、アンジェリカ!あんた天族と好き合ってるんだろ!?」

 ガレンとセスの会話にヴィレッタが焦ったように割り込んできた。
 そんなことを言ったって首を絞められた状態ではアンジェリカは喋れないだろうに。事実アンジェリカは苦しそうに表情を歪めながらも何か言いたげな目でこちらを見つめている。
 しかしそうか、その言葉で合点がいった。

「…なるほど、そういうことか」

 セスも状況を理解したようだ。
 恐らくアンジェリカはクロエのことを天族としか話していない。だからそれを聞いた2人はその天族がセスのことだと勘違いしているのだろう。

「アンジェリカとどんな話をしたのかは知らないが、その天族は俺のことじゃない。だからアンジェリカを人質に取っても無駄だ。俺の命が欲しくば直接かかってくるといい。2人同時でも構わない」

 そう言ってセスが腰から剣を抜いた瞬間、身も凍りそうなほどの殺気が一気に広がった。
 色を映さないその横顔は、恐ろしく美しかった。
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